退屈な日々
目を開ける。
見慣れた白い天井が目に映る。
視線を横に逸らすと、カーテンの閉まった窓がある。
カーテンの隙間からは暖かな柔らかい日差しが漏れ出ている。
今日はきっと晴れなのだろう。
正直今日の天気なんて知らないアイドルのスキャンダル並みに興味のないことだが、知っておいて損は無いだろう。
…まあ、これといって得もないが。
ベッドから体を起こし身支度を始める。
今日も会社へ向かうためスーツに着替え必要なものを用意する。
身支度を進めつつ、テレビをつけ、チャンネルをニュースに切り替える。
ニュースは惰性で見ているためか内容の七割は頭に残っていない。
というか、このご時世テレビのニュースをまともに見ている奴なんているのか?
いるとしても、やることのない老人位だろう。
…なんだか一人暮らしをしていると他の人間と関わる機会が減るからか、とんでもなく偏見に塗れた人間になっていく気がする。気のせいだろうか。
しばらくそんな半ば愚痴染みた独り言をテレビをぼうっと眺めながらうだうだ脳内で巡らせていると、目覚まし時計のアラームがセットした六時になったため鳴り出した。
最近目覚まし時計が鳴る前に目が覚めるようになってしまった。会社に遅刻しなくなったのは喜ぶべきことだが、何だか会社という飼い主に芸を教え込まれたような気分だ。
…やはり一人暮らしのせいで思考回路がおかしくなってきている気がする。さすがにもう二十代後半に差し掛かろうとしているし、いい加減彼女の一人や二人作ったほうが良いのだろうか?
アラームと、無駄なことを考えるのを止め、またテレビを無気力に眺める作業に戻る。
◇
…そろそろ出勤する時間だろうか。
結局あれからも無意味に時間を消費し続けてしまったが、これもいつものことだ。
人生を余すことなく意味あることに使っている奴なんてきっといないはずだ。多分。
出勤の用意を済ませたら靴を履き、外へ出る。
外の天気は今の俺の気持ちとは裏腹にとてもすがすがしい、春らしい天気だ。
重い足を引きずって駅へと向かう。
◇
老若男女問わずとんでもない数の人間があり得ない密度で押し込められている電車に30分程揺られ俺の勤めている小さいわけではないが決して大企業とも言えない、なんとも中途半端な規模の会社に着く。
会社の中に入り、階段で自分の持ち場があるフロアへと上がりつつこの後の予定を脳内で反芻する。自分の机に向かい、定時になるまで雑務をこなす。その後、家に帰り買ってきた弁当を食って、寝る。
…これが俺の日常。
長い上につまらない。
会社自体は定時で帰らせてくれるため、別にブラックでは無い。
むしろまぶしいくらいのホワイトだ。
ただ、生きる目標が無い。
やりたいことも、趣味も。
だから、毎日こうして大気中の酸素を無駄に消費しつつ生きている。
体は生きているが、中身は死んでいるようなものだ。
『ゾンビみたいだ。』
少し自嘲気味に呟く。
◇
仕事を終え家路につく。
特筆するほどのことも無い、今日もいつも通りの日常だった。
会社から駅までの道には、まだ多くの人がいる。
目の前を笑いながら歩く若い何人かの女性達が通り過ぎる。
…楽しそうだ。
何が可笑しくてそんなに笑っているのだろう。
勿論俺だって面白いことがあれば笑うには笑うが。
この通りにそこまでの面白味が秘められているようには到底思えない。
彼女達はこのただのアスファルトの塊に何か俺には分からない高尚な笑いを見出したとでもいうのだろうか。
そんなわけないだろう、と一人で自分にツッコミを入れる。
不意に普段あまり使うことのない携帯が震える。
メールが届いたようだ。
俺には友人と呼べる人物は数えるほどしかいない。
しかし、そいつらは滅多に連絡をよこさない。
すると、必然的にメールを送ったのが誰か絞り込める。
しかし、一応メールを開くと、
【やっほー☆
元気してるー?
どうせまたシケた面してんだろーけどw
そんなシケた面してるからいつまでたっても彼女が出来ないんじゃないのー?
あ、あと明日は私の誕生日でーす!
忙しいのはわかるけどたまには家に帰ってきたらー?
ケーキとプレゼント楽しみにしてるからねー
P.S ケーキは苺のやつねー】
と、丁寧に人を貶してから自分の要求を通そうとしてくる、なんとも失礼なメールが来ていた。
こんな横暴で遠慮のないメールの送り主なんて、差出人を見るまでもない。
俺の妹だ。
確か今年で高校生になるはずだが、子供っぽいところは相変わらずだ。
ただ俺の事を労ってくれる一文があるのは素直に嬉しい。
そういえば、実家にはしばらく帰っていない気がする。
たまには、顔出さないとなあ。
でも、このメールのお陰で少し元気をもらえた気がする。
自然と口角が上がって、気持ち悪い表情になっている気がする。
俺も、なんだかんだ言って自分の妹が好きなんだろう。
今日は妹のために、何か買っていってやるとしよう。
もし、明日手ぶらで実家に帰ろうものならきっとあいつはかなり怒るだろうし。
そう思い、改めて携帯から目を離し歩き始めようとした。
ドンッ という大きな音と同時に体に大きな衝撃が走る。
体が宙に投げ出される。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
少しして、思い切り頭から地面に着地する。
ゴスッ と今まで聞いたことのない鈍い音が頭の中に響く。
頭から何か温かいものが流れている気がする。
意識が朦朧とする。
あ、まだプレゼント…買ってない…
これじゃ…あいつに怒られるなぁ…
…