死せる王の剣
「剣が残ったのは初めてじゃない? 使えるといいよね……」
「ああ。しかしこの王冠も四個目か。一体どういう仕掛けになってるんだろうな……」
ジェイコブが苦笑しながら王冠と剣を拾いあげる。戦闘の終わった参道には、ほかにも骸骨たちが消え去ってあとにそのまま残っているわずかな武器や甲冑があった。
たいていはちょっと上質な普通の武具だが、まれに有用な魔法の付与されたものもある。そうした余得を当て込んで、僕たちは毎回それらを持ち帰っている。
骨の森は不思議な場所だ。上の階、あの六つの階段が並ぶ半円形のホールから降りて来るにもかかわらず、見上げるとそこにはいつも日没から間もない時間のような蒼い薄闇が広がり、煌々と輝く月が出ていた。
だがそれは僕たちの知る、わずかに紫色を帯び周期的に満ち欠けを繰り返す月ではない。常に真円に保たれ磨いた銅のような赤みを帯びて輝く、地上で見るものの三倍の大きさを持つ異形の月だった。
足元のほとんどはむき出しの土ではなく、風化した石材で敷かれた石畳。周囲の木々は同じ材質の壁や小屋と溶け合い包み込むように茂っていて、ここがもともとは広大な遺跡だったことを示していた。
「推測だけど、多分この骨の森では、時間は過去から未来へ流れているのではなく……ロドリクス王の復活と死によって切り取られつなげられた、小さな円環の中にあるのではないかしら?」
ニーナとエリンハイドは魔法と神話学のそれぞれの側面から、この墓所での戦闘が持つ意味を語り合っていた。
「私もニーナさんと同意見です。そもそも太古の偉大な王と言ったものの多くは、未来において復活し後世の民を再び救うことを期して、墓所に祀られているものです。だとすれば――」
エリンハイドが沈鬱な表情で一瞬言葉を濁した。
「この階層はそうした葬送のもともとの形を捻じ曲げて利用し、何度でもよみがえりそして倒される亡者の王、という図式を作りだしているのでしょう。なんともおぞましく、惨いことです。この迷宮をもし誰かが意図的に作りだしたのだとしたら、その創造者はとてつもなく邪悪な存在であるに違いない――」
だが、彼はふっと小さく笑うと、首を横に振って空を見上げた。
「と言っても、ロドリクスなどという古代の王はこの世界のいかなる伝説にも文献にも存在せず、我々を見下ろす月もまたこの世界のものではありえません。となれば、ここで嘆いたところで無駄な感傷というものです。ひとまずは、地上に戻って休むとしましょうか」
* * * * * * *
迷宮探索も百年単位で続けば、それはもはや、れっきとした産業としての顔を備えることになる。エスティナはそのいい例だ。
地母神の寺院が出入りを管理し、門前には有象無象の商人が集まる。ニーナが懇意にする魔法触媒屋のモーブのように露店を設けた小商いがそのほとんどだが、中には代々続く立派な店を構えるものもいた。
開店以来ほぼ三百年の歴史を持つ、『ロチェスター武器店』がそうだ。この店は少なくとも三種類以上の魔法がかかった武器、防具しか扱わず、そのために専門の鍛冶師と鑑定士を抱えている。
ニーナも鑑定を仕事にしているが、彼女の行うものは美術工芸品的な観点や考古学的な見地から、それぞれの品物の金銭的価値を明らかにすることが主眼だ。
一方で『ロチェスター武器店』の鑑定士は、真正の『魔法の品物』に対してその魔法の分析特定を行うものだった。
この点で、ニーナと武器店は互いの領分を犯さずに住み分けができている。
地上に戻った僕たちは、その足でロチェスター武器店に向かい、王冠と剣を鑑定に出した。
「おぅ……またこの王冠か。この店の倉庫には数限りないこれが収められておるが、一つとして同じものがない。人の手に渡るたびに異なった魔法を帯びて現れるとは、なんとも玄妙不可思議な武具であることよな……」
鑑定士――ソルネイという名の年齢不詳のダークエルフは繊細な造りの篭手をはめた手でまず王冠を持ち上げ、『分析』の呪文を使って丹念に調べ始めた。余談だが、アーニスを拾ったあの晩にエリンハイドが訪ねた友人というのは、このソルネイのことだった。
「ふむ……ふむ……! 吸収と耐性、それに暗闇、か! お若いの、これはどうやら当たりの部類だぞ……」
十分ほど調べた後、ソルネイは結論を出した。金箔押しの羊皮紙にさらさらと鑑定結果をしたため、最後に自分のサインを入れて出来上がり。二通の写しが作られ、一枚がこちらへ王冠とともに渡された。この鑑定書発行が実のところ、彼の最大の収入源らしい。
鑑定書を添えて店に引き渡せば、武具類はいつでもそこに記載された金額に換金できる。今回の王冠につけられた値段は五十ソレイユ、少し安く感じるが在庫多数とあっては仕方あるまい。
ジェイコブがテーブルに金貨を三枚並べた。鑑定料金は品物にかかわりなく定額だ。
「ありがたい、次はこの大剣をお願いします」
ロドリクスの剣がソルネイに委ねられた。鑑定が再開され、僕たちはしばらく手持ち無沙汰になった。
「どうする、この王冠。装備して使えば敵に与えたダメージに応じて自分の傷が回復し、炎や氷といった四大属性の影響を和らげ、着用者の周囲の光を吸収して見つかりにくくする、というものだそうだが」
なるほど実用的だ。だがいかんせん、この王冠の構造自体はさほど強くなく、防具としては普段使っている兜の方が信頼できる――売るべきか?
「あ、もしよかったら、あたしが使っていいかな?」
「ああ……そういえば、ポーリン向きかもしれないなあ」
「でしょ?」
女盗賊が目を輝かせる。彼女のような特殊技能者には単独行動の機会も多く――いつぞやの宝物庫からの脱出のようなケースもある――自力で傷を癒し隠密性も高めるとなれば、まさに願ってもない品と言えた。
「じゃ、決まりだな」
ジェイコブが彼女の短く刈り込まれた金髪の上から、黒光りのする冠をぐい、と被せた。
大剣の方はもうしばらく時間がかかった。込められた魔法は修復と昏倒、それに冷気と倍速――ソルネイは手を震えさせ、ため息を漏らした。
「これは業物だぞ……敵を打ち据えた後の刃こぼれやゆがみを時間とともに回復し、まれに一撃で相手を気絶させ、また冷気で凍傷を負わせる。そして、より迅速な攻撃を可能にする……わしの一存では何とも言えんが、値をつけるなら千五百ソレイユは下るまい」
僕たちは顔を見合わせ、次の瞬間満面の笑みに――そして、苦笑いになった。
ロドリクス王の剣はこの先『梯子』を征するのに欠かせない力になるだろう。まさかこれを換金するという手は、どう考えてもありえなかった。




