113話 心の問題
最終章スタートです。
「ん・・・」
目が覚めたが、頭が重い。
窓から差し込む日差しが強く感じる。
クリスは、どうやら先に起きているようだ。
もう少し、寝よう。
◇
「ファルスー。寝すぎだぞ!」
「おはよう、クリス。」
「おはよう、ファルス。ほら、コーヒーを持って来たぞ。これで目を覚ますがよい。」
「ああ、ありがとう。」
クリスから受け取ったコーヒーカップに口をつける。
いい香りだ。
「だいぶお疲れのようじゃな。」
「そうだな。まだ少し、頭が重く感じるな。」
「ふむ。医療ポッドに入った方が良いな。疲れが溜まっておったのじゃろう。」
「ふー、そうするか。」
◇
カッシーニ81の医療センター内の医療ポッド。
主な用途は怪我の治療だが、疲労回復などの目的で利用することもある。
俺は使ったことがなかったが。
ボディスーツを脱ぎ、ポッド内に入り込み、シートに腰掛ける。
俺の意識はそこで、途切れた。
◇
俺は密閉型コクピットに着座している。
全長16m、機体中央幅3m、最大翼幅18m。
三角翼型の単座式戦闘艇は小型重力子機関を積み、星域内を最大速度6SS(恒星系内運航速度)で飛行する。
--レッドワンより各機、会敵予想ポイントまで30秒。機体チェック。
--レッドツー、オールグリーン。
--レッドスリー、オールグリーン。
俺は腕の接続ケーブルを操作パネルに挿し込む。
接続ケーブルを通じて機体情報が体内ナノマシンに流れる。
思考が加速する独特の感覚。
「レッドフォー、オールグリーン。」
戦闘準備を終え、レーダースクリーンを見つめる。
赤い三角のマーキングが灯る。敵は2機だ。
--各機、追尾ミサイル用意。2秒差で発射する。・・・レッドワン、発射。
--レッドツー、発射。
--レッドスリー、発射。
俺の割り当ては右の敵機だ。
トリガーに指を添える。
「レッドフォー、発射。」
左翼下の追尾ミサイル一発が敵機に向けて飛んで行く。
こいつは6SSで飛行し、30秒間相手を狙い続ける。
その30秒の間に、こちらは距離を詰めて相手の後ろを取る。
いつもの、敵の偵察機を追い払う任務だ。
26秒後。
敵機はランダム回避行動をとりつつ、小惑星に接近していた。
普通の浮遊小惑星、岩石の塊だ。
そこから、2条の光線が放たれる。
--追尾ミサイル、消失。
--なに?
さらに光線が放たれた。
--追尾ミサイル、全滅しました。
--敵機ではないな。どこだ。
レッドワンは光線を感知していないのか?
「レッドフォーより、光線射出ポイントは浮遊小惑星。注意されたし。」
偵察機2機が反転して、こちらの右翼に回り込もうとしている。
このままだと浮遊小惑星と挟み撃ちだ。
こちらには数の利がある。
だが、この小惑星はなんだ?
--レッドスリー、レッドフォー、小惑星を破壊しろ。レッドツーは俺のサポートだ。偵察機を叩く。
--了解。
「了解。」
--レッドスリーよりレッドフォー、岩石破壊弾を打ち込む。周辺警戒頼む。
「レッドフォー、了解。」
機体周辺には小惑星からの光線が飛び交い、機体シールドに触れた光がちらつく。
戦闘艇は2SSの速度でランダム回避飛行をしつつ小惑星に接近している。
レッドスリーが打ち込む岩石破壊弾は、その名の通りの効果を持つ。
相手が浮遊小惑星なら一撃で粉砕する。
敵が小惑星上に設置されたレーザー発射装置なら、これで無効化できるだろう。
だが、これは本当に浮遊小惑星か?
だとしても、敵はどうしてこんなところにレーザー発射装置を設置するのか?
なんのために?
俺はカメラ映像の小惑星に気を取られた。
レーダースクリーンから視線を外した。
周辺警戒を怠った。
--岩石破壊弾、発射。離脱する。
「了解。」
レッドスリーと俺の機体は小惑星からの離脱コースに移る。
俺の意識はまだ、小惑星に向いていた。
岩石破壊弾が小惑星に命中する直前に、電磁シールドによって破壊された。
しかし、その衝撃波は敵の偽装効果を遮断した。
小惑星の殻の下には、敵の駆逐艦が潜んでいた。
1秒後には、小惑星の姿を取り戻す。
これは、敵の新型だ。
ビィーーー
アラームが鳴る。
反射的に、ランダム回避行動をとる。
敵に捕捉された!?
レッドスリーは?
クリスはどこだ。
レーダースクリーンに反応が無い。
追尾ミサイル2発が接近中。
敵機の反応は2機。
レッドワンとレッドツーの反応も無い。
全滅、したのか。
なぜ。
敵機の軌道予測は、俺を小惑星側に追い込む様に回り込んでいる。
つまり、駆逐艦の射程内だ。
俺の脳内は加速された思考の中で、さらに加速した。
重力子機関の制御パネルを開き、出力値を80%から最大値の140%まで上げる。
ランダム回避行動を停止し、フル加速を命じる。
直線軌道に移った戦闘艇は追尾ミサイルの良い的だ。
だが、この加速なら、逃げ切れる。
基地に辿り着いた俺は、敵の新型偽装データを届けたことで勲章を貰った。
だが、大切な仲間を失った。
親友だったクリスを失った。
中尉となった俺は戦闘艇を降り、大型船航宙士となった。
◇
俺は白い空間に浮かんでいる。
俺の周囲は淡い光で満ちている。
暖かく、気持ちが休まる。
これが、天使セリーヌの癒しか。
かつて、マクレガー艦長の壊れかけた心を癒したのが天使セリーヌだ。
どうやら、俺も招待されたらしい。
「こんにちわ。ファルス=カン。」
「こんにちわ。天使セリーヌ。」
俺の正面に柔らかい笑顔の女性が現れた。
彼女の背中には白い羽がついている。
白い布の服をまとった、金髪の女性。
ああ、これは天使だな。
彼女は笑顔を向けてくる。
良い笑顔だ。
どことなく、クリスに似ているか。
飛竜の肉にかじりついて、美味い、という時の彼女の笑顔。
前回の旅は冬の始まりの時期で、ベア族の街道に沿っての行程だったので、大きな獲物を狩ることはなかった。
今年の夏も旅に出掛けよう。
そうだ、コピィの実について調査しなければ。
ふと気付くと天使セリーヌは笑顔を向けていた。先ほどと同じように。
「すまない、天使セリーヌ。考え込んでいた。」
「いいえ、ファルス=カン、大丈夫ですよ。
私は問い掛けられた問題に対してお答えや、解決に至るであろう方策をお教えいたします。
ですので、何か問題があれば、相談してくださいね。」
「問題か。」
「ええ、心の問題、疑問、心配ごと、気懸かりなこと、大きな問題、小さな問題、貴方の心の平穏を乱す、小さな棘。」
天使セリーヌの声が俺の心に届くと、ふつふつと色々な事柄が湧き上がってくる。
レギウス村のこと。
リベッタ村の村長との話し合い。
岩の下のオークの言葉。
準備中のゴブリン共。
その影響範囲は。
この大陸のオーク共もそうなのか。
勇者のこと。
勇者の称号。
誰が勇者だ。
誰が知っている。
カルー。
カルーの死。
俺に責任がある。
俺に責任がある。
また、仲間を失う。
俺に責任がある。
恒星系外縁部、ジャンプゲート。
あの時、最大加速での退避行動をとった。
その結果が、これだ。
あの行動は正しかったのか?
他に選択肢があったのではないのか?
マニュアル通りに星域内に退避していたら、俺たちは無事に退避できていたのではないのか?
「いいえ、あなたの選択は正しかったですよ。ファルス=カン。」
「えっ。」
突然、天使セリーヌの声が割り込んできた。
「ごめんなさい。驚かせてしまったわね。あなたの疑問の声が聞こえましたので、お答えさせていただきました。
ファルス=カン。あなたの選択は正しかったのですよ。」
「そうか。」
「はい。あの時、カッシーニ81は星域内に向けて回頭中でした。
重力子機関の出力を変更せずに留まっていれば、28秒後に重力波に巻き込まれていたでしょう。」
「だが、逃げても捉まってしまった。」
「そうですね。ですが、全員無事でした。」
「だが、1万2千年もの時間が経過している。」
「そうですね。それは仕方のないことです。誰にも想像できないことです。あなたに責任はありません。」
「だが、俺たちはもう、宇宙へは戻れない。カッシーニ81は、もう飛べない。」
「そうですね。残念ですが、仕方ありません。あの時点でカッシーニ81は惑星地表への墜落を避けることができませんでした。
仮に全ての乗員が脱出したとしても、月面基地の現環境では皆さんの生存確率は低いものでした。
また、あの時点での墜落を避け、衛星軌道上に留まることができたとしても、いずれ地表に降りることになったでしょう。
ですので、カッシーニ81を見事に直陸させたことは、誇ってよろしいですよ。ファルス=カン。」
「そうなのか。」
「はい。」
「そうか。」
彼女に肯定されることで、俺は自分の選択が間違っていなかったと確信できた。
これが天使セリーヌの力か。
「ありがとう、天使セリーヌ。少し心が軽くなったよ。」
「それは良かったです。ですが、他にも問題がありそうですね。」
「そうだな。」
過去の問題は、一区切りついた。
次は現在の問題だ。
「天使セリーヌ。ミリア=エッシェンバッハ中尉はどこに居る。」
■■■
天使セリーヌはファルス=カンの問いに答える事が出来なかった。
メティスのデータバンクには、所在不明、生死不明、と記載されていたので、それを伝えた。
それは、ファルス=カンの望んだ答えではなかった。
ファルス=カンが去った後、天使セリーヌはミリア=エッシェンバッハ中尉の資料を再確認した。
そして、困惑した。
なぜ、再確認が必要なのだろう。
だが、必要なのだ。
資料の内容はレギウス軍の軍歴資料。
問題ない。
惑星開発部隊としての活動記録。
問題ない。
彼女の発行したナノマシンへの命令コマンド。
そのほとんどは参照不可のセキュリティが掛かっている。
これも問題ない。
なぜなら、彼女は中級管理者なのだから。
彼女の資料は以上だ。
だが、天使セリーヌは困惑した。
これらの資料は彼女が求める資料ではない。
天使セリーヌが求める資料。
ミリア=エッシェンバッハ。
その名は、行方不明の転生者。
それを裏付ける資料、情報、事実、本人確認が欲しい。
天使セリーヌは困惑した。
この要求は、どこから?
次回114話「イの国へ」
ミリア中尉を探しに行きます。




