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ユキとユウキに、ツバサの物語  作者: 本 太郎
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-ツバサの章- 後編

十六・玉手箱の中身を事前に知る



「ツバサ、楽しくできそうダンス?」「え、なんで。ママが知っているの?」「私よ」ボクは「ああそうか」と理解できたんだ。


 ユキちゃんが、ママにすべてを話してくれていたんだ。話してくれていた? ボクは頼んではいないから、告げ口に該当するね。いや違うよね、ユキちゃんはボクを、心配をしてくれているから、近況報告に当たるのかな。ボクが真っ先に、ママに「社交ダンスするよっ」て自慢するわけないしね。何かの切っ掛けがなければ、絶対に話さないかもしれない。

 部活は体操着で済ませるし、発表会で格好いいダンスウェアを着る訳じゃない、はずだ。夜遅くまで練習もしないしね。だからママへの心配は、きっと何もないはずだもの。

ママが言う。「ふ~ん、優しそうな先輩なんだ」「慣れてきたら、ママと一緒に踊ろうか」驚きの提案である。ママは社交ダンスできるんだ!

 その考えをママにぶつけたら「当然でしょう」と言われてしまった。「小さい時にパパとママが踊るのを見せてあげたでしょう」記憶にないこと言われて戸惑っていたら、ユキに言われた。「わたし、覚えているよ」って。「綺麗だったて」ボクはユキちゃんの言葉に驚いた。ユキちゃんは、ボクの知らないママの記憶を持っていたんだ。

 ボクが知っていなければならない、パパとママの事実関係をユキちゃんが見覚えていて、ボクはすっかり忘れている。ボクはまったく記憶にないから、本当なのかさえ分からない。

 でもユキちゃんは、ボクをからかったことが一度もない。だから嘘じゃないだろう。たぶんボクが忘れているだけに違いない。いったい、いつ頃の話なんだろうか?

「そう、覚えていないんだ。ちょっと残念だな」

「ツバサは、てっきりパパとママの趣味を選んだのと思ったのに」

「私もそう思ったんだ。ツバサは親思いだなってね!」

 ボクは知らず知らずのうちに、ユキちゃんやパとママの期待を背負って、志高く行動したんだと思われていたんだ。意外な気付きと、意外な意見に戸惑うばかりのボク。どのように話をつないだらいいか分からなくなった。

 ボクは「着替えてくるね」と言い、二階へ駆けあがった。扉を閉める頃には、ママとユキの笑い声が上がってきた。ボクは何だか笑われているみたいで、ちょっと嫌だった。嘲笑されているとは思えないけれど、ボクの心は凄く混乱していた。話の整理をするには、欠けた情報や知らない記憶が幾つも必要な気がしたんだ。運動嫌いだから、文化部。そうママは予想していたのではないか? 予想外の行動を取ったボクを、パパやママはどう思ったのだろう? そんなことを考えながら着替えていると、いつもより身支度に時間がかかってしまった。ああそうか「意外ね」の言葉は、ママの気持ちそのものだったのか~!文化部でなくてダンス部だから。


 階段を下に降りたボク。楽しそうに会話するママとユキの後ろを、洗濯物を持って静かに進んで風呂場に進み行く。洗濯機の前所にまで、喜びの笑い声が届いてくる。ボクは話し難さが増すようで、振り向いて歩き出すのに躊躇する。だから時間稼ぎにウガイして顔を洗い、手も念入りに洗って、時間を使った。洗い場では水道の流れる音が会話を打ち消して、少しだけ平常心が帰ってくるような気がしてきた。落ち着かなきゃね。


「はい珈琲」ユキちゃんがボクに、インスタント珈琲を入れて出してくれた。帰宅時に考えてきた感謝の懸案は、ここで全てが流れ出して、溶けて行くような気になる。ちょっとだけ交わした何気ない言葉と温かい視線が、ボクの気分を柔げ紛らわせてくれる。温かな飲み物はいいなと感じる。春の夜は少しだけ肌寒いから。

「ツバサは覚えていないんだ」ちょっと落胆したようなママの物言い。

 覚えていません。ごめんなさいママ。ボクは声に出せず、顎を軽く上下させるのが精一杯だ。ママは自分の思い出をボクに聞かせてくれた。ボクが幼児の頃は、家でパパと踊っていた。その頃に、ボクはユキちゃんと出会っている。ユキちゃんは踊るママを見覚えていた。ボクはすっかり忘れている。でも記憶のどこかに、パパとママが綺麗なドレス着て踊っていた状況を記憶していたのかも。お遊戯を卒業した頃のボクに、習い事をさせたりしなかった。できなかったから。

 ボクがしたかったこと、はユキちゃんと一緒に遊ぶことだけ。それが全てだったし、ユキちゃんから遊ぶように強要もさせられていた。それが当然だったんだ。嫌いでもなかったから。

 でもパパとママのダンスは覚えていない。見ようともしていなかったのかも。幼児の興味を大人には制御できる筈もない。ボクがどんな子供だったのかボクには覚えていない、わからない、記憶にも残っていない。聞かせてくれる大人もいなかった。

 きっと今のボクみたいに、物静かな子供だったのだろうね。パパとママの子だから、遺伝子にダンスが好きになるよう組み込まれているのかも。それで新入生歓迎会でダンスを見て、取り組む気持ちが発現したのかな。ゲームの主人公みたいに、隠された才能が顕著化して苦難を乗り越える。現実のボクは、思い悩んで路上で建設資材にぶつかり、怪我して苦難を招いてしまったのだけれど。現実界とゲーム界の差が大きくあらわれてしまった。

 現実の世界は厳しいんだよと、例え通りの怪我を負った今回の事例だった。相当に痛かったしね。今も体育の時間にどこかしら痛みがでるし、ダンスで組んだ時でも、さわられる場所によっては痛かったりする。

 でも今日はママの話を聞いて、ダンスに興味をもったボクを、ボクが少しだけ誇らしく感じられた。

 問題があるのは、ユキちゃんが一緒にではないこと。それはあとで解決すればいいやと思えた。心が風に対峙できて、柔らかくいられる。ユキちゃんの入れてくれたコーヒーのおかげかな。不安が少し和らいだのは、一緒の時間を共有できたから落ち着けたんだ。ユキちゃんが側にいると安心する。




十七・人が踊るには訳がある



 ユウキは頑張っている。ボクも頑張っている。

 社交ダンスだから、みなにキワモノ扱いされるかと思ったけれど、同級生達は結構無関心だった。ボクもクラス全員の名前と行動を把握してしない。クラスで親密なのは特定の趣味でつながるオタク系と、いけない事好きのヤンキー系くらい。残りは無関心組。かれらは個々で行動し無接触で過ごすことが多い。

 最初に食事のグループができると、何かあるまではそのままみたいだ。互いの様子がわかり始めた頃、すぐに中間試験が近くなり、互いの点数を牽制しながら、疑心案義になって行った。

 ユウキの言う『トモダチ』へ進むには、見えにくい壁がいつもそびえ立つ。なまじ推薦で付属高校から大学に進めるから、推薦してもらえる順位の確保が欲しい。足切問題の起きるイジメとかハブリも起きなかった。下位の二割は自動切り捨てされる。まるでJリーグみたい。だからみんなで仲良しとはいかない。よそよそしい隙間風がながれている学校だ。

 ボクみたいにユキちゃんと仲良くしていても、決してからかわれない。誰と誰が、どうして、どうなったという下世話な噂も、恋話も流れ伝わらない。静かだけれど淡泊だと感じる教室。

私立学校でよかった反面、青春の手応えも少ない場所だ。そもそも青春の手応えって何だろうか。イメージし難いね。

 小説や漫画の世界に描かれる学園生活は架空のおはなし。でも互いの気持ちが通じないからこそ、オタク系やヤンキー系の子は、何かに打ち込みたがる。その魅力を、真髄を、ボクが知らないだけかもしれない。みながみな情熱的なクラスだと、暑苦しいからこの位がちょうどいいかなと思っている。ユウキは情熱傾向やのめり込みが強いかな。

 夏休みが過ぎると、クラスに何か動きがあるかもしれないけれど、考えても仕方ない。ボクは放課後が充実していたし、先輩から特に問題を投げかけてくる訳でもない。ダンスは楽しい。それで充分だもの。基礎の動きを覚えるのが大変だから、余計なことに注意を向けたくない。

ダンスは社交界の潤滑材だとか。そんな紳士淑女の嗜みが、この学校にある。

 ぴたりと張り付いて踊るみたいに見えるけれど、隙間が無いと踊れない。張り付いて見えるのは錯覚だ。抱き合うのだと思ったら恥ずかしい。つかず離れず踊るのがダンス。最初の練習では組み方と距離を教えて貰った。

 最初は男女が急接近して赤くなった、けれど張り付いちゃいけない。足踏みしながら動いて、その感覚と間隔を確認した。上級生は堂堂としていて、僕らは腰が引けた。気持ちが距離を取りたがる。ダンスは距離を狭めろと要求してくる。心と体とダンスが葛藤していた。何とかなりそうな距離を知るのに、一週間は必要だったから。

 最初は流れているダンス音楽に耳が行かないくらい、硬くなった。自分で呟くカウントを、相手に同調させることも出来ない。流れる音楽に合わせるのも無理そうに思えた。授業のダンスと世界観がまるで違う。


 恥ずかしいと離れ過ぎても踊れないのがダンス。手が離れてはダンスの情報が伝わらない。指先で無言の情報伝達するのがコツみたい。段取りで踊るのではないようだ。歌のデュエットに似ているね。合唱とは違う。

 世の中にはやらないとわからない違いがたくさんある。見てわかるつもりが、やってから覆される。興味を持ったら色々と挑戦しないと理解できそうにない。高校生になって実体験が増えたみたいだ。学校にくるのが楽しい。


 知らない人には見た感じが刺激的だけれど、当事者になると快適で楽しい世界空間だね。ダンスしないともったいない。きっとユウキも得した気分でいることだろう。時間を掛けながら、先輩たちに指導されてゆっくり先に進む。

 今風のダンスみたいにひどく活動的ではない。ドレス着て、正装で踊るのだから。けれど情熱も必要。心のバランスが大切なんだ。「おじいちゃん、おばあちゃんの楽しみ」みたいな認識もあった。元気の出せる運動かと思っていた。実際に体験して、認識を新たにしたのがボクであり、ユウキだった。ユウキはユウキなりの、何か別の思惑でもあるのか、楽しそうに毎日練習に来ている。

 ステップを少しだけ覚えてきたから、すごく楽しい気分が増してくる。女性が多いから、ボクのような非モテ男子でも喜んでもらえる。少しずつ、ユキがいないダメージを修復して行けるみたい。ダンスは不思議なスポーツ。くよくよ悩んでいたことも、ステップを踏むと忘れてしまえそうだ。先輩達もかっこいいからね。

 ダンスをしているから、凄く姿勢が良くなって、人に誉めてもらえる機会もあった。「ダンスしているでしょう」と大人に言われたりするらしい。なんか誇らしい気分。誉められるって素敵だ。

 嘘でも誉められると、いい気分になれる。先輩達も、僕ら後輩を誉めて指導してくれる。この指導法は素敵な伝統だなと感じるようになった。ユウキも、もう少しことば使いに気をつければ、見た目がまーまーなんだから人気がでるのに。男同士でも予想できる。品行方正の優等生のユウキは見たくない気もするけれど、素敵になれたら誉めてあげよう。ボクの株も上がるだろうしね。


 休日や週末は、ユウキ達と一緒に行動する時間が増えた。バスや電車が発達していない田舎だし、自転車を買ってもらい、少し遠くのショッピングモールとか、近隣の地方都市のお店にも行くようになった。行動範囲が広まった。

 ボクは今一つ溶け込めない気分はあるけれど、ちょっとだけ青春しているなと感じたりする。

これもユキが一緒にいる時間を作ってくれないからで、デートしてもいいのにな~とボクは思うんだ。けれどユキちゃんは忙しそうで、休日もジャージ姿で自転車に乗って、どこかに出かけて行く。ボクはちょっと不安を感じてきている。考えすぎると体が固まるから良くないと、最近分かって来た。少し大人になった気分なんだ。少しだけ。


 学校の勉強も何とかなっている。分からないところはユキちゃんに聞いている。ユキちゃんは高校生になってからも、ずっと勉強ができて優秀だね。もしかしたら大学は、違う所に行っちゃうかもしれない。等と考えると悲しくなる。だからボクも一所懸命に勉強をするんだ。

 ダンス部は休日練習しないから、休日の時間がとれるのだけれど、ユキがいないから充実感が足りない。中学で好きだったゲームも最近は途絶えがち。ゲームに対する面白味が段々と薄らいできた。いろいろ考えると『将来の設計とかしたいな』と感じるようになった。


 休みにユウキ達と出かけると、街中の若い女性達は着飾って楽しそう。でも男性はあまり見かけない。どこにいるのだろうか。男性陣はどこに行けば見られるの。あとはボクら高校生や中学生くらい。社会人も見かけないね。家族連れくらい。大人の男性はどこに行っているのだろうかと不思議になる。ユウキは「みんな働いているんだよ」と答える。

「俺のオヤジも休まずに働いている。だから今だけは遊んでいるんだ。社会人になったら遊べないからね」そうなのか、ちょっと寂しいな。なら大学生はどうなんだろうか。働いていない学生なんだから。

 その答えは大学生になったら考えることにしよう。ボクは今を頑張ればいい。これ以上の頑張りは無理だと、ボクは思う。頑張りすぎて死んじゃう人の話も聞くし、程々の人生や青春をおくりたい。

 ユウキはユウキで自分の考えがあるのだろう。ユウキと深い人生論を交わしたことはないけれど、何となく伝わって来るものがあるような気がした。ボクの考えも伝わったかな。ユウキやユキちゃん、パパやママにも。そして親戚のお兄ちゃんとか、みんなに伝えられるだろうか? ボクは自分の思いが外に出せず、ちょっと苦労している。気持ちをことばにして伝えるのって、難しいことだね。ボクは時おり心がどこに行き当たるかわからなくて、出口を彷徨うことが凄く多かった。

 見ている景色も頭に入らず、頭を怪我したわけだしね。頭の青胆はだいぶ薄らいだ。痣にならなきゃいいな。でもハゲができなくてよかったよ。頭に傷があると、まるで悪い少年時代を過ごした証拠みたいで嫌だからね。ボクは悪い子じゃないんだから。切り傷が残るのは嫌だもの。

 日に日に入学時から比べて、日没時刻が伸びて行く。夏が近づいてくる。夕日を確かめて帰ると遅い時間になる。遊んで暮らして、ユキに置いてきぼりは嫌だから、休日だって予習、復習はしておきたい。ダンスのステップも確認しておきたい。

 先輩に誉めてもらえれば、もっと上手にできそうな気がしている。ユウキ達に帰宅を即して、日曜はゆったり夕食採るように勧めてから街を後にしよう。さあ明日もがんばろうっと。




一八・恐怖の試験中だ



 試験の多い学校だ。それが親に人気の理由なんだけれどね。

 一年間が二学期制なら試験の回数が少ないのだろうが、三学期制だから試験が二回分は多い。中学が公立で、二学期しかなかったから、気分的に試験は楽チンだった。その分広範囲に試験の項目が分散するから、基礎学力とか普段の取り組みがよく現れて、成績の善し悪しがはっきり出ていたような気がする。

 三学期制の試験をならば、試験の範囲は狭いから、期間内で覚えることは少なく、ミスしないように心がけた。まあユキちゃんの指導のおかげで、そんな訳知り顔の解説ができる。ユキちゃんがいなかったら、ボクはどうなっていたことやら。ユウキには「いい彼女がいてお得だな」とか言われた。確かにそうだけれど、そうだよと自慢はしたくない。

 ユウキはボクを勉強の当てにできない。ユウキの不満がそこに隠れている訳でしょ! 優秀なのはユキちゃんで、ボクじゃないのだから。ユウキに当てにされるのは困るけれど、選択外なのも、男の沽券に関わるのだ。沽券がなんだか知らないボクなのだが。

 試験中の唯一の楽しみは、ユキちゃんが手元近くにいることだね。勉強の傾向と対策を教えてもらえるし、ボクの考え方や予想が、ユキちゃんと同じだと安心する。帰り道も一緒。

 試験期間の前と今は部活動が禁止されているから、一緒に帰れる。道すがら会話することは、ほとんど何もない。けれども頼れる姉御肌がいる、安心感と充実感は代え難い。成績優秀な一部の生徒達は、ボクの質問に関心も無い。すごく話し難い相手だ。有名大学を狙う方々である。

 私立に来たのは、環境が安心だから選んだ人達なんだ。ボクのような凡人には用がない。頑張らないと同じ同級生として扱ってもらえない。忘れられては悲しい。あえて覚えて貰いたい訳でもないのだけれどね。ただ癪にさわるだけだ。

 道を行くユキは、自信を持った足取りで歩いてゆく。

 いつの頃からか、身長がユキちゃんより大きくなったボク。小学校の高学年の頃は、ユキちゃんの方が大きかった。弟だと思われたこともあるくらい。それが今ではボクの方が大きい。大人の男になる証明なんだろうか。

 身長意外に誇れるものがないのが現状。これから身に付くこともあるかもしれない。今はユキちゃんのおかげで、何とかなる成績だから、見捨てられないように頑張りたい。パパやママにも心配掛けたくないしね。

 ときおり前方から聞こえてくるユキちゃんの声に答えながら歩く。答えに詰まることもあるけれど、大切な時間を使いながら住宅街を進む。『お嬢様と家来の進行かな』なんて思うのだ。ボクがユキちゃんを守ってあげることが、いつか来るのかな。ない方がいいみたいだけれど、できるようにはなりたい。勉強のコツとか掴めれば、努力の空回りが防げるのかも。

 ダンスで軽やかに舞うように、勉強もできたらいいなと思う。


「スロー、スロー、クイック、クイック」

 頭の中にダンスの掛け声が響いてくる。少しづつ、ボクもダンス界の住人になってきた予感がする。

「スロー、スロー、クイック、クイック」

初夏の風に乗り、頭の中にリズムが流れてくる。夏のリズム。

 ユキちゃんとボクを誘う、ダンスのステップのリズム。ユキのリズムはヒップホップで、一六ビート。ボクのリズムは二拍子、三拍子。きっと違う事実が、悲しい気分を誘う。でもきっと一緒に踊れるさ。その時はボクがユキちゃんに、ダンスを教えてあげるんだ。そう思い至ると不思議と勇気がわいてきた。ボクとユキちゃんが祝福されるのは、きっとダンスだけなんだろう。何か確信みたいな手応えを、一瞬だけ感じた。

「聞いてる」ユキちゃんの問いかけに、ボクのステップが風間に流れて消えた。幻のユキちゃんも、風間に消えて行く。独りきりのエア・ダンス。




十九・クラブで元気



 中間試験が終わって直ぐに部活動が再開された。

 頭ばっかり使って、体に何かコリが溜まっている、動きなさいと声が聞こえてくる。ストレスとはちょっと違うみたいな声だ。衝動的な力でなくて、こう明るくてきらきらした素敵な感じ。上手く言葉にできないけれど、ダンスには伝える力がある。あるような気がする。直感があるんだ。何の直観だろうか。

 その何かと、ボクの両方が意見を交わし、ダンスするのが正解だよと教えてくれる。だから練習に来られることが楽しみだった。『期待に胸ふくらませ』ってこんな気分なのだろうか。ユウキも何となく高揚した顔している。

 ダンスより上級生に会いたいのかも知れないしね。お姉さん達は何となく、大人の女性の香りがしている。ユキちゃんには上級生の持つ大人の何かが無い。近くにいてユキちゃんの匂いを感じるとき、ヒップホップで流した汗と、シャンプーやボディーソープの香料の混じった匂いがするだけ。お姉さん達は上級生になるほど、ママに近いような臭いが漂ってくる。

 季節が少しづつ夏に近づくほどに、香りが強く漂ってくる。

 社交ダンスは二人の距離が近いから、意識しなくても二人の匂いがわかっちゃう。香りと言うべきかな。

 昼食で『肉まん』とか食べると、食材の匂いがわかって、ちょっと面白い。ボクもパスタとか食べるときは、ニンニクの入っていないものにしよう。お姉さん達に嫌われたら、嫌だからね。組んだときに微笑みが消えるのは、きっとボクの臭いが気に入らないときだ。体育のあった日のあとは、下着の着替えの準備とかもしなくちゃ。紳士淑女のマナーの一つだね。

 だらしない野放図な子供のままじゃいけない。

 自分の気持ちを通じて、相手の気持ちが理解できそうな気がしてくる。ダンスをしながらボクは、大人の世界を少しづつ想像できるようになってきた。ボクは進歩しているのかな。

「当然だろ」なんだかユウキは『知っていましたよ』みたいな口振りで言う。

「へー、すごいね」なんて返すと嬉しそうに笑うだろう。

 ユウキとの距離が、少し同級生から『トモダチ』になってきたようだ。同じクラブ員だしね。もしかしたら、クラスの誰かもダンスを通じ仲良くなれるかも。男同士で組んで踊らないから、男の友情みたいな、汗の交わりはないだろう。体育会系の肉体のぶつかりはない世界。

 優雅に気高くが大切みたいだ。部長の踊りとかみると、素敵な雰囲気が感じられるもの。先輩がボクらの目標だ。今のボクには見習うべき人々が目の前にたくさんいる。視界に入るユウキはわかっているのかいないのか。すこしは何か考えているかな。

 最初は嫌々だったけれど、お姉さんに手を握られた瞬間に心変わりしていたから、ちょっと面白かった。ダンスも面白いけれどユウキの心変わりも面白い。学校ぼ選択は、パパやママの勧めもあって選んだけれど、結果よかったと思っている。素敵なダンス部がある学校なんて、きっとそんなに多くはないだろうからね。

 この講堂の中にユキちゃんの存在がないのは寂しいけれど、どこかでボクのことを気にかけてくれているだろう。きっとそうだ、いつもそうだったし、これからもそうだから。この部に入れたのもユキちゃんの手招きがあったおかげ。モジモジしたボクが、先輩に入部希望を伝えられなくて困っているのを見て、ユキちゃんが手配してくれたんだ。本当にありがとうユキちゃん。感謝しています。

 ボクが感謝に応えるのには、ボクが素敵なダンスを踊れることが大切なんだと思う。そして先輩達に、よい後輩が入ったと思ってもらえたらいいな。イラナイ誰かと思われたら、凄く寂しいもの。

 初夏の日差しが額にうっすらと汗を浮かび上がらせてくる。清々しい気分になるリズムと、講堂内を通り抜ける心地よい風。昔の人たちが、夢中になった訳がわかりそう。だからパパもママも踊っていたんだね。いつか昔みたいに踊って欲しいな。


「はい休憩」

 先輩に言われて止めてみて、結構疲れていたとわかる。夢中になっていたから気がつかなかった。姿勢良く踊るのって、踊りの筋肉以外に、姿勢を正す筋肉が緊張して結構疲れるものだ。となりに座り込んだユウキは、視線を上に向けて手足を少し動かしながら鼻歌でリズムをとっている。

 きっとあたまの中で、ステップや振りの反芻をしているのだろう。ボクも目の前の講堂内ではなく、自分を俯瞰する、空想でのボクを見て分析する。シュミレーションして、ダンスするんだ。想像力がダンスを上手にしてくれるらしい、部長が教えてくれたんだ。

 スポーツ界では、これをやるのが常識らしい。ユウキも部長にいわれたことを素直に実践している。けっこう素直なところがあって、かわいいところかも知れない。

 前向きって雰囲気が出ているからね。好感度がアップしているかも。一年女子部員の子たちも、ステップとかターンの話題を口にしている。みんなダンスに真剣だ。そして楽しんでいる。

 集中して皆でなにかしていることは、勉強と違う集中で、疲れるけれど充実している。モノが違うみたいだ。集団の競技とは違うし、一人で対戦するのでもない。二人で行うけれど、交互じゃなくて一緒にする。こんなことは世の中で、きっと少ないだろう。誰とでもパートナーになれるけれど、誰とするかで、結果が変わってくる。決まり事のある踊りだけれど、ちがっていいし自由もある。

 バレエやヒップホップと違うよね。皆で踊っても、振り付けで決めたことに向かう、個人集団な踊り。社交ダンスは決まっている振り付けが出発点で、行く先はカップルで違う出口に進む。みんな同じでみんな違う。自己啓発で有名な、便所の訓辞に似ているなと思った。

『みんな同じで、みんな違う』

素敵なことばが思い浮かんで、ボクは一人で感動してしまった。何かの誌の一部だったろうか?あ~あ、ボクは練習場で皆さんと一緒にいても、一人だけ妄想世界と、ダンスのシュミレーション世界を行き来していた。一人で二つの世界を行き来する旅行者だ。ボクは新しい精神構造を開拓してしまった。




二十・青い空が教えてくれること



 少しだけ雨の日が多くなった。梅雨の日が近づいているのかな。風に乗り、遠くから蛙の鳴き声が聞こえて来る。日中の気温も夏日が増えて、汗を流すようになった。

 ボクは体臭を気にするようになったから、浴槽で使う道具類とか石鹸とか、ママにこだわりの注文するようになった。ボクがそれらに注意をするようになったことを、特別説明しなくても理解しているみたい。でもボクは男なので、ママの理解を少し越えているみたい。パパに意見を求めるようになったらしい。そんな話をママとする。

 パパはもの静かだし帰宅も遅く、出勤時刻もはやい。ほとんど会話らしいことをしなくなった。休日も仕事に出掛けるし、ボクもユウキたちと出かけることが増えた。少しづつ、家族の生活習慣にすれ違いが増えた。でもボクは元気だよ。

 パパ、ママにべったりしないし、ユキちゃんにも頼り切りじゃない。ユキちゃんが放課後に家に立ち寄って、ママと何かお話をしているらしいのは、テーブルに残った食器でわかる。ママとユキはハーブティーが好きなんだ。

 ボクは昨年からコーヒーをブラックで飲めるようになった。だからインスタントコーヒーを、飲みたい時に飲みたいだけ飲んでいる。マグカップは大型になった。これが丁度良い大きさなんだ。ちょっと男っぽくなれたかな。


 × × × ×



 雨が降るとちょっと肌寒い。気温が高くても、何だか寒い気がする。

 衣替えする、しないの境目が来たんだね。夏服は軽いけれど、あんまり素敵じゃない。軽々しい感じが好きじゃないのは、社交ダンスの正装が素敵に思えるようになったから。ダンス服で、びしっと踊れたら格好いいだろう。それには少しお腹をひっこめないと。でも胸板も薄いから、腰回りが痩せると棒きれになりそうだ。

 今も少し身長が伸びているみたい。中学校ほど伸びないのが悲しいかな。でもあまり背が伸びると、女性とペアに組んだときに綺麗に見えなくなっちゃう。学校の女子は、そんなに背の高い人いないからね。

 ダンス部員だって普通の高さと変わらない。今のボクの背丈がちょうどいいらしい。視界も開けているから踊りやすいと、お姉さん達が言ってくれる。でも本装のときはヒールが高いから身長差が埋まるね。ボクも運動靴から革靴になるだろうから少しだけ身長が延びるはず。一・二センチくらいだけれど、伸びるのは伸びるんだ。

 でも暑くなると、皮靴は蒸れるから嫌だな。上手に踊れるようになったら専用の靴が欲しいね。今だとステップを間違えて足を踏んだり、踏まれたりするので、ヒール靴を履かれたら怖い。足に穴が明きそうだから。この恐怖は想像するほどに、真に迫ってくる。踏まれたら痛そうだもの。悶絶しちゃうだろうね。

 上手なお姉さんたちは、ダンス用のロングスカートを身につけるのが億劫になってきたみたい。暑くなってきて、ジャージの上に着けたスカートをパタパタやって湿気を逃がしている。見ているとけっこう恥ずかしい。ユウキは嬉しそうだけれどね。エッチなユウキだ。ボクはそうでもない。妄想してることが多いけれど、そっちの妄想はしないから。エッチな話もしないしね。

 そろそろ熱中症対策で、アルカリ飲料とか、塩粒タブレットを水に溶かして飲むようにしなくちゃいけないかも。熱中症にかかって倒れたり、死んだりしたら嫌だから。滅多に死んだりしないけれど、真夏はやっぱり怖いよね。一緒に踊っていて、相手の体温を熱気として感じることが増えた。熱意と情熱と感情が、伝わりくるみたい。この力は結構強い。

 タンゴなんて特にそうだ。まだ基本中の基本しか踊れないけれど、上級生は格好いい振り付けで恰好よく踊っていたりする。見とれてしまう。そうなると集中力が切れて、目茶目茶な踊りになって収集がつかない。

 結果怒られてしまう。目の奥に怒りが写り伝わって来るからね。声に出されるより、間近なのが怖い元なんだ。けっこうダンスは怖い踊りだと思った。入ったばかりは、お客さんだけれど今は立派な部員だもの。責任を感じて行動しないとね。

 一緒に入った子たちは誰も辞めていない。ユウキだって真剣にやっている。ボクも負けないようにがんばらないと。ママやユキにもがんばってる実績を見せたいもんだ。凄いでしょって。

 学校の上から見る空も。自宅の窓から見る空も、同じように青色で、もうすぐ夏が来て暑くなるような気配が濃厚だ。でも雨もたくさん降るような気もするから、毎日雨傘を持って出かけないと、濡れれちゃうな。




二十一・アイテムが変わると



「スマホ売ってこれ買ったぜ」ユウキは自慢げに靴を見せた。新品のダンスシューズだ。

 エナメル系のプロ・シューズじゃなくて、汎用性の高いジャズ系に近い踵の付いた黒い靴。悩んだけれどこっちが楽そうだから。それがユウキの説明。なるほどね。

 感心したんだボク。すぐに結論を得て行動するユウキ。先のスマホのトラブルなんて、ボクはすっかり忘れていたよ。大事に取って置いて、誰かに売りつけて靴に替えたたらしい。

「ユキと一緒に行って買ったんだ」衝撃の事実。

 どうしてそうなるのだろう。ユキとボクは疎遠じゃないが、今は密接でもない。それが何で、ユウキと靴なんだろうか。酷いでしょそれじゃ~。

 ユウキのボクに対する存在は、どこまで評価が下がったんだろうか。同じクラブ活動しているユウキとボクなのに、何の相談もなかった。別段、相談があったところで、ユウキに連れ回されて、結論を聞かされるだけだろうさ。でもユキちゃんとユウキの取り合わせに、ボクが少しも絡んでいないのは納得がいかない。ユキに聞いてみようかと思ったけれど、教室には見当たらないようだ。ユウキに直接聞くしかないだろう。息を整え、気持ちを抑え言葉を選ぶ。

「いつ買いに行ったの」

「昨日だよ」

昨日は日曜日。ボクは家で久しぶりに自宅でゲームを楽しんだ日だ。勉強とダンスに集中して、あまり取り組んでいなかったゲーム。かわいそうに思って取り出して遊んだのだ。可哀そうなのは、ゲームじゃなくてボクだったみたい。

 ユキちゃんに電話して、買い物にでも行けばよかった。てっきりヒップホップの練習に行っているものばかりだと思ったのに。すっかりユキのことをノーマークにしていた。ボクは放置されているのかと思って、ずっと声が掛かるのを待っていたのに、声を掛けた相手がユウキだったなんて!?何が何だかわからなくなった。ボクはユキの何なのだろうか。

 ボクがムッとして、ホホが膨れたのを見て、ユウキが説明をしてくれた。一応ボクの気持ちを思う感情はあるみたい。

「昨日親戚の『あんちゃん』に会って、スマホの話をしたら笑われてさ、自分の予備機に買ってやろうと言ってくれたんだ」。

 その代金を持ってホクホクしていたら、商店街でユキにあって声をかけられたらしい。ユキちゃんはダンスシューズを買いに来たそうだ。せっかくの金を無駄使いするだろうから物にしろってことで、一緒にダンス専門店に行ったらしい。そこで店員に経緯を話したら、ダンスにはこれがいいよって勧められ、ちょっとオマケしてもらい買ったそうだ。ユキちゃんもお目当てのシューズが買えて、俺も買えてよかったなんて言っている。

「今度は俺がお前を店に案内してやるから、値引き交渉してやる。安心しろ。どうせ自分じゃ値引きのアピールできないだろう」ボクを分析して誘導するような手口や言い回しは、ユキちゃん仕込みかもしれない。それの言葉にも、ちょっとムッとくる。ボクを手懐ける術を知った人が、もう一人登場したからだ。ボクはペットじゃないぞ~。

『ユキちゃんが誘ってが気に入らないけれど、まあ許してやるか。同じクラスでクラブ員なんだから。大人の対処をしなくちゃね。ユキちゃんは忙しそうだから、次はユウキと一緒に行ってやるか、しょうがない。男の付き合いだ。どうせなら、先輩や他の女子と一緒に出かけるのもいいなと思った。

 幸せは皆で分かち合わないとね。すごい幸せでもないけれど、時間を共有する楽しみを、校外で行われてもいいだろうしね。素敵な先輩たちとの交流は捨てがたいから。あこがれの先輩となら、ユウキも静かにしているだろうしね。


 × × × ×


「俺の知り合いからなら安く買えるぞ」クラブ担当の顧問からの情報だった。

先生もダンスするから、横の連絡網があるらしい。新入女子たちは色めきたった。安いが大好きの価値が一番らしい。

 女子はおしゃれ一番、持ち物二番みたいだ。どうせ同じようなもの揃えるなら、大量買いして低価格にする、この魅力は欠かせない条件だ。夏休み頃に皆の決意が固まったら声を掛けるようにと言って、講堂を後にして消えてしまった。お得情報や、不幸な連絡は、突然訪れる。

 はじめた直ぐに購入しても、すぐ退部したらもったいないから、備品類の斡旋はしなかったらしい。教師が斡旋すると、何かと世の中がうるさいらしい。業者と癒着しているとか言われる。善意も悪意に取られる、大人の世界はいろいろと面倒なものだ。

 大人にならなければねと思っていたけれど、徐々でいいかなと考えたボクだ。ボクにはちょっと厳しい世界みたいだ。もう少し経験を積んでからでもいいかなと、気持ちが後ろ向きというか、足踏みしちゃった。ユウキと、みんなとのお買い物の他に選択肢が増えた。


 見て買う楽しみと安くて簡単も、捨てがたいね。

 今までは、見て購入してばかりだけれど、信頼できる人に頼むのもあり。ユウキはボクは、買い物に行くことが無くなりそうだけれど、話を聞きながら楽しそうにしている。何か企んでいるのかな。ユウキの行動は、ボクには予想がつかない。ユキちゃんも先生に頼めば、一緒に安く買えたかも。まあ一緒にカタログ見て、先輩と買い物談義するのも楽しいかもね。ユウキの頭の中を想像するボクだった。

 先輩が言うには、先生に頼んで買ったり、不要品を分けてもらったりもしているらしい。大人の中には、気前のいい人もいるんだなと知るボク。ボクも大人になって気前のいい人になれるかな。素敵な大人になれるだろうか。素敵な先輩や大人をみて、真似をして素敵なボクになってみたい。きっとダンスはボクを、素敵な大人のところへ誘ってくれるだろう。そんな期待と想像が浮かんで、楽しくなってきた。




二十二・関節は曲がる方にだけ曲がる




「先輩。膝と足首が痛いんです」

「あ、俺もです」

 ボクとユウキは先輩に体調不良を訴えた。すると至極当然みたいな顔をして、そりゃそうだと皆で口々にする。お姉さんたちも、そろそろかなって思っていたらしいんだ。ボクもユウキも、踊り方に問題があるのだそうだ。

『大きな力はゆっくり動く』

『重いモノはゆっくり動かす』

 スポーツにはこの原則があるらしい。

 体にあてはめると、ゆっくり動くと間接に負担が大きい。その負担場所が足首、膝、腰なんだとか。

 あと女性は手の指先と手首。これは男性が悪いと影響が大きく出るらしい。

 ダンスは二人で踊ることを忘れると、女性に負担がかかるんだって。だから巧い下手を均等にするために、一曲ごとにローテーションして相手を変えているらしい。プロだと相手を決めて、ダンスを突き詰めて行くのだそうだ。

 優雅に見えるダンスは、負担の大きさが見えにくいものらしい。またひとつ、ふたつと勉強になった。

 新入生女子が、下手だから踊りにくいんじゃなくて、踊りにくいから下手なんだと言う。言い得て妙だなと思う。難しいことばも少しずつ覚えてゆくボクだった。

「君たちは今日の練習はここまでにしよう」

「原因は明日教えるから、家に帰って冷やしてね」と言われ、先に押し出されたボクとユウキだった。ちょっと寂しくて悲しい現実。普通に歩くのに痛くないけれど、方向転換すると痛む。


 × × × ×


 ボクとユウキは、校門を出た後で、顔を見合わせてから、じゃあねと声をかけて反対方向に分かれた。互いに分析し合っても仕方ない。痛みは早く取り払った方がいいからね。


家に帰ったらママに「早いわね」と言われた。事の経緯を話したら、「ああ、そなの」と言ってすべてを理解したしたみたい。ママも、理由を聞かなくてもわかるベテランなんだと思った。

「でも調子にのって、クルクル回る技量にまで進めたんだ」

 ママによると、膝とか痛くするのは初めて直後か、上手になり始める頃らしい。「きれいに技術で回らないで、勢いで回っているでしょう」「回れないなら無理せずに、原因を確認して練習しないとね」「楽しく遊べるのはここまで」「これからが、ダンスの入り口」わかったような振りをして返事したけれど、ぴんと来ない。

 今までのボクはダンスを真剣に遊んでいたってことなんだろうか。ボクはステップや、振り付けを真剣にやっていたよ。

 ママの貼ってくれた湿布薬で部屋の中が臭っている。湿布で冷たくて、熱く腫れた感じが次第に冷えて行くのが伝わってくる。どうして湿布薬が用意してあったのだろう。ママが予想して準備してくれたのだろうか。聞きたいけれど、予想の範疇とか言われると悲しくなりそうなので止めておいた。詳しい理由とかは、明日のお楽しみだ。

 先輩が解説してくれるだろう。先輩も、そしてパパやママも通ってきた道なのかもしれない。ボクもその道を進んでいるんだ。ボクも後輩ができたら、教えてあげなくちゃね。

そう思った。

 そう思った頃にユキちゃんが訪ねてきて、家が湿布くさいと呆れていた。でもユキちゃんも残った湿布を、ママに貼ってもらったみたい。いろいろと転んで、痣ができているみたいだ。過激な踊りをしているんだね、ユキちゃん達は。


 ママはユキちゃんを前にして、ボクにも昔の話をしてくれた。

 学校の時代にファッションモデル志望の同級生に、ターン練習をしてあげたことがあるとか。きれいに何回も回るのって簡単そうで、すごく難しい行為らしい。歩き方にもコツがあってプロとアマとかは、専門家が見ると一目瞭然なんだそうだ。

 ボクは見ていてわからないけれどね。

 ヨーロッパの一流モデルは、見た目だけじゃないそうだ。日本のかわいい系モデルは素人ばかりの見た目だけで技が一つもないそうだ。その素人さが良いのが、日本人の好みらしい。読者モデルの子は、ターンなんて教えてもらっていないのだろうと言っていた。

 それじゃ、可哀そうなんだって。見た感じ、すごく嬉しそうだけれど、知らないから嬉しいのであって、知ったら悲しくなるものらしい。そうかママは物知りだね。

 読者モデルの女の子はボクやユキと同じ歳の子もいる。何が違っているのか、きっと知らないだろうね。ボクもわからないし、それでもテレビや雑誌に出て楽しそうにやっているし、ファンもたくさんいる。だとしたら何も知らない裸の王様みたいだな。周りに持て囃されても、騙されていたり、知らされていないのだから。

 知らぬが仏って言葉があるそうだ。

 何となくわかるような、わからなくても済みそうな気もする。こだわりがなくて、簡単で便利な気もするのだけれどね。ママは知っていた方が、後で苦しまないで済むかもねと言っていた。ボクはファッションとか、芸能に関して興味がないから、そんなものかなと思うだけ。

 皆は飽きたら辞めればいいと思っていると思うんだ。面倒な考えや、価値はわからないから、何とかなるならそれでいいと思うらしい。

 そんな知らない女の子よりも、この膝や足首の痛みの方が、今のボクの現実を表しているんだ。今それを取り組み、解決するべき課題だし、解消できればいいんだ。ママの情報は、ボクのお茶会では、使えそうもない話題だと思うボク。

 ユキちゃんは、ママの話を真剣に聞いていた。ユキちゃんはママの話を、昔から真剣に聞く子なんだな。だから勉強ができるのかも。雑学の習得が、学校の勉強にも有効なのかもしれない。

 ユキちゃんはハーブティーを飲み終わったら、挨拶して元気に帰って行った。

明日また会おうねユキちゃん。




二十三・ユキちゃんを水に流して



 七夕祭りの時に、街の催事広場で、ユキちゃんがダンス出演することになった。ユキちゃんじゃなくて、所属するダンスチームだよね。学校でユキちゃんから教えて貰ったのではなくて、ママから教えてもらったんだ。

 ユキちゃんは、学校のクラブ活動だけでヒップホップを練習していたのだと、ボクは思っていたんだ。だけれど市の登録団体で、大人とも踊っていたらしい。ボクの勘違いと言うべきなのだろう。ボクの知識はスキだらけだね。

 まるでボクがユキちゃんに無関心みたいで、何も知らなかったみたい。恥ずかしい心持ちがする。ユキちゃんはボクに関心を常に持って、あれこれと差配してくれるのに、何もお返しをしていない。せめてのお返しにと、街中に出てお祭りで応援するのが罪滅ぼしだね。ユウキも暇そうなので連れてきたんだ。誘ったら付いて来た感じもする。

 会場で見回しても、他に知り合いは来ていないみたい。人混みが凄いから、たぶんいても分からないかな。ママも見にくるらしいが、時間一杯までは、街中で買い物をする予定。

 ボクとユウキは催事広場の、露天商の散策が楽しくて、早くに来てブラブラしていた。ユウキは「だり~」とか言ってはいたが、その割に楽しそう。言うことと、やることが違う。

 広場にはフリーマーケットも出ていて、雑多なものが関連性もなく陳列販売されている品物で溢れている。変なものも売られているけれど、誰が買うんだろうか、どうやって使うの。不思議だけれど一巡りすると、その変な品が売れて無くなっていたりする。この不思議さがお祭り気分なのだろうね。

 遠くから泣く子の声が聞こえたり、叱る大人の声も聞こえてくる。お祭りは賑やかだ。


 空模様が心配だな。

 梅雨入りしそうな感じで、雲がたくさん出てきた。空の上の出会いは、はるか雲の上だからいいけれど、人の出会いは地上でのこと。雨は降らない方がいいよね。相合傘も素敵だけれど、そうでないひとの方が多いのだし、家族連れもいるんだもの。露天販売の人も屋根がないから大変だろうしね。

 広場では大きな音が鳴り響き、舞台の上で最初のグループが踊り始めた。

 歓声が一斉に聞こえるから、贔屓の観客が多いのかも。特定の団体に特定のファンがいる時代だ。ローカルアイドルの時代。地方のダンスユニットも、プロ顔負けに頑張るチームもあるし実力もある。それがこうして、歓声の大きさで表現されるのだろうね。

 そばにいるユウキはダンスに無関心みたいで、雑多商品を陳列する店に、熱い視線を送り込んでいる。最初は祭りの雰囲気が面倒で無感動だったけれど、今はすっかり魅了されて夢中になっているみたい。次の夏祭り大ファンが誕生したのかもね。

 ユウキが変なものをたくさん集めて、売りたいと言い出さないか心配だ。きっとボクに手伝えとか言い出すに違いない。そのときは上手に諌めて、止めるような技術を身につけて置きたいね。それがボクの安全対策だと思うんだ。


 ユキちゃんの出演予定時間前に、ユウキを連れ立って催事広場に到着した。早目にユウキを、上手に誘導しないと、ずっと露天にいたことだろう。それじゃユキちゃんに会わせる顔がないし、一応は彼氏として失格だ。ママにも、問い詰められてしまうだろうし。

 ユキちゃん達のグループの、固定応援団も準備万端みたいだ。揃いの服を着て壇上前に集まっている。こちらの人達が踊るのかと思うような、揃いの衣装を着ている。

 観客からグループ名が読みとれるから、この団体で間違いないね。きっと新しい団員とか、家族とか、友人達なのだろうね。ボクはユキちゃんの専門応援だから、特別な服は作らない。心の準備だけで充分でしょう。

 人だかりが増してきて、どこかにママが来ていたとしても、もうわからない。一旦場所を移動したら、二度と同じ場所は確保できそうにない、混雑ぶりだ。ダンスの音に関心を持って、人が徐々に増えて行く。けっこう集客力があるイベントだね。

 最近は、各地でダンスユニットが流行しているらしい。敵情視察とか、お目当ての団体を探して入れてもらおうとする予備群もいるだろうね。

 ボクは社交ダンス=ソシアル・ダンスがお気に入りだから、見るだけで充分だ。ユキちゃんが出場していなければ、きっと見に来ないだろうね。でも、分からないかな? 知人、友人の多さが、こうした集客を生む、友情パワーの現れなんだろうね。地元プロスポーツの、団体応援も、こんな気持ちで集まるのかな。

 やがて和太鼓を持った男性陣が登場して、女性達が舞台に上がってきた。常連はザワ付いて、お目当ての人を見て興奮している。気分が高まるね。

 舞台化粧が濃くて、隈取り模様なので、誰が誰なのか不明だ。ネオ歌舞伎ルックなんだ。予備知識がないから、見て驚いてしまった。ユキちゃんを探してみるが、背丈で判断しようにも、皆同じくらいにしか見えない。手に持ったバチや鳴子、調子で拍子を取って、和風演奏とダンスが始まった。

 パッピ姿にサラシ風の支度と黒い膝丈のストレッチパンツ。レギンスかな? 足袋足と下駄の出で立ち。その割に過激なダンスしている。不安定な足元でよく踊れるものだ。痩せた系の女子や、ちょっと太目女子ばかりの混合で、ユキちゃんがどのポジションにいるか、皆目検討が付かない。ユキちゃん、君は今どこで踊っている。ユキちゃんは、こんな感じの痩せた女の子だっけ?

 音楽を聞いていると『ヒップホップ』じゃないみたい。ダンスも違うね。これはいったい何なのだろうか。分類とかジャンルとか固有名詞とか、ボクの知識を越えている。ヨサコイの変形なんだろうか? 大太鼓のリズム演奏だけれど、盆踊りでも民謡踊りでもない。和洋折衷? 不思議な踊りと、何故か心に馴染んだ音楽の演奏。太鼓以外の楽器は何だろう。不思議と心に響いてくるし、昔風でも西洋風でもない。

 あとでユキちやん詳しく聞けばいいや。今はこれを楽しめばいい。戸惑いの連続で、不思議な気分のまま、舞台を茫然と眺めながら、太鼓に合わせて手拍子を打っていたボクがいた。

 ユウキは時おり、気勢を掛けて、大きな声を出していた。会場の雰囲気に馴染んでいる。ドンドン前の方に陣取っ行く。周囲の、常連らしい人達に合わせているみたいだ。コツを掴んだのだろう。ノリのいいことだ。ノリの悪い、要領下手なボクだ。やっぱり恥ずかしい。

 でもボクは、ボクのできることをして、ユキちゃんを応援するだけ。けれどどの子がユキちゃんだろう? 誰が誰なのか、未だに分からない。統一された髪型と、舞台化粧と、和風衣装が、個性を見事に隠して、統一感を出している。踊りを引き立たせている。会場にいる、たくさんの人が、このダンスの魅力を発見しただろうね。つられて腰を振り、身をくねらせて踊る人もいる。ボクは行ったことないけれど、まるでロックの屋外コンサートみたいだ。



 十分程度の発表が終わり、チームは元気に退場して行った。周りには熱気が残り、去る彼ら彼女らを祝福している。賛辞を贈っている。

 七夕の曇天空は何とか雨を持ち堪えて、今も雨を落とさずにいる。あと数時間だけ保ってくれれば、全部のステージが、無事に終了するだろう。もう次の登場団体の応援団が、後方に控えている。早めに来ている各固定客ファンが、壇上前の場所が空くのを狙っている。開けてやらねば。これは暗黙のマナーですね。ボクは、そんな配慮ができるようになりました。

 つぶさに後ろを確認しながら、何度も周囲を見回したけれど、ママの姿は見あたらない。どこにいたのだろうか。今となってはどうにもならない。家に帰って訪ねるしかないね。

 横にいたユウキがポツリ言う。「ユキのダンスけっこう凄いね」と言った。

 ボクは全くわからないのに、ユウキは探し出せていた。何故なのだろう。どうして探せたの? ユウキに有って、ボクにない能力が存在する事実。負けたくなくて「そうだね」と嘘を答えてしまった。ああ情けない。詳細を聞かれたら、嘘がばれてしまう。ああどうしよう。

「もう一巡りしてから帰ろう」

 そういわれて、従うしかなかった。上手に話題が次に流れた。ユウキに、ユキちゃんを『出待ち』しようよと、切り出されなくてよかった。本当は出待ちして、声を掛けて「良かったね」と言いたいんだ。思いを行動に移せない苦悩が身を捩り、狂おしい。


 × × × ×


自宅に戻ってみたら、ママは先に戻っていた。

「ユキちゃん上手ね」と聞かれて「そうだね」としか言えないボク。ボクだけが、ユキちゃんを知らない。足早に歩いて、洗い場に消えたボクだった。後悔と汗を、水に流してしまいたい。




二十四・自動運転します



 朝日が顔にかかる。梅雨に入るのか入らないのか微妙な雲行きの毎日が行く。窓越しから降りそそぐ日差しは強く、目が覚めた。弱くても夏が隠れた、強い日差しがある。

 時計を見ると、いつもより早めに目覚めてしまった。心待ちしたイベントがあるから早く起きるのと違う。あの何かを期待するようなワクワク感じゃない。これから嫌なことが待っていて、必ず起きるだろう予感で、不安になって目覚めた。

 心の底からわき上がってくる衝動は灰色をして、重苦しい固形物で棘だらけみたい。苦手な試験の当日の気分と同じ種類の物みたい。このまま具合が悪くて、休んでしまえばいいと考えるボクなんだ。

 どうしてユウキとママは、ユキが識別できたのだろうか?

 同じ衣装に同じ化粧。背丈も見た目同じような大きさのメンバー。一緒に生まれた『ひよこ』みたいに、誰が誰で、何処にいるかなんてわからないだろ。ボクは小さい頃からユキちゃんと一緒で、どこに行っても必ずユキちゃんを発見できた。それが当たり前だと思っていた。ボクの自慢なんだ。ユキ発見器だったから。

 遠足や旅行で、集団行動していても必ず、素早くユキを見つけてそばに近づくのはボクの得意技だった。同じ背丈の園児帽の中からでも、簡単にユキを見つけ出せた。ボクは超能力を持っていると信じて、自慢できるくらいだったのに。恥ずかしいから誰にも、一度も口にしたことないけれど、自画自賛していたんだ。

 それなのに・・・・、昨日の舞台では、全くわからなかった。

 ユウキに、「ユキと付き合っているでしょ」って言ってもらったのに。ボクは、ユキちゃんの特別な人から、人並み以下に落下したみたい。彼氏としての自信と確信が消えた。今が辛く切ない。もうボクには何も残っていないのだから。


 ボクはユキを見つけることができない。


 その事実がボクを責め立てるんだ。真っ二つに分裂しそうに痛い。きっと舞台のユキを見定めて、ずっと見て応援できたなら、喜んで良い気分で起きられただろうに。考えもしない予想外の現実を突きつけられてしまった。ボクはラストで勝利目前に待ち伏せされ、敗北を喫し仕留められた勇者だ。ゲームオーバー。遣り直し。それが現実。

 ゲームならガッカリしても再開できるけれど、ボクの人生は今も現在進行形でやり直しはない。敗戦処理のゲームが継続している。ここから勝者になれる見込みは立たないだろう。希望は失われているんだ。


 差し込む日差しは美しいはずなのに、心にまで光を届けてはくれない。学校でユキちゃんに感想を求められたら、何て答えようか。ボクは上手に嘘を吐いたことなんて、一度もないのだから。ボクの口から言い出ないミスを、素早く感じ取り見抜くのが得意なのは、ユキちゃんなのだから。素直に謝ればいいのかな。どうやって。どんなことばで? 学校に行きたくない。ベットから起き上がりたくない。でも太陽はボクに光を注いでくれる。


 ママの作る美味しい朝食が、ひどく味気ない。これは初めての経験だった。インフルエンザで寝込んだ時みたい。嫌いなミント風味の歯磨き粉。この味も今は分からないボク。

 ああ、重傷だ。心の痛手は重大だ。不治の病だ。ユキちゃんに合ったら、即死するかもしれないと、本気で思ったんだ。ボクの人生は、今日で終わるだろう、きっとそうなるんだ。ユキちゃんに声を掛けられた瞬間に、嘘が付けずに、心臓が止まるに違いない。きっとそうなるだろう。たぶんそうなる予感がしてきた。さっき食べたのが、最後の朝食なんだ。

 そうだ、美術の時間に習った、ボクの心に似たような絵画があったはずだ。だけれども思い出せない。頭が回らない。確かに教わったような気がしている。アレは何だっけ?

 歴史の試験に出たら困るけれど、今日死んじゃうかもしれないから、もうどっちでもいいや。すごく自暴自棄になっているボクだね。


 洗面台の鏡に映る顔に、死相が浮かんでいるかもしれない。けれども、よく見たが何時ものボクがいた。死相なんて、一度も見たことないよな~。死に神も、鏡に写っていない。死神の顔って、骸骨だよね。思い出せない絵も、骸骨風だった気がする。なら今日一日は、大丈夫かもしれないと考える。寿命が延びるのかな? なら先ほど思い出せない、有名な画家の名や、絵画のタイトルがわからないと、ちょっと困るなと思った。誰かに聞かれたら答えられない。やっぱりこのまま、死んじゃった方がいいのかな? それも切ないね。ボクはユキちゃんに嫌われて、呆れ果てられても、生きて行かなくちゃいけないんだ。


 × × × ×


 ボクは死ななかった。ママに「行ってきます」と声をかけて、玄関出たらユキちゃんがいた。不思議と心臓は止まらなかった。死なないよボク! 予想は単なる杞憂に終わったみたい。


 「おはようと」言えずに、「どうしたの」と口が開いた。この口は、ボクの口なんだろうか? 思った言葉が出ないし、思ってもいない違う言葉が出て来る。

「もう朝練しなくていいから、ツバサを待っていた」んだって。予測通りの時刻で出会えたので、少しも待たなかったって。出て来なければ、家に上がり込んできただろうってさ。

 ボクは知らないのだが、ユキちゃんによると、毎日時間通りの行動をしているらしい。時計代わりに使えるくらい、正確な行動らしいよ。そう言ってユキちゃんが笑う。ボクは少しも笑い返せなかった。心臓が止まらなかっただけ嬉しい。

 さっき開いた口は、ようやくボクに戻されたみたい。いつもの通りに、言葉を探っても開かなくなったからね。体も動かない、少しも足が前に出ないのだから。何時のボクのように、固まってパニックっている。

 しばしユキちゃんと見つめ会うように向かい合っていたら、ユキちゃんがボクの手を取り引っぱった。自動的に動くボクの足。ボクは、お散歩ロボットなのだろうか。

 ユキちゃんは、ボク以上に、ボクの構造を知っているかのようだ。そしてそれ以上何も聞いてこない。聞かなくても承知しているのだろう。

 指先からユキちゃんの体温が流れてくる。ボクは徐々に元気が湧いて来るみたいだ。ユキちゃんは、ボクの元気の源なんだね。ボクの体に元気が充電されてゆく。足取りが軽くなる。

 曇天に近い曇り空が、やけに眩しく感じられた。お調子者メ! 




二十五・犯人は君だ! 蹴りを食らい給え



「よお、ユキ。あの髪留め、どこで買ったの」ユウキは、ユキちゃんが教室の中に入るなり、問い合わせをしてきた。

「ないしょ!」

「マジ~」、と騒いでみせて、口をとがらせるユウキだ。


「そんなもの、何に使うの。誰かの告りプレゼントなら止めな。捨てられるから」

ユキちゃんは、ユウキにまったく遠慮をしないもの言いだった。


 事態とか状況を読めないボクは、呆気にとられ、席に着くことも忘れてしまう。二人の会話は何だろう。考えてみよう。

「お前からも頼んでくれよ、マブダチだろ~」

『マブダチ』初めて聞く、ユウキの表現だった。誰?『マブダチ』って? だれが『マブダチ』なんだろうか? もしかしてボク!? いつからユウキの『マブダチ』になったのだろうか。ユウキと?! 各種疑問が積み重なってゆく。

 謎が謎を呼び込むのだ。これはミステリーだ。ボクはサスペンスの当事者なのだ。主人公かな。なら探偵はボクだね。犯人とか、トリックとか、仕掛けは何だろう。どのような理由で、事件はなされたのだろう。情報は少ないな。

 もうボクは、今日が寿命で、今日で人生が終わる思っていたことを忘れることにした。この謎を解くまで、死ねないと思う。謎の言葉『マブダチ』だ。

 もしかするとボクは、またもや独り置き去りにされているのかもしれないのだ。ユキちゃんとユウキ、二人の共通キーワードは『髪留め』だ。謎を解く鍵だろう。それとも『トリック』か? ボクとユウキの共通コマンドは『マブダチ』だ。関連性はあるのだろうか?

 通常皆は、情報を共有して、認識した上で会話を交わしている。主語や目的語が消えても会話は通じる。ボクは消えた主語と動機を探す探偵だ。二つの言葉に思いを馳せる。直感が『二人に置き去りにされるな』と警鐘を鳴らしている。

 ユキとユウキのテンポいい会話が、目の前になされ展開し流れて行く。

 情報を探らなくても、既に二人で提供し合っている。ならば会話の中に謎を解く鍵があるかも。情報がただ漏れし、会話が長引いる。二人の会話は、親しい友人同士のそれであり、ボクの知りたい情報は抜け落ち、謎を指し示す事柄が抜け落ちているようだ。

 ボクは謎を解決したいが、ボク独り、友達の圏外に置かれたまま、会話の中に入って行けない。未知の見えない言葉の障壁が、確実に目の前に存在している。ボクは猜疑心よりも、放置される恐怖で一杯になる。謎解きは無理なように思える。犯行犯に直接聞いてみよう。この状態を解決しよう。切り札になる言葉を、考えて口を開いて提示したんだ。


「髪とめって何の話なのさ」って。勇気が必要だった。心臓の鼓動も聞こえる。


 ユキちゃんとユウキは、驚いた顔してボクを見た。会話は途切れ、二人は少しだけ呆けたような顔をしたんだ。ボクの問いかけは、二人にとって意外なものだったらしい。あり得ないレベルの、前提が抜けていたのだろう。

 間髪入れずユキちゃんは怒り顔。ユウキに自動的に膝蹴りが入った。ユウキは、ボクとユキを交互に見ながら「そりゃないだろ~」と痛みに堪えている。教室の幾つかの場所から、嘲笑が聞こえてくる。

 タイミング良く、始業の予鈴がなり、謎解きは後に廻されたんだ。朝の時間は誰にとっても貴重なのだ。ユキちゃんとユウキに取っての謎は、解決しないで解決したんだ。膝蹴りがその答えで、裏切りの代償なのだろう。ボクが後で知ったことだけれどね。


 × × × ×


 ユウキは昼休みに「目印がわからなくても、ユキを見分けるなんて流石だね」と言う。「俺なんて髪留めの色見なきゃ、誰がユキなのかも分からなかったもの。やっぱ、カレシは違うね~」マブダチはそう言って感心たのだから。ボクの推測だと、ユウキの指し示す『マブダチ』はボクのことなんだろう。実感が沸かない。

 事の経緯を聞くと、ユウキはボクに「髪留めの色でわかるからと伝えてね」と、ユキちゃんから聞いていたみたいだ。それをボクに言わなくて、すっかり忘れていたらしい。怪しい露天商の商品に、夢中になって忘れていたんだ。ユウキは勝手に、言わなくても分かるだろうと、自己判断して伝えなかったみたいだ。さあ謎が勝手に解けて来たぞ。

 電話でひと言くれればいいのに、当日会場に行くのが嫌で、面倒になっていたユウキだ。まさか、区別付かないほど、あんな支度で出てくると思わなかったみたい。言いそびれたまま、舞台を見ていたから、事の全てを忘れてしまったのだろうね。

 ユウキの横にいたボクは、ユキちゃんの区別を付けて、確実に見ている様に見えたみたい。だから敢えて横から話しをして、集中の邪魔するのも悪いと考えたらしいんだ。観覧後に言うのも、後出しジャンケンみたいだから黙っていたのだろうね。

 ユキちゃんに蹴られて、朝になって思い出したんだ。ショック療法だったね。


 ボクは二人から疎外された気分が晴れて、少し安心したんだ。ユキちゃんに、阻害されたのかもしれない不安が、これで消えた。ユキちゃんを見失って、全く分からなかった事実も、暗黙の内に解消されたと思う。ボクが自ら墓穴を掘らなければ、このまますべての原因をユウキのせいにできるんだね。黙っているのも役に立ったみたいだ。


 ボクはユキちゃんが何処にいるのか分からないから、全体を浚うように見ていたんだ。ユキちゃん達のダンスはボクが判断するに、全体を把握して見た場合に、特別なミスを探し出せなかった。上手で迫力があったね。たぶん本人達はミスを理解できても、振り付けを知っているのは、彼らのユニット指導者だけなのだから。

 上手に失敗を処理すれば、決してばれないのが創作ダンスだからね。それと違い、社交ダンスは自由に踊れるのだけれど、決まりの動きがあるから、間違いは露わにされるんだ。二人のコンビネーションが、その失敗を証明するからね。失敗の分かる社交ダンスは、怖い競技ダンスだといえるね。競技会でなければ、楽しい時間を過ごせる道具なんだ。


ダンスって不思議だよね。分かりそうで、分からない。分からなそうで、分かる。


 また蹴られないように、ユキちゃんからの伝言は「必ず伝えてね」と、ユウキに釘を刺しておいた。また蹴られると困るでしょ。「暴力女を何とかしろよ」と言うユウキ。

 ボクは周囲を見回したんだ。ユキちゃんの華麗な足技が、死角から飛んで来るのを哨戒したユウキ。ユウキが、ボクを『マブダチ』と認証したからね。そのお礼とお返しだ。ちょっとだけ驚いたユウキが面白い。

 こうしてボクの疑問はあらかた解決したので、心臓が止まって死んでしまう恐れは遠のいたね。いつもよりユウキが少し小さく見えたんだ。ボクが注意してあげる、近い存在ができた瞬間だった。




二十六・雨音は筋肉のしらべ



 とうとう雨の降る季節になった。通学路で、靴に雨水がしみて濡れるのが気持ち悪い。

 けれどダンス朝練がなくなったユキちゃんが、毎日一緒に通学してくれるのが嬉しい。けれど共通の話題が少ないのは寂しいね。

 話しに上るのは、学校の勉強とユウキの悪行くらいだったんだ。最近は昼休みに、ユウキとボクの家庭教師をしてくれるユキちゃんだ。もう期末の試験のことを考える時期だからね。


 頑張って勉強して、成績順位の対策をしなくちゃいけない。成績を常に上位に保持していないと、推薦で大学に行けない。成績が悪いと足切り対象になるんだ。小中高大と節目毎に、新規入学者と競争して、入学試験を受けなくちゃいけないんだ。受験費用だって馬鹿にならない。

 エレベーター式に登れるのに、受験勉強するのは勿体ないもの。付属高校だって、自動式エレベーターに乗れるのは八割だからね。日々の努力が肝心なんだ。もちろん違う大学を指名する人も出るだろう。けれどそれは少数だからね。大学受験をしたくないから、小さい頃からここに来た訳で、受験して好きな大学に行きたいなら、この私立学校に来る理由もないもの。

 もちろんこの学校は風紀も良いし、イジメや学級崩壊もないんだ。品行方正な生徒が集うのが、この学校の売りだからね。そして生徒やPTAにとっても、地域にとっても、伝統と名誉のあることなんだ。誇らしい事実なんだ。


 でもユウキみたいに、元気が有り余る子もいる。高校生だから、元気が有って当然だよね。青春時代ど真ん中だもの。ボクだって、情熱の嵐には憧れたりもするよ。心の何処から吹いてくる熱い嵐だからね。誰も知らない、謎の嵐なんだ。だからといって、何か悪さする訳じゃないけれどね。ボクがしているのは、社交ダンスくらいだ。ソシアル・ダンスとか、ボール・ダンスとか呼ばれたりもするみたい。凄く楽しいんだ。ボクは大好きなんだ。


 雨で外のグラウンドが濡れて、外で活動するクラブが講堂や体育館を使うようになった。この時季だけ、優先順位が順番で廻って来るのが七月なんだ。だから雨が降ると追い出されてしまうんだ。この時ばかりは練習できない。もちろん、試験期間はクラブ活動は休止している。硬式野球部だって練習できないんだ。だから弱いんだね野球部は。そして施設は、皆で仲良く使わなくっちゃだね。

 でも元々体育館や講堂を使って練習していたクラブの中から不満が出る。当然だよね。ボクもそう思う。でも決まりは決まりだ。誰が決めたのか知らないけれど、伝統で決まっている。

 練習メニューを調整して、できる事だけ効率良く済ますしかないんだ。何度も言うけれど、試験期間とその準備期間は使用禁止になるんだよ。

 夏休みも考えて引き算すると、それほど練習が重なる訳じゃない。でも天気は水物。運が悪いと、同じクラブばかり休止させられてしまう。これも運命だね。だから不平不満が出たり、喜んだりするんだ。


 そうは言っても踊りたい時が必ず有るものだね。動きたいのが高校生だもの。ボクもその一人になったんだ。ボクらが講堂を追い出された日は、先生の許可を取って、空いている教室を使わせてもらう。机を動かして、何とか場所を確保するんだ。手間が増えるから、練習時間は減るし、動ける範囲も制限されちゃう。でも仕方ないね。諦めないで工夫をして、クラブ活動をするんだ。みんな踊りたい。先輩も後輩も無いよね。ダンスが好きな人ばかりだもの。

 だからボクも頑張って、先輩達の指示の元、教室の机を片し準備する。掃除もやったよ。綺麗にして戻さなくちゃね。社交ダンスは紳士淑女の嗜みだからね。

 でも蒸し暑くなってきたから、踊りよりも場所の準備で汗が流れるね。ユウキも文句一つ言わないで、頑張っている。綺麗な先輩女史に認めて貰いたいんだね。ユウキの視線は、少し熱を帯びているように見えるもの。年上女子が好みなんだねユウキは!

 一年生の女の子たちも楽しそう。自分達の場所が確保できることが、きっと嬉しいんだろう。見ていてボクも嬉しくなるんだ。だから皆が嬉しいみたい。楽しいはずだと思うんだ。


 協力して何かするのって充実感が高まる。ボクは中学時代には、部活をしないで受験勉強を3年間も頑張った。こんな部活を楽しむ気持ちが分らなかったんだ。小学校の時代はどうだったろう。もう覚えていないね。忘れっぽいから仕方ないか。でもドンクサイので、サッカーや野球、バスケはお呼びじゃなかった。それでゲームばかりしていたんだ。


 ボク学校のはイベントを休んだことないから、全部に参加しているはずなんだ。思い出せない『思い出』だけれど、きっと楽しんでいたはずだ。たぶんね。印象的な何かが足りていなかったんだと思うよ。

 こんな高校生活の毎日も、きっと携帯電話で写真を撮って残しておけば、ステキな記念になるのかもね。便利な機能がたくさん付いているのだから、使った方がお得だよね。カッコイイ一眼レフのデジタルカメラがあったら、綺麗で素敵な写真がたくさんアルバムに納められるのだろうか。写真部に頼んだらどうだろう。素敵なダンス風景の写真だ。

 机の移動とかしながら、今日も妄想モードに移行してしまうボクだった。変な癖だね。


 日没時刻が先に先にと進んでいるので、退校時刻になっても遅い時間だと思えない。ああ、太陽がもったいないと思えるね。無駄にしたくないよお日様の光。けれど一日の時間が長くなる訳じゃない。ユキちゃんは今でも自宅に来て、ボクの勉強を見に来てくれるんだ。これも大切な二人の行事だからね。ママはユキちゃんの勉強を見てくれる。凄いねママの教養は。

 あんまり部活を頑張ると、家でユキちゃんを待たせちゃう。それに眠くなる。それだとユキちゃんに申し訳ない。不真面目な態度になちゃうからね。

 ユキちゃんはママと話しをして、楽しく過ごして待っているかもしれない。けれども、ユウキみたいに、後で蹴りの対象になるのは嫌だからね。急いで帰らなくちゃ。


『文武両道』は学校の方針だ。もう侍はいない時代だけれど、伝統的な学校方針。スポーツも勉強も懸命に頑張らなくちゃいけない。体育の成績が悪過ぎると、学校評価も下がるんだ。だからドンクサイけれど、ダンスで頑張るボクだ。

 ボクは高校生活が充実しているのと、ママがテレビ好きでもないので、自宅での勉強が捗るね。そのためか、同年代の高校生の話題には、今一つ反応ができないんだ。ゲーム好きも同級生にいない。話題にも登らない。ボクも、ダンスと勉強に忙しいから、もう新しいゲームが分らなくなってきたんだ。ユウキもゲームに詳しくない。その割に、スマホでゲームをしたがっていたね。流行に弱いのかな。ゲームしていると、成績が下がって学校にいられなくなる。綺麗な先輩女子にも、会えなくなっちゃうね。


 ユウキと買い物に出ても、もうゲームセンターや中古品専門店には入らないよ。お小遣いを使うのが勿体ないと思うんだ。入学したばかりの頃は、ユウキと『スマホ騒動』をしていたのにね。ユウキは改心して、きっと何か企んでいるのかもしれない。

 顧問の先生は夏休み頃、知り合いの業者にダンス道具の、斡旋をしてくれるとか言っていたからね。ユウキは何か、照準を決めているのかも。ボクは特別なこと何も決めていない。でもユウキは早目にシューズを購入している。次の狙いは何だろう。ダンス系でないのかもしれないね。関心を持っても、ボクはユウキに聞けない。ちょっと勇気が足りないみたい。ユウキに勇気を吸い取られてる? これじゃオヤジ・ギャクだね。


 最近の成果は、正しいターンの仕方を先輩に指導してもらったこと。もう膝や足首は痛まなくなっているよ。ダンスも少々上達しているのだろう。無駄な力も抜けてきた気がするよ。勢いで回ろうとするターンではなくて、段取りして技術で回転するんだ。それが何となくでも、理解できているみたい。

 顧問の先生も時々講堂や教室に来て、指示もせずに職員室へ帰って行くんだ。心配顔をして長い時間、眺めていることは無いみたいだ。口出しされないのは、順調な証拠かもね。

 ダンスの善し悪しを、自分の経験で判断できないのは、経験がないからだよ。先輩達は壁に鏡があれば、上達は早いと言うんだ。鏡の効果についてボクは知りません。そういうものかと思うだけ。大人の利用するダンスホールには、大きな壁鏡があるんだろうね。

 ボクは今、自分が上手に踊れているとは思えないな~。ずっとドンクサイかったのだから。


 先輩の指導が入ると、脇から手が出てきて、腕が下がっていたり、上がり過ぎていたり指摘する。間違いを教えてくれる。改善点がたくさん指導されるんだ。分りそうで分らないのが、体の状態です。鏡があれば、本当にわかるのだろうか?

 冬になれば窓に自分達の姿が映るから、よく理解できると教えてもらった。なるほど。けれど、これからは夏で、冬はずっと先だ。その頃は3年生が居なくなちゃう。教えて貰えないね。


 やがて試験期間が近づいて、クラブ活動は休止になった。ああ残念だな~。でも明日からはユキちゃんと一緒に帰宅するんだ。これも楽しみの一つだよ。登校、下校と一緒の僕たちだ。




二十七・新提案




 ユキのおかげで、何とか今度の試験も無事に通過できたみたい。予想の出来具合はマーマーだった。真ん中くらいに順位が取れるかな。こればかりは、皆の出来具合で上下しちゃうね。結果が出るのは少し先のこと。大方の予想は立っているんだ。手応えのある回答が、できた実感があるからね。ボクはユキちゃんに感謝しているんだ。

 何もお返しはしていないのだけれど、気持ちは伝わっていると思うんだ。ありがとうユキちゃん。ご苦労さまでした。


 ボクの晴れやかな気分と裏腹に、完全に梅雨入りしたみたい。天気はドンヨリ雲と、シトシト雨だ。みたいと言ったのは、テレビで天気予報を見ていないし、新聞でニュースの確認もしていないから。ボクは国内の出来事や、国際状況とか興味がないんだ。

商店街の店先で、日本各地の中継とか映し出されても、実感なんてない。感心も向かない。

 日本は南北で季節がぜんぜん違うし、近所でないなら県内でも外国でも知らない土地なんだ。旅行とか行きたい気持ちも無いし、今の生活に満足しているよ。不満なんてほとんど無いもの。

 何となく気に入らないことが時にあるけれど、だから何かしちゃう気持ちにならない。パパもママも大好きだし、ユキちゃんやユウキもいる。学校でダンスはできるし、学業だって滞ってない。

 昔の趣味だったテレビゲームは今一つだけれど、学校が楽しいから特に取り組みたい訳も無いんだ。元々からボクは『何となく』人間だったからね。


 今日も定刻に家を出たんだ。玄関の外で、ユキちゃんの来る方向を見ていたら姿を見かけた。ユキちゃんが来るまで、ボクはユキちゃんを見つめて待っていた。ボクはここから朝が明ける気分になるんだ。

「おはよう」今日もユキちゃんは元気でキラキラしている。曇り空の元でも、ユキちゃんは、ハツラツとしている。ボクはユキちゃんに、元気と目覚めを貰い充電するんだ。

 試験開けの疲れはなくなった。今日からダンスも再開するからね。気持ちが上向いてくるのがわかる。


 ユウキの調子はいつもの通り。今回初の試験の出来に、不安がないのだろう。

 試験中の、暗く重い教室の雰囲気は、もう消えてしまい漂っていない感じがしてる。皆の顔から、緊張感が取れている。誰も先週を振返る人はいないみたいだ。ひとまず、試験の事は忘れるのが一番だと、みんなが思っているのだろう。

 ボクはユキちゃんのおかげで、無事に試験を乗り越えてたけれど、心の支えがないと大変だね。ボクも独力で何とかしたいけれど、それには努力以上の何かが必要なんだろうな。足りない何かが備わっていれば苦労しない。毎日努力しても、勉強は先に進んでゆくんだ。実力の相対値は、同じ開きのまま。乗り越えて行く力に足りないままだ。追いすがるだけで、追い越せない。勉強もダンスも、ボクには追いかけるだけの存在なんだ。

 ボクには悲壮感はないけれど、疲労感を重く覚えることが時にあるんだ。高望みしないボクでも、少しだけ向上心があるよ。だからダンスを頑張っているんだ。ボクにも独りで頑張れる何かが欲しいからね。

 ダンスなら、見本になる素敵な先輩がいるが、勉強では具体的な憧れの対象は見えないね。いつでも抽象的なスローガンが語られるだけなんだ。『勉強しないと立派な大人になれない』『いい学校に上がれないと、いい会社に入れない』って語られるんだ。ボクは脅されているようにしか聞こえて来ないんだ。ボクは今まで『馬鹿』とか『ドンクサイ』って言われて来た。そうだなと思う時と、そうじゃないと思う時がある。

 ボクは全部が、『馬鹿』で『ドンクサイ』訳じゃない。上手く行くときと、巧く行かない時があるだけだ。それにボクが『上手く行った』と思っても、誰かは『下手だな』と言われることがある。ボクが『巧く行かない』と思っても、『上手くできたな』って言われることもある。これは『御世辞かな?』と思っても、真剣に言ってくれてるように見えたりするんだ。

 いつでも誰かの評価は、曖昧で適当だったよ。同じ事柄なのに、評価が違うことも多いんだ。他人の言うことなんて、まったく当てにならないね。ボクはユキちゃんの評価だけ当てにしている。もう誰の評価も受け入れないよ。どうせ風のように来て、風のように去っていくだけなんだ。遠くで鳴いている、カラスの鳴き声みたいなものだもの。

勉強して得られる何かを形にして身直に感じたい。

 でも、評価がどのように来て、どんな風に実体化するのか、理由を知れたら良いな。理由や原因が分かるとホッとするよね。だから勉強で、数学の公式とか理解できると嬉しいもの。なので、国語の試験は難しいね。著者が言いたいことは何だろうと試験にあっても、本人に聞かなければ分からないと思うんだ。作文とか平気で嘘を書いたりするもの。小説やエッセイなんて、そんな感じだと思うんだ。書いたことを真に受けちゃ駄目だよね。ボクは良く騙されたからね。『馬鹿が見た~♪』って、何度も言われたし、カラかって言った事もある。ケンカになったりしたもんだね。だからボクは、もう言わないよ。嘘は。たまには言うけれどね。

 勉強の課題が見えても、実力が伴わないのが苦悩な時があるね。勉強の壁を、簡単に乗り越えて先に進む人には、どんな景色が見えているのだろうか? どんな感じ方や、考え方を実感しているのだろうか? 勉強のできる人や、運動の得意な人は凄いな。凡人のボクには見えない世界が見えるのだろうね。ボクにも見える機会が、いつか来るのだろうか。来て見せて欲しいものだ。勉強ができる才能があれば、試験も簡単で良いなと思うんだ。

 定期試験が終わって、少し活気に満ちた教室。空気が軽いね。

 いつかボクの心に、暗雲で遮られた太陽の光が、必ず降り注ぐ時が来ることを祈りたい。皆が輝ける世界が来るよう、神様に祈りたいたいね。一番美しい光を貰えるのが、ボクならば良いな~。


 放課後のダンス練習は、空き教室の片づけから始まった。試験が終わっても、梅雨空は晴れないからね。湿度のある空気が汗を誘うよ。でも先輩達の準備は手慣れている。やるべき事が把握できているから、無駄がないのかな?

 ボク達一年生と違い、何倍の早さでダンスの空間が出来て行く。凄いなと感じるし、見習って、出来る様にしなくちゃね。足手まといと思われたら悔しいし、役に立つと思われたい。子供だねとか思われたら、心外だもの。ボクは高校生となった確信を得たいんだ。

 ボクは何でもできるよ、やるよ、先輩。皆に役立つ存在だと、行動を見せて証明したい。努力を惜しみなく見せて、先輩に誉めてもらいたいんだ。

 背中に暑くて、冷たい汗を感じる。軽い汗はやがて滴になって、背骨の上を流れた。ああ夏が来るんだね。そして夏休みも来るね。


 教室の準備が終わる頃に、ダンス顧問の先生が来たよ。夏の登校日に、ダンス・パーティーをする提案だった。毎年の恒例イベントらしい。企画があるのだと、初めて知ったボクだ。

 先輩達は『予定日が決まったんだ』と、納得したような顔をして聞いている。毎年やっているんだね。どんな事をするんだろうか? 期待で、楽しい気分と不安な気持ちになる。知らないことばかりの、高校のクラブ活動なんだから。




二十八・ここは伝統校らしい



 ボクの学校は伝統高らしい。伝統校だから何だろうって思っているんだ。今は付属高校だけれど、かつては県立の高校だったらしいね。それがいつの間にか、私立校になっちゃった。どうして?

 昔に大学受験に失敗して、自殺する子が増えてから、無試験で大学に行ける学校を作ろうってことになったらしいね。確かに受験に失敗したら落胆するよ。将来、良い会社に入れなくなっちゃう。良い高校や大学に入れなかったら、人生がお終いになるんだろうね。でも、ボクの居た中学で、受験に失敗した子でも、自殺した子はいなかったみたいだ。たまに居るんだろうね、死んじゃう子。それが社会問題になって、一貫校が増えたみたい。試験的に大学の附属高校にしちゃって、今に至るらしいよ。ある意味、適当だよね。

 でも、元の学校から継続して、同じ場所に建物があるから伝統校みたい。変な話だと思うけれど、人それぞれだからね。ボクは『馬鹿』で『ドンクサイ』を何とかしたくて、勉強を頑張ってみた。それだけなんだ。伝統校でなくても良かったんだ。

 学校名が替わるときに、校名の存続でもめたそうだ。卒業生がたくさんいて、思い出も詰まっていたのに、名前が消えちゃうんだから悲しくなったんだろうね。それで端の方に名前が残ったらしい。

 ボクも皆の記憶から「消えなさい」と言われたら悲しいね。偉い人は事務的なので、悲しい気持ちとか知らないんだろうね。自殺する子供が可哀想じゃないのかな? 誰かが何とか説得したのかもしれないね。いろんな制度を、皆のためにと思っても『皆で楽しく幸せに』とは行かないのだろうか。悲しい気持ちの人は、それからどうしたのだろうか。

 記憶に残っても、記録から消えたら、記憶した人が忘れてしまえば、無かったことになるのかな? ボクはボクだよと言っても「君は誰なの?」と聞き返されたら、何と答えれば良いのだろうか。今のボクにはわからない。ユキちゃんなら、何て言うのかな? ユウキならどうするんだろう? 先輩達は答えを持っているのだろうか? パパやママは、そんな経験をしたことがあるのだろうか? 世の中は常に動いて、定まらないのかな~。

 ボクも一年ごとに成長して去年の事はほとんど覚えていない。この附属高校に入るために、頑張って勉強していたんだ。パパやママ、ユキちゃんに、協力して貰った事しか覚えていない。

同級生は違う学校に行っちゃったからね。


 ボクは入学式の歓迎会で、社交ダンスを見て「これだ!」って感じたんだ。きっと普通の高校なら、社交ダンスなんて無かっただろうね。 先生のちょっとした一言で、昔を思い出したボク。今の話題は、夏休みのダンスパーティーなのにね。妄想したり、思い出したり忙しいボクの頭の中。

 講堂をその日にだけ貸し切りにして、卒業した大昔の先輩やそのお友達、先生のダンス仲間が大勢来るのだそうだ。毎年行われる、大切な行事らしい。これこそが伝統行事なんだね。伝統的な行事なので、学校側も協力するそうだ。これって地域貢献って言うんだってさ。

 だからボクらは踊って楽しむよりも、諸先輩やその友人、地域の愛好家の為に、お手伝いをするのが任務らしい。ホストとホステスと言うみたい。何だか、夜のお店みたいだね。大人の通う、酒の席みたいだね。でもお酒は出さないのだそうだ。出すというより、諸先輩方が持って来たみたいだよ。

 今回も出るのはお茶とジュース。お酒を今では出さない、飲まないのか。昔は無礼講で出していたそうだ。無礼講って何だろう? 今は健全な場所であり、ノンアルコールの時代だから、禁酒・禁煙なんだって。昔の事を想像すると、何だか不思議な光景を想い描いてしまう。テレビ・ドラマの、一風景みたいなダンスパーティーだったのかな。何だか面白そうだ。


 パーティーの開催の話をママにしたら「私、行こうかしら」って言っていた。「ずいぶんと踊っていないけれど、人の踊るのを見れば思い出す」そう言っていた。パパに、夏休みを合わせて貰えれば、夫婦で一緒に行けるかもね。ちょっと恥ずかしい気もするけれど、嬉しい気もするね。そんなことをママは言いながら、ボクは楽しそうに聞いていたんだ。何か青春時代を思い出す、出来事もあるのかもね。

 パパやママの青春時代の光景を、ボクは一切知らないけれど、思い出の先に蘇る、美しい思い出もあるかもね。素敵な思い出があるのかな? でもパパやママが来ると想像すると、何だか恥ずかしい気持ちもあるんだ。

 それにパパとママがダンスが上手過ぎたら、皆に冷やかされる気もする。面白い話題の提供になるし。でもパパとママが喜んくれたら嬉しいし、恥ずかしい。複雑な気持ちになる。

 ダンスは素敵な接着剤であり、思いかけず皆を、取り込んでしまうみたいだ。少し踊れるようになると、皆が喜んで集まり、一緒に楽しめる。

 そういえば町で行われる、真夏の花火大会の盆踊りも、同じ効果なんだろうか。こちらは地元の、踊りを知っている人以外は踊れないけれど、一度習うと覚えて踊れるものだ。小学校で習ったからね。踊りは、人と人を結ぶ大切な道具なんだろう。イベントや祭りもそうなんだろう。踊りにくい踊りは、見せ物になるのかな~。ヒップホップは見せる踊りかな? 同じ踊りでも、ずいぶんと違う効果があるものだ。ダンスと踊り。言い方は違っても、中身は似通っているね。みんなで幸せな気分になれる方が、道具として優れているでしょう。

 一人で楽しんでいると、迷惑行為に思われてしまうだろうからね。皆で楽しめれば、楽しい集会だ。踊れない人にとっては、周りの人に疎外された、嫌な気分になっちゃうのかも。


 夏休み前の練習は、先輩方の気合いが違い、気分が入って来たみたい。きっと先輩の先輩も、たくさん来るんだろうね。上手になっていないと、何やっていたのと思われちゃうに、決まっている。そんなことを、直接口にはしないだろうけれど、態度に現れたり、分かったりするはずだ。口にしない方が、よく理解できたりするもの。人の心って不思議だね。テレパシー。シンパシーだ。話さなくても、話したみたいに伝わったりする。

 でも分かっているようで、分からなかったりもする。言葉ってなんだろう?


 そしてダンス。口に出さなくても、次の動作がまるで決まり事以上に伝わることもある。体全体から、伝わってくるみたいだ。最近それが理解できるようになってきた。これも言葉の一種なんだろうか。言葉ではない伝達力があるなんて知らなかったんだ。

 最初は女性の踊り易い、踊り難いは、互いに上手下手だけなのかと思っていたんだ。ところがそれ以上に、素早く思考が伝達できる、何かの信号とか、言葉にならない主張や提案が感じられたんだ。相手の性格もわかる気がして、ちょっと怖くなったよ。ボクが戸惑っているのも、丸解りなんだから。

 そうかもしれないね。ボクだって、相手の気持ちが分かるような気がしてくるんだ。パートナーから、怒られた感情や、イライラしたり気分が伝わって来る。何となくの感じが、最近は『そうだろう』と思えるくらい伝わって来るようになってきたんだ。身体から直接気持ちが伝わると、一層怖く感じるんだよ。ダンスって、怖いものなんだって。楽しいだけじゃないんだってね。奥が深いものなんだ。だから、きちんとしなきゃ、ちゃんと踊らなきゃって、思うようになってきた。また一つ勉強しちゃったボクがいた。




二十九・伝統校には掟があります



 気合いの入ったクラブ活動が連続していたら、夏休みが間近に迫ってきた。梅雨ももう直ぐ開けるんだろうね。梅雨ももう終わりなんだと思ったら、やり残した気持ちがしてきた。

 もう少し『何か出来たでしょうに』と問いかけて来る。ボクがボクを追い込んでいる。けれど練習は、これでひと段落しちゃう。夏休み中は、練習日と登校日に練習をするだけだ。もう毎日のように練習はできない。それにパーティーの準備もあるから、夏休み中も結構忙しいらしい。勉強も進めておかないと、下位にに低迷してしまい、大学に進むことが出来なくなる。

 再受験の一発勝負に賭けるか、継続的な努力に委ねるのか。大きな違いが附属高校の存在みたいだ。足切りにあったら、今までの努力が台無しだもの。迷惑をかけている、ユキちゃんに申し訳ない。パパやママにも心配かけちゃうだろう。ボクは、普段の努力で成果を出し続けることが重要なんだ。けれど同級生がライバルだと考えると、悲しい気分になるんだ。

 それで三ヶ月も経過したのに、今一つ学校の決まり事に、打ち解けない自分がいるのを感じるよ。皆で一緒に仲良くは、ボクの好みじゃない。けれども、余所余所しいのも好きじゃない。殺伐とした雰囲気が嫌いなんだ。


 外では、ときおり真夏の太陽が顔を見せて来た。夏休みにあわせて、真夏がやって来たんだ。少し動いただけで、たくさん汗が噴き出す。こんな暑い最中にダンスパーティーか~。

 学校行事とはいえ、結構大変なイベントになりそうだね。

 ボクは経験していない、未知の何かに恐れながら、何が怖いのか実体が掴めない。想像出来るのは、大変そうだなと思うくらい。先輩の指導を聞いて、頑張れば良いと考えるが、何が起きるのかは、当日にならなきゃ分からないね。未経験の怖さって、これなのかなと考える。

 それに知らない人たちとの交流。年輩者や先輩の先輩達との出会い。年長者と一緒に行動したこともないボクだった。ユウキや女子達はどうなんだろうか。話し合ったりしていない。

 ユキちゃん以外の女の子は、ちょっと苦手なんだ。もう少し会話する経験があれば良かったのかな。他の女の子と仲良くするのは、ユキちゃんに申し訳ない気がするんだ。ボクの面倒はユキちゃんの専門だったから。ボクは、他の女の子に興味を抱けなかった。ボクの希望でもなかったんだ。人付き合いって、小さい頃からの経験なんだと、最近になって思い返す。ちょっと遅い、十六歳の目覚めなんだろうか? 

 ユウキは、誰にでもバカを言っているけれど、嫌われる訳じゃない。好かれている風でもないけれどね。人との距離間を保つのが、上手なんだろうね。見習いところだけれど、ボクの性分じゃないのが、苦手な技術なところだ。ボクは八方美人になって、世渡り上手になりたいのかな。ピンと来ないな。ボクはこの先、どんな人になりたいのだろうか。今の課題は、少しは自立できるような兆しが欲しい。得られるだろうか? 暑くなって、少しずつ考えるのが面倒になって行く。




三十・ダンスパーティー会場



 定期的に学校に登校しているので、夏休み気分は薄まっている。でも夕方になると、やっぱり授業のある日常と、大きく違うなと感じる。時間の区分けが無いし、制服を着ないと、気分が切り替わらないね。

 変化がないようでいて、微妙にかわるのが毎日のこと。空いた時間に、夏期講習に行ったりしているよ。独学での塾勉強は捗らない。疑問質問を簡単にできるユキちゃんと違い、塾の講師や、知らない同年代の視線も痛いんだ。気分良くないね。

 ユキちゃんは勉強ができるので、夏期講習に来ないで、参考書相手に勉強しているらしい。幾つかの、資格取得の勉強もしているみたい。凄い才能だね。

 ボクは凄いカノジョに守られて生きてきたと、講習会の会場で思い当たったんだ。今までのボクなら、直ぐに挫けそうだ。けれどもダンス部で先輩達を見てきたから、頑張れそうな気持ちが、心の下から持ち上がってくるよ。ボクは一人でも頑張れそうだ。そんな夏が来たみたい。

 一応は受講時間内に質問する、要約力を身に付ける工夫をしたいな。かっこいい質問ができたらいいね。実際にそんな質問をする子もいて、教室で「おお!」なんて歓声が上がったこともある。かっこいいって、こうした内面版もあるんだね。運動やスポーツの技と違う技だ。見た目も大切だけれど、実効力を磨くのも大事。


 見た目が一番大切なのにと思ったけれど、パーティーでは在校生は体操服らしい。気持ちが萎える。これも伝統なんだろうね。まあダンス服とか持っていないからね。横でユウキが少し落胆していた。もしかしたら、独りで勝手に準備を進めていたのかな? 後でこっそり聞いてみよう。

 決断力と行動力が優れているけれど、空回りしやすいのがユウキだね。内緒の行動が多い。嫌いじゃないよ、そんなところは。でも淋しいね。ボクは言われるまで、まったく動けないのが欠点。長所もあるかな。黙っているくらいかな。素早く無いけれど、無駄も無い。想像力で準備の予測はするから、誰にも見られない中で、情報の取捨選択をしているんだ。実物を積み上げたら、きっと凄いかも。今は空想や妄想が精一杯。実現可能、不可能の区別無しに、思うだけ。考えるだけなら無料だ。場所もいらない。材料も使わない。ゴミもでない。けれど少し物足りないし、満足感も少ないね。先に感動してしまうから、偶然の出会いで気持ちが高ぶる感じが低いみたい。誰かに無感動体質と言われたこともある。無感動じゃないけれど、説明するのが面倒で、避けてきただけ。気持ちは外に見えないし、あまり感情に訴えないボクだ。クールマンに見えるのかな。でも無感動じゃによ。何かに感じて、一杯一杯になっちゃう。


 そして、パーティー当日。


 そのボクが、このときは驚いた。ユキちゃんが、ママと一緒に会場入りをしたんだ。ユキちゃんは、ボクに内緒でママからダンスを教わっていたみたいだ。ママはダンスの思い出し相手に、パートナーが必要だった。それで相手をユキちゃんが勤めていたんだ。もう外でのダンス練習は必要なかったからね。時間に余裕があったみたい。さすがユキちゃんだ。スーパー・レディーだね。ダンスの衣装は着ていないけれど、十分に輝いて見えたよ。

 でも、ユウキは驚かなかった。その位の事はするだろうと思っていたみたいだ。ユウキの方がボクより、ユキちゃんを冷静に分析できているんだろう。ボクは常に受動的だ。そして驚いちゃうんだ。


 ボクは遠目の場所で、ゲストのお世話をしていた。だからユキちゃんと話はできなかった。ユキちゃんは、短時間ですべての演目を踊れるようになったみたい。でもいくつかのパートで休んでいたね。ママの知ったパターンと、この学校周辺の踊りパターンと違っていたみたい。そしてパパは、仕事で来られなかったんだ。パパ的には平日だったからね。仕方ない。


 × × × ×


パーティーの最後の方だけ、ボクら在校生も踊れたんだ。そんな決まり事みたいだ。ユキちゃんは先輩に声を掛けられ、幾つかの曲を踊ったんだ。ボクはラストダンスに、ユキちゃんを誘って踊れたよ。ユキちゃんは自己主張するでなく、ボクに合わせて踊ってくれた。本当なら男性のボクがリードしなくちゃいけない。でも心地良く素敵な気分になれた。


 ユキちゃんを誘った時に、カッコよく誘い文句を言えたよ。

「シャル・ウィ・ダンス」ってね。




 ありがとう、ボクの女神様。ユキちゃん。これからも、よろしくね。




ツバサの章、終了しました。

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