閑話:神咲 瑠花③
翌日、強い雨の音で目が覚めた私はひどい目覚めに少しの苛立ちを起こす。もう1度寝たいがそういうわけにもいかず、学校に行く支度を始めた。
「行ってきまーす」
時任くんに話があることを思い出して、風のように支度を素早く終わらせ家を出た。
今日はとても強い雨で朝から嫌になる。それでも急ぎ足になることをやめられない。一刻も早くこの不安と焦りを解消したいのだ。
学校についた私は早速、時任くんに話をした。
「時任くん、あなた美來を助けてくれた見たいね。それにはどういう意図があったのかしら?」
普通に妹を助けてくれた礼を言って、美來との関係を聞くだけのはずが口から出た言葉はなんとも高圧的な言葉だった。
私ってもしかして時任くんのことが相当嫌いなのかしら?それとも無意識で美來の敵と判断してたのかしら?…なんて考えているとボソボソと返答が帰ってきた。
「意図なんか…ない。誰も…助けないから」
イライラするわね…下じゃなくてきちんと私のほうを見て話しなさいよ。
「なら、美來とはどんな関係なの?」
私は1番気になってたことを聞いた。美來のあの親しげな様子だと、それなりの関係だと思うのだけれど。
「え…関係?……特に…なにも」
……特になにもですって?せめて友達、いや知り合いくらい言いなさいよ!まさか美來をそんな風に思ってたなんて…
それからというもの私も時任くん、いえ時任を無視し始めた。あちらからすればクラスで唯一口を聞いてくれてた人からの突然の裏切りって感じよね。
いいザマだわ!女の子を誑かして遊んでいる男なんていじめられてても文句は言えないわ!
◇◆◇
この時の私は愚かだったと思う。もう少し周りに目を向けて、時任くんや美來の性格を詳しく知れていたら…なんて……
後悔も反省も死ぬほどした。けれど今となってはもう遅い。
あぁ…私の運命の日が訪れる。
◇◆◇
今日、私たちいつものメンバーは初の依頼を遂行するために新しく出現した推定Eランクダンジョンの中にいる。もちろんクズ以外はみんな探索者の資格を持っている。
なんだかクズが怯えてるけど、とんだチキン野郎ね。私たちがいるから絶対安全なのに。
事実、さっきゴブリンが出現した時も佐久間くんと有栖が危なげなく倒したじゃない。
なんて考えていたらまたゴブリンが前方からやってきた。すぐさま佐久間くんが先陣を切りゴブリンを切り刻み始める。どうやら佐久間くんだけで大丈夫そう。
その後、ものの数分で終わったゴブリン退治。佐久間くんが少し怪我していたので回復させてあげる。
「回復促進」
まだ熟練度が低くて回復は使えないけど、これで大丈夫だろう。
「早く下に行くぞ!」
佐久間くんの掛け声で動き始めた私たちは第2階層に向けて出発した。
第2階層へと進んだ後、すぐに第3階層へ続く階段があり、トントン拍子で進んでいき早くも私たちはフロアボスの部屋がある第5階層へ到着した。
今回の依頼は第5階層までの調査なお、フロアボスは倒さなくてもいい。つまり、この階層を探索して今進んできた道を戻れば依頼達成。
私はもうすぐで依頼を達成できると浮かれていた。そう、浮かれてしまっていた。そのため、いま目の前で起きた事態に頭がついていかない。
え、えなんで腕が…佐久間くんの腕が…え
そう、突如として現れた巨大カマキリ型の魔物が鎌を振り上げた瞬間のことであった。
「ギャアアァァァァァァァァ俺の腕ガァァァァァァァァァァァ!!!?」
佐久間くんの叫び声で我に返る。そして冷静になった頭は大きな危険信号の音を発していた。これはまずい…逃げなきくちゃ!
頭で考えた瞬間にで走り出す。後先なんか考えてない全速力。だけど足の遅い私は皆の最後尾。まずい、このままじゃ…この焦りは致命的なミスをもたらす。
ッ!!
不覚にもこんな場面でコケてしまった。後ろを振り向くと目の前には巨大カマキリ型の魔物がいた。
「瑠花っ!」
「有栖っ!…来ちゃダメよ!」
有栖がこちらに駆け寄ってくるのを止めようとしたけれど1人はやはり怖くて、言い淀んでしまう。
そんな私の気持ちを察したのか有栖はこちらに来てしまう。…来ちゃダメだと言ったのに…。
こちらに来てしまったのは有栖1人。他はみんな逃げている。確かにコケてしまったのは私のミスだ。逃げるのも正しい判断だと思う。でも…でも、仲間なら躊躇くらいはして欲しかった!
私はいまになって仲良くなる人を間違っていたことを悟った。もう私たちがここで死んでしまうことも。
「きゃあああ!やめて!こわいよぉ!!」
でも、有栖だけは助けて欲しい!私のために命を投げ打ってしまったこの子だけは…
「ううぅぅうぅ!!誰か助けてよぉ!」
誰も助けにこないことは頭では分かっている。けれども叫ぶことをやめられない。
お願い。お願いします!私たちを、せめて有栖だけでも…!
もう神頼みしかできない…私はなんて無力なんだろうか…
「ひっ!目合っちゃったよぉぉ!」
「うぇぇぇえ!!…もう…駄目だわ…ぐすっ!」
自分の無力さに嘆き、諦めかけた心にふと蘇るここ最近の出来事。これが世にいう走馬灯なのだろうか…。
ふと考えてしまう。佐久間くんの本性が垣間見えたいま、改めて考えると、本当に美來は時任に弄ばれているのだろうか…
確かに時任は無口でコミュニケーション能力は低いけど、決して悪い人では無かった。さっきだって逃げながらこちらを気にしていた。…私たちはあなたをいじめていたというのに…。
そんな人が女の子を誑かすようにはとてもじゃないけれど思えなかった。…私はとても大きな過ちを犯してしまったかもしれない。
今更、本当に今さらだけど言わせて欲しい。ごめんなさい時任…いえ時任くん。あなたがこいつから逃げ延びれることを祈っているわ。
目前に迫るカマキリの鎌に私は死を覚悟した。
…その瞬間聞こえるはずがない声が聞こえた。それは今のいままで考えていた男の子の声。…私たちがいじめていた男の子の声…。
「目の前で見捨てるなんて出来ねぇよっ!」
え…なんで、あなたがいるのよ…なんで私たちを、あなたをいじめていた私たちを助けに来たのよ!
私たちはもちろん、巨大カマキリも突然の乱入者に困惑したのか私から鎌を引き、時任くんの方に視線を向ける。
時任くんはまるで私たちを守るようにカマキリと私たちの間に割って入った後、普段からは想像できない大きく勇ましい声でこう言った。
「おいカマキリ!ここからは俺が相手だ!」
もちろん時任くんは丸腰でそもそも職業持ちじゃないから戦う手段などない。足だって震えさせている。怖いに決まっている。
でも、大声を上げ自らを鼓舞し震える足を叱咤するようにしつつも、私たちを守るように堂々と立っている姿はまるで物語の英雄のようだった。