診察、対怪しい医者
正直、なんかおかしい。
街医者って聞いたら、それはもう優しげなお爺さんとか、もう親切の固まりみたいな人達しか想像してこなかった。
どおりで聞いた人達が口を揃えて『腕にかけては』って部分を強調していた訳です。
……求人募集!!求む、実験台!?あなたの献身が世界を救う♪
今、この街の陰―闇の部分を目にしています。
そして、今、とてもキレイな人と目が合ってしまいました。
……非常に、寒気がします。
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忘れてしまったお父さんお母さん。僕の事は死んだと思って、悲しいけれども頑張って生きて下さい。そして、いつかまた逢いましょう。
最後に、助けてお願い! 死にたくない!
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………
ほんの冗談のつもりで、さっきお勉強の為に買った紙に書いてしまった。
目が合ってしまったキレイな人が、闇のオーラを纏いつつ、眩しい笑顔で手招きしている。
もう、無視は出来ない。近くを歩いていた人が、哀れみの目で見ながら俺を避けて行く。
試しに自分を指差すと、親指を立てブンブン頭を振り頷く。
……すぐ横には大きな丸の書かれた板が出た。
適当に歩いていた人を指差す(失礼だけどね)と、腕を交差させて顔を大きく横に振る。
……今度はバツが書かれた板に2つも出てる。
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『下手に逃げない方が身のため』だぞ』よ?』じゃ…』だのぅ』だよ~♪』…各世代の声※俺調べ
……曰く、必ず見つけられる。子供らは鬼ごっこ的に楽しめるらしいが、それより上の世代はホラーだとか何とか。
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…もう仕方ないから、建物に近づき、その入り口に手をかける。
……さっきの人の姿が無い。
雰囲気たっぷりに『キィ~ッ』と高い音を出して、扉が開く。そして、何故か同じタイミングで遠いどこかの扉が『パタンッ』と閉まった。
……勘弁して欲しい。普段はそうでもないのに、やたらとシチュエーションが怖い。
「いらっしゃ~い!何にする?薬?実験?手術?それとも…天国か地獄へ旅行かなぁ~♪」
謎のハイテンションで、背後から両肩を掴まれた。
口から心臓を吐き出すかと思うほど俺は叫ぶ。
「ぅぁあああーっ!あああ、ぅわーーーっ!」
そのまま逃げようとするけど、全く動けない。
状況が理解出来ない。どんどん恐怖心が増していく。今度は何かが腰にしがみ付く感覚がする。更に妙に白い腕がスーっと顔の横を通り過ぎ、首に巻かれる。
「おやおや、逃げなくて良いじゃない?…サービスしたげるから~♪」
顔のすぐ横から、薬品の匂いがした。更に耳元に息がかかる。
ゾワゾワします。
「あっ?やったー♪見て見て、怪我してるよ、コイツ!」
声が下から聞こえる。声だけでしか判断が出来ないけど、おそらくはソニアと同じくらい(15歳~そこらへん)だと思う、少女の声。
…見ず知らずの人間を『コイツ』呼ばわりするだけの口の悪さ?と無邪気な声は、腰にしがみついたのが人?なのを証明してくれた。
言ってしまえば、ホッとしたのも束の間の、次の恐怖への展開に思える。(ホラーなら)
現に体が恐怖のせいか、声の主達の力のせいか全く動かない。
「ほうほう、これは良い、じゃあ手術に決定!…妹よ、いざ行かん!我らが聖域へ!」
……手術? ……妹? ……聖域って何?
そんな風に混乱していると、突然体が浮いた。
「それじゃあ一緒に~?せーのっ♪」
「あっ、わっしょい♪「わっしょい♪」わっしょい♪「わっしょい♪」」
2つの声が楽しげに重なり合ってる。
…これは『狩った獲物を捧げる儀式』みたいな奴だよね?…俺が獲物だけど。
「やーめーてーっ!ねえっ!聞いてー!」
抵抗したいけど、藻掻くことすら叶わない。彼女らの手が離れても、体が硬直したまんまだよ。
何で麻痺しているのか、わからない!
…抵抗むなしく、ああ色々と空しく、そのまま担がれてある部屋にたどり着く。
「待合室」?
訳のわからないノリの2人の会話からは、まるで想像出来なかった、そんな普通の場所だ。
「はいっ!どおぉーん♪」
そんな掛け声とともに、五人掛けくらいの長椅子に放られる。思わず、目を閉じる。
…あれ?痛…くない? 片目を開けて、状況の確認。どうやら、勢いから何からを計算された上で投げられたみたいだ。多少は埃が舞っているけど、衝撃はその程度だった。
まだ首から下は硬直したままだったが、動かせる首を逆の方に向けてみた。
「その格好ってことは、お兄ちゃんは初めてなんだねぇ?」
恐らく診察室に近い方の長椅子、そこには老婦人が座っていた。傍らに松葉杖が立て掛けてある。……見た目にはそう見えないが、足が悪いのだろう。
「えっと、見ただけでわかります?」
「わかりますよ?ウフフ、あの先生ったら、いっつもそうなの。たまにその場面に出会ったりするのがね、また楽しみなのよ~♪」
楽しそうに笑いながらそう答えた。
…と言うか、初診の人間になんたる仕打ちか。
中身が真っ当ならば、普通にして欲しい。
「あら、そう言えばお兄ちゃん?…さっき道でお話した人じゃないかしら?」
…そう…なのだろうか? 色んな人に聞いて回ってたから記憶が曖昧だ。
「そうでしたっけ?…すみません、覚えてなくてわからないです…」
「良いわよぉ。面白い物見せてくれましたし。そう言えば、そうなるってことはお兄ちゃん逃げちゃった人かい?」
「えっ?そんな風にしてはないんですけど!」
「あら、珍しい!…じゃあ、先生のお気に入りかしらね?……ここはどっちかっていうと、爺婆か子供しか来ないからねぇ…」
何人かは若い連中からも話は聞いたハズ。でも、知ってるクセに寄りつかない…つまりは子供の時に来たことがあるってくらいなのかも知れない。
「そうだとしても、あんまりですよ。体が動かないって。それに、診察っていうか、お話聞きに来ただけなのに…」
「先生もはしゃいじゃったのねぇ。体はすぐに動くわよぉ?診察の時間待ちも考えているくらい、あの人は腕は確かだから。…お兄ちゃんもみんなから聞いたでしょ?」
「みんなそう言ってましたね。頼れる人なのはわかります」
「そうなの、頼れるわぁ♪おばあちゃん、この前まで歩けなかったのよ?…それをここまでしてくれるんですもの!…本当に良い先生!」
別に探るつもりはなかったけど、お婆さんのお陰で、ここの先生が人としても立派なように思い始める。
ほんのちょっとの間、話し相手になっていると奥の方から名前が呼ばれた。
「ありがとうね、お兄ちゃん。おばあちゃんも久しぶりに若い子とお話できて楽しかったわぁ♪お兄ちゃんも先生に診てもらって、早く良くなると良いねぇ?」
「こちらこそ。体が動かない分、このあとが寂しいですけど、お婆さんも早く良くなって下さいね」
…お互いに感謝しつつ別れるけど、お婆さん、俺は話を聞きに来ただけなのに、この状況です。
……ところで、俺はいつになったら硬直から回復するんですか?
診察待ちって、あとどれくらい?
1人っきりの待合室、寂しいんです。
たまには更新。片方がほぼ毎日な分、息抜きに。