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黄金色の花は誰かのなかに咲き乱れるⅠ

作者: 白州藍樹

さんしゅゆ、山の緑が茂る中のわずかなひととき。はるこがね、春風のふく頃、芽吹く小さな黄金色。あきさんご、花を咲かせて丁度半年後、秋色になった山の中で、今度は真っ赤な実をならせる。

 

未友(みゆう)、みてみて」

 一足先に山頂に登り着いたやよいが後ろを振り返り、声をかける。後ろから、続いて呼ばれた未友が、その後にもうひとり、スレンダーな影の茜が登ってくる。山頂といっても小高い、ちょっと広がった山のなかの一敷で、木々が隙間を作って町が見渡せるようになっている場所だ。やよいと茜には来慣れた場所だった。小さい頃から遊びながら林のあるこの裏山に入っては、ふたりだけで花を摘み木の実を拾い、時には他の友達も誘って走り回ってきていた。茜には、転校してきたばかりで、隣の席にぐうぜんなっただけのやよいという名前の女の子が、どうして急に自分を誘ってこんなところに来たのか分からなかった。茜という、後ろから着いてきている細身の少女も、自己紹介をしただけでこうして一緒にいるのがちょっと不思議だった。けれど、もう何度も経験した父の仕事にくっついての引っ越しは、こういうことを楽しく享受することを未友に教えていた。

「ちょっとー、早い……」

 山道を歩き慣れていない未友には均された土の道でも歩きにくかった。遅れがちになるペースを、後ろから歩ってくる茜の「だいじょうぶ?」という声に押されながら保っていた。軽く息を切らしながら、茜の声に頷きながら、未友は何とかその開けた場所に辿りついた。やよいが、ここに来ようと誘ったときと同じにっこりとした笑顔で二人を待っていた。後ろだと思っていたら、茜はもうほとんど隣を歩っていて、ほぼ同時に坂道を終えた。

「お疲れさま、未友」

「ほんとだよお、まだ、ぜんぜん慣れてないのに」

 息を切らしていない茜の穏やかな声を聞きながら、軽く苦笑する。ともかく、友達ができそうで良かったなと思っていた。やよいも茜も、席の近い子で、それなりに明るい女の子たちだった。はっきりと、満面に明るいという言葉の似合うやよいに、短髪でスポーティな外見なのに穏やかでちょっと抜けていそうな茜は対照的に見えたけれど、二人とも優しく声をかけてくれたのは本当だった。転校生なんて珍しいから、みんなちょっと引いてるんだよ、そのうち他の子たちも声かけてくるよ、とフォローで言ってくれたあと、ところで放課後空いてる?と、転校初日で誘われたのはびっくりした。絶対悪い子たちじゃない、と分かった。

 だって、引かれるのは慣れてるし。

 未友は、崩れた前髪を触りながら思った。別に嫌っているわけじゃないけど、面倒で目立つ自分の容姿を、見ても気にせず話しかけてくれる子がこんな町にも居たんだ、と思った。正直、田舎すぎると思っていた。今までの引っ越しは市街地ばっかりだったから、苛められたら嫌だなあ、と漠然と考えながら引っ越してきたのだ。初めてここにくるときの車の中で、窓の外を見つめながらずっと思っていたこと。

 心配しなくても良かったかな、と唇でつぶやく。

「そうだよねえ、やよい、歩くの早いっていつも言ってるのに、今日特に早かったじゃん。最後の方なんて走ってたでしょ」

「だって、早く見せたかったんだもん」

「別に急がなくても花は散らないのに」

「花?」

そういえば、ついて来たものの目的は聞いていなかった。いくら聞いても、いいから来て、としか言われなかった。花ときいて、思わず聞き返す。

「花って、なに?まさかお花見?」

「茜、言っちゃだめっていったのに」

「あっ。ごめん。でもほら、ここまで来たし」

「桜なら、学校のそばにたくさん咲いてるけど」

「違うのー、花は花だけどね、桜じゃなくて……」

 にやにやしながら、やよいは仲良さそうに茜に目配せをした。ねえ、と茜も調子を合わせるので、

「なあにー?早く教えてよー」

「まあまあ、すぐ分かるから……。

 じゃあね、目、瞑って、五秒数えて」

「えー?なにー?」

 そう言いながら、数えはじめる。二人も、せーの、と言って数え出したので、みんなで、五、四、三、二、とゆっくり囁く。途中から疲れてぜんぜん考えていなかったけど、初めての田舎の山の空気は、すごく心地良かった。三月で、どこかの地域のニュースでは梅が咲いたり春一番のことを言ったりしている今が、都心にいるときにはファンタジーみたいに感じていたけど、ここではそういうことが生活の中にあるんだなあと思った。そういうことを考えてしまうさわやかな風だった。花粉症じゃなくて良かった、とちょっとずれたことを考えながら、未友は、いい、と承諾を取って閉じていた目を開けた。

 その瞬間、一瞬で、やよいと茜は両側から未友の手を引いた。ちょっと進んだら急に向きが変わって、未友には自分がどちらを向いているのか分からなくなった。反射的にまた目を瞑ってしまう。突然すぎて反応も間に合わず、ただなすがままに回転させられて、気がつくといつの間にかやよいに、いいよ、と言われていた。くらくらしながら、おそるおそる目を開く。今度こそ確実に。

 すると……。

「わあ……」

 目の前に、黄色い花がいくつも連なった木々が並んでいた。すぐにはどこにいるのか分からなかった。

 さっきまで普通の緑の中に居たはずなのに、なんで?

 そんな気持ちが顔に表れていたのか、茜が種明かしをしてくれる。

「さっきの場所から、ちょっと位置をずらすと見えるようになるの。この辺の子はみんな知ってるけど、未友は絶対、まだ知らないだろうと思って」

 やよいも茜も、嬉し気ににこにこしていた。未友は想像もしていなかったことなだけに、本当に驚いて、少し感動してもいた。広がったきれいな黄色の世界に目を奪われていた。この時期の花といえば、桜くらいしか思い浮かんでいなかったから、その想像と違いすぎて、幻想的にすら見えた。

「すごい……」

「見せるだけでよくないって言ったのに、やよいがね……」

 茜が照れたように告げ口をした。賛成したくせに、と横で不服そうに言って、やよいは、未友に向き直る。

「気に入ってもらえた?

 転校してきて、緊張してるみたいだったから、歓迎のつもり。ちっちゃい花だけど、たくさんあると結構きれいでしょ?私、好きなんだー。毎年、茜を誘ってくるの。昔から来慣れているから、わざわざお花見ってほどでもないけど」

「何ていう花なの?」

山茱萸(さんしゅゆ)。ほかに、(あき)珊瑚(さんご)とか、色んな別名があるの。秋に赤い実がなるからそういう名前なんだけど、あんまり美味しくなくて、実るだけなんだけどね。あと、もうひとつ、有名な名前があって……。なんだっけ、春、黄金……?」

(はる)黄金(こがね)(ばな)、でしょ。もう、これがいちばん大事なのに」

「そうそう、さっすが茜!」

茜が助け船を出す。そうだった、と苦笑いして、やよいは、とても大事なことを言うようにささやく。

「だから、未友をここに連れてきたかったの。一緒に見たくて」

「いちばん大事って?」

 花に見とれながら、何気なくそう訊くのと、やよいの声が重なった。あっ、と思って横を振り向くと、ちょうど風が吹いてやよいの黒髪が未友の方になびいた。さらさらの、女子学生らしい黒髪の長髪だった。ちょっと羨ましげに見つめてしまう。未友は、自分の金髪を、風から押さえるようなふりをしてさりげなく撫でた。ぱっちりとした目のまつ毛も同じ色で、やよいと茜からは背景の山茱萸と未友の立ち姿が、美術館に飾ってある絵のように出来上がって見えた。

「あのね、未友の髪が、この花の色そっくりだと思ったから。金髪って、初めて見たけど、きれいな色!いつも隠すみたいに手ぐしで直しているから、っていうか、一日しか見てないけど、とにかく何だか、この花を見てほしいなって思ったの。茜に話したら、私もそうって言ってくれたし」

「後ろの席だから、やよいよりたくさん見てたしね」

未友は、そういえば茜は自分の真後ろの席だったことを思い出した。

「ありがと、ふたりとも」

「いーの、連れて来たかっただけだからさ。こちらこそ、突然声かけたのに一緒に来てくれてありがとう」

やよいはまたにっこりと笑った。茜も、ちょっと照れたように微笑んだ。

「これからよろしくね」

「うん、よろしく!」

「よろしくね、未友」

 そう言いながら、山頂でしばらくは花に見とれて、三人は今度は並んで道を下っていった。未友は多少歩き慣れたのか、今度はずいぶんと軽やかな足取りだった。ときどき躓きかけたけれど、両側からふたりが支えたので転ばずにすみ、笑って済ませられる程度だった。三人が去った後、先ほどの開けた場所の未友が花を見るときに立っていた場所には、もはや何もなかった。ただ、一度高い風が吹いた拍子にどこからか花びらが飛んできて、ひらりと舞って着地した。黄金色の影が、小さく落ちた。


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