ヒロインよ、Help me!
4月11日 午前7:45 場所不定
私は普段通りを装いつつも、完全には隠し切れていない不安と疲れを滲ませながらクラスが張り出されている中庭前へと向かった。
多分疲れているのは優梨となっちゃんからの電話が終わった後パーティがあったからだ。
2人からの情報によれば「星宮」の家は聖宮学園の中でも結構すごい家柄らしい。
聖宮学園の宮という漢字も、この土地の名家である星宮家からあやかったものだ。
その一人娘である「星宮玲」は優雅で何事にも動じぬ性格。演じないといけないのか。
まあ 生徒達に家柄とかの隔たりは無いらしいから安心だけど、一応注意しておこう。
と、2人に言われた事を思い出しながら早足で歩く。
今は優梨の大胆さとなっちゃんの冷静さ、それから情報も必要だ。
ちきしょー それにしてもやっぱ広いな。
ゲームやってる側からすれば選択肢選ぶだけでいいから広いとか考えたこともないだろうけど。
実際に歩かされるこっちの身にもなれってんだ。
ファンタジー系のゲームだったら魔法とかを使ったりしてもっと移動が楽だろうね。
そう。私は今、ゲームの中にいる。それも乙女ゲームと呼ばれる類のだ。
そういう本を読んだことがあるから分かるのだが、こういう場合、絶対面倒くさいことになる。
そしてぜーーーーーっっっったい私をここに連れてきた奴がいる。
今の私はそいつに色々吐かせてフルボッコしてうちに帰ることが最大の目標だ。
そう考えていたら燃えてきた。急いで中庭に行こう。
ふう。着いた。
情報によると1-A。ビンゴ!これで無かったらヤバいよ。
でも、すぐに何かが可笑しい事に気が付く。
・・・・・あれ、なんで?
目を丸くしていると、後ろから透き通った声がした。
「昨日の子!!え、ちょ、ちょっと!どこ行く!?」
昨日の爽やか君には目もくれず、教室の方へ走りだした。
ピンチなんだよ。初っ端から。
だからねぇ・・・君に構ってる暇などないのだよ!?
構ってる暇などないのだけど・・・
ドカッ!!ドスッ!!バサバサバサバサ
ぶつかり、尻もちをつき、書類だろうか紙の束が落ちる音がした。
どうしよう。これお決まりのアレだよね?
わー 目を開けたくないな。でも開けるしかないよね。
「何をやっているんだ貴様は。」
うへぇ。やっぱりね。
怒った顔、偉そうな態度、腕には「風紀」の文字の入った腕章が。
顔立ちもキリッとしていて、いかにもスタイリッシュって感じだ。
ぜってー主要キャラだー。
「・・・すいません。急いでたんです。反省してます。」
全く思ってもいない事を口にした。
態度もしおらしくしてみる。
でも、本音だけじゃ生きていけないのよ?この世界。
猫っかぶり、大切!
「う・・・違反切符は渡して置くぞ。今度から気をつけろ。」
「はい。ありがとうございます。」
そうやって私はいかにも人畜無害そうで、なおかつあまり記憶に残らない程度に微笑んで去った。
こうかはばつぐんだ!
どうだ。使えるものは何でも使うぞ、私。
入学式に辺りを見回して気付いたが、この学園には赤とか金とか
普通じゃ有り得ない色の髪をした生徒が数名いた。
生徒会長やハジ君、それからさっきの風紀委員長であろう人も主要キャラなんだろ。美形だったし。
しかし不味いな・・・どうなっているんだ?このゲーム。
教室に入った。
あまりおかしくない程度にキョロキョロ。
うむ。異常無し。
黒板に自分の席の場所が書かれてあるというので
すぐさまそれを覗きこんだ。
「・・・・・ない。」
いや、ある。自分の席は。
けど、ヒロインである那由多日華の席がない。
その少女の席も健康観察簿の名前もなく、
ポンとこの世界から消えてしまったみたいだ。
嗚呼、私はここに来てから一体何回アホ面させられてんだろう。
また2人に報告しなきゃ・・・
そんな事をただ漠然と考える事しか出来なくなっていた。
「よ!!」
ぐるり。どうやっても胸に響いてしまいそうな、
そんな透き通る声が後ろから聞こえ咄嗟に振り返った。
「同じクラスだったのか。挨拶したのに名前も聞かなかったから
次会ったら絶対に聞こうと思ってたんだよ。」
ああ、君ですか。随分と迷惑な心がけをどうもありがとう。
空気読めませんね。オーラというものを感じませんでしたか。
仕方ない。ヒロイン不在でも頑張るか。
「ええ。急いでたので・・・星宮玲です。」
怪訝な顔で軽くお辞儀をする。
よろしく、な~んて言わないのは情報を得る程度ならいいけど
本気でよろしくしたくはないからだ。冗談じゃない。
爽やか笑顔を向けてるけどオートなのか、それ。
余計に私を怪しませるんですけど。
那由多嬢、一番コイツが攻略し易そうですぜ。
だから早よカムバック!!
そんな下らない?事を考えてると教師が、しかも女子生徒の人気あります!
って感じの若き男性教師が存在感全開で教室に侵入してきた。
空気が一気に変わる。男子はがっくり、女子はきゃいきゃい。
女子よ、相変わらずミーハーミーハーしてんな。楽しいか!?
彼の名は「夜部冥利」(やべみょうり)。
教師という名の上から目線隠しキャラ。残念教師。
太陽系惑星終了お疲れちゃん。
そう!この学園の攻略キャラには皆名前に太陽系の惑星が入ってる。
だから髪の色と名前で判断付く。
適当にサブ教師の話を聞き、
真新しい教科書見て自宅(仮)に戻ったら真っ先に勉強始めようと密かに決意し
窓際なので頬杖をつきながら鮮やかな色や淡い色をした中庭の花々や
綺麗に整えられ、柔らかい新芽を付け、少し濡れた春の樹木を見つめていた。
現実世界は秋だった。
楽しい楽しいハロウィンを逃して再スタートとは。
そうしてぼーっと右から左へ話を受け流していたらあっという間に昼になった。