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いま一度、君に出逢って  作者: 日ノ宮九条
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宝暦543年12月26日【エルフィエラ国】ノアール


なぜ、こんなことになってしまったのだろう。

僕はなぜ、こんなところにいるのだろう。


たった一つの洋燈の光の中、僕は小さな牢獄の地べたに座り、ぼんやりと虚空を眺めた。

ここは、王族が罪を犯した時、その身を繋ぐために作られた巨大な塔の形をした牢獄。

煉瓦造の地面から伝わるヒンヤリとした冷気に、僕は二日前の出来事を思い出していた。


ーーー突然、何の前触れもなく僕の執務室へと入り込んできた近衛兵と、ユーリス宰相、セドリック叔父上、顔も覚えてはおらぬ貴族たち、そしてーーー近衛兵たちにその身を取り押さえられている僕の妃、エリシュカだった。


「ちょっと!離しなさいよっ!!私を誰だと思ってるの!?」


僕の断りもなくやってきた宰相たち以上に、今まで見たこともないエリシュカの態度に、僕は呆然と彼女を見つめた。

いつも愛らしく結い上げられた肩より少し長い淡いピンクの髪は乱れ、カメリアの瞳は憤怒に歪んでいる。

ーーーその時の彼女には、優しい視線と優しい言葉をかけてくれるいつものエリシュカの面影はどこにもなかった。


「あ、ノア!ちょっと、こいつら何とかしてよっ!こいつら、王妃の私を取り押さえたのよ!?全員首を刎ねちゃって!」

「エリ……シュカ?」


耳障りな金切り声で叫ぶ彼女が一体何を言っているのか、僕には分からなかった。

ーーーこの女は、僕の知っているエリシュカじゃない。


「陛下。あなたは他国と不適切な関係を持ち、国の情報を流した罪で王位を剥奪の後、死罪に処せられることに決定いたしました」


感情を押し殺したような表情の宰相が、僕にそんな宣告をした。


「不適切な……関係……?国の情報……?」

「そればかりでなく、あなたと王妃様による国庫の横領の嫌疑がかけられています。また、税の過剰な引き上げにより、国民の怒りは頂点に達しています。これ以上、あなたを王にしておくわけには参りません」


宰相の言葉に、僕は目の前が真っ白になっていくのを感じた。


「僕……は……っ!そんな、こと……っ!違うっ!!僕は無実だっ!!僕はやってないっ!!」

「いいえ。……これが、その証拠です」


差し出された書類に、そしてそこに書かれていた王妃、エリシュカの実家であるフライランス侯爵ーーー僕が結婚と同時に男爵から地位を上げたーーーの国庫横領、売国の証拠とそれに僕が関わっていたという内容、エリシュカが僕に隠れてやっていた数々の悪行の告発を見て、僕は全てを悟った。


ーーーエリシュカは。

ーーー僕の最愛の王妃は。

僕を、裏切っていた。


僕と結婚した後も、エリシュカは他の男とふしだらな関係を続けていたこと。

僕の個人財産を勝手に使っていたこと。

それを食い尽くすと実家の助けを借り、国庫にまで手を出して贅の限りを尽くしていたこと。

僕から聞き出したこの国の情報を他国に売り渡し、財を築いていたこと。

それら全ての罪を、もしもの時は僕になすりつけようとしていたこと。

そしてーーーエリシュカが僕と結婚したのは権力を彼女らのものにするためだったこと。


僕はそれらのことを何一つ、気づいてはいなかったのだ。


彼女の優しさも。

甘い言葉も全て。


僕を利用し、狂楽に耽るための偽りだった。

その結果、彼女はすぎた快楽に身を溺れさせ、愚かにも、宰相たちに証拠を提供することとなったのだ。


「ねぇ、待ってよ、ノア!私はそんなことしてないよ?この人たち、私のこと嫌いだから私をいじめるのよ。ねぇ、ノア。あなたは私の味方よね?ねぇ?」


此の期に及んで僕に縋ってくるエリシュカを、僕はただただ呆然と見つめた。


この女は、一体何を言っているのだろう。

僕は、いったい、この女の何を見て、后になどしたのだろう。


ーーーかくして、僕は全てを失った。

今まで僕に甘い言葉を囁いてくれた貴族たちは、誰一人として僕を助けてはくれなかった。


ーーーなぜ。


なぜ僕がこんな目に合わなければならないのだ。

なぜ、僕が利用されていることを、宰相たちは教えてくれなかったのか。

あの宰相たちならば、僕が本当に全ての罪に関わっていたわけではないと、分かっているだろうに。


けれど。

その疑問は全て、すぐに解消された。

近衛兵に身柄を拘束される僕の目の前で。

宰相たちと言葉を交わす叔父上ーーー先王の弟を見たときに。


ーーーああ、そうか。

僕は、最初から必要とされていなかったのか。

扱いづらい、僕のような無能な子供よりも、聡明と噂の先王の弟を王位につけたかったのか。

だから僕は何も教えられなかった。


ーーー堕ちていく僕は、さぞや見ものだっただろう。

エリシュカに請われるまま、彼女の愛を盲目的に信じ、ドレスや宝石を買い与え、挙げ句の果てに裏では全ての財産を握られていた僕を見るのは、本当に滑稽だっただろう。


結果、今の僕は、ただただ処刑の日を待つだけの日々。

民の怒りは僕とエリシュカに向いている。

さぞや新王の聡明さが引き立つだろう。


ーーーもはや、何もかも、どうでもいい。

最初から、僕は必要とされていなかったのだ。


目を閉じ、記憶の蓋を閉じたとき、僕はこの暗闇の監獄へやってきた一つの足音に気がついた。


ーーーユーリス。

僕を裏切った宰相。


悲しみをこらえるかのような表情を浮かべたユーリスに、僕は心に小さな怒りが浮かぶのを感じた。


ーーーなぜ。

なぜ、お前がそんな顔をする。

僕を、裏切ったくせに。

僕を、見捨てたくせに。

……だが、それも当然か。

この男は、初めから僕のことなどどうでもよかったのだから。


「……僕を、笑いに来たのか、ユーリス」


そんな、小さな怒りと、大きな自嘲を胸に。

僕はユーリス(裏切り者)へ、そう、言葉を投げかけた。


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