拾った子猫は悪役でした。
4月11日 午後00:30 食堂
つるりとした手すりのある緩やかな階段を下りると、
そこは食堂であった。
この学園のほとんどの生徒はここ、食堂を利用している。
注文した分が月末に保護者に請求されるらしい。わぁ便利。
長く広いテーブルに彩るは和洋折衷の料理の数々。
中庭と繋がっておりほのかに草花の香りも漂う。
そこで昼食を取れちゃったりする。お得だ。
男女も仲睦まじく暖かな午後を有意義に過ごす。
結構な事だ。
あれに見えるはボッチじゃないか。
ん?ボッチなのか?
不思議に思ったのでもっと近くに寄ってみることにした。
あんなに大きなテーブルをたった一人で使っている。
ふわふわのブロンドは長く波打っており、空色をした大きな瞳は
ただ俯くばかり。
しゃんと背筋を伸ばし優雅に、かつ上品に食事を摂ってはいるが
唇が震えてしまっている。
美少女だ。私好みの小柄な美少女だ!
見てすぐに分かった。彼女はただのボッチではない。
数名の女子生徒が彼女の机を叩いて脅して見せたり、
食事中の彼女の背中に大きくぶつかって見せたりもしている。
そんな状況を傍ら見物している者達はクスクス、ぷふふふふっなど
決していい笑い方ではない笑いをとっていた。
・・・・イジメですな。どっからどう見てもイジメ。ハブ。
でもね、ごめんなさい美少女さん。
私は偽善者でもなければ本当のヒーローでもない。
この世界に来て2日目なんだ。
自分の事で手いっぱい過ぎて君を助けてあげられない。
こういう場合、私よりよっぽど偽善者の方が役に立ったでしょうね。
そう考えて立ち去ろうとした時、私は手を上にあげていた。
誰だか知らない腕と一緒に。
美少女の髪が強く引っ張られ、彼女の体が椅子とガタンと崩れ落ち
食堂全体に響き渡るような悲鳴が聞こえたからだった。
髪を引っ張りやがった野郎の腕を強くつかんでいたので慌てて振り解いた。
早まったーーーーーー!!
目立ちたくなかったのに!こっそり調査のハズだったのに!!
え?いつから道を踏み外してたんだって?
今だよ!正真正銘間違いなく今だよ!!
おお、現実世界への扉は閉ざされてしまった。ごめん優梨、なっちゃん。
美少女の君。元はと言えば君なんだよ?
そんな小鹿のようなうるんだ瞳でこちらを見つめないでくれ。
薔薇色の頬を余計に紅潮させないでくれたまえっ!
しかし、頬を紅潮させていたのは一人だけではなかった。
紳士にはとてもほど遠い先ほどの男もまた紅くなっていた。
もちろん怒りと恥ずかしさで。
ソイツの髪もその怒りを表す、真っ赤。
だがすぐにぷいとどこかへ行ってしまった。
全く謝りもせずに、倒れた美少女と睨む私、
見物人と気持ち悪い程静まり返った空気だけを残して。
あ、主要キャラでございましたか。放置プレイですいません。
赤い髪、そこまで高くない背丈、
少々釣り上った目、剥き出しの可愛らしい八重歯。
「不知火螢」だな。
随分と「火」をふんだんに使ったお名前で。
彼は昔、ヒロインの那由多日華嬢と会っていた。
いや、今はもう「会っていたという設定だった」という事になる。
ヒロイン不在だしね。
ヒロインとは最初折り合い悪く敵対し、二人とも昔馴染みだと気付かない。
一方で今でも那由多嬢の事が好きで段々二人は気付き始め
荒んでいた火男(思いやりの欠片もないあの野郎)が
ヒロインの力を借り、真人間へと成長していくというストーリーだ。
あー、心温まりますねぇ。
人の成長ってすごいなぁ。我が子が初めて立った気分ですよぉ。おお、よちよち。
火男、サーカス団にでも入っとれ!
おっと、いけない。可憐な乙女がポカーンしてる。
そう思ったので彼女の前に手を差し伸べた。
彼女は恥ずかしくなったのか顔をまた真っ赤にさせて
私の手を借りずに立ち上がった。
「別に・・・助けて頂かなくてもよろしかったですのよっ」
「・・・・・・」
目線を左下に流し、指を交差させたり組み替えたりし、
桜色の唇を少し尖がらせながら小さい声でそう言った。
かわいーなあもう!
そう思った時彼女は何かにハッと気付いたのか
一瞬眉を中央に寄せて顔を青くして私の眼をキッと見つめ、言った。
「いえ、助けて頂いたのにとんだ御無礼を。香月瑠璃と申します。
先程は本当にありがとうございました」
「ええ・・・まあ。体がついつい出ちゃったっていうか・・・」
彼女の誠実なお礼に実際こっちが怖気づいた。
「まあ!!なんとお優しい!
ずっとずっと学校に来ていた甲斐がありましたわ!
こんな素敵なお方と出会えるなんて!!」
そう言うと目を星のように輝かせながら手をがしっと握ってきた。
近い近い近い近い。怖いって。
ん?香月瑠璃?
・・・・・あああああああああああああああ!!
おおおおふぅ。
最悪だ。たった今助けたかわいい子猫ちゃんは悪役ですか。
優梨のもともと主人公と仲良かったけど担任の夜部先生ルートだと豹変したように
邪魔をするんだよね。
つか、何でイジめられてんの?
状況の変化?ああ、そう。
「貴女とお知り合いになりたいですわ。
もし良かったら中庭で一緒にランチをどうです?」
結構です。と言いたかったが、あえて言うまい。
周囲の目を避けたいばかりにこの意見に同意した。