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ところで、この屋敷どうする?

 導師の死体に駆け寄り、杖を拾ってベッドの方へ放り投げる。ベッドの足元にふかっと載ったそれを、ニーナがつま先に引っ掛けて手元へ蹴り上げ――僕は目をそらした。

 オークたちが明らかに勢いづくのが分かる。何を考えているのかは明白だが、させてたまるか。


「だいたい三十匹くらいいたわ。狭いところに引き込んで分断させた方がいいけど……そっちの小部屋へ!」


 ニーナの指示に従って、僕たちはこの礼拝堂とも宴会場ともつかないホールの、北側の壁に設けられた扉へと走った。廊下と合わせてあるのかいい塩梅の横幅で、僕とジェイコブが並んで塞げば一度に二体までの相手で済みそうだ。


 だが、そこまで走る間にオーク五匹が僕たちを押し包むように展開してきていた。このままでは誰かが捕まる。


「みんな、目をつぶれ!!」


 最後尾についていたジェイコブが叫んだ。はっとして目を閉じる――瞼の裏が赤く燃えた。「閃光壜(フラッシュヴァイル)」だ。


 一……二……三……! 


 目を開けてオークとの位置関係を確認した。もしも敵がこちらの意図に気づいて同時に目を閉じていれば、逆に不利になることだってある。

 ジェイコブは目をつぶったままオークめがけて踏み込んでいたらしい。大剣がざっくりと一体の腹を断ち割り、続く一太刀は床すれすれを薙いでオークの足首を斬った。そいつは糸が切れたように床へ崩れた。魔剣に込められた昏倒の能力が発動したのだ。


 僕も彼の後に続いて突っ込む。目をかきむしるような手つきで眩しさに悶える巨体に一撃、ひい爺さんの剣がオークの脾腹を貫く。


 続いて広間へなだれ込もうとしていたオークたちの先頭が棒を飲んだように固った。エリンハイドだ。これで広間へ侵入する動きをコントロールできる。僕たちはオーク相手のパターンをほぼ確立しつつあった。


「ニーナ、その杖は使えそう?」


紅炎針弾(ファイアーニードル)!」


 返事は詠唱をもってなされた。かがり火の炭がまた一つ砕け、ほとばしる熱線が次々とオークたちを突き刺す。かがり火の火籠が最後の一個になると、ニーナはさっきのベッドを標的に杖を使った。ぶすぶすと煙を上げ、シーツやマットレスが黒く焦げ始める。


 その炎を触媒に、さらに熱線が生み出された――


「大丈夫よ! この杖、まだバカみたいに回数残ってる!!」


 杖をふるい敵に向けて擬す彼女の腕の動きにつれて、白い(まり)が弾むようにその胸が揺れた。

 早く終らせて、何か着せてやりたい――そして、あの無防備な姿に一匹のオークとて近づけるものか!!


 ロドリクスの剣をふるうジェイコブの動きはもう目にも止まらなかった。白い冷気と氷の微粒子をまといつかせながら、彼は広間をかき分けてオークの死体を積み上げていく。だが、このままでは彼も倒れてしまいそうだ。何カ所かに負った傷から、剣をふるうごとに血がしぶいている。


「戻りなさい、ハリントンさん! 隊列を組むんだ」 


 エリンハイドが鋭く叫び、ジェイコブはようやく動きを緩めた。小部屋の戸口へと戻る彼をかばうように盾を構えてそばに立つ。


 趨勢は決しつつあった。僕たちの勝利だ。オークたちは肉体に焼け火箸を当てられる苦痛に悶え、昏倒したところをポーリンの短剣を首に撃ち込まれ、凍傷を負い、急所を刺し貫かれて倒れていった。


 ロドリクスの墓所で四回の戦闘をこなした僕たちは、自分たちで考えるよりずっと、戦いなれしていたのだった。


 

         * * * * * * *



 エリンハイドが「腐食(スカヴェンジ)庭師(ガーデナー)」の詠唱を終えた。オークたちの死体は見る間に腐葉土へと姿を変えていく。便利だが、やはり恐ろしい眺めだった。

 僕たちは陣地として利用した件の小部屋を漁っていた。あのコルヴァンや導師たちが何を企んでいたのか、その手がかりを探そうと考えたのだ。 


 ニーナが着ていた服もそこにあった。無事に送り返すつもりがあったとはとても思えないが、なぜか丁寧にたたんである。


「ニーナ、これ。君の服……早く着てくれ」


 腕を目いっぱい伸ばして手渡すと、彼女は胸に抱え込むようにして受け取った。隅っこのタペストリーの陰で着替えだす。いったん部屋を出ようとして、足元で、カサと物音がしたのに気が付いた。


(ん?)


 何か紙包みのように見えた。赤い蝋のかたまりが中央に押し付けられている。どうやらどこかの紋章――貴族家の印を指輪で押したものに見える。

 今手に取ったニーナの服の間から落ちたに違いない。仕事で接触した貴族からの手紙か何かだろうか?


 ニーナに渡さねばと思ったが、ちらと振り向くと彼女は今まさに、下着に通すために足を持ち上げたところだった。あと回しにした方がよさそうだ。僕はその紙包みを鎧の腰に付けた小物入れの中に押し込んだ。


「ダメですね……書類の類は何一つ残してないようです」


 ほかの部屋を調べていたエリンハイドとジェイコブが、渋い顔で帰ってきた。


「あと、ここはエバーグリント伯爵家とは実のところ関係ないようですね。やはり、どこに別荘があっても違和感のない裕福な貴族、ということで名前を使われただけらしい……外の馬車につけられた紋章も、実のところ王国の紋章規則にのっとっていませんでした」


「館の中を見て回って気づいたが、使われていた部屋とそうでない部屋で、調度の有無や壁、床の傷み具合の差が激しいな。百年くらいほっとかれたところに潜り込んで、使うとこだけ掃除して使ってた、って感じだ。オークの糞なんかが落ちてないだけでも上等ってとこだろう」


 つくづく、使うだけ使って切り捨てるつもりの拠点だったようだ。


 置き去りにされた調度品や怪しげな祭具と言ったものはかき集めればそこそこの値打ちがありそうだった。ニーナにとってはあまりいい気分がしないだろうが、乗ってきた馬は聖堂から有料で借りたもので代金がいる。貰えるものは貰っておくに如くはなしだろう。


 すっかり普段通りに服を着てはいたが、ニーナは少し調子が悪そうだった。儀式に先立って薬を盛られたらしく、まだ少しめまいがするという。


「それに体内の経路もボロボロで、物質界の肉体まで影響が出てるみたい。いまはちょっと歩いて帰れる気がしないわね……」


「そうか……。こうしよう。僕はその……学院生活のおかげで、見様見真似だが御者の真似事くらいはできる。僕がニーナを馬車で連れて帰ろう、馬も四人分しかないしな。借りた馬は――僕が乗ったやつは牽いてきてくれ」


「そいつは、俺がやろう」

 

 ジェイコブが手を挙げた。


 外へ出て、馬車の車止めを外し、厩舎に残っていた馬を車につけていると、ポーリンが妙なことを言い出した。


「それでさ。この屋敷、どうするの?」


 おっと。正直、とっととここを後にして帰ることしか考えていなかった。もうすぐ夜明けだ。さすがに疲れた。ニーナは馬車の中で寝てしまうかもしれない。


 この屋敷をどうするかと言われれば――忌々しいことこの上ない建物だ。叶うことなら毎日でも火をつけて焼きたいぐらいだったが。


「燃すのはよさない? もったいないよ。あいつらは多分、ここには二度と戻ってこないと思う」


「ふむ?」


 楽観的過ぎる気もするが、ポーリンの言うことには一理ある。

 彼らは希少な魔術師を拉致し、魔力回路を複写して原本は破壊した――と思っているのだ。目的を果たした以上、ここに固執する理由もない。それにもしも自分が立ち去った後に起こったことを知ったら、あのくちばしマスク――コルヴァンでもまさかあえて戻りたいとは思わないのではないだろうか。


「じゃ、どうする……?」


「いっそさ……アーニスを保護したように、ここもあたしたちで接収しちゃわない? この辺りまでは迷宮の影響で、正当な領主とかいないんじゃないかと思うしさ」


「面白い考えだけど……ここに住むのは不便すぎると思うなあ」


「そりゃね、普段迷宮に行くのは、すずらん亭からが絶対いい。あそこ、周りの路地の具合とか、警戒しやすくて最高に安全だもん。でもさ、ここを所有して、ニーナさんの商談なんかの時はここを指定できれば……今回みたいなトラブルには、巻き込まれないんじゃないかな?」


 なるほど――費用が掛かる話になりそうだが、発想としては悪くないかも。


 ともあれ、僕たちはその夜は門に施錠しニーナと戦利品を馬車に積み込んで、朝焼けの中をエスティナまで戻った。


 馬車の座席でとろとろと眠るニーナをときどき振り返り、僕は彼女を失わずに済んだ安堵をかみしめた。そして、時々目頭に涙があふれてくるのをどうにも抑えられずにいた。

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