骨の森にて
いついかなる理由と意図をもって、そんな儀式めいた手順が定められていたものか、もはや知るすべはない――
妖しく輝く蛋白石に置換された四箇所の骨――左手、膝蓋骨、肩甲骨、下顎骨。『骨の森』に点在する四つの塚を守る亡者たちからそれらの呪物を奪取して集めた僕たちは、中央部に築かれた巨大な墳墓『王の塚』の前にそれを並べた。
「では、始めますよ」
エリンハイドが一同を見回して最後の手順を実行する。この森の奥に佇む巨木から採取した樹脂を、参道の入り口に燃え続ける床炉に投じたのだ。物の焦げる匂いの中に奇妙に甘く涼やかな香りが立ち混じり、それに呼応するように墳墓の入り口をふさぐ大岩が、淡く発光して揺れ動き始めた。
これで四度目になるが、やはり緊張する。慣れるのは多分無理だろう。
墳墓の蓋石がどこかへと消え失せ、玄室の中から鎖を引きずるような足音が響く。周囲の森からは無数の鎧兜がこすれぶつかり合う、戦場そのままの騒音が近づいて来ていた。
* * * * * * *
ジェイコブを救出し、アーニスを拾い、僕たちのパーティーがその陣容を固めてから既に一か月。ジェイコブが見つけたあの『宝物庫』は、いまや地母神の教団が認めた探索者しか立ち入ることのできない危険エリアに指定されていた。
確かに安置されている宝物は豊富で、価値のあるものも多い。だがいつ雷鳴巨猫やそれ以上に危険な怪物が現れるか予測がつかず、危険すぎる――というのがその理由だった。
僕たちもあの後数回足を踏み入れたが、僕とポーリンは戦闘要員としてはまだ未熟で、ニーナの魔法には物量に限りがある。戦えるのは相手にもよるが最大二回まで。怪物に出くわさないうちによさそうなものを懐に入れて帰ってくる、というのがいいところだった。
一度など、雷鳴巨猫のほかに、身長一ロッド半ほどで腕が六本ある、眼のない顔をした美しい女人の姿をしたものが現れたことがある。
ニーナにも正体を看破できなかったこれは、冷気の渦と氷の魔弾を操り、金切り声を上げて相対するものを混乱に陥れるという悪質さで、僕たちは体勢を立て直した後は逃げの一手を選ばざるを得なかった。
僕たち以外にも何組かの探索者たちが出くわしたらしいが、地上に戻ってきて『氷の花嫁』とか『白き盲目のもの』などと彼女のことを呼びならわして取沙汰できるのは、本当にごく限られた幸運と実力に恵まれたものだけだ。
そんなわけで、僕たちは方針を変えた。幸い『宝物庫』で手に入れたものの中には、そのまま使って役に立つような武具類もあり――多くは僕の所有に帰した――そうやって整えた装備を使って、『梯子』の中でも早い時期に全容が明らかになっているこの、『骨の森』で腕を磨いているのだ。
かくして――
「テオ! そっちに三体いったぞ!」
「任せて!」
ひい爺さんの剣とは対照的に重く打撃力のある長剣を振り回し、踏み込んできた敵にたたきつける。宝物庫で手に入れたこの剣も、ここしばらくの『骨の森』通いでいくらか手になじんできた。
僕らを取り囲んでいるのはこの森で周期的に地中から湧き出す、何らかの呪いに縛られた戦士の魂のなれの果てらしかった。彼らの鎧兜の下に肉のついた体はなく、ただ干からびた白骨があるばかり。腕や腿の部分にあったと思われる、ベルトで留めつける形の防具はむなしくすっぽ抜け、胴体の部品につながるベルト一本でぶら下がっている。
彼らは武器で殴れば容易に砕け、しばらくすれば武具の残骸だけを残して雲散霧消する。だが剣の腕前だけは生前と変わらないらしく、なかなかに鋭い太刀筋だ。
僕はあえて鎖鎧を使っている。疲れを知らない骸骨戦士に対抗するには、できるだけスタミナを長持ちさせられる装備がいい。
ジェイコブはやや板金部品の多い重い鎧を着こんでいる。今回は盾を持たず、長柄の半月斧を両手で振り回して一撃の威力を優先しようという考えなのだった。
「うらぁあああッ!!」
分厚い斧刃の一閃を受けて、骸骨戦士が五体まとめて粉々になる。見とれた一瞬に頬に鋭い痛み――敵の振り回した曲刀がかすったのだ。僕は左腕の盾を振り回し縁の部分をそいつの肋骨にたたきつけた。
僕たちの装備が普通の騎士や歩兵と違うところは、顔のほとんどをさらしていることだ。視界が限定されていては複数の敵の動きに対応できないし、初見の敵の弱点や注意点を察知することもできない。だから、二人とも兜こそかぶっているが、眉庇も面頬も取り払っていた。
斬られた頬がひりひりと痛む。だがこれはあとでエリンハイドに治してもらえばいい――その彼、ダークエルフの僧侶はと言えば、青白い顔に汗一つ浮かべず、骸骨戦士の群れに働きかける呪いを一時的にでも断ち切ろうと、低い声で長い詠唱を紡いでいた。
「――悪しきものよ、退け!!」
左手に掲げた地母神の聖印が青く輝く。地面の上に波紋のように広がった光がとおりすぎる瞬間、骸骨たちは言葉にならない叫びとともにそのまま地に倒れ伏した。
そのあとにはまだわずかな骸骨が残っていたが、エリンハイドとニーナを守ってそばに控えていたポーリンが風のように走り出た。
横なぎに振られた剣の下を身を低くしてかいくぐり、相手の盾と剣の内側に入り込む。恋人と抱擁を交わすかのような密着した間合いで立ち上がり、骸骨の眉間に短剣の柄頭をたたきこみんで砕いた。
ポーリンはまだ未熟――それでも、骸骨相手に限ってはこういうことが可能になる。これが生々しい屍鬼などであれば、逆に押さえ込まれて腐肉に蹂躙されているだろうが、もはや柔軟な発想のできない骸骨には、武器を短剣に持ち替えて彼女を突くこともできない。
ポーリンは頑張っている。もともとは踊り子だったとも聞いているし、もう少し修練を積めば生身の人間相手でも同様の戦い方ができるようになるだろう。
骸骨の群れはほぼ片付いた。あとは、この墳墓の主、『古き王ロドリクス』を残すのみ。墓所の参道に散らばった武具の破片を触媒に、ニーナが呪文を唱える。
――鉄棘の杭!
棘の太さを通常の数分の一まで絞り込む、ニーナの魔法技術の粋がそこにあった。鉄棘はロドリクスの鎧の鎖目を突き抜けて絡み合い、肉のない体をも巧妙にその場に縛り付けていた。
ロドリクスがそれでもなお大剣をふるい、攻撃のために伸び切った僕たちの手足を断ち落とそうと狙ってくるが――
「その技は、この間見たッ!!」
わざと武器を浅く振ったジェイコブが三日月斧の持ち手を入れ替えて、古き王の大剣を跳ね上げる。そのまま石突で胸骨の真ん中を砕き、次いで僕が振るった長剣が王の首を宙高く斬りとばした。
――フオォオオオオオオオ……ンンン……!!
墓所全体が断末魔の呻きを響かせて光り輝きやがて薄れていく。
古の王者を呼び覚まし再び屠る、おぞましい儀式は終わりを告げた。あとには彼の黒鉄の王冠と、これまで三度の対戦では骸骨とともに消え失せてきた大剣が幸運にも残っていた。




