想いなんて夏の空に溶けていったらいいのに 2
「二人一緒に海に行くって本当なの?」
急に私とタダの横に現れたハタナカさんだ。
ビクッとする私とタダ。ハタナカさんはタダの事を好きな、クラスの中でも派手目の女子だ。長い髪はいつもサラサラで前髪も緩く斜めにカールさせて、校則では一応化粧は禁止になっているから、そこまでどぎつくさは出さないまでも、ちゃんとして来てるのよ、って感じにはして来ている…どんだけ朝時間かけてきてるんだろう、といつも思うのだ。結構頻繁にタダに絡んでいて、タダもまあまあ話を合わせたりもするが、実はタダはうるさい子が嫌いだ。中学の時もそういう子たちに告られたり誘われたりして、実際思い切り断っているのも見た事があるし、結構ヒロちゃんには「うるさくて嫌だ」と愚痴を言っていたのを私も聞いていた。
「二人じゃないよ」と速攻で否定する私。
今まで姿が見えなかったのに、どこからこの話を聞きつけて来たんだろう。
「中学の時に仲の良かったヤツも一緒に」とタダも答える。
「いや、」とタダに言う私。「だから私は行かないって」
「なんでだよ?ヒロトが困んじゃん」
「イズミく~~~~ん」
タダが廊下の方から女の子に呼ばれた。タダと一緒にそっちを見てしまう。そしてハタナカさんも見る。
振り向いたタダにピラピラと手を振る女の子は隣のクラスの女子だ。特に用もないのにわざわざうちのクラスまでやって来て、タダに話しかけているのを今までにも何回も見た。
この子も派手な部類に入るけれど、ハタナカさんとはまた少しキャラが違う。可愛さを傍若無人に出してくるタイプだ。ナチュラルメイクで肩までの髪はふわっとしたボブにしている。隣のクラスで結構可愛いって男子には言われているらしいけど、うちのクラスの女子の皆さんに『なにあの子』って目で見られても、タダに話しかけに来るハートの強さを持っているのだ恐ろしい。ハタナカさんよりツワモノだと思う。たぶん隣のクラスでも女子にはウケが良くないんだろうな…
まあでも実際面と向かって喋った事がないのに、そんな事思っちゃう私も恐ろしいよね!人っていうのは見た目で判断して正解って事も多いけど、本当の本当は実際近くで見て、そして接してみないとわからない。…まあ…やっぱ見た目通りだったって事も多いけど。
が、可愛く呼ばれたタダが、ちっ、と小さく舌打ちしたので目を見張ってしまった。
女子に舌打ちって…
「なに?」と動かず返事をするタダ。
「来て来てぇ~~~」と言う女の子。「おねがぁ~~い」
その鼻にかかった声を聞いて、ハタナカさんも「ちっ」と舌打ちした。
やだハタナカさんたら。
「悪い」とタダ。「今話し中」
その答えにハタナカさんがちょっと微笑んだのを私は見逃さない。
「ねえ」と私はタダに言う。「私は本当に行かないから」
ハタナカさんにこのままそばで話を聞かれるのは嫌なんだけど、あの子も呼んでるし、話を終わらせよう。
「え~~」と驚いた顔をして見せるハタナカさん。「せっかくイズミ君言ってるのに~~~。じゃあ私が行こっかな~~」
そう言って小首をかしげ、テヘって感じでタダに笑ったハタナカさんを恐ろしい事にタダはスルーする。
「だから」と私に言うタダ。「ヒロトが困んの、お前も嫌だろ?」
「そんなのヒロちゃんの勝手じゃん。自分が女の子と行きたいなら二人で行けばいいんだよ。もうぶっちゃけて言うけど、ヒロちゃんが他の女の子と嬉しそうに一緒にいるとこ見たくない」
ましてや水着姿の巨乳の女の子をデレデレした顔で見るヒロちゃんとか絶対見たくないんだけど。そのそばで私が水着で貧乳をさらすなんて有り得ない絶対。
「そのヒロちゃんていう子が」とハタナカさんが私に聞く。「ユズりんの好きな子なの?」
ハタナカさん!急に私を『ユズりん』て呼び始めた!
が、その隣のクラスの女の子はズカズカと教室の中に入って来た。やっぱりツワモノだ。絶対に関わりたくない。
「イズミ君?あのね?夏休み中にプールとかぁ、海とかぁ、夏祭りとかぁ、…何か一つだけでもいいからイズミ君と一緒に行きたいんだけど!」
クリっとした目で、まるで他の誰もここにはいないかのように、タダだけをじっと見つめる彼女。
ちっ、と小さくハタナカさんがまた舌打ちしたのが聞こえた。でもそのハタナカさんの舌打ちにも全くひるむことなく、「ほんとに!一つだけで良いから!」と彼女はタダに懇願する。
「あ~~…」と面倒くさそうな感じ丸わかりで答えるタダ。「悪い。それ全部大島と行く」
「「へ!?」」
私と一緒にハタナカさんも大きな声で聞き返した。隣のクラスの彼女はぽかんとしている。
ザワザワザワザワザワザワザワ…
「いや、違うの!」慌てて説明に入る私だ。「私とじゃなくて、小学の時の友達とか一緒にって事。あ、いや私は行かないけど!」
そう言ったのにハタナカさんにも隣のクラスの子にも睨まれる。
「じゃあ、」とムッとしているタダ。「ヒロトになんて言うんだよ」
「関係ないじゃん私。あんたは行けばいいでしょ?3人で行って、あんたヒロちゃん達の事邪魔して、ヒロちゃんに嫌われればいいじゃん!」
ハハハ、とタダが笑った。「なんだそれ」
そうやって断ったのに、家に帰って午後5時過ぎ、ヒロちゃんからラインが来た。写真も来た。ひざ丈の海パンが写っていた。赤茶色と紺色の2枚。そして「イズミと海パン買った!オレのが赤。イズミがユズの事も誘ったって言って、でもユズは水着ないから行かないって言ってたって。やっぱイズミも3人はな、つって止めるって言い出してんだけど」。
「大丈夫だよ」と何が大丈夫なのかわからないがそう送る。「3人で楽しんでおいでよ」
ヒロちゃんからまたすぐラインが来た。「ユズ、今家にいんのか?」
「いる」
「姉ちゃんがユズに水着やるって言い出してんだけど。前の彼氏と買いに行って海行く前に別れたらしくて1回も使った事ないのがあるらしい。好きな柄じゃないかもしんねえけど、嫌じゃなかったら今から持っていってやろうか?」
そしてその水着の写真。
マジで!?マジでマジで…
水着は薄い水色に黄色の花柄が散らしてあるワンピース型。可愛いな…でも、それよりなにより、ヒロちゃんがうちに来てくれるなんてどれくらいぶりだろう。中3のはじめに私が学校休んだ時にプリントを持って来てくれて以来じゃないかな。
「ありがとう!本当にいいのかな」ってすぐに返信してしまった。
ヒロちゃんのお姉さんはヒロちゃんより5歳年上で、それでも小学生の時何回か一緒に遊んでくれたり、おやつを分けてくれた事もあって、面倒見が良くて優しくて綺麗なお姉さんだ。痩せ形で私みたいな体型だったしきっとサイズも合うはずだけど…
この水着を、私は明日ヒロちゃんの前で着るのかな…おっぱいちっちゃいって言われたのに…でもヒロちゃんがうちに持って来てくれる。明日も一緒に海に行ける…ヒロちゃんが付き合おうとしてる子も来るけど。私じゃない誰かの隣にいて、嬉しそうにしているヒロちゃんを見るのは嫌だけど、それでも相手がどんな子なのかも見たいし、これを逃したらヒロちゃんと海に行ける事なんてもう2度とないだろうし。…それに、水着のお礼だって言ってその後また1回会ってもらう理由にもなる!
ピンポンとドアチャイムが鳴った。ヒロちゃん早っ!
2階の自分の部屋から駆け下りたのに、もう母が先にドアを開けていた。
「あらヒロちゃん久しぶり~」
「こんにちは!あ、もう『こんばんは』か?おばちゃん久しぶり。ユズに届けもんあって」
「ヒロちゃん!」
慌てて、母に水着を渡してさっさと帰ろうとするヒロちゃんを止めた。
なぜ母に渡す。なぜ私を呼ばない。なぜすぐ帰ろうとする。なぜ家に上がらない。
「上がっておいでよ」と母が言ってくれた。
母ナイス!
「いえ」とヒロちゃん。「これからちょっと買い物もあるんで」
買い物のついでに来るな!
…やっぱ来てくれて嬉しいけど。