出会い
…頭が割れるように痛い。
…痛覚があるってことは、まだ生きているのだろうか。
でも、不思議と体は全く痛くない。
とりあえず、状況確認のために目を開けてみる。
最初はぼやけていた視界もだんだんと焦点が定まり、周りが見えるようになってきた。
…緑だ。辺りを見渡す限り草木の緑で溢れている。奥には木々も茂っている。
都会に住んでるとこういう風景を見ることが少なくなるから新鮮だ。
………
……
…ちょっと待て
一旦目を閉じてから考える。
一面の緑?
俺が山奥だったり、田舎のほうに住んでいたならいざ知らず、俺が住んでいたのはかなり都会の方だったはず。
緑なんて広がっているはずがないのだ。
さっきの衝撃で頭がおかしくなったのか?
それともビルを全部緑色に塗る新手の緑化活動でも行っているのだろうか?
…きっと見間違いだろう。
さっきの衝撃に少しばかり動揺してしまっただけなのだ、きっと。
そうであってほしい。
そんな期待を持ちつつ再度目をゆっくり開ける。
…顔だ。それもかなり整っている顔だ。美しい大人の女性、というよりはまだあどけなさの残る少女の顔立ちというべきだろうか。丁度俺の妹と同じくらいの年齢に見える。
……
…
「うわぁぁぁっ!?」
勢いよく後ろに飛び退る。
誰だ!?
少女は少し微笑むと、
「やっとお目覚めになりましたね!勇者様!」
と言い放った。
「…は?」
脳の理解が追い付かない。
少女は続ける、
「貴方様は選ばれたのです!」
「………」
「この世界を救う勇者様に!」
「…あーすいません。俺このイベントの参加者じゃないんで。」
「コスプレイベントじゃないですからっ!」
「…え、じゃあそれ普段着ですか…!?……寒そうですね…」
「何でちょっと引いてるんですか!?」
そりゃあそんな露出度の高い服着てる不審者を見れば誰だって少しは距離を置くだろう。
髪の色だって海外の砂糖菓子のような鮮やかな赤色の長髪で、地毛とは思えない。
それに、服の露出度や髪色を差し引いても
「猫耳はなぁ…」
「つけ耳じゃないですから!」
彼女は何を言っているのだろう。
「この格好だってこっちの世界では普通の恰好なんです!」
…こっちの世界?コスプレ界隈の事だろうか。
「なんにせよ、俺は今から妹の誕生日に向けて色々やらないといけないんです。だから道を教えてくれないですか?」
「それは無理な話です。」
少女はにっこり笑いながら言う。
「…何で?」
「勇者様は、先ほどトラックに轢かれて死んだからです。」
「は?!」
「思い当たる節ありますよね。」
さっきの光景がフラッシュバックする。
まさか、あの時に俺は死んで…?
「生前自分のことをまるでゾンビのようだと仰っていましたけど、本当に死んでしまいましたね!」
楽しそうに少女は言う。
どうやら彼女は命というものをかなり軽視しているらしい。
「…仮に俺が本当に死んだとして、ここは一体どこなんですか?…」
「んー、勇者様の元居た世界とは違った世界線に位置する世界ですので、分かりやすく一言で言うなら『異世界』ですかね。」
そんなゲームや漫画みたいなことを急に言い出されても…
「てか、さっきから俺の事勇者様って呼んでますけど…なんなんですか?それ。」
「名前で呼んで欲しかったですか?一ノ瀬仁様」
「いや、そういうわけじゃなくて…って何で俺の名前知ってるんですか…。」
「一ノ瀬様の情報は事前にリサーチ済みなので、名前ぐらい知っていて当然です!」
彼女は得意げに言う。
…情報は事前にリサーチ済みって…一歩間違えばストーカーと変わらないぞ…
ちゃっかり俺の事苗字で呼んでるし…
「で、なぜ一ノ瀬様が勇者としてこの世界に呼ばれたのか、ですが…」
今までずっとにこにこしていた彼女の表情が少し真剣になる。
俺もそんな彼女の表情に押されて少し身構える。
今から話すことはそんなに重要な事なのか…
「正直全然わかりません。」
は?
「え?わからない?」
「はい。全然。」
「なんだよそれ…」
大きなため息をつく。
「だ、だってしょうがないじゃないですか…私だって村の予言だけを頼りにどこにいるともわからない勇者様を探してたんですよ!」
「予言?」
「はい。私の村に古くから伝わる予言によると、もうすぐ世界の終焉を救う勇者が現れるからお前が迎えに行きなさい、と村長に言われてここまで来たんです。」
「…それだけしか村長に言われてないんですか?」
「はい…だからなぜ貴方が選ばれたのかも、終焉が何なのかも具体的には私にはわからないんです…今のところこの世界は平和そのものですし…」
要は何にも分かってないんだな…
何でそんなふわっとした予言一つで動けるんだ?
単純というか、正直者というか…
…ただ細かい事情が分らないとなるとますます怪しいな。
「と、とりあえずこのままずっとここにいるのもなんですし王都に向かいましょう!」
彼女は何もわからないことを誤魔化すようにそそくさと俺の手を掴む。
「ち、ちょっと待ってください!俺はまだあなたの事を信じたわけじゃ…」
その瞬間近くの木々の隙間から何かが俺たち目掛けてとびかかってきた。
狼か…?それもかなり大きい。
俺の背丈よりも大きいんじゃないか!?
「ちっ、面倒ですね。」
少女は舌打ちすると俺の手を掴んでいるほうの腕を思い切り振り上げた。
俺の体が宙に投げ出される。
「え」
「一ノ瀬様!ちょっとの間我慢しててください!地面に激突する前に片付けちゃいますんで!」
どうやら俺は戦いをするにあたって邪魔らしいので空中にぶん投げたらしい。
「色々おかしいだろおおおお」
どんだけ怪力なんだ。
浮かんでくる走馬灯を押し殺しつつ彼女の方に目をやると何やら地面に手を当てている。
何をする気か知らないが早くしてくれないと俺が粉々になってしまう。
そう思った刹那激しい轟音とともにさっきまで俺のいた辺り一帯の地面が消し飛んでいた。
衝撃で少し弾き飛ばされる。
何だよあれ…
何が起こったのかを考えさせる暇も与えず地面が近づいてくる。
確かに俺が激突する前に片付きはしたが、さっきの衝撃によって少女が立っているところと俺の着地地点の距離は更に離れている。
これ絶対間に合わないだろ…
迫りくる衝撃に備えて目を固く閉じる。
…が、予想したような衝撃は来なかった。
何か柔らかいものに抱き留められたようだ。
「何とかギリギリ間に合いました。」
少女が抱き留めてくれていた。
「あ、ありがとう」
本当に死ぬかと思った。
「さっきの見ても、まだ私の言ってること疑います?」
「…いや、あんなの見たら信じざるを得ないというか…」
信じたくはないがあれはコスプレの範疇をどう見ても超えているし…
「そうですか!信じてもらえたようで良かったです!」
そう言うと、彼女は俺を地面に降ろす。
顔に着いた返り血を拭う彼女は何だかさっきまでの明るい感じと違って少し怖かった。
「そういえば、私の名前まだ教えてなかったですよね!」
思い出したようにこっちを振り返り言う
「私の名前はシルヴィアです。これからもよろしくお願いしますね!」
そう言う彼女の表情はまた満面の笑顔に戻っていた。