日常
食って働いて、食って働いて、食って(飲んで)寝る。…1日ってこう言う感じ。
働いて、なんて言っても実際はすることがない日の方が多い。たまに入る雑魚狩りをして、素材やなんかを足しにしてその日を暮らす。
…別に、定職がない訳じゃないけど、初めからこんな生き方しか知らないと『時間』も『自由』を捨ててまで、楽な暮らしなんてしたくない。
「ちょっと~!早く起きてってば!シズルさんっ!」
「起きてますよー」
「もうっ!お掃除するんだから、早くどいてぇ~」
必死でしがみ付く毛布を引っ張られた…だけじゃなく、一瞬で剥がされ、そしてベッドから小突き落とされた。
―えっ、何なの、その特殊技能?
…エプロンドレスを着た、大人びた少女?が毛布を片手に、布団叩き突き出して立っていた。
こんな娘にさえ勝てない俺、そして、俺の自由が今死んだ。貴重なお休み…。
こういう時なら俺よりも強い。間違いない。キレイな栗毛をポニーテールにして、今日も元気に尻尾をゆらゆら動かし、手際よく洗濯ものを篭に詰めながら、不意に彼女は話し掛けてきた。
「あっそれと宿代出して、や~ど~だ~いっ!」
「えぇ~。昨日払ったじゃないか?」
「そ・れ・は!先月の分でしょうが!」
実は、その日暮らしも満足に出来てない俺だった。
「ほらっ、俺って記憶喪失だろ?…だから、そんなこと記憶にないなぁ~、なんて?」
「そんな都合の良い記憶喪失なんてないです!早くご飯食べて、さっさと働いてこーいっ!」
…世話になっている宿屋の娘、ソニアに部屋を追い出された。
仕方ないので、食堂に下りて、今や定位置になったテーブルに向かい席につく。
「おはようさん、坊主!」
「だから、坊主は止めてくれって…」
これも毎度の、今や挨拶代りとなった、朝(昼)のやりとりだ。
見た目通りの元気なおっさん、宿屋の主人のゴリラ……じゃない、ゴリアスがテーブルの上に手際よく朝食を並べてく。
「相変わらず、すまないなおっさん。そんじゃ、いただきます!」
「気にすんな。遅れはしても出すもん出してくれんだ!きっちり払えるようになるまでは、いくらでも居りゃあ良いさ、なっ?」
そう言って俺の向かいの席に座って、自分でコーヒーを注ぎ、一口啜る。
「…それって、俺のじゃないのか?」
あまりに自然にそうしたもんだから、あっそう、と思って見てたが、どう考えても俺のやつだ。悪い、なんて言いつつ、新しいカップを出して来て、俺の分のコーヒーを注いでくれる。
……これも相変わらずの俺の日常か。
「しっかしなぁ…、なんでアノ娘は、金、金言うかねぇ?」
「ハッハッハ!中々面白いダシャレだなー、坊主」
「いやいや、わざとじゃないから。今気付いたわ!」
本当にそんな気なく、自分がカネかね言ってた。ちょっと恥ずかしい。
というか、そんなことはどうでも良い。答えて貰ってないから。
「うーん…。別に俺は気にしてないのになぁ?あれじゃねぇの。…『私がいなきゃダメなんだから』ってのか?世話女房みたいな。そうじゃなきゃ単なる照れ隠し、とか?」
「確かにそんなことあるかな?ダメな兄貴を叱る、出来た妹って感じだけどな?どっちかって言うと。あと照れ隠しも何も、あれで普通じゃないか?」
なんて話をしてると、上の階から『ドンッ!』と音とともに衝撃が響く。
まさか丸聴こえ? 床にでも耳つけてんの? ……なんておっさんと盛り上がってみる。
そんな感じに話しをしながら、トーストの最後の一欠片を口に突っ込んで、コーヒーを流し込んだ。
「ごちそうさまでした。いつも通り、上手かった」
「おう!…しかし、いつもながら変な習慣してんなぁ?本当にどこの出なんだか、わっかんねぇなぁ」
「そんなに変か?俺はこうしないと、なんか気持ち悪いってか、良くないなって思うけど」
本当に、そう思う。何故かはわからないけど。
ゴリアスが食器をまとめて、洗い場に引っ込んでいく。なんとなく、後を追いかけて、今度はカウンター席に座って、話しをする。
「何か面白い話は聞いてる?」
「そうさなぁ…、また例の勇者様たちがどっかの魔王に殺られたってことくらいか?」
食器をガチャガチャ言わせながら、ゴリアスはそんな話を切り出してきた。
魔王と勇者、まるでおとぎ話だな。別に魔王が居ても何か悪いことしてる訳でもないのに、どっかの国では本気で殺りにかかっているらしい。
「例の国はバカなのかね…。これで何人目だっけ?」
「さぁ?うちの国にゃ関係ない話だから、知らん」
「確か、16人目じゃなかったかしら?」
いきなり後ろから声がして驚いた。何時の間に居たんだか、ソニアが会話に混ざる。
「本当にバカよね。今は悪い魔王なんていないのに、態々何のためにそんな無駄ことしちゃうんだろう…」
「子供にはわからんかもな?…まぁ、そう言う俺もわからんのだから、気にすんな!」
「私はもう大人ですぅー!お父さんのバカっ!」
見てて飽きない父娘です。
「あぁ…、ソフィア…。娘が反抗期らしい…。参っちまうよ…」
どこか遠くを見て、ゴリアスは祈るような仕草をする。
なかなかに演技が上手くて、逆に笑える。
「ま~た、そんな事して!お母さんが帰ってきたら言いつけてやるんだからねっ!」
「すまんすまん!それだけは勘弁してくれ!今度は、今度ばかりは~!」
必死になって娘に頭を下げる、ゴツいゴリラ。いや、ゴリアス。諄いようだが、端から見れば、少女に調教されてる猛獣だ。
ハハハ…と声を上げて笑っていると、今度はこちらに飛び火してきた。
うら若き乙女の白い目…ジト目が怖い!
「あれぇ?アレアレアレェ?そこのダメダメなお客様は笑っていられるのかしら~?」
圧がすごい。これが少女が出せるオーラなのか?…マジで怖い。
「アハ、アハハ…。はぁっ…。すみませんでしたーー!」