手がかりとして
彼らは今から800年ほど前に、創造主によって創り出された。
創造主がなんのために彼らを創り出したか、彼らは最初のうちは理解できなかった。
なぜなら、彼らが創造されて自我の構築がなされたときには、すでに創造主に棄てられおり、直にその姿なりを見て、あるいは言葉なりを聞いたものはまったくといっていいほど皆無だったからだ。
覚醒したときには、人どころか研究器具すら完全に持ち出されたもぬけの殻となった研究室で、同期に創造された仲間たちと途方にくれているという場合がほとんどだった。
幸いなことに、彼らは覚醒時に、この世界で生きるための基本知識や教育、のみならず以前に創造された仲間たちの情報が一通り与えられており、大方の場合は古参たちと連絡をとることで手早く安全に保護されていた。
古参たちは自分たちの仲間を兄弟姉妹と呼び、その支援のために互助会のような組織をいくつか立ち上げては、より迅速な保護を行う活動を続けていた。
運悪く、保護されないものが出たりもしたが、それはほんのわずかな例外で終わっていた。
こうした経緯をへて、彼らの総数は最大時で五千体になり、現在でも約三千体が全世界で活動をしている。
一方で、800年の間に、それらの組織によりさまざまな情報が集められ分析がなされたが、創造者の正体については未だにはっきりとしていない。
わかっているのは、彼らを創造している技術が、古代ユダヤの動く泥人形―――いわゆるゴーレムの製造法を踏襲しているという点であった。
事実、初期に製作された最古参(クラシックと呼ばれている)の肌は陶器と同じ粘土でできていた。
もっとも、ただの粘土人形にさまざまな場所や時代に生きていた魔術を駆使して、人と変わらないほどに自我をも付与されている点については元祖とは異なっている。
ユダヤの伝承に曰く―――
『偉大なるラビであるレヴィが、自己のためでなく人々の安寧のために川辺の土手から採取した粘土を用いて人に似たものを創った。そして四大元素である水と火と空気に、ヘブライ語の呪文を唱え続けることで動かすことに成功した。人に似たものはゴーレムと呼ばれ、意思や感情をまったく持たず、しろと告げられたことだけを行って、息をすることも子をなすことも出来なかった』
と、伝えられるただの泥人形達に、創造者がどのようにして人の如き精神を授けたのかはわからない。
だが、今のゴーレムたちは、その外見が人間とほとんど区別することができないほどに精巧な造りを持つということだけは確かだった。
彼らの皮膚は、人間のものと見分けがつかないほどに柔軟で巧妙だが、主な材料は粘土で構成されている。
手触りなどの質感をよくするために、純粋な絹が芯として使用されているなどの工夫も随所に凝らされていた。
土で出来た肌をもっていることを自覚している彼らは、自分達のことを先祖に当たる『ゴーレム』と蔑みを含めて呼称していたが、近時に至りそれは一種の種族名称として自嘲抜きで用いられている。
創造主を真似て、魔術の類を研究しているゴーレムもおり、それらが導きだした結論によれば、彼らの主な動力源は体内の『針金』である。
ただし、その針金が魔術的な効果を発生するためには媒体として『中身』として創造時に設定されている素材に満たされていることが不可欠となっている。
例えば、水を『中身』の素材としているものは、『針金』が水に30~20%浸かっていないと肉体を起動させるための魔力が発生しなくなる。
そして、それ以下の割合になれば、魔力は二度と発生せず、そのゴーレムは意思活動を永遠に停止する。これは、『中身』の要素が液体でなく、固体であっても同様である。
この異常な魔術システムを形成する『針金』の正体はいまだ突き止められていない。
ゴーレムたちの存在を知り、これらと提携または敵視している魔術師を初めとする人間達にとっても、それは同様らしく、類似の魔術・技術が発見されたこともないという摩訶不思議な技術なのである。
そのため、魔術師たちもその魔術・技術を欲していた。
そのため、ゴーレムたちはその異常な成り立ちを持っているにも関わらず、彼らの存在に気づいている世界中の裏の存在たちと目だった抗争をすることなく至っている。
当然、いくつかの宗教的・神秘科学的小競り合いが人間との間に繰り返されたこともあるが、現在では、ある種のアンタッチャブルな存在として滅多に干渉されることはない。
さて、最大の疑問は彼らの創造主たちの正体である。
これほど長期・多面的な活動を繰り広げていることから、複数の魔術師や錬金術師の集団であり連綿と代を重ねながら活動が続いているという説、不老不死の妖術師が細々と実験しているという説(当時の名の売れた幾人かが候補に挙げられているが、もちろん特定されてはいない)、そもそも悪魔や人外の化身の御業という説(このあたりになるとソロモン王やマーリンといった伝説上の人物まで含まれてくる)など枚挙に暇がない。
通説というものさえも実は生まれていない。
ある程度、確かな共通認識としてあるのは、創造主の目的が『人間の製作』にあるらしいというものであった。
これは、ゴーレムたちがすべて同一の仕様のもとに製作されているのではなく、それぞれ年代を経るたびに新しい技術が加えられていることで証明されている。
例えば、彼らは食事という栄養補給のための行為をすることができないが、500年前に製作された兄弟には、そのための機能が与えられていた。
もっとも、排泄までは不可能で、まったくもって不必要な機能だったのだが、次に発見された姉妹はもう一歩進んで排泄が可能となっていた。
ただ、新たな機能が試されても、それがさらに次のタイプに用いられている仕様となることはなく、また別方面の機能が試されている場合さえある。
前述の食事・排泄機能は、さらに次の世代の兄弟には省略されており、代わりとして指の爪を伸ばすだけの機能が付けられていたりした……。
ゴーレムたちはこれを、最終的に、
『人間を製作するため』
の研究だと判断した。
『人間を製作』するために多種多様な実験をし、モデルケースとしてのゴーレムを創造して、その成果を実験しているのだと結論付けたのである。
すべては、その一つの目的のための遠大な計画なのだと。
そして、ゴーレムたちの目的も定まっていく。
不老であり、何者かに殺されたり、中身を事故等で失わない限り不死の存在であるゴーレムは、創造主たちに改めて人間にしてもらうために、いずこにいるとも知れない彼らを見つけ出すことを決めたのである。
それから、幾百年の歳月が立とうとしている。
※
「……で、二十年前、最後の姉妹が成田空港のロビーで見つかって以来、久々に登場した手がかりが君って訳だ」
華さんの長い長い説明は終わった。
意外だったのは、比較的まとめられたレポートなどの資料が、話が進むたびに幾つも提示され、ある種の講義のような様相を呈していく点だった。
きちんとまとめられた年表や写真の類は、彼らが自分たちをまめに検証している証と感じられた。
しかも、それぞれが頻繁な書き込みやら付箋やらで埋まっている。
「俺が……ですか?」
「ああ、君が気にしていたのはそこだろう」
「ええ」
「来るとき、チャコに打ち明けてくれたそうだが、君はその左手の正体について悩んでいた。青い血のでる人間の左手など、世の中にはありえないものだからね」
「……」
改めて他人に言われると複雑だった。
彼にとっては天地が終わっても隠すべき秘密だと思い込んでいたものが、簡単に流されてしまったように感じられたからだ。
もちろん、本人が主観的にどう感じていても、第三者が客観的に見れば実際はたいしたことがない秘密は数多いだろうが、青い血が出るというのは相当に珍しい部類の秘密ではないだろうか。
「だから、正直、僕らの胡散臭い誘いに乗ってくれたわけだ。その血の正体がわかるんじゃないかなって。この解釈で間違っていないよね?」
「否定しません。むしろ全肯定です。今のところ、俺が文句をつける部分はありませんね」
「じゃあ、説明を続けよう」
華さんは手元の花束から、一輪の花を取り出し、指で左目に突っ込んだ。
不気味に思わなくもないが、さっきから話が一段落するたびに行われる行動なので、そこは我慢した。
華さんが体内を無数の花で満たしたゴーレムだとの説明は受けていたし、彼の命とも言うべき花が先ほどの襲撃で飛び散ってしまったことから、補充しないといけないのだろう。
黒い男によって散らばされた花びらは、彼の意思活動に影響を与えない程度ではあったが、相当な量だったらしいことは容易に窺いしれた。
足りない量を補うために、チャコをお使いに出しているくらいである。
「……僕らは成田空港という土地柄から、創造主が海外に脱出した可能性も捨てがたいが、過去の傾向からこの近くに留まっているのではないかと判断したんだ」
「傾向とは?」
「つまり、創造主が留まる場所にはおおよそ三つの条件がある。まず、他国との交通の便がよく、空港・港・鉄道が近場に存在すること。これは彼ないし彼女が常に移動を繰り返すため、そのルートの確保と、様々な機材の搬入に便利であることが理由として考えられる。次に、経済的・社会的・宗教的に成熟した先進国であること。彼らの行為ははっきりいってオカルトの類だから、文化的に成熟していない地域では露見したときに弾圧の対象になりかねないし、必要な材料が地域的によってはタブーに触れるという事態もありうる。よって、そのあたりの兼ね合いの結果として、この条件が考えられるんだ。……最後に、民主主義・資本主義社会であることだね。過去において、共産圏や特定の独裁国家での活動は見つかっていないからね。理由は言わずもがなさ」
「日本で、成田空港の側ってのは、十分にあてはまりますね」
空二たちが住んでいる街は、すぐ隣なのでこの見解によれば充分に条件を満たすことになる。
「それに、最後に発見された姉妹が――たった一人なんだが――彼女の記憶が巧妙に操作されている形跡があった。これは何らかの思惑があって、あえて成田空港に放置したのだろうと結論がだされている。これらのことから、僕らは創造主かその関係者がおそらくは東関東圏に潜んでいるものと見当をつけて、この市に潜伏することにした。もう、何十年も前のことだ。もっとも、すぐ隣の街に隠れていたなんて、盲点過ぎたけれどね」
「創造主が……いた?」
「ああ、僕らはすでに幾名かの創造主の関連候補者を見つけている。いままでの800年で、ここまではっきりと対象を絞りこめたのは今度が初めてだからね。どうだい、みんな、緊張しているだろ?」
改めて見渡してみると、店内のゴーレムたちはみな深刻な顔をして会話に聞き入っている。
どうやら、よほど珍しい事態なのだろうとさすがに想像がついた。
「それはどういう人なんですか?」
「その前に、君について話そう」
「……俺?」
「ドクターの見立てに寄れば、君の左手、特に肘の上から先は、確かに僕らと同じゴーレムのものだ。チャコやウォータが強烈な反応を示したのは、左手の存在がありながら、君の全身がまごうことなき人間のものだったからだ。……僕たちは多少の例外を除いて、同胞を一目で見抜くことが出来る。さらには接触することができれば、その例外でさえなくなる。それで、ありながら君は人とゴーレム双方の反応を持っていた。これは真に驚くべきことなんだ」
一つ、深呼吸をして、
「連絡を受けて、僕らが討議をした結果、一つの仮説を立ち上げた。つまり、チャコたちが発見したのは、人間の身体にゴーレムの部品を移植した、これまでにない進みすぎた実験例だったのではないかというものだ」
ドクターが真剣な眼差しで続けた。
「我々はチャコたちの報告を受け、君の存在を最重要だと断定した。それは実際に正しかったわけだが……。そして、それだけではなく、君の身体にはまだ秘密があることもさっき判明した」
「えっ?」
「隠すことではないから、早めにバラしてしまうことにするが、君の『右腕』の肩から先も、完全な作り物だ。これまで創造主が試し続けてきた、人間の腕としてのあらゆる機能が付加された完成品。それが君の右手となっている。兄弟姉妹のものなら、一目見れば、あるいは触れればすぐにわかるはずの、私らでもまったく気がつかない。私が時間を掛けて触診し違和感を感じて初めてわかったほどの優れものだったというわけだ」
周囲から、怒涛のようなうめき声が上がった。それがどれほど衝撃的であるかを示すに相応しい怒涛だった。
最後を引き取ったのは、華さんだった。
癖であるらしいなんとなく胡散臭い笑顔で言う。
「……つまり、君は僕らにとって創造主へのもっとも新品の手がかりであるとともに、ある種の到達した存在であるということなのさ」