想いなんて夏の空に溶けていったらいいのに 3
「ねえ!」と引き止める私だ。「ほんとに私も行っていいのかな?」
「あ、ヤベ」とヒロちゃん。「おばちゃん、ちゃんと言うの忘れるとこだった。明日なんだけど…タダイズミって知ってる?途中から引っ越してきたオレと仲の良い…そうそう、そいつ。そいつとユズと、後、オレの女の子の友達とでちょっと海行きたいんだけど、一緒に連れてっていいかな」
そう言ってヒロちゃんはどこの海へ、どこから出る何時のバスに乗って行くか、そこは毎年自分が行ってるけど綺麗でちゃんと監視員もいる所だという事、そして帰りはちゃんと6時か7時くらいには帰って来るからぜひ行かせて欲しいと母に説明して頼んでくれた。
カッコいい!!
もうメチャクチャカッコいい!!やっぱ今すぐ思いなおして私を好きになってくれないかな。
母はニコニコとヒロちゃんの説明を聞き、「ほんとにしっかりしたイケメンさんになって~~~」と褒め、ヒロちゃんは照れた。
「もう~~」と母。「ユズルと付き合ってくれたらいいのに~~。ヒロちゃんなら安心して任せられるのにね~~~」
「ちょっと!お母さん余計な事言わないで!!」
すごい勢いで母を止めると母がビックリしていたが笑っていた。母は私がずっとヒロちゃんの事を好きなのを知っているのだ。
「でもね~~」わざとらしくしゅんとして見せる母。「ねえヒロちゃん、その女の子の友達って彼女?」
「お母さん!」
ほら!ヒロちゃんも気まずそう。母は私がヒロちゃんに2回も告った事までは知らない。そして2回とも無残に振られている事も。
「いや、まだ」と私のいる前で答えにくそうなヒロちゃん。
「そうだよね!」と話を止めない母だ。「簡単に付き合っちゃうのはね~~。いろんな子と付き合って本当に良い子を見つけた方が良いもんね!」
ヒロちゃんが苦笑いしている。
黙らない母を私は両手で押して奥へ行かせそうとするが母は笑いながら最後に言った。
「ユズルとも1回付き合ってみてくれたらいいのに」
もうっ!!
ヒロちゃんもさらなる苦笑いで終わると思ったのに結構真面目な顔で母にこう答えた。
「いやぁ、おばちゃん、ユズとはずっと一緒にいるからもう妹みたいな感じだし。でもこれからもずっとすげえ仲良くやっていきたいと思ってる」
頭を抱える私だ。本当に両手で頭を押さえてしまった。
妹って!
ずっと仲良くやって行きたいってすごく嬉しいけど、なんかこれって3回目ふられました、みたいな感じになってない?
「あんたは良い子好きになってるよカッコいいわヒロちゃん」
結局一緒にヒロちゃんを見送った母がしみじみと言う。うるさいよ、と思う。
「お母さんマジで余計な事言うの止めてホント止めてもう絶対止めて」
「タダ君も行くんだね。ずっとヒロちゃんと仲良い子でしょ。あの子も結構カッコいいじゃん、あんま最近は見てないけどお母さん。なんかやたら女子ウケしそうな感じだったよね。高校どこ行ったの?」
「…一緒だけど」
とたんにキラキラと目を輝かせる母。「クラスは?クラスは?話したりすんの?」
「…クラスは知らない」
さらに現状を詮索されそうなのでそう答える。
「あ、そう。タダ君も彼女連れて来るの?あんた一人になっちゃうじゃない」
きゅうにぼっちになりそうな私を心配する母。
「…明日は連れて来ないと思うけど」
また母はパッと目を輝かせる。「彼女いそうなのにね!なんか…いくらでも彼女作れそうな感じかも」
「知らない。ほんとはたくさんいるんじゃない?アイツも取りあえずヒロちゃんと一緒に居たいだけなんだよ」
吐き捨てるように言うと母がにやっと悪い笑いを浮かべた。「あんたと同じようにって事?」
そうだけど!
「ああっ!」と母が急に大きな声を出すのでビクッとする。「あんた水着!」
これ、と言ってヒロちゃんに渡された紙袋を説明する。
「妹かぁ」と母が面白がって言う。「妹とか言われちゃねえ?」
「うるさいよ」
私の方が年上だっつの!私は9月生まれ。ヒロちゃんは2月生まれ。なんだったらヒロちゃんをやたらリスペクトしているタダだって11月生まれだし。
「ちょっと見せてみて」と母が紙袋を取り上げようとするので一応阻止するが「いいからって」と結局取り上げられる。
ガサガサガサガサ…
「んん~~」と唸る母。「彼氏との初めての海デート。まだチュウもしてない用、みたいな」
「なんか…ヒロちゃんのお姉さんが彼氏と海行く予定で買って、海行く前に別れて1回も使ってないのあるって言って私にくれた」
「当たりじゃん母の観立て」自慢げな母。
「いいんだよ。どうせ私胸ないから。なんだったらTシャツでよかったかも」
「TシャツはTシャツで水に濡れて体に張り付いたりすると逆にエロいの」
「何目線お母さんそれ。怖いわ」
「お父さんがそう言ってた」
父~~~。
「これからショッピングモール連れてってあげようか?」と母。「超ビキニとか着てみたら?ヒロちゃんそういうの好きそうじゃん」
確かにそうだけども。
「私みたいな体型がそんな事したらヒロちゃんが引くって。可哀そうな目で見られるって私。お母さんのせいだからね。私が貧乳なの、遺伝じゃん」
私の胸を見て、自分の胸を見て、母が言った。「貧乳は貧乳で良い事もいっぱいある」
何言い出してんだ母。
「なに?具体的になに?」と冷めた目で聞く。
「あ、この子エロくなさそうなのに、ってまるで同性扱いみたいな感じで男の子が近付いて来た時に、不意打ちで可愛くして、相手が『へ?』って思ってる所へ、急にこっちも油断した振りしてたりして、そんなつもりなかった男の子を罠にかける」
だから何言い出してんだ母。
「だいたいねえ、」と私。「さっきは女の子の友達とか言ってたけど、一緒に来るのはヒロちゃんに告って来た子らしいもん。私が目立った格好して行ったらバカみたいだよ」
「あんたずっと小さい時からヒロちゃん好きじゃん。悔しいならそこはちょっと頑張ればいいんじゃないの?」
2回も振られてるんだよ。さっきの妹発言も入れたら3回だけどさ。わざわざお姉さんの水着持って来てくれたヒロちゃんに、そして変わらず優しいヒロちゃんに、女の子として好かれなくてもいいから嫌われたくはない絶対に。
「いい」と母にきっぱりと言った。「邪魔にならないように適当に遊びながら、でもヒロちゃんが変な子に誘われてないかチェックして帰ってくるから」
ハハハハハ、と母が家中に響き渡るくらいの声で笑った。
目覚ましの音に起きると6時半。
用意しなきゃ。ヒロちゃんちに8時集合だから7時45分に家を出よう。うちからヒロちゃんちまではほんの5分くらいだ。
…頑張ろう。ヒロちゃんの連れてくる女の子より目立ったら良くないと思うけど、私は私で可愛くして行こう。ほんの少しでも、私の事も見てもらえるように。
そして朝ごはんを終えて、部屋で真っ裸になって日焼け止めを頑張って塗りまくって、髪をちょっと高めのポニーテールに上げて、今日はちょっと色の付いたリップクリームも付けて、水着に着替えやすいようにワンピースを着た。まぁちょっとでもヒロちゃんに可愛いと思ってもらいたいから、一番気に入っている青い、あっさりとしたチェック柄の膝上のワンピースだ。準備していたところにドアチャイムが鳴った。
うそ。と思う。まさか…
「ユズル~~」と母の呼ぶ声。「タダ君迎えに来てくれてるけど~~」