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ニーナ、眼力を示す

「まさかジェイクのやつが君に……? いや違うな、そんなはずはない」


 幼馴染みが目の前のこの美女に、僕をダシにして面白おかしく寝物語をする光景を、一瞬想像しかけた。だがそれは不可能だ。


 ジェイコブ・ハリントンは僕の縁談が持ち上がる前に郷里を離れた。以来、先の手紙まで連絡なし――つまり、目の前の女性がそれを知っていることに合理的な説明は一切見当たらない。僕は思わず間抜けな質問を口にしていた。



「まさか、それも魔法なのかい?」


 途端にニーナは弾けたように笑い出した。


「それこそ、まさかよ。魔法ってそんな便利なものじゃないわ。そうね、種明かしをしてあげる」


「それって、魔法以外に種があるってこと?」


「ええ。さっき部屋のドアを開けた時点で、私にはいろんなものが見えてた……つまりこれも情報収集の成果よ。まずあなたの、シャツの襟」


「む」


 僕ははっとして襟元を手で押さえた。


「そのレース飾りは、明らかにあとから縫い付けたものだわ。襟の縁に沿ってわずかに波打ってる。材質は絹、でもあなたの胴着の生地はベルベットじゃなくてもう少し安いコーデュロイだから、少し不釣り合い。で、左襟の花模様、端から三枚目の花びらを見ると、編み目の数を間違えてることがわかる。全体の形も微妙に不ぞろいだわ――つまりそれは熟練した職人じゃなくて素人、それも多分若い女性が作ったものよ……レース編みの手芸に絹を使えるほど上流のね」


「……こんな短い時間でそこまで」


「襟飾りのレースを婚約相手の殿方に贈る風習があるのは、どこの地方だったかしら……詳しく調べればお相手の家名も特定できるわね、きっと」


 僕は思わず座っている椅子ごと、わずかに後ろへ下がった。彼女の恐るべき眼光から少しでも逃れないと、バジリスクににらまれたウサギよろしく石化するか、さもなくば丸裸にされてしまうような気がする。


「で、次にあなたの腰に下がっているその剣だけど……作りそのものは、百年くらい前に国王直属の近衛部隊で採用してた、騎兵用の剣に多く見られた様式(スタイル)。身幅がやや細くて真っすぐな、刺突向きのやつよね。手入れが行き届いて使い込まれた様子があるから、昨日や今日あつらえたものじゃないこともわかるわ」


 僕は内心で舌を巻いた。彼女は鞘の上から見ただけで、この剣の素性を正確に見抜いたのだ。


「となると、持ち主には軍功で身を立てた先祖がいた可能性が高い。柄頭の目立つ赤い宝石は本物のルビーじゃなくて、何か代用の石ね……ちょっと大きすぎるもの。それと、護拳(ナックルガード)は最近の流行のものに取り換えられてるけど、使われてるのは金じゃなくて、真鍮か何かをそれらしく見せた模造金。貴族らしい体面を保つためにいろいろ苦労してると考えるのは、うがち過ぎかしら?」


 もはや言葉もない。この剣はもともと曽祖父のもので、最近護拳(ナックルガード)を取り換えたのもその通り。柄頭の宝石は父の代につけたもので、ガーネットか何か、とにかく手の届く範囲の石だったはずだ。


「あなたは自分より上流の若い女性と、おそらく結婚の約束をしていて――にもかかわらずこのエスティナくんだりまでやってきた。ハリントンさんの手紙に誘われて、ね。そして靴を見れば、ここまでの旅路が決して楽なものではなかったことが推測できるわ。馬ではなく、徒歩でしょう? つま先の皮がだいぶすり減ってるし、縫い目には泥が食い込んでる。旅に出る際に彼女の家からの援助はなかった――そういうことになるかなって」


 僕はぽかんと口を開けて、ぶざまに両手を上げた。

 乗合馬車を使えたのは途中まで。北部地方に入ってからは、荷物を最低限に減らしてひたすら歩いてきた。

 靴そのものはアナスタシアの実家から贈られたもので、学院の規則に合わせて名高い靴屋に作らせたまたとない品だ。だがそこはあえて教えなくてもいいだろう――彼女の眼力はまこと敬意をはらうに値する!


「まいった、完敗だ! よくもまあ、そこまで見抜いて……」


「それだけの情報をあなたが自分の体から垂れ流してた、ってことなんだけど。でも私にわかるのはここまでよ」


「なるほど、情報収集は大事だ。よくわかったよ……あと、僕はもう少し身なりを隠す様にしよう。学院にいたときのままの気分じゃあ、何に巻き込まれるかわからない」


「そうね。ハリントンさんもきっと同じことを勧めたと思うわ」


 そんな話をしていると、ちょうど先ほどの神官が戻ってきた。手には一枚の羊皮紙を携えていて、彼はそれを僕たちのテーブルの上に丁寧に広げて見せた。


「お待たせしました。ジェイコブ・ハリントン様、登録では戦士ですな。四日前に三人ほどの同行者とともに梯子(ラダー)へ向かわれています。記録ではそのあと、帰還の報告が確認されておりません」


 ニーナの形のいい眉がぐっと寄せられ、額に深い縦皺を刻んだ。


「これは……間違いないようね」


「待った。戻ってきてから記録を残さずに街へ戻ることは?」


 神官はゆっくりと首を振った。


「できません。迷宮最上層の入り口付近には、わが教団の若い神官たちが交代で数人ずつ、常に駐在しておりますので」


 では結論は出た。ジェイコブは迷宮で消息を絶ち、戻ってきていない。それで決まりだ。

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