103話 王城の様子
ビクター伯爵家は王都に隣接した領地を持っている。
さらに、王城近隣に屋敷も持っている。
伯爵とはいえ、旧王家では重要な地位にあったと思われた。
「そんな地位にいたなら、ジャミルの暗殺対象になるな。」
「そうだな。」
「俺が見た少年は、伯爵の子か孫か。」
「昨夜の内に城を脱出していれば、この屋敷に戻って来ても良さそうですが。」
「転送の魔法陣を使った。もしかしたら、この屋敷の正確な場所がわかっていない可能性もあるな。」
「それか、まだ王城にいるか。ファルス、今日も詰め所にいくのだろう?」
「ああ、行ってくるよ。」
◇
「おはよう。今日も許可書の確認に来たのだが。」
「許可書の確認? それなら詰め所へ行け。」
今朝の衛兵は横柄な態度で詰め所を顎で示した。
俺は詰め所に向かう。
だが、詰め所は無人で扉は閉まっている。
「すまん、詰め所には誰もいないようだ。」
「そうか。」
「今朝は、君一人しかいないのか。」
「ああ、そうだよ!俺一人だ!」
衛兵は強い声で俺を威嚇するように目を向けた。
そして、手にした槍を手放し兜を脱ぐと、それを地面に叩きつけた。
「くそっ!国王陛下も王妃殿下もいなくなっちまいやがった。
王妃殿下の付き人もいなくなって、イの国へ帰ったんだろうって皆言ってる!
国王陛下が逃げ出したんだ!わかるか!もう誰も王城にいないんだよ!わかったら帰れ!俺も帰る!
くそっ、こんなところに突っ立って、何を守るって言うんだ。くそっ。」
兜の下の若い顔が現状の不満をぶちまけると、俺に背を向け歩き去った。
その方向は王城ではなく街中で、彼はおそらく職場放棄したのだろう。
誘拐、とは言って無かったな。
昨日の捜索隊には伏せられていたのだろうか。
歩み去る衛兵を見ているのは俺だけではない。
門の周辺には多くの店があり、人もいる。彼らにも衛兵の声が聞こえたようだ。
国王不在の噂はすぐに広がるだろう。
俺は衛兵のいなくなった門を通り抜け、王城の中へ入っていった。
◇
国王がいなくなっても城には大勢の人が居るものだ。
衛兵、騎士、女中、執事、料理番、下働き、役所勤めの者達。
しかし、ジャミルが貴族を追い出してからの日々で、王城の中で働いていた人間も少なからず逃げ出していたようだ。
王城は、まるで人の気配がない廃墟のようだった。
俺は王城の裏庭に侵入し、尖塔を見上げた。
テラスから1本のロープが垂れている。
ジャミルとテレーザが脱出の時に寝室から外壁に渡し、切り離したものだ。
外壁上に衛兵はいない。
俺は一気に尖塔のテラスまで上昇し、国王の部屋に着いた。
この尖塔に人はいない。
室内は綺麗なままだ。
寝台の枕の一つに穴が開いていて、その横に短剣が落ちている。
女中が書き置きを見つけたままだ。
部屋の扉は閉じており、鍵も掛けられていないので簡単に開いた。
廊下は静かだ。
昨夜の連中は此処まで来たのだろうか?
昼間に城内探索や地下への階段を探す気にはなれないので、俺はテラスから裏庭に降り、城門から街に戻った。
◇
城門を出て、通りを歩き出す。
数人が俺を見ているのは、俺が城から出てきたからか?
その中に昨日の道具屋の主人がいた。
俺は何気なく道具屋に近寄っていく。
「おはようございます、旦那様。」
「おはよう。屋敷の床を磨きたいのだが、良い道具はあるかな。」
「へい、もちろんです。どうぞ店内に、ご案内いたします。」
板材の磨き粉と作業用の布きれを買った。これで魔法陣は綺麗に消えるだろう。
「旦那様。先程は王城から出てこられたようですが。」
「ああ、国王陛下への謁見を申請していたのだが、今朝、門番の衛兵から国王不在と言われたのでね。聴いていたかい?」
「いいえ、私は聞いておりません。ですが、先ほどから道の方からそのような事を話す声が聞こえてきまして。」
「そうか。私は城内に入り、城の中でも確認しようとしたが、人と会うこともなくてね。どうやら国王陛下とは会えそうも無いな。」
「それは、残念でしたね。ですが、良かったのかもしれませんよ。」
「ほう。なぜだね。」
「いえね。この国が内戦でしたでしょ。新しい国王様は昨年の秋ごろに国王になったんですが、全然姿を見せず、何も仕事をしていないって話だったんですよ。
今年は新年のお言葉もありませんでしたからね。
きっと、旦那様がお会いになられても、儲け話はできなかったでしょうね。」
「そうか。ありがとう、帰って床を磨くよ。」
「へい、またよろしく。」
◇
「城の様子はどうじゃった、ファルス。」
「人が居なくなっている。俺と話していた門番の衛兵も去った。いずれ盗賊にも入られそうだ。」
「それは、ひどいな。」
「人の問題は昨日今日の話じゃないな。昨夜の暗殺部隊の騒動があったのかどうかも判らなかったよ。」
「なんじゃ、収穫なしか。ファルス。」
「床の磨き粉を買ってきた。魔法陣を綺麗に消そう。アレク達は?レギウス村に戻ったのか?」
「アレク達は冒険者ギルドじゃ。昨日の報告をして、報酬を貰ってくるそうじゃ。」
「そうか。」
「しかし、城内はそれほど人がいなかったのじゃな。では人が隠れられる部屋もある訳じゃな。」
「そうだな。ああ、暗殺部隊は城内に潜んでいるのか。」
「うむ。奴らの行動を考えたのじゃ。暗殺を決意して王城に乗り込むが国王は寝室にいない。王妃もいない。
おそらく執務室なども確認するじゃろう。
だが、何処にもいない。
国王夫妻は外出しているのか、何処に行ったのか、いつ戻って来るのか。
これは誰かに確認しないとわからない。
戻るか?城内に潜むか?
戻ると決めた場合、転送の魔法陣が使えないと分かる。
これでは城門から出るしか方法が無い。
奴らはまだ、王城内に潜んでいるとは思わないか。ファルス。」
「考えられるな。そして、城内の人間に接触して、国王夫妻の誘拐、またはイの国への逃亡、の話を聞くだろうな。」
「ん?誘拐ではなく、逃亡の話もあるのか。」
「ああ、城門の衛兵の話だが、3人の付き人もいなくなった事で、逃亡の噂も出たようだ。」
「そうなのか。」
「ビクター伯爵。いや、若きビクター家当主はどうでるかな。国王の座につくと思うか?」
「若いゆえに座るかもしれんな。周りにいる6人の男達次第じゃろう。
さて、どうする? 床を磨くのか?ファルス。」
「いいや、報告書を作ってしまうよ。今夜の夕食後にマクレガー村長と話したい。」
「なら、茶を淹れてやろう。」
◇
昼食前にアレク達が冒険者ギルドから戻ってきた。
ギルド職員と一緒だ。
「すみません、お邪魔します。」
「やぁ、いらっしゃい。昨日も来たね。今日は何の御用かな。」
「あははは、毎日すみません。今日は、こちらのシャトフさんから、屋敷に転送の魔法陣があって、昨夜何者かに侵入されたと聞きまして、それの確認に参りました。」
「ギルドで盗賊退治の話もして、昨夜の話になってな。これは屋敷を売ったギルド側の確認不足ではないか、となったんだ。」
「なるほど。では、魔法陣をご覧になりますか。」
綺麗に掃除する前で良かった。
俺たちは大広間の転送の魔法陣を見せ、昨夜の出来事を話した。
(アレク、ここからビクターの屋敷に俺たちが飛んだことは話したか?)
(いや、話していない。)
(よし、その話はするな。)
「つまり、昨夜、突然7人の男達が現れ、消えた。原因を探って絨毯をめくると魔法陣があったので、使えないように一部だけ消した、という訳ですね。」
「そうだ。」
「あちらの小さな魔法陣は?」
「不明だが、あの大きさでは一度に7人の転送は無理だ。なので昨夜使われた魔法陣では無いと判断し、残してある。」
「7人の男の確認はどうやって?見ましたか?」
「見てはいないな。留守番の者が探知の魔法で人数を確認した。
留守番2人に対し侵入者が7人だったので、彼女達は相手の確認より身の安全を優先させ避難した。」
「なるほど。」
職員の彼女は手元の紙束に状況を書き込んでいく。
2枚の木の板の間に紙を挟み、穴を開けて紐で留めているのか、良く出来ている。
インクつぼは腰帯に装着していて、ペンは腰と紙束の間を行き来する。
足元の床に、いくつかの黒いしみができているな。
「では、その男達が何者かは判らなかったのですね。」
「そうだな。しかし、この屋敷の隠された魔法陣を使ったのだ。この屋敷の元主人、ビクター伯爵家の者たちだろう。」
「ああ、そうですね。」
「もし、そう名乗るものが現れて、この屋敷は伯爵家の物だから返せ、と言ってきた場合は、冒険者ギルドが対応してくれるのか?」
「ええ、その場合は、私どもで対応させていただきます。
昨夜の侵入者ですが、他に壊されたような物とかはございませんか。」
「それは無いな。」
「そうですか。」
彼女は床にしゃがみこみ、魔法陣に指先を触れた。
「古い物ですね。」
「ああ、一部は板に染み込んでいる。昨夜の内に掃除してしまうつもりだったが、時間が掛かるのであきらめたよ。」
「そうですか、わかりました。」
ギルド長に報告しておきます。と言って彼女は帰っていった。
「あの表情は信じていないようだな。」
「証拠が魔法陣だけ、侵入者は痕跡無し、俺たちが話を作っただけって可能性があるな。」
「むぅぅ。なるほど、反論できないな。なんで、俺たちがビクター家を確認した話はしなかったんだ?」
「この魔法陣ではなく、ナンドゥール製の複製だ。それこそ、俺たちが騙している様に見えないか?」
「そうか。」
アレク達と一緒に、俺たちはレギウス村に戻った。
次回104話「屋敷を売る」
金貨500枚。安売りするとリサに怒られます。




