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でんぱ   作者: 88
2/4

<2>


 待ち合わせを直接学校ではなく近くのコンビニにしたのは校門前では目立って怪しまれるから、という理由だけだったのだが、虫除けスプレーが欲しいという女子の要望もあり、私達はついでに少し買い物をしていくことになった。

 お菓子とか、どうしてなのか男子が花火を選んだり、誰かが悪ノリして入れたアルコールの入った買い物カゴとお金を渡され有無を言わさずレジに行かされて、大学生のアルバイトらしい店員に何もツッコまれず会計出来たのに私は心底ホッとした。




 校門は当然閉まっていたけど、長身の男子二人の協力を得て何とか全員よじ登って中に入った。「服が汚れた!」とか「もう疲れた!」とか文句を言う女子達と、それをなだめる男子の声を背にしながら、私は目の前の光景…夜の闇の中にたたずむ見慣れたはずの校舎の不気味さに、来たことを今更ながらに後悔していた。

 毎日通っている校舎でさえこうなのだから、昼間でもあまり人が近寄らず、不気味な雰囲気の漂う旧校舎の迫力は一体どれ程のものだろう。…考えただけでもう嫌になってくる。


 目立って見付かったりしないようにと懐中電灯はまだ点けず、月明かりとスマホのライトを頼りに、私達は広いグラウンドを横切り新校舎の脇にある旧校舎を目指す。機嫌の直ったらしい女子達と男子二人が一応声を潜めて、けれど、深夜の学校に忍び込むという状況にテンションが上がっている様子ではしゃいでいたが、目的地に近付くにつれ皆口数が減り歩みも遅くなり、着いた時には言葉には出ずとも“帰りたい”というオーラが誰からともなく感じられた。



 旧校舎の傍に設置されたライトは一様に既に切れているらしく、辺りには光源となる物が全くなくて、校舎は学校の敷地の奥の、更に新校舎の影になる場所に建っているために、その姿はまるで漆黒の巨大な岩がそびえているかのように見えた。ついでにここに来て月が雲に完全に隠れてしまい、スマホのライトに照らされた狭い視界にぼんやり見えるボロボロの外壁が、その不気味さを余計に際立たせている。


 ねえ、もう帰ろう!、嫌気がピークに達した私がたまらずそう言いかけた時、突然強い光がパッと皆の手元辺りを照らしたのに驚き、体がびくりと大きく震えた。見ると揚羽の片手に点灯した懐中電灯が握られていて、その光の中でキレイな顔に呆れたような薄い笑みを浮かべている。


 「何を怖気付いてるの?幽霊とか本気で信じてるの?ばかばかしい」


 そう言うと揚羽はさっさと一人、件の、板の打ち付けられていない扉のある旧校舎の裏側を目指して、躊躇する様子もなくスタスタと歩いて行ってしまう。


 「…あっ!待てよ揚羽!!」


 佐武もごそごそと自分の懐中電灯を探しながら揚羽の後を付いて行って、残された私達は二人だけを置いて帰るわけにもいかず、渋々といった感じでそれぞれ鞄やポケットから懐中電灯を出して後を追う。



 大小様々な光に照らされた足場を慎重に歩いて、ようやく二人に追い付くと、気の早い彼女らはもう既に南京錠の鍵穴に拾った鍵を差し込んでいるところだった。

 カチリ、という気味の良い音が響いて、頑丈そうな南京錠がいとも簡単に開けられたのに拍子抜けする。


 「さあ、入るわよ」


 取っ手に巻き付けられた鎖を佐武に外させながら、揚羽がそう言ってこちらに強い視線を向けた。その、いつもの有無を言わさぬ様子を前にしては、私も皆も「帰りたい」なんて言えるはずもなかった。




 さほど大きくない観音開きの扉の片側が、ギギッ、と錆び付いた重い音を立てて開かれ、そこから佐武、揚羽の順に中へと入って行く。すぐ前にいた遠藤の背中が扉の向こう側へ渡って行くのを見送りながら、そういえば、と、私はここに来てから一度も御手洗君の声を聞いていないのを思い出した。


 私の後ろ、最後尾にいるはずの彼を振り返ると、いつも通りの、何を考えているのか表情の読めない整った顔がそこにあった。


 「…あれ?御手洗君懐中電灯は?」


 その時になって初めて、彼の手に懐中電灯がないのに気が付いた。


 「持ってない」

 「あ…そうなんだ。じゃあ、危ないから私のを一緒に使おう」


 御手洗君は無言で頷き、そこで会話が終わってしまいそうになったけれど、少しでも怖さを紛らわそうと私は次の言葉を模索する。


 「え…っと、大丈夫?怖くない?」


 結局ろくなものが浮かばず気の利いたことは言えなかったけれど、人見知りの私にしたらこれでも精一杯頑張った。なのに、


 「別に平気」


 そう素っ気なく言われては、「あ、そう」としか返せなくてすぐに閉口した。



 …彼は一体どうして付いて来たのだろう。別段この状況を楽しんでいる様子もないし、自分を誘った揚羽にアプローチするでもない。

 本当に、よくわからない人だ。そう思いながら中に入ると、外よりも更に濃い暗闇と、密閉された埃臭い空気の重苦しさに圧倒され、思わずウッと声を上げて顔をしかめた。



 建物自体はボロくて既にあちこち壊れているのに、窓や扉にことごとく外から板を打ち付けてあるせいで、中は思った以上に気密性が高く、これなら多少の声を出したり懐中電灯を使っても、外には漏れないだろうと思った。

 …ということは、もし何かあった時の助けも呼び難くなるわけで…。そこまで考えてゾッとしてしまい、いやいや何もあるはずなんかない、と、自分の中に生まれた嫌な想像を追い払うように頭を振った。


 今にも壊れそうなボロボロの床板を踏み抜かないよう気を付けながら、前を歩く人の後に付いて進んでいると、先頭を歩いていた佐武や真奈の、何やら興奮したような声が聞こえて足を止める。


 「えっ、なになにどうしたの?」


 私と同じように状況が掴めないでいるらしい美亜の、混乱したような問いかけに、


 「…あったわ」


 そう、静かに告げる真奈の声が闇の中に響く。すぐにその意味を悟って皆が押し黙り、私は背中にじわりと汗が滲むのを感じた。




 鏡は2階へ続く階段の折り返し地点、中2階とでも言うべき場所の側壁に掛けられていた。私達は階段の前に集まり、揚羽の懐中電灯がまっすぐ照らすそれを見上げて、皆しばらく竦んだように動かなかった。


 けれどやはり、最初の一歩を踏み出したのは揚羽だった。「階段がけっこう傷んでるわ」そう言いながら慎重に昇っていき、未だ動けないでいる私達が見守る中で、とうとう鏡の前まで行ってしまった。


 「…あっ!あ、揚羽、俺も!俺も行くよ!!」


 そこでようやく佐武がはっとして、慌てて揚羽を追って昇っていく。


 「佐武っ!!」

 「光っ!」


 上しか見ていなかったせいで途中バキッと嫌な音を立てて佐武の足が階段を踏み抜き、私達はギョッとして思わず声を上げたが、


 「…はは、ダイジョブ、ダイジョブ。へーきだよ」


 少し沈んだ片足を割れた床板から引き抜くと、さすがの彼も動揺はしているようだったが、特に問題ない足取りで残りの段を昇って行った。


 「…だから、痛んでるって言ったでしょう」

 「へへ、ごめーん。心配した?」

 「あんた達も気を付けてよ、何かあったらこっちが困るわ」


 …もうちょっと、嘘でも優しい言葉をかけられないものだろうか。文字通り上からこちらを見下ろす揚羽の物言いに私は呆れたが、


 「え~っ、ヒドイよ揚羽~!」

 「そーだよ、そんな間抜けはこん中で光と春名くらいしかいねえよ」

 「おいコラ良哉、俺と春名なんかを一緒にしてんじゃねえ。俺に失礼だろ!!」


 そう言って楽しげに盛り上がる連中を見て、彼らを少しでも気遣おうとした自分がバカだったと思い知った。



 …だが、揚羽達に私を苛めているという意識はないのだ。“イジられキャラ”という体のいい役割を勝手に押し付け、罵り“イジって”、友達のいない可哀相な私にかまってくれているつもりらしい。…有り難くて反吐が出そう。

 だいたい、あんた達と一緒にいるせいで、余計なことをして揚羽に睨まれたくないからと、誰も私に近寄って来ないというのに。


 「あはは…。皆ひどいよね、御手洗君」


 …そして、例えこんな奴らにでも、仲間はずれにされて独りになるのはイヤで、へらへら笑って返す自分にも腹が立つ。苦し紛れに御手洗君を巻き込んだけど、自分には関係ないと言いたげに無言で目を反らされたのに揚羽達がウケて、惨めさが増して死にたくなった。




 脆くなった階段に気を付けながら全員が揚羽の居るところまで昇り、私達は改めて、噂の姿見と対峙した。壊れかけた旧校舎の中にあってその鏡は不自然な程にキレイで、縁の飾りが少し剥げてはいるようだが、肝心の鏡部分は割れたり欠けたりすることなく、前に立つ私達をしっかりと映していた。

 今でも問題なく使えそうに見えるそれを、どうして学校の職員達は新校舎に運んで再利用せず、こんなところに放置しているのだろう。そう考えると、使える使えない以前の問題があるのでは、とか、もしかしてやっぱり霊が?なんて馬鹿な考えが、つい頭に浮かんでしまって背筋が寒くなった。


 「…あとまだ10分くらいあるわね」


 霊が現れるという時刻は0時ちょうど。今はまだ、鏡に映る景色におかしなところは見られない。…いや、たとえ0時になったって、何かが起こるなんて有り得ないのだけど。


 「じゃあ、それまでここで、さっき買った菓子とか食ってよーぜ」


 言うが早いか、佐武が私の手に握られた買い物袋をひったくるように奪っていく。そして鏡に背を向け床に胡坐をかいて座ると、買い物袋を手前に置いて懐中電灯のライトを当てながらもう片方の手でごそごそと中を漁り、缶ジュースを一本取り出して揚羽に差し出す。


 「はい揚羽、ノド渇いたろ?こっち来て一緒に飲も」


 佐武は空気は読めないけれど、こういうところは抜け目ない。


 「ありがとう。でも私、床は嫌だわ、汚いし」


 けれど揚羽はそうにべもなく言い、鏡から少し離れた場所に立って受け取った缶を開ける。それに倣って私達も佐武からジュースやお菓子を受け取ると、それぞれ適当に、けれどあまり他の人と離れ過ぎないようにして0時が来るのを待った。



 それにしても、何故、誰が全部缶を選んのだろう?今更ながらに私は疑問に思う。飲み物を買うなら、普通はペットボトルじゃないだろうか。でも余計なことを言って反感を買いたくないので、黙って自分のぶんだと宛がわれた無駄に甘い液体の入ったそれに口付ける。




 「そういえばさあ、キワコってのは結局何で死んだの?」


 他愛のない話をしながら少しの時間が経って、佐武によって唐突に切り出された質問に皆顔を見合わせる。


 「…たしか、鏡に映った自分のキレイな顔に見とれて、割れた破片が降って来るのに気付かなくて首を…って」

 「ナルシーかよ」

 「俺は、すっげー美人だったのに事故かなんかで顔に大怪我を負って、それを苦に自殺、って聞いたぞ」

 「うわ~、ヒサン」

 「美々は、キワコのキレイな顔に嫉妬したクラスの女子に刺されたって聞いた~」

 「おい揚羽、真奈、美亜。お前ら春名に気を付けろ、刺されるぞ」


 そう言った遠藤の言葉にどっと笑いが起きてその場が盛り上がるが、失礼過ぎて全員殴ってやりたくなったのを私は苦笑いしてやり過ごす。


 「んで、結局どれなんだ?」

 「さあ~?お前、出て来たら聞いてみろよ」


 結論が出ないまま、その話題は男子二人の馬鹿な会話で終わった。

 所詮は怪談という眉唾話。突き詰めると有り得ない事件や事故が発端とされてたり、こうやって複数の説が混在してるのはよくあることだ。




 …時刻はそろそろ問題の0時。喋っていた皆の口数が次第に減り、出るわけはない、と言いながら、漂う緊張感に場が張りつめている気がするのは多分勘違いじゃないだろう。


 「真奈、何時になった?」


 ポケットからスマホを取り出した真奈に揚羽が尋ね、


 「今…11時59分」


 そう答える真奈の声が、心なしか強張っているように感じられた。



 「…10、9、8、7…」


 いよいよその時が近付き、佐武がスマホを見ながらカウントダウンを始める。恐怖とも期待ともつかない得体の知れない緊張に胸が苦しくて、気を紛らわせたくて私も自分のスマホを手にしていた。


 こんな状況の中にいても、見慣れた待受と人工的な光を眺めているとほんの少しだけ安心出来た。

 …だけど佐武のカウントダウンが“3”を切ったその時、スマホの光も、それぞれの手に握られていた懐中電灯の明かりも一斉に消えてしまって、突然訪れた完全な暗闇に私達は驚愕し、怯え、耳を劈くような複数の悲鳴が辺りに木霊した。






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