116話 西の北村
「ふん、匂いに釣られて来おったな。ほれっ。」
クリスが陸亀の前に焼けた鶏肉を一切れ放り投げる。
陸亀は首を伸ばして、それを口に入れた。
身体の動きは遅いが、今の首の動きは素早いし、1mぐらい伸びたぞ!
陸亀は鶏肉をすぐに飲み込み、クリスを見た。
「ははは、美味いか。よし、もっと食べるが良い。リサ、どんどん焼いてくれ。」
「了解でーす。」
クリスが焼きあがっていた肉を次々と放り投げる。
陸亀は、パクパクと焼肉を食べ始めた。
「おい、クリス。こいつが霧の発生源のようだが。」
「そのようじゃな。しかし、こいつからは殺気が感じられん。食い気だけなら、満足すれば結界が解けるかもしれんぞ、ファルス。」
「だと良いが。」
「クリス~。鳥が無くなるけど、この子、オーク肉は食べるかなぁ。」
「む、では試してみよ、リサ。」
「はーい。オーク肉はたっぷりあるからね。太もも肉を捌いて、ちょっと強火で炙ろうかな。待っててよぉ、亀ちゃん。」
ガフッ
「お、こやつ返事をしおったぞ。」
「ふふふ、餌付け成功ですね。」
「餌付けって。おいおい、仲良くなってもこいつは連れて行けないぞ。」
グルルルル
威嚇された。
陸亀はオーク肉の焼き上がりをその場で大人しく待った。
オーク肉はお気に召した様で、8足分ものオークの太もも肉を次々と平らげた。
ガフガフ
ご馳走様、とでも言っているのか、陸亀は頭を上下に振ると、ゆっくりと身体を反転し、元の場所へ戻る様に動き始めた。
「ついて来い、って、言いましたね。あの子。」
「うむ、そう言った様な気がした。何じゃ、いつの間にか亀の言葉が分かる様になったな、リサ。」
「ははは、餌付けの成果ですかね。」
「俺には聞こえなかったぞ。」
「ファルスは、肉を与えておらんからな。さて、ここを片付けてあ奴の後を追うか。」
「了解。」
◇
食事の後片付けをして、陸亀の後を追う。
道から池までは陸亀の通り道が出来ており、俺たちが後を追った時には、道の半分、6m付近まで進んでいた。
その後もゆっくりと進んだ陸亀は、池の水辺にまで来ると、水を飲み始めた。
ギクギクギク
ギクギクギク
のどを鳴らし、たっぷりと水を飲んだ陸亀は、首と脚を甲羅に引っ込め、寝始めた。
「寝た、な。」
「寝ましたね。」
「うむ。」
池は周囲300mぐらいの楕円形をしている。
所々に水草の群生が見られるが、静かな池だ。
池の周囲には水辺まで木々が迫っている。
俺たちがいるこの水辺だけが、草地の開けた場所になっている。
「ついて来い、って言ったんだな。」
「そうです。」
「そうじゃ。」
「では、この場所に何かあるのか。」
俺は周囲を見渡すが、目ぼしいものは見当たらない。もしかして、池の中か。
「周辺には、獣がいませんね。」
「鳥もおらん様じゃな。リサ、木剣を出すのじゃ。食後の運動じゃ。」
「ええ~。私にクリスの相手は務まらないよ~。」
リサは、そう言いつつも木剣を取り出し、クリスの相手をする。
相手の剣をいなしたり、剣先をかわして相手の横に回りこむ動きは見事だ。
まともに組むと、吹き飛ばされるからな。
俺と交代しつつ1時間ほど身体を動かした頃、陸亀の甲羅が発光しだした。
◇
俺たちは練習を止めて、陸亀に注目する。
パキン
小気味良い音が響くと、光が収まる。
陸亀は再び、脚と首を甲羅から出す。
すると、甲羅を形成していた五角形の鱗が地面に滑り落ちた。
どうやら脱皮、いや、甲羅の鱗の生え変わり?をした様だ。
ガフガフ
と、声をあげた陸亀は、ゆっくりと池の中へと潜って行く。
「ありがとう、亀ちゃん。またねー。」
「元気でな。亀よ。」
「えーと、あの亀はなんて言ったんだ?」
「これやる、さよなら。って感じです。」
「感謝の気持ちと別れのあいさつだぞ、ファルス。」
「では、この鱗がお礼の品か。」
地面に落ちた鱗は五角形と六角形のものが大小合わせて24枚。
厚みがあり、硬さもあるが、軽いのが特徴だろう。
クリスの緋色の篭手は火吹き亀の甲羅で作られたという。
この陸亀の青緑色の甲羅も盾や鎧に使えそうだな。
鱗を回収し、街道の嵐たちの元へ戻ると、霧が晴れていた。
俺たちは北側の分岐点まで進み、結界が失われた事を確認した後、再び南方へ進んだ。
◇
陽が落ち、暗くなる頃に小さな村を見つけた。
驚いた事に、建物のほとんどが宿屋、食堂、飲み屋だ。
人も多い。
彼らは冒険者だ。
そして、冒険者ギルドがあった。
俺たちは規模は小さいが、多くの人が行き交う村を見て、村の入口から広場へ入るのを躊躇った。
「すごいな。300人ぐらいいるんじゃないか。」
「あの看板は冒険者ギルドですね。冒険者がいるのも当然ですか。」
「どうするのじゃ、ファルス。あちらの森で野営しても良いぞ。」
「あら、お兄さん達、北の街からのお客さんかしら?どうしたの、そんな所で突っ立って。」
馬上にいた俺たちに女性の2人連れが声を掛けてきた。
二人とも白いエプロンを着けて、手には水桶を持っていた。
「お客さんなら、宿はそこの”女神の癒しの宿”にどうぞ。お風呂もありますよ~。」
「今日の夕食は岩トカゲの照り焼きに火吹き亀のスープです。旅の疲れも探索の疲れも吹き飛ぶ絶品ですよ。」
「ほぉ、美味いのか?」
「もちろんですよ。」
「うむ、美味い夕食に風呂付きか。ファルス、ここに泊まろう。」
「あー、馬の世話はできるのか?」
「もちろんです。馬の世話係りの者がちゃんといますから、餌やり水やりは当然、身体も拭いてあげますよ。長期逗留の場合は、昼の散歩はお願いしますけど。」
「分かった、では、案内してくれ。」
「ありがとうございます!」
宿の受付には2人の女性がいて、1人は先客の案内をしていた。
「では、こちらで受付お願いします。私たちはこれで失礼しますね。」
「いらっしゃいませ。女神の癒しの宿にようこそ。お客様の人数とお部屋の希望と宿泊日数をお知らせください。」
「3人だ。男1人に女2人、部屋は2部屋、日数は1日、それと馬が3頭いるので、そちらの世話も頼みたい。」
「畏まりました。お部屋ですが、当宿には、多人数の皆様がお休みになられます大部屋がございます。その他は4人部屋となっておりますが、いかがいたしましょうか。」
「では、4人部屋1部屋を頼む。」
ま、俺が野営すれば良いな。
「では、4人部屋一泊で銅貨20枚です。馬は1頭1泊銅貨4枚ですので、3頭で銅貨12枚。しめて銅貨32枚となります。」
「風呂が使えると聞いたが。」
「はい。1階の廊下を進んだ先に男性用と女性用のお風呂がございます。こちらは使用時に料金をいただいております。料金は銅貨4枚となっております。」
「わかった。」
俺は受付カウンターに銀貨4枚を置いた。
「ええと。すみませんお客様、当宿ではこちらのお金は使えません。イオタ国のお金はお持ちでないですか?」
「そうなのか。イオタ国?ここはイの国ではないのか?」
「いいえ、ここはイオタ国です。イオタ国西の北村がこの村の名前です。」
「そうか、イオタ国のお金だが、冒険者ギルドで素材の買い取りをしてもらえば、手に入るかな。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
「そうか。では、素材交換に行ってくるが、その間、馬を預かってもらえないか。」
「いいですよ。では、この木札を馬係りに渡してください。」
「わかった。」
俺は宿を出て、外で馬と共に待っていたクリスとリサに事情を説明し、馬を預けて、冒険者ギルドに向かった。
◇
冒険者ギルドの正面入口を通り過ぎて、横手の道を進むと素材買取所があった。
既に3台の荷車が並んで順番待ちをしているので、その後ろに続く。
「クリス、リサ、適当な素材はあるか?」
「うちは無いぞ。リサはどうじゃ。」
「熊と鹿が3頭いますね。あとは大量のオークの足ですよ。魔石は全部レギウス村に置いてきましたから、無しです。」
「冬は狩りをサボっていたからなぁ。」
「食事用の肉ならいくつかありますが、食べかけは売れませんからねぇ。」
「そうだ、あの亀の鱗はどうだ。」
「ああ、そうですね。」
「しかし、お金が使えないのは不便だな。」
「そうですね。このお金はベア族も使っていますから、大陸が違っても共通ですよ。これが使えないということは、」
「と、いう事は?」
「とても大変です。」
「なんじゃ、リサ。理由がわからないのか。」
「え~、じゃあ、クリスはわかるのかなぁ?」
「わからん。」
「だと思いました。」
通貨を手に入れるには、神の館で魔石と交換すれば良い。
神の館がないのか?
交換される通貨が、他所と違うのか?
どうやら、このイオタ国は、外の世界と社会のルールが少し違うらしいな。
◇
「お、見ない顔だな。」
素材受付カウンターは50代と思われる男性だが、身体はがっしりしている。元冒険者か。
「そうだ。今日オの国から来たんだ。」
「オの国?外の国か。じゃあ、受付カウンターで申請手続きは済ませたかい?」
「何か手続きが必要なのか?」
「ああ、ここで活動するなら、ギルドに登録してもらわないとな。悪いが素材の引き取りはその後だ。」
「そうか。ありがとう。」
俺たちは冒険者ギルド正面入口に廻った。
これは、長くなりそうな予感がするな。
次回117話「冒険者ランク」
王都ミラルダではSランク判定でしたね。




