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初めての収穫

 索道(インクラ)を戻るときも、鉄の箱(ゴンドラ)の乗客は僕たち五人だけだった。


 エリンハイドは伝心の指輪で地上と連絡を取った後、「詳しい報告のために上まで同行します」と告げていた。指輪での通話時間は三分程度で、込み入った話には向かないのだ。


 ニーナが使った芳香の魔法で和らげられてはいたが、僕たちの着衣にはやはり死臭がしみ込んでいて、箱内にうっすらと漂うそれを意識してしまうと吐きそうだった。

 だが、その時の僕たちは幸いにも、全く別の問題に気を取られていた――迷宮の『宝物庫』から持ち帰ったあの文箱だ。


「そんなに離れなくても大丈夫だよ……この大きさの箱なら、爆発物は仕掛けられない。そもそも十中八九は罠なしだと思うけどね」


 あったとしてもせいぜい毒針。ポーリンはそう言って、距離をとって窓際まで下がった僕たちを笑った。がじゃり、と鈍い音を立てて、箱の鍵穴に差し込んだピックを捻る。


「開いたよ……おっと、こんなところに罠があったかあ……」


 蓋の内側には数か所に微細な棘が設けられていたらしく、ポーリンはそれを小型のやっとこでつかむと慎重に取り除いた。


「毒はもう変質して消えてると思うけどね、念のため……ふうん、悪くないわよこれ」


 目を輝かせる彼女に、僕たちはどれどれと近づいた。箱の中にあるものは窓の外を通り過ぎるランプの明かりを反射して、キラキラと輝いていた。


「何色かセットのインク壺のようね……この箱と同じ時代のものだと思うわ」


 覗き込んだニーナが少し明るい表情でうなずいた。どうやら値打ちものらしい。


 僕もそれを見せてもらった。どうやって削ったものか、ヒビや内包物のない見事な水晶を壜の形に整形し、金の口金と蓋を取り付けてあった――素人目に見ても、見事な細工だ。それが箱の半分ほどを占めて並んでいた。


「この手のもので最上の品は、蓋に大粒のエメラルドをあしらってあるわ。王宮の宝物庫にひとそろい収蔵されてると、聞いたことがある……目の前のこれも、売ればソレイユ金貨百枚はくだらないでしょう」


「ほんとに!? すごいじゃない」


 客室の空気が一気に明るくなった。買い手を見つけるには少々時間もかかりそうだったが、文箱の中にはほかにも手っ取り早い収穫があったのだ。ソレイユ金貨の二倍ほどの大きさがある、打刻して作られた見事な金貨が十数枚。僕たちは、それを頭割りで三枚ずつに分配した。


「二枚余るが、これはどうするかな」


 ジェイコブが首を傾げた。衰弱してはいても、彼はすでにこの一団のリーダーとしてゆるぎない貫録を発揮していた。


「……聖堂に納めたりとか?」


 鉄の箱(ゴンドラ)の使用料や迷宮探索への参加料など、金銭を要求されるかもしれない。そのために取っておくのがよいのではないかと思ったのだ。だが、エリンハイドは首を振った。


「いえ、地母神の教団は迷宮探索者から直接の集金はしておりません。ご安心を」


「だったら――」


 ジェイコブは余った二枚の金貨を、隣に座ったニーナに手渡した。


「貴女に渡しておこう。今回一番世話になったのはニーナさんだ……雷鳴巨猫(パーロウル)は貴女なしでは倒せなかったし、何よりテオをここまで連れてきてくれた」


 ニーナは静かに微笑んでそれを受け取った。


「そういうことなら、頂いておくわ……それじゃ、もしよかったら後でみんなで晩餐をいかが? 奢るわ。場所も私のつてで取っておくから」


「あたしも、お呼ばれしていいのかしら?」

 

 ポーリンが僕の顔を覗き込んだ。『フォッギィの宿』での詰問を、少し根に持っているらしかった。


「いいと思うよ。疑ってすまなかった」


 戦いを経た今なら、彼女に対して一定の信頼を置くことができる。第一、ジェイクを見る彼女の目は心酔しきっている相手へそそぐそれだ。


「よかった。じゃあこれからもよろしくね」


「これから……?」


 はっとした。そうだ、僕はジェイコブを助けに行く以外のことをすっかり失念していた。だが、彼が戻ってきたあと、明日から続く日々こそが、僕にとって迷宮探索者生活の本番なのだ。


「これから、か……」


「このメンバーで毎回探索できれば言うことなしだが……エリンハイドさんは臨時についた介添え役だし、ニーナさんも普段の仕事がある。俺とテオと、ポーリン、残りはまた探さなきゃならんかな」


 ジェイコブが一座を見回してそういった。ニーナは黙っていた。決めかねていたのかもしれないが、そうこうするうちに(ゴンドラ)は地上に着いた。



「それでは、私はこれで……助祭様のところへ報告へ行かねばなりませんので」


 一礼して去ろうとするエリンハイドを呼び止める。


「エリンハイドさんは、晩餐には来ないんですか?」


「……なんといってもこの肌の色です。エスティナは比較的差別が少ない街ですが、やはり客商売の店などではいい顔をされないでしょう。また、ご縁がありましたら」


「そうですか……」


 いささか奇矯なところもあるが、落ち着いてよく気の回る、頼りになる術士(アデプト)だった。ここで別れるのは惜しいが、彼がそうしたいのであれば無理強いはできない。

 帰還の報告はすでに、ゴンドラ乗り場の前で当番の神官たちに伝えてある。


 残った僕たち四人は、連れ立ってあの屋台の立ち並ぶ路地を戻っていった。ポーリンはすずらん亭までついてきた。

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