115話 霧の結界
翌日の昼前に、山脈の麓に辿り着いた。
まばらになった木々と岩が多い地を辿る道は、巨大なトンネルへと続いている。
「自然の洞窟には見えませんね。入口には装飾があって、壁も天井も綺麗ですよ。」
「ここを抜けるとイの国に出るのじゃな。ファルス。」
「そうだな。」
トンネルの奥は暗く、先の様子は分からない。
俺は背嚢から光の魔石を取り出した。
「あっ、待ってください。ファルスさん。」
「どうした、何か見つけたか?」
「そうですね、見つけました。ですので、光の魔石を仕舞ってください。暗闇の中に入って行きますよ。」
「そうなのか?」
「そうです。そして、おしゃべり禁止ですよ。いいですね。」
「了解。」
俺は光の魔石を仕舞い、リサと涼風が先行しトンネルの中に入って行く。
俺とクリスも続くが、トンネル内はすぐに陽の光が陰り、闇に包まれる。
馬の足音がトンネル内に響く。
音の反響の影響もあり、方向感覚が怪しくなってきた。
すると、トンネルの先に半円状の光のリングが現れた。
トンネルの壁面に沿った光の帯だ。
それが急速に接近する。
その光に包まれた次の瞬間。
トンネルの出口に、俺たちは居た。
その先には、出入国検査場と書かれた看板と小屋と男が二人。
リサは俺とクリスの顔を見ると、ウィンクして馬を進める。
俺とクリスは、そのままリサの後について、検査場に歩み寄って行く。
◇
「ようこそ、いらっしゃいませ。」
「こちらに、お名前をご記入願います。冒険者の方は登録証をお出しください。」
小屋の前に置かれたテーブルの上に台帳が置かれている。
どうやら出入国管理帳のようだ。
レギウス館でも出入りする商人たちに記帳してもらっている。
名前を記入し、出身国の欄にはオの国、職業は冒険者、ランクはD、目的は冒険、滞在予定期間は1年、と。
俺は受付の男に冒険者登録証を見せ、彼は台帳の記入内容と登録証を確認した。
クリスとリサも記入し、俺たちは出入国検査場を離れ、道を進んだ。
◇
クルックゥ、クルックゥ
クルックゥ、クックルゥルゥ
「あっ、ごめんなさい。おしゃべり禁止解除です。」
「遅い~。リサ、なんじゃ、あのトンネルは、転移の魔法陣なのか、あの光は?
ファルス、あの台帳を見たか。うちらの前に書かれた名前にジャミルとテレーザの名前があったぞ。」
「あはは、そうです。トンネルのあれは、魔法陣です。それも発動制約付きの特別製ですね。」
「発動制約?」
「はい。光と話し声が条件になっていました。この条件を知らない者はトンネルを抜けられないみたいですね。」
「なるほど。限られた者しか入国できないのだな。」
「それでじゃな。ジャミル達が入国した後は誰も入国しておらんのは。」
「冬だった事も理由だろうが、少ないな。」
「うん。うん?どうしたのじゃ、リサ。」
リサが馬を止めて立ち止まった。
辺りをきょろきょろと見廻し、空を見て、頭を落とし、馬を降りて、なにやらしている。
こちらを見た。
その表情は、泣きそうだ。
「大変です~。」
「どうした、リサ。」
俺とクリスも馬を降りた。
3頭は道を外れ、下草を食べ始めた。
「鳥の鳴き声は聞こえるのに検知ができません。メティスと連絡が取れません。ナノ通信が不通です。遠見の窓も開きません。」
「何?」
(ホーク、聞こえるか?)
応答が無い。
(リサ、聞こえるか?)
(はい、聞こえます。)
(これはカルーの城と同じ結界か。外部と内部を遮断しているな。)
俺は近くの枝に狙いを定めた。
「風切!」
一陣の風が枝を切り落とす。
「魔法も問題なく使えるな。」
「リサ、先ほどの検査場はどうじゃ。遠見の窓が開くのではないか?」
「あっ、そうか。やった!開きました。」
「では、なにか問題が起こった場合には、あの検査場には行けるな。ファルス。」
「ああ、そうだな。」
俺は左袖を開けて、情報パネルを確認した。
こちらも不通だ。
カルーの城では使えていたが、ここでは駄目らしい。
こちらが本物の結界で、カルーの城は模倣した結界なのか?
そうだ、ミリア中尉の偽装に対しては、カルーは仮面を使った偽装、認識障害をしていた。
そうすると、カルーの催眠術も、ミリア中尉が本物を扱うのか?
「ファルス、どうした?」
「ああ、いや、大丈夫だ。多少不便だが、問題ないだろう。」
「そうじゃな。」
「え~、大変ですよぉ。」
俺とクリスがリサが見る。
「情報パネルが不通という事はメティスがすぐに気付きますから、私達、消息不明扱いですよ。
ホークさんやレイチェルさんもナノ通信できなくて、きっと困ってませんか?」
「あ~。」
「どうする、ファルス。」
「いや、イの国に入ったことは知っている。あいつらを信用してるからな、問題ない。」
「そうじゃな。」
「そうですね。」
「あとは、検知か。」
「検知できないのではなく、範囲が狭まりました。周囲20mぐらいですね。」
「それは、狩りが不便になるのぉ。リサ。」
◇
しばらく進むと街道の分岐点があった。
イの国の出入り口は国の北西部にある。
北には東西に走る山脈があり、西には南北に走る山脈がある。
東と南は海に面している、やや東西に広い長方形型の土地だ。
南に進むか、東に進むか。
どちらも道は細く、人通りは少ないようだ。
「さて、どちらに向うか。俺は南に行こうと思うが。」
「うむ、任せるぞ。ファルス。」
「はい。行きましょう。」
◇
しばらく進むと、霧が出てきた。
気温が下がり、冷たい風が吹きつける。
「まいった。先が見えないな。」
「近くに池か沼があるのじゃろう。暖かくなれば晴れると聞いているぞ、ファルス。」
「そうなのか。」
◇
1時間後、俺たちは休憩の為に立ち止まった。
霧に包まれたまま、街道を、まっすぐ北上してきた。
そう、途中で引き返してきたのだ。
だが、どこまで進んでも分岐点に辿り着かない。
「ファルス~。」
「まいったな。これも結界か?」
「遠見の窓も駄目ですぅ。出入国検査場も駄目ですぅ。」
俺たちは、霧の中、街道を南下していたが、10分ほどで違和感に気付いた。
道があまりにまっすぐで、起伏もカーブもない。
街に近い整備された街道ならそうだが、ここは山道だ。
均しはしていても、地面の起伏に沿ってうねっているものだ。
霧の所為で視界が悪いので、風魔法で吹き飛ばしたが、道が続いていることは分かったが、それ以上の情報がない。
それに、すぐに霧に包まれる。
空も駄目だ。
5mぐらい上昇した所で壁にぶつかる。
道を戻り、分岐点を目指したが、これだけ戻っても辿り着けないということは、道の途中で結界に入り込んだのだろう。
「池じゃ、池を探そう。ファルス。」
「池?この霧の発生源か。」
「そうじゃ、このうっとおしい霧が結界であろう。ならば、発生源の池を探せば解決するはずじゃ。」
「池は、東側にありますね。10mぐらい先です。」
「よし、肉を食べたら、池に行くぞ。ファルス。」
◇
道の脇に陣取り、遅くなったが昼食だ。
大きな鶏肉を串刺しにして焚き火に掛ける。
焼き上がりに香草を巻いて、しばらく置くと、いい香りが立ち上る。
肉も表面の荒熱が内部まで行きわたり柔らかくなって食べ易い。
30分ほど食事をしていると、池の方向から何者かが接近してくる気配がした。
が、動きが遅い。
警戒しているのか。
(クリス、リサ、何かが接近してくる。)
(ですねー。)
(殺気は感じん。ほら、この串はもう食べても良いぞ。ファルス。)
クリスから串を受け取り、3本目を口にする。
そうか、検知に関しては、俺が一番未熟だったな。
検知だけか?
ああ、狩りに関してはこの二人に敵わないか。
バキキ、ミシ、メリリリ、ガサガサ
枝を折り、低木をなぎ倒し、下草を踏みながら接近してくる。
音に関しては無関心な奴だ。
10分後、姿を現したそいつは、巨大な陸亀だった。
青緑色の甲羅の下側から伸びる頭部には、4つの赤い瞳と巨大な口と無数の鋭い牙が並び、盛大によだれを垂らしている。
直径3m甲羅高2mはあるそいつは4本の太い脚を支えに、ゆっくりと近付いてくる。
そして、甲羅には多くの水滴が滴り、上部からもやを噴出している。
どうやら、こいつが霧の発生源のようだ。
次回116話「西の北村」
ファルス達は霧の結界を抜け出せるのでしょうか?




