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救出作戦

 それほど大きな屋敷ではなかった。そしてあの探索者崩れの浮浪者が話していたことは本当で、居館の建築様式はかなり古く見えた。


「おそらくユージニー女王時代。まだこのエスティナ近辺が独立した公国だった時期のものだね、だいたい三百年くらいかな……」


 学院の講義では、歴史学の一環として建築様式についてもちょっと触れるし、僕にはそれを実地で目にする貴重な機会があった――ほぼ安息日のたびにアナスタシアに付き添って赴いていた、子爵家の別荘がそうだったのだ。

 と言ってもレミニスにあるあの屋敷自体は、後代にユージニー時代の様式を踏襲して作られた、いわば復古的なものなのだが、重要なのはそこじゃない。


「……あれなら、内部の間取りは見当がつく。中庭を囲んで四角く回廊と部屋があって、それらの部屋はたいてい、中庭側と外周側両方に扉があるんだ。で、北側の一番奥には大きなホールがあるはずだ」


「なるほど。行き止まりに閉じ込められる可能性はなさそうだが、部屋を占拠して安全を確保するのも難しそうだな?」


 ジェイコブの発想がいかにも探索者であることに、こんな時だが頬が緩んだ。僕と彼はそれぞれの経験を補完し合って、これからもいいコンビでいられそうだ。


「何にしても、正面突破は避けないと。見てよ、あの物々しい警備」


 うむ。ポーリンの言うとおりだ。僕たちが身を潜めた木立からは、屋敷の正門と周囲を囲む鉄柵の要所要所に配置されたオークたちの姿が見えた。

 今や彼らはこの前のような人間がましい擬装はかなぐり捨て、本来の獰猛で粗野な姿をあらわにしているのだ。


 これはあの浮浪者の話とは様子が違う――であれば、今あの屋敷の中では、周辺の警備が必要になるような事が行われているに違いない。


(ニーナ……どうか無事で……!)


 胸の内で祈りを唱える。だが今は行動するしかない。

 向こうのオークは少なくとも三十体はいる。駆け付けるのに時間差があったとしても僕たちは真っ向からあの数を相手取ることになる。ニーナの魔法に頼れない今、それでは勝ち目などあるまい。

 正面から攻める攻城戦であれば、こちらには単純に言ってもその数倍の兵力が必要だと軍学の初歩にもある。


「たぶん、北西か北東の隅に、小さな裏門があるはずだ……気づかれずに接近して見張りを黙らせられれば、うまくやれば内側から各個撃破できるだろうが……」

 ちらっとポーリンの方を見てしまった。隠れながらの接近と不意打ち。僕たちの中でそれができるのは彼女くらいだ。

 彼女もそれはすでに理解しているようだった。腰に付けた大き目のバッグからロドリクスの王冠を取り出して装着すると、たちまちその姿が薄れた。彼女を照らす月明りが通常の半分も反射していないように見えた。


「凄いな、確かにこれなら隠れるのは楽だ……でも、ほかのオークに気づかれないように一撃で殺せるかい?」


「……任せて」


 身を低くしたポーリンが屋敷の周りを大きく迂回して、北側の雑木林へと移動をはじめ、僕たちも距離を開けてそれに続く。いつの間にか雲が流れてきて、月の光をうまく遮ってくれていた。

 鉄柵ごしに見える庭には、西側に確かに各部を金メッキした金具で飾り立てた、豪華な馬車がある。その手前、屋敷の北西に、門柱を設けて鉄柵が区切られていた。そのそばにオークがいる。


 おあつらえ向きに、一体だ。


 そいつが鉄柵に手をかけ、居館の奥の明かりの方をなにやら気がかりな様子で覗き込んだ。そこに忍び寄る、小柄な影――ポーリンだ。彼女はかさばるバッグを途中にある岩のところに落として身軽になっていた。


 飛びついて、逆手に持ったダガーをオークの首筋に打ち込むのが見えた。巨体が一瞬びくりと震えたが、音もなく倒れる。

 ポーリンが小さく手を振るのが見えた。僕たちは途中でバッグを回収して、彼女のところへ慎重に歩いて行った。



         * * * * * * *



 裏門があるからには当然、裏口もあった。

 屋敷の中には手入れのあまりよくない植え込みがあちこちに点在していて、僕たちは裏口のそばのそれに身を隠しながら、ポーリンが扉のかんぬきを薄いノコギリで切り落とすのを待った。最後のひと挽きがごりっと音を響かせ、彼女は扉を音もなく開けた。


「いやー、油差すの忘れてたらすごいことになってたね、これ」


 ポーリンがさびの浮いた蝶番を指でつついた。顔を見合わせながら廊下を東へ進む。明かりがついていたのはこっちの区画だ。


「帰りもこのルートを使えるといいけど……」


「ダメな時は、屋内でできるだけオークを倒してから庭に出る――と、早速お出ましだ」


 ジェイコブがロドリクスの大剣を肩に担いで前に出た。廊下の曲がり角にオークが二匹現れたのだ。僕もひい爺さんの剣と盾を手に前に出た。骸骨戦士相手で使っていたもう一本は肉を突くのにはやや身幅がありすぎる。


 街中で戦った時と違って、ここのオークは幅広の重い曲刀を携えていた。振り下ろされるそれをジェイコブが大剣で受け、そのまま刀身ごと滑るように前へと出る。僕は盾で斬撃を左へ流し、右へと一歩進み出た。


停止せよ(ホールド)!」


 絶妙なタイミングでエリンハイドが神聖魔法を放つ。僕と対峙していた方のオークが抵抗に失敗して硬直し、僕は顎の下からそいつの脳へと剣を突きこんだ。

 ジェイコブは硬直しなかったもう一体と攻防を繰り広げる。そいつは力任せにジェイコブの「巻き」を外し、横殴りにその肉切り包丁のような刃物を叩き付けた。


 受けた大剣ごと、ジェイコブが壁際へと飛ばされる。


「ジェイク!」

 

 僕の声にオークが振り向き、盾のない僕の右側から返す刀を叩き付けて来た。剣で受ければ折れる――そう判断してさらに前へ出た。

 側頭部に衝撃。だが一番威力の乗る部分からはズレている。僕は頭の上半分を失うことはなかったが、さすがに一瞬頭がぼうっとなった。それでもそのまま押し付けるように盾を構え――右手から力が抜け、剣を取り落とした。


 まずい。


 そう思ったのとほぼ同時に、革袋を引き裂くような濡れた音が響き、顔に熱いものがかかる。顔を上げるとオークの顔面に、ロドリクスの大剣が突き刺さっていた。

 ジェイコブが、倒れた姿勢から渾身の力で剣を投げたのだ。


「何とかなったか……こいつらの馬鹿力は、全く厄介だな」

「ありがとう、助かった」


 手当もそこそこに、先を急ぐ。目当てのホールは静まり返っているようだ。重そうな扉を足で蹴り開け――鍵でもかかっているだろうと踏んだが、その様子はない。武器を構えて踏み込むと、そこには何かの儀式めいた配置で、薬草の束や鉱物のかけらが、床いっぱいにねばつく黒い液体で描かれた何かの図形の上に置かれ、それらの真ん中には天蓋のないむき出しのベッドが、祭壇のように置かれていた。


 その前に立ってこちらを振り向いたのは、足元まで届く赤い長衣(ローブ)に身を包んだ初老の男。そしてその傍ら、やや扉に近い位置にはいつぞやエスティナで出会った、あのくちばしマスクの男がタオルで髪をぬぐいながらたたずんでいた。


 ともあれその一瞬、僕には彼ら二人のことはほとんどどうでもよかった。


 なぜなら奥のベッドの上には、全裸で両腕を革製のベルトに拘束されたニーナが、ぐったりとした様子であおむけに横たえられていたからだ。

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