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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

TS異世界リフォーム工務店 〜勇者がぶっ壊した魔族屋敷、格安再生して高く売れ!〜

掲載日:2026/03/11

「勇者がぶっ壊した、魔族幹部の屋敷よ」


『ニーナ』の転移魔法で湖畔の()豪邸の前に降り立った。


 その言葉だけで……嫌な予感しかしない。


 真っ赤なチャイナ服のスリットが揺れているニーナの指差した先を見て、やっぱり、と俺は思わず飲んでいたパック牛乳を吹き出しそうになった。

 そこにあったのは、瓦礫と言った方が適切な廃屋だった。


 勇者『エンデルク』の野郎、やりやがったな。

 外壁には聖光魔法による高熱の溶解跡。これで狙撃して殺そうとしたんだろう。

 屋根は俺の後任の風魔法使いがブッ飛ばしたのか、半分以上が消失している。庭園は見る影もなく、魔物の腐った死骸だらけ。おまけに樹齢200年は超える巨木が日当たりを最高に悪くしている。


「勇者達の果敢なる戦いの結果ね。それでね……」


 皮肉にしか聞こえないニーナの声で、あのクソ勇者たちを思い出す。

 すると、説明するニーナの声はどんどん遠くなり、頭の中が、追放されたあの日のことで一杯になっていく。


ーーー


 時々夢に見るほど苛立つ。

 勇者パーティから追い出されたあの日だ。


 転生してエルフになった俺には、土魔法の才能があった。

 異世界転生だからと必死に努力し、エルフでもトップクラスの土魔法使いになった。

 ドラゴンブレスを防ぐ防壁も、ミスリルゴーレムを貫く土槍も作れる。旅の夜も即席の土壁コテージを作って快適な夜を過ごせる。

 俺は打倒魔王の意思を掲げた勇者パーティのメンバーとして活動しているだけの実力があると思っていた。


「おい、『リファ』……お前、使えねえよ」


 リファ、それが俺の名前だ。

 俺は、しばらく前から勇者から何かと詰められていた。

 最近の空飛ぶ魔物に対する迎撃手段は俺になく、回復魔法の要、聖女『サン』の横で、彼女を守る防壁を建てるだけだった。正直、似たような役目は他の誰でもできた。


「でも、他の面で役に立っているだろ!」


「そもそも、お前さ、ケチすぎて息が詰まるんだよ」


 そう、俺はケチだ。

 前世では安月給だったから、工夫に工夫をしていた。だから、この異世界に転生した時も同様にお金には困らないように節制し貯蓄をしていた。

 そして、財布の紐が厳しかったからパーティの資金の管理も任されていた。


「いや、でも、金は大切に使わないと……」


「たまにはホテルで泊まらせてくれ。街についても、お前の作る土魔法のコテージで貧乏くさく寝泊まりするの嫌なんだよ。そのせいでみんな自炊上手くなったんだぞ」


「いいことじゃないか」


「違う、たまにはゆっくり休みたいんだ! 野営は疲れるんだよ!」


 周囲の目を見る。

 出ていけ、とは口には言わないけれど、目にはそう書いてある。


 聖女サンの方を見ると困ったような顔をして


「まあまあ……じゃあ、たまに宿に泊まりましょう?」


と止めに入る。


 でも、サン以外は俺を必要としていない感じなのは明らかで、俺は居づらくなった。そこにさらにエンデルクがたたみかける。


「だいたい、お前の言葉遣いが気に食わねえんだよ。女のくせに、俺とか言って気持ち悪いんだよ」


 俺だって好きでエルフの女に生まれたんじゃない。

 気がつけば女エルフの赤ちゃんになって育てられていたんだ。

 俺はカッとなって勇者エンデルクの左頬にグーパンチをお見舞いした。

 少しふらついた勇者は俺の左頬に同様に右拳をお見舞いしやがった。まさに男女平等パンチだ。

 小柄な俺はそのまま数メートル地面に転がり意識が飛んだ。


ーーー


「ねえ、リファ? ちゃんと話を聞いているの?」


 長身で頭の左右に黒い髪を丸めたお団子ヘアー、頭の左右から鹿のようなツノの生えたドラゴン族のニーナが俺にそう問いかける。


「すまない、ちょっと、ぼーっとしていた。もう一度話してくれ」


「大事な話なんだからしっかり聞いてよ。ゴンザレスもアルコールが入っていると思うけど大丈夫?」


『ゴンザレス』は髭モジャのドワーフ族の男だ。身長は140センチメートルくらいで絵に描いたようなガチムチ体型。力仕事も得意だけど、一番得意なのは木の加工や細工だ。


「エールなんて水と同じだ」


 ゴンザレスは親指を立てた。


「そんなことを言って、誰かさんみたいに素っ裸にならなければいいけど。

 じゃあ、話をもう一度するわね。数ヶ月前に勇者パーティによって魔族の幹部が討伐された」


 俺はなんでもない風を装って、パック牛乳を飲みきる。


「その舞台が幹部の屋敷の中。その屋敷が戦闘によってボロ屋になっていて景観が悪いから王国から解体依頼が出ているの。そして、同時に王国で同土地の販売が行われているの。貴族向けで」


 ニーナは俺たちの前に解体依頼斡旋のチラシを広げ、さらに土地の販売チラシを広げた。


 解体依頼書の金額は5万ゼニー。日本円にすると概ね500万円。

 土地代は20万ゼニー。2000万円くらいだ。


「王国からは遠いけれど、近くには湖があるし、景観は最高だわ。流石、魔族幹部が住むくらいだし」


 ニーナが持ってきた話、それは仕事……つまり……。


「リフォームして転売しましょう。これはすごい利益が出るわ」


 そう、リフォームして転売する。

 これが俺たちパーティの仕事だ。


ーーー


 牛乳を飲み切って良かった。

 風向きが変わるととんでもない異臭が立ち込めた。


「……それにしても解体費用5万ゼニー? 冗談だろ? 腐った死体だらけで特殊清掃が必要だ。普通の現地の人間なら更地にするだけで倍はかかるぞ」


 俺は職業病で、脳内の算盤そろばんを弾く。

 でも、俺はにやりと笑っていたと思う。

 これは、儲かる案件だ、と。


「……リファ、黙ってたらエルフの中の貴族の令嬢にも見えるのに、その口癖……」


 ニーナのため息が聞こえた。


「そんなことどうでもいいだろ。ゴンザレス、そこの外壁、どうだ?」


 自分でも、あからさまに容姿が整っている、人間年齢で14歳くらいの女の子なのはわかっている。それを指摘されると、元々いい年した男だったので少し気恥ずかしい。

 話題を遮るためにゴンザレスへ声をかける。

 

「ああ、これを見ろ。勇者の聖光魔法のせいで、建材の石が『魔力焼け』を起こしてやがる。脆くなって()()なら再利用できねぇ。転売できないから解体業者泣かせだ」


 髭モジャのドワーフ族のゴンザレスが、石壁を斧の柄で叩くと、乾いた音を立てて崩れ落ちた。

 ゴンザレスもまた、否定しながらも、俺となら儲かる案件であることを示唆していた。


「でも、立地は最高よね?」


 ニーナが地図を広げる。


「西には王都まで続く大河の支流。直近には『静寂の湖』。勇者がレベル上げしながら歩いたおかげで、付近の魔物は全滅。今は小鳥のさえずりしか聞こえないわ。……ま、家の中や付近の森の中には『置き土産』があるみたいだけど」


 ギィ……と、半壊した玄関の扉が勝手に開く。

 中から漂ってくるのは、カビと腐敗臭。


「中にも腐った死体に……トラップがまだ生きてやがるな。魔族の幹部ってのは、死んでからも嫌がらせが好きらしい」


 俺は足元の大きめの石ころを一つ拾い、廊下へ転がした。

 カチッ、という軽い音。


 直後、天井から巨大な鉄の枷が降りてきて、石ころがあった場所を粉砕し、さらに自重に耐えきれず屋根の一部ごと落下する。


「ちょっと、勝手に壊すのはやめて! まだ購入してないんだから」


「ニーナ、リフォーム後の販売価格はいくらにするつもり?」


「相場を鑑みて、113万ゼニーよ」


 日本円にして約1億1300万円。俺の土魔法を全面にして使えば、ほとんどが利益になる。


「よし、それならリフォームにかかる費用が少しばかり高くても十分過ぎる利益が出るぞ」


 ゴンザレスが拳を鳴らしてニヤリと笑う。


「ニーナ、解体費用の分安くするように交渉して。それと、解体費用が現場とミスマッチしているからその分安く。購入価格を20万ゼニーから12万ゼニーまで値引きできたら買おう」


 格安で直せる算段があっても、安くさせることに正当な理由があるなら、そこはしっかり突っつく。それをしないと顧客や業者に舐められる。

 交渉役のニーナはその辺は抜かりない。安心して任せられる。さらに、建物のデザインには毎度助けられている。

 

ーーー


 12万2000ゼニーで元豪邸とその土地を手に入れた。

 腐敗臭漂うそこに、王国で入札する者はいなく、値切るニーナに敗因は無かった。


「まずはトラップ解除だ」


 外壁、内壁、庭園に土魔法でアクセスする。手を当てて罠の位置をサーチし、あれば投石してそれらを直接解除した。


「次は、掃除だ」


 俺たちはマスクをつけて、腐った魔物達を集めて敷地の一角に集めた。


「ちぃーす! ニーナさん! よろしくお願いします!」


 俺の声にニーナは苦笑いをする。


「こういう時はさん付けにするんだよね」


 不満げに言いながら、ニーナはドラゴンの姿になる。漆黒の鱗に包まれたドラゴン。

 息を吸い込み、喉を鳴らす。

 ドラゴンブレスの前兆だ。

 そして、ニーナは開けた口を、死体の塊に向ける。

 白い光が口から放出され、俺たちにも熱風がやってくる。

 放出が終わると、死体の塊は完全になくなっていた。


 清掃があらかた終わると、俺は外壁に手を当てる。

 外壁を土魔法で成分のサーチすると、幸運なことに外壁の材料は全て土だった。土魔法によるリビルドが可能だ。

 次に防壁をつくる要領で、リビルドをしていく。


 俺は日本にいた時、建築業裏やリフォーム業を営んでいた……なんてことはない。八王子の工務店が出るdiy番組を見ていただけだ。

 しかし、土魔法のエキスパートとして強力な壁を作ることができる。耐衝撃、耐熱、耐震、湿度対策もバッチリ。ドラゴンブレスにも余裕で耐えられることは実戦でも実証付きだ。

 魔法としての効力が切れることを前提にして長期間持ち堪える壁を作れば、数百年だって持ち堪えられる。

 しかし、間取りだとか、人間工学的に住みやすいとか、感性工学的に人が住み心地のいい家とかはわからない。だから、元の屋敷の形をそのまま防壁魔法で作り上げる。

 上下水道もこれで再現できる。

 もちろん、それだけでリフォームが終わりということはない。


「もっとリビングを広くして」

「主寝室の流行りはもう少し狭いのよ」


 デザイン担当のニーナの意見の通りに部屋を調整していく。こいつは、本当に美しいデザインと、今売れるデザインや構成がわかっている。


ーーー


 リビングの中で、俺とゴンザレスはお互いの意見でバトルしていた。まーた、始まったよ、というような顔を遠くでニーナがしていた。


「ここの床はフローリングであるべきだ」


「タイルの方が高級感があっていいし、俺の魔法だけで済むから安く済む」


「石ばっかりの家じゃあ、足腰が痛くなるし、温かみがないんだよ」


「客は貴族なんだぞ!」


「貴族だからこそだ。あいつら、見栄えも大事だけど別荘として滞在するにしても、足腰の弱いやつらばっかりなんだ。タイル敷きは風呂場とキッチンくらいでいい。それにタイルばかりだと、高級感はあるけれど、休みに来た感覚が足りないんだ。

 どう思う、ニーナ?」


 くそっ、一人で俺を説得できない時はニーナを使いやがる。


「ゴンザレスの意見の方を私は薦めるわ。それなりの貴族なら家令も購入の際に助言するでしょうし、リゾート風にリフォームするからこそ、木目も大事よ」


 ニーナの意見は重要だ。デザインセンスは明らかに洗練されている。ドラゴン族は元々金目のものが大好きな一族で、投資先となるのは商人、土地や建物だけでなく芸術品もだ。だから、デザインセンスも磨かれており、特にその中でもニーナは一目置かれている。なぜ一緒に組んで仕事をしているか、正直俺も不思議だ。


「くそ! わかったよ! ゴンザレスの言う通りにするよ。で、なんの木を使うんだ?」


「チークだ」


 前世でも、有名な高級木材。世界三大銘木。湿気に強く、腐りにくい。シロアリも寄りつかない防虫性。そして、一度乾くと変形しずらい。


「お前ふざけんなよ! フローリングの木なんて、庭に生えている木で十分じゃねえか!

 今すぐ倒して使おうぜ、安く済む!」


「貴族はそれなりの客も来ることを想定する。安い板材なんて使って、それが他家にどう思われるか。それにそのチークを使って棚なんかも作れば……」


「目に浮かぶわ。本当に素敵ね。すぐに買い手が付きそう」


 ニーナのその言葉が、鶴の一声になり、俺は両手を上げて降参した。


 ざっと見積もって15万ゼニー分必要だ。出費が増えて涙があふれた。


ーーー


 早速、ニーナが仕入れてくれたチーク材を俺の土魔法で作った防水、耐熱、耐衝撃の床面に貼り付ける。

 床面は現代でタイルを貼り付ける時と同じ感覚で接着剤を使い、リビングのフローリングとして貼り付ける。


「馬鹿野郎! 床面に直接貼り付けたら、温度が変化した時に割れちまうだろうが!」


「俺の壁は温度変化ないだろ」


「お前の壁はな! 空気だ! 内側の空気の温度が木を膨張させるだろ。お前の壁は変わらない。だから、割れることになる。リビングに貼り付けた2万ゼニー分のチークが台無しだ!」


 そうだ、現代でもフローリングを直張りするならカルプクッション材という、床のクッション材を貼り付けていた。


「おいジジイ、俺の接着剤は特殊なやつで、接着剤で木が張り付いて取れなくなっても、ガチガチに固くならないで柔らかいままだ。だから、若干の伸縮なら大丈夫だし、この上を歩いても足腰のクソ弱い貴族様が疲れない仕様だ。そもそもチークは乾いていればほぼ伸縮しない」


 土魔法で接着剤となる低水分な粘土を作り出し、カルプクッションの代わりとなるようにしている。だから、フローリングの直張りは大丈夫なのだ。


 ゴンザレスはハッとして、頭を掻いて、


「……お、おう。すまん。別の現場に入った若い奴がやらかしていたばっかりで……って俺はジジイじゃねえ! まだおじ様と呼ばれる歳だ!」


「そうだな、謝れるうちはジジイじゃない」


「うるさい! 俺はまだぴちぴちの80歳だ!」


 人間換算で30から40歳くらいだったかな?

 ドワーフは人間の寿命の2倍くらいだったから。


「はいはい、わかったよ」


 そう言いながら廊下やリビングに板材を貼り付けていき、玄関まで来ると、ふと思いつく。


「玄関のところだけタイルにしてやろう」


 作る前に二人に相談したら許可は降りないだろう。

 だから、俺は勝手に作業を開始した。


ーーー


 一週間が経過した。

 ニーナが近くの森の中に放置された点在する腐った死体を焼却処分をして戻ってきた。


「はあ!? 何この玄関……なんでタイル……これ……魔法陣」


 驚いたニーナの顔を見て俺は満足感がいっぱいになる。


「そうだ。タイルを加工して作った。回復の魔法陣。命からがら逃げてきて、ここに足を踏み入れたら自動起動。ここまできたら死にはしない。命を狙われやすい貴族様には泣いて喜ぶはずだ。やんちゃな子供の擦り傷だって、泣き叫んで帰って来てもここで痛みがなくなるし回復魔法の発動のエフェクトできゃっきゃ喜ぶ」


「自動発動? 魔力切れにならない?」


「魔力切れリミッターは刻んでる」


「魔力が足りない瀕死の人が乗ったら?」


「発動しないけれど、別の魔力に余りのあるやつが乗れば瀕死者に流れるようにパスを刻んでる」


「魔法陣の大きさも、刻まれた術式も、魔力が著しく高くない人族にも向いている、少ない魔力でそこそこの回復が期待できる省エネ型か。それでいくらかかったの?」


「ゼロゼニー。俺が刻んだから。間違いがないように本を見ながら、何度もテストして」


 そう説明すると、にこりと笑顔をつくるニーナ。でも、目が笑ってない。


「へぇー、凄いじゃない。どのくらい時間かかったの?」


「……一週間」


「あんた! 納期のこと考えて仕事しなさい!」


「で、でも、付加価値は上がっただろ」


「納期に間に合わなかったら損するでしょ! あんたが素早く別の作業していると思って貴族向けの見学会の日程の段取りしているのよ!」


 ニーナの怒声で俺はシュンとなるけれど、やってやったぜ、イェイ、という気持ちは消えなかった。

 他の仕事急いで頑張るか。


ーーー


 ゴンザレスがゴミ溜めに、勇者が破壊した外壁のかけらを拾っていた。これらは俺の魔法のリビルドの範囲外にあった地面に転がった破片だった。


 そのかけらをじっと見ていた。


「ゴンザレス、何してんだ」


「これ、何かに使えるんじゃないか?」


 俺にそうやって勇者の聖光魔法で『魔力焼け』した石材のかけらを見せた。踏む程度では割れないが、固いものをぶつければ簡単に欠けた。


「……これ、後で庭作る時に細かく砕いて庭に撒こう」


「ここの庭、水捌けが少し悪そうだからちょうどいいな」


「それもあるけれど、これ神聖属性が強く宿った石に変質してる。魔物やアンデット避けになる」


 ゴンザレスは虫眼鏡のような鑑定効果のある魔道具を取り出して、その瓦礫を見つめた。


「本当に強力な神聖属性が宿っていやがる。クソ勇者だと思っていたけど、いい置き土産もするんだな、ガハハハ」


 そういうわけで、この勇者の作った瓦礫は庭づくりの際に砕いて再利用することに決まった。

 恒久的な魔物避けがゼロゼニーなんてなかなかの節約だ。


ーーー


 バスルームの内装のタイルを土魔法で浮かび上がらせ終わると、ニーナが俺を呼んだ。


「ゴンザレスが、この書斎のこの部屋変だっていうんだけど」


「なあ、リファ、この部屋のここ、他より壁が厚くねぇか?」


 俺は土魔法で壁の内部を探る。罠のサーチと違って、詳細に調べていく。


 すると。


「……空洞? 地下に行く階段がある」


 はめ込み型の本棚の奥に、妙な凹みがある。


 そこを押すとかちりとはまる音が聞こえた。


 ゴゴゴゴ……と音を立てて隣の本棚が横にスライドした。


 暗闇の階段。


 登ってくるのは血臭。


「うっわー……」


 ニーナの心底嫌そうな顔が横に見えた。


「これは……」


「……地下室だな」


「違うわ……」


 ニーナは鼻をつまんだ。


「きっと、拷問部屋よ」


 俺はその拷問部屋の扉を開ける。

 すると即座に迫ってくる魔物がいた。いや、魔物になった人族のなれ果てのレイス。俺は急いで土魔法を唱える。床面から魔力を乗せたアースランスが音を超える速さで突き上げて出現してレイスを串刺しにして駆除した。

 アースランスは実体自体はないレイスを貫き、さらに天井を貫通し、上のフロアで破裂音が響いた。アースランスの材質は俺が作る土壁と同じ材質である。きっと、上の階の一室は壊滅的な破壊が起きたに違いない。

 想像して、ゾッとする。目の前の幽霊よりも怖い現実が待っている。

 案の定、レイスの断末魔とニーナ、ゴンザレスの断末魔が重なる。


「ああああ! リファ! なんてことを!」


「この上の部屋は!?」


「リビング! 床はチークのフローリング板張りの!」


 なんてこった……。

 頭でチャリーンと出費額が計算されていく。

 頭の中の数字を信じたくない。


「2500ゼニー分くらい?」


「そんなわけないだろ!

 リビングには2万ゼニー分くらい使う予定だったはずだ!

 見てみないとわからんが、後で様子を見に……行きたくない……最悪だ……。

 まあ、仕方ない、急に魔物が襲って来たんだからな……」


 ゴンザレスの悲しい声がひしひしと俺の胸を貫いた。

 部屋の中を確認すると、黒くなった血染みや傷、古今東西の拷問器具が転がっていた。

 壁を確認すると、指の骨が折れるまで削ったような爪痕が残っており、よく見ると小さく文字が書かれている。


    おねがい ころして はやく ころして


 慌てて俺は目を逸らした。


 床には、血で描いた魔法陣があり、時間が経っているはずなのに、まだ黒く変色していない。


「悪魔降臨の儀式でもしていたのか?」


「犠牲者が多そうね。周りに浮遊霊を感じる。次にまたレイスが発生するかも」


「聖属性の石で埋め立てるか」


「ダメ! こういうのは別の部屋に住みつくだけ」


「つまり……」


「不動産業の最悪の価値低下……心理的瑕疵物件……事故物件よ!」


 パーティみんなの顔がどんよりと意気消沈した。


 そういう時は……クソ高いけれど呼ぶしかない。


「『福音のカーテン』を呼ぼう。あの業者の工賃は高いけれど技術は信頼できるし、作業内容は絶対に秘密にする」


 そういうふうにして、俺たちは事故物件の隠蔽を図ることにした。




 ニーナが念話で福音のカーテンに連絡して、すぐに派遣決定され、ニーナが転送で運んできた。最近うちのパーティにほぼ専属のようにやってくる、シスター『ルナ』だ。

 シスターの修道服の上にさらに白いフード付きのカーディガンを着て、フードもしっかり被っている。

 認識阻害の魔道具でも身につけているのか、顔自体は見えているのに、記憶に残らない。


「今回の知られてはいけないことは……リファさんの堕胎かしら? ところでお相手は?」


「するか!」


 思わず声が裏返る。


 ニーナが横でぼそっと言った。


「顔真っ赤だけど、本当にそういうことした自覚あるの?」


「ニーナもその話題に乗っかるな!」


 このルナは俺に妙にゲスい性的な冗談をふっかけてくる。馴れ馴れしいを通り越している。でも、最近ではもう当たり前にさえ感じるようになった。職業病かな?


「俺たちはリフォームのプロ。除霊や解呪はその道のプロに任せるだけさ。今回はあんたらの力が必要だ」


「確かに除霊もできるけど、福音のカーテンは主に貴族のお見せできない困りごとを解決する集団なの。よくあるのが堕胎とか性病治療とか」


 貴族の秘め事となる事象で呼ばれることがほとんどにも関わらず、俺たちは施工業者として手配している。費用はそれなりに高いが腕は確かだ。

 ルナの話を打ち切って、建物の中に連れて行く。


「早速、仕事の話だけど、地下に拷問部屋があって悪魔降臨の儀式をした可能性の痕跡がある」




 拷問部屋にまで案内し、扉を開けるとまた嫌な臭いが漂ってくる。

 ルナは部屋に躊躇わず入っていき、立ち止まって俺の方を振り向いた。


「……これは、紛れもない事故ですね、この物件を購入したことが」


 そうだよなー、と俺も思う。


「それに、おそらくたくさんの浮遊霊が漂っていると思うんだけど、俺たちではどうにもできないし、放置するとレイスだとかになって購入者を困らせる。それに……」


「それに?」


 ルナは俺の目を覗き込むように質問した。


「……かわいそうだからな」


 こういうことを言う柄ではないのは知っている。俺がケチくさいのに、こういうことには金をかけたりするから。だから、よく、仲間たちからは、こういうことを言うと、妙に微笑ましい目で見られる。

 実は狙ってやっているとでも思われてんのかな。


「……あなたらしいですね」


「それに、この部屋を綺麗にしてワインセラーにすると絶対にウケる。俺が住みたいくらい」


「間違ってました。あなたはサイコパスですね」


「付加価値を埋め立てるの、もったいないじゃん」




 シスタールナは部屋の入り口付近で跪き、部屋の中央に向かって両手を組む。俯き、そして聖句をつぶやく。

 はっきりと何を言っているかはわからない。

 でも、明らかに、祈りが始まった瞬間、空気が変わった。……あのふざけたシスターが祈るだけで。

 冷たい地下室が、静かに、徐々にに澄んでいく。

 まるで、ここで死んだ人間たちがやっと一息をつけたかのように。

 この不器用で空気を読めない俺ですら、尊く、神聖な何かを感じた。思わず俺は、両手を合わせた。

 光の差し込まない部屋に光が溢れ出し、上へ消えていく淡いモヤ、そして、魔法陣からは青白い炎が一瞬現れ、すぐに魔法陣ごとと消えた。

 やり終えたシスタールナは俺に振り返る。その姿は昔見た聖女サンの立ち振る舞いにどこか似ていた。

 

「迷える子羊が旅立ちました……リファさん、それは?」


 声をかけられて俺のことかと、ハッとする。

 ルナは俺の両手を合わせた形をのことを言っていた。


「俺の生まれたところはこういう風に手を合わせて死者の冥福を祈るんだ」


「リファさんは異教徒なのですね……異教徒だと知られたら……ウフフ、ここだけの話にしますね」


 ルナの一言一言が怖すぎる。

 異教徒狩りなんてものがあるかもしれないから気をつけよう。




 ルナは人差し指を2本立てた。


「今回の作業代の請求額です」


「2000ゼニーか?」


 にこりと笑っているが、違うと言っている気がする。


「はあ!? 2万ゼニー?」


 ルナは指を目の前に寄せて横に傾けてアイドルみたいなポーズを取り、満面の笑みを作る。


「20万ゼニー」


「マジでふざけんなよ!? この家の土地代と同じじゃねえか!」


「妥当でしょう? 悪魔降臨の魔法陣を周囲に被害なく解除、解呪、浮遊霊へ進むべき場所へ案内。秘密の保持」


「くぅー」


「慈善事業じゃないんですよ? でも、サービスしているんですよ? ね、ニーナさん?」


 シスターの業務が慈善事業じゃないとか、この世に神も仏もいないのか?


「普通の教会に比べれば高いけれど、腕は確かだし、私が転送するから、出張代分も割り引いてくれている」


「でしょ? 今度はリファさんが性病にかかったら治療に呼んでね。相手も教えてね」


ーーー


 物件購入費が12万2000ゼニー


 チーク材が15万ゼニー


 事故物件対応費用が20万ゼニー


 合わせて47万2000ゼニー


 販売予定価格が113万ゼニー


 予定利益が65万8000ゼニー

 

 しかし、これから次の物件購入費用のために物件購入費と残りの利益の半分をパーティ費用に入れる契約だから、


 三人で分けられる報酬は26万8000ゼニー。


 分けると取り分は約8万9000ゼニー。


 さらに減るわけだ。

 俺のアースランスでぶっ壊したリビングのフローリング分。


ーーー


 リビングの床には大きな穴が直径約50センチメートル。勢いが酷かったため、リビングのフローリング材のほとんどは吹き飛んでいた。

 吹き飛んだフローリング材のほとんどはべきべきに割れており、ここで爆弾が破裂したんじゃないかと思うような損害だ。


「チーク材を注文しないといけないな」


 俺が割れたフローリング材を拾ってため息を吐くと同時に、ニーナは舌打ちした。


「最悪ね。今、念話で業者にチーク材の追加をお願いしたら、品切れ。似たような色の木材も、代用できそうな高級木材自体もない。少し待てば在庫が回復するかもしれないけれど期待はできない。三週間後の見学会までに間に合うかどうか……」


 ここで俺たちパーティの作戦は頓挫(とんざ)した。

 しかし、作業の進捗を止めるわけにはいかない。


「ニーナは付近の空からチークやブラックウォルナットの木を探してくれ。見つけたら回収して風魔法使いに乾燥依頼を出そう。ゴンザレスは取り付け家具の作成を頼む。俺は庭園作りをする」


 俺の指示に二人は従い、それぞれ仕事を始める。

 俺は庭に行き、地面に手をつける。

 土操作をし、地面から水分を抜く。すると、地面が急激に乾く。1時間もすれば雑草が萎びていくだろう。

 あとは……。


「あの、クソでかい邪魔くさい木だ。魔族はよくこんな木を放置していたな。庭の南側だぞ。馬鹿みたいに日差しが悪くなるのに」


 俺はそう呟きながら、木の元へ歩いていくと、俺は急にバランスを崩し、勢いよく釣り上げられた。




「何やってんの、リファ。シャツまくれて胸丸出しだよ」


 ニーナが空をホバーリングするように飛びながら俺の横に近づく。


「このクソでかい木、トレントだ」


「この幹の苔の生え具合、確かにトレント、いやエルダートレントだね。ブレスで燃やすね」


「俺も燃えるじゃねえか!」


「えー、引っこ抜くの? 面倒……エルダートレント?」


「そうだよ、エルダートレント……エルダートレント!? チークより格上の木材!」


 俺とニーナの叫び声にゴンザレスが気づいて、窓から顔を出した。


「おしゃべりして遊んでないで……リファ! 職場でなんて破廉恥(はれんち)なことしてやがる!」


 そっちの方注意するの!?


「違うだろ、この木、エルダートレントだ! 魔物そのものが高級木材になるやつ!」


「テメェ、破廉恥な遊びしてないで、そういうことを早く言え!」


「だから好きでこんな格好してんじゃねぇよ!」



 俺はニーナに救出してもらい、その後、綱引きにでも使えそうな縄をニーナのアイテムボックスから取り出してもらった。

 

 力仕事は、ドワーフ族の仕事。でも、ドラゴン族には敵わない。今回、ゴンザレスはただの応援、声援係だ。


 ニーナは巨大な縄の輪を作り、それをエルダートレントに巻き付ける。

 きつく締めると、エルダートレントが枝を振るって暴れ出す。しかし、縄は枝と幹の交点に巻かれているため、エルダートレント自身は枝先は届かずもがくだけとなる。


「リファ! 出番だよ!」


 俺はエルダートレントの付近の地面だけ、水分を抜き、ボソボソの土に変える。


「ニーナ、今だ、引っ張れ! 建物の反対側に倒せよ!」


 ニーナは親指を立てて、エルダートレントを締め上げた縄を空から横方向へ移動するように引っ張る。


 すると、ボソボソの脆くなって土では、根が耐えきれず、エルダートレントはそのまま根っこごと抜かれて倒れた。


 エルダートレントは地面から抜けた瞬間、干からびていく。

 トレントは完全に土から離れると、即死する性質を持つ。

 同様にエルダートレントも即死して干からびたのだ。つまり、よく乾燥された木材となるのだ。


 エルダートレントはゴンザレスの巧みなテクニック

によりエルダートレント材、そしてフローリング材として生まれ変わる。


「やっぱり、エルダートレントは違う。チークもいいんだが、含まれる魔力で防虫性が抜群だし、艶がさらに上品なんだ。それにこれをまた何年も使い込むと、いい味わいを出す」


 ゴンザレスは加工しながら胸の高まりを俺やニーナに語る。ニーナはうんうんと頷くが、俺は全くわからない。チークとなんとなく色が少し違うくらいしかわからない。


 リビングでしか使わないエルダートレント材は大量に余った。市場に流すような話をすると、ゴンザレスとニーナは、『それを うるなんて とんでもない』とRPGのNPCの店の店員みたいに首を振った。仕方ないので、ゴンザレスとニーナ、そしてパーティ資産として山分けする。高級木材だけど俺は使い道がないし、2人のボーナスにしてやる。俺は石材原理主義過激派なんだ。




 貴族への見学会の前日。

 贅沢にチーク材を作ったゴンザレス特製の取り付け家具が既に各部屋に設置されていた。

 角取り一つ忘れられていない。丁寧な作り。


「よく間に合ったよな」


「木工スキルのおかげだ」


「それだけで満足できなくて、ヤスリがけしたり掘ってデザイン刻んでたじゃん」


 ゴンザレスは恥ずかしいそうにぽりぽりと髭を掻く。


「スキル任せだけでは、血の通った加工はできんのよ。お前にも昔、指摘したことだ」


 懐かしいな、と思う。俺も考え方がガキンチョだった。土魔法で簡単に成り上がれると思って作り上げた家がそこらにある家の形をただなぞったコピーペーストなだけの土壁の家。


「職人としての誇りのない家だ、ってよく言われたな」


「今も大してセンスねえから変わんねえだろ、ガハハ!」


「てめぇ!」


「でも、このお前の玄関の回復魔法陣のタイルのアイデア、職人らしいじゃねえか。お前並みの土魔法使いじゃなきゃ、仕上げるのに一週間どころか一ヶ月かかる。お前じゃなきゃ、とんでもねえ人件費になる。まさに、お前ならではのオリジナルだ」


 俺たちが、そんな雑談している最中、ニーナがアイテムボックスのスキルを使い、ソファやテーブルを並べていき、その上にクッションや花瓶を置いていく。

 これらは内装コーディネートの例として設置するものだ。もちろん、そのまま別料金で購入することもできる。

 内装コーディネートをすることで、この建物での生活がイメージしやすくなる。そうすると買い手が付きやすい。

 それに、思い入れのある家具を持って来たいという顧客は少なくないので、提案として見せるだけの方が嫌な気分にならない。


 その間、俺たち二人は何も手伝わない。

 むしろ、手伝うな、とニーナから言われているのだ。

 ニーナが次々に、家具を出しながら、迷うことなく設置していく姿に俺たちの声を挟む隙間はない。

 それに、設置される度に、自分たちの作った空間がさらに引き締まり、エレガンスになっていくのを、ただただ、感動して見つめるだけなのだ。

 あんなセンス俺も持ちたい。

 頑張ろう。

 そうやって、俺はニーナの後ろ姿と並べられた家具を見つめた。


 内装コーディネートが終わり、あとは明日の見学会を待つだけになった。

 ローテーションで防犯係を交代して、今日は俺が当番になる。


 リビングのソファに座りたいが、売り物になるものだから、座れないし、寝室のベッドも使えない。

 持ち込んだ寝袋をリビングに広げて、今日の寝床を作る。

 そして、俺はこっそり持ってきたワインとグラスを取り出した。

 テーブルに置いて注ぐ。

 出来上がった建物を見ながら飲む酒は格別だった。

 作り上げて、最後の防犯ローテーションの時にしか味わえない。

 満足感と達成感が、アルコールで何倍にもなる。

 この家、俺が……俺たちのパーティが作ったんだって。そして、一億円くらいで売り出すだなんて、すごいだろって。

 ぐいっとワインを飲み込み、もう一杯注ぐ。

 飲みながら、残念だな、と思うのは、この体になって酒に弱くなったことだ。

 だから、あまり飲めない。

 でも、少しくらいなら……。

 今日くらいいいじゃないかな。

 変な奴らが来ないように土魔法のドームで屋敷を包んで、ニーナやゴンザレスが来たら解除されるように設定して……。




 グラグラと揺れた。


「リファ! 大丈夫!?」


「いや、こいつ、酔い潰れているだけだ」


 揺れながらなんか開放感があるなぁーと感じる。


「え、まさか、またやったの!?」


「誰かにヤラれたんじゃなくて、普通に脱ぎ捨てて寝やがったんだ」


 心配していたニーナの顔が眉間に皺がよる。


「アンチポイズン」


 ニーナが低い声でそう呟くと、俺の酔いが覚めていく。


「やあ、……いい朝だね。売り出し日が晴れで良かっ……」


「ニーナ! 一人で酒飲むの禁止って言ったよね!」


「いや、まあ、そうだったかな?」


 ゴンザレスがソファに、コーディネートとして置いていた肌触りのいい毛布を投げてよこした。


「ほんと、その性格といい、言葉遣いに、酒癖の悪さ……どっかのおっさんじゃねえか。でも、パンツ脱ぎ捨てるのなんて俺でもしねえぞ。

 ギルドの受付嬢でもやればすぐにでもナンバーワンにでもなりそうな容姿が勿体無い……。早く服着ろ」


 俺はいつもの作業着を着ようとすると、ニーナがアイテムボックスから衣類を取り出して、俺に渡してきた。ぱっと見、テカリ具合からシルク生地だろう。

 広げると寒気がした。

 今世の両親がイベント時に着るように言ってきた類の服じゃねえか。


「いつもは、私だけで見学会の対応するけれど、罰としてリファにも手伝ってもらいます!」


「はあ? 俺、貴族への対応方法も話し方もわからないぞ! 俺の口癖を貴族の前で披露したら最悪処刑になるぞ」


「あなただけね。だから、黙ってずっと後ろに付いてきて、相手の動きを察して対応してね」


 背中に寒い風が通り抜けるようだった。

 ニーナの目が本気だった。

 これは逃げられない。



--ー


 その日を辺境伯はその夫人とともに楽しみにしていた。

 自領の目の鼻の先に作られた魔族屋敷、それが勇者により破壊され、リノベーションされて別荘として売り出されたのだ。

 売り出し価格は113万ゼニー。

 自領から忌まわしき魔族が消えただけでも、その分の価値がある。それに、あのドラゴン族のニーナ・ロベリスタがデザインを担当した屋敷だ。

 見学会には大手の商家や公爵家の者や王家も来ることになっている。それだけこの屋敷は目玉物件である。


 見学会の予約時間は近いこともあり最初の時間になっていた。

 屋敷に近づくと、屋敷の場所は半球体のドームに囲われていた。

 皆のものがどうしたものと思いながら近づくと、ドームは急にパラパラと砂となり崩れて飛んで行き、二階建ての白い壁で作られた屋敷が現れた。

 こんな出し物をサプライズでやるなんて流石一流のデザイナーは考えることが違うな、と感極まった。

 建物の形自体は魔族屋敷の形とほぼ同じであるが、壁の色が真っ黒から白く変わるだけで全然違う。

 庭もどでかい樹木があり雑草まみれだったが、それらは綺麗に無くなり、芝生となっていた。それどころか庭自体に暖かい光を感じる。

 あの、魔族の土地、魔族の屋敷を征服したのだ、と強く胸を打った。


 赤いスリットの入った東洋のドレスを着る、頭にツノの生えたドラゴン族の長身の女性、切長の目になのに優しい暖かみを感じる。女性が美しいと感じる女性の代名詞であり、稀代のデザイナー。


 ニーナ・ロベリスタだ。


 その隣には透き通るような薄緑色のシルクを用いた、袖の長いローブ風ドレス。髪には森の宝石をあしらうエルフの少女がいた。ハイエルフやそれに類する権威のある者しか着ることが許されない衣装。エメラルドをはめ込んだような、美しく大きな瞳に吸い込まれそうになる。可愛らしいのに、何故か妙に冷たい。寒気を感じるような美しさだ。見た目はまだ若いエルフ。人ならば12歳から14歳くらいに見える。確か、その年くらいならば人間と同様の年齢だったはずだ。


「閣下、この度は足を運んでいただきありがとうございます。隣の者は私の助手ですが、あまり外では活動したことがありませんので、無口な上、さらに無礼な言動をするかもしれませんが、どうぞ、ご容赦ください」


 あの稀代のデザイナーに助手?

 助手なんていなかったはずだ。

 ということは……弟子か?


 辺境伯は頷き、建物に目を向けた。


「あの忌まわしき魔族屋敷がこんなにも見た目が変わるとは……庭に不思議な温かみを感じるがこれは?」


「勇者が聖光魔法を使用した際に魔族屋敷の壁材が魔力焼けしたのですが、同時に強い神聖属性を得ていました。これを粉砕して庭にすき込んでいます。そうすることで、強い魔物避けとなりますし、もし土いじりにご興味があれば、貴重な神聖属性の薬草の成長が早くなります」


 辺境はいつも魔物の襲撃に備えなければならない。その頻度を減らせるならばすごくいい物件である。

 さらに庭師を雇って、霊薬の材料となる薬草を育てる金策をしようか、と一瞬思った。


「では、早速、屋敷をご覧になってください」


 屋敷の扉が開くと一面のフローリングが見える。色合いと艶からチークだろう。

 壁は白く、気持ちが澄むようだ。そして、視線を下に向けると、魔法陣がある。

 目を見開いて魔法陣の術式を解析すると回復の魔法陣だ。ペイントしたものか? いや、掘られている。タイル、石材を直接掘っている? 魔法陣自体は大したものではない。石を掘る、そして魔法陣を正確に刻むのは容易ではない。この大きさなら手作業なら一ヶ月以上必要だろう。手が込んでいる。

 足で魔法陣を踏むと、淡く緑色の少量の魔力を吸い取られ、馬車で疲労した腰の痛みが引いていく。


「皆様の日頃の疲れなどを癒やされるための別荘目的で建てました」


「入った瞬間の見栄えが素晴らしい。まるで王都の商家の斡旋するリゾート施設の入口かと思った。この入口の魔法陣も粋だな」


 その言葉を言うと、エルフの少女が一瞬顔が綻んだ気がした。でも、表情は……変わってない。気のせいだろう。


 辺境伯はさらに踏み入る。フローリングを歩き、リビングを見つめる。

 日当たりのいい庭からの日光が程よく差し込み、セットされたソファに横になりたくなる。

 リビングのフローリングを歩くと、先ほどのフローリングと若干違う。しかし、先ほどのフローリングよりも上等な艶がある。


「まさか、エルダートレントか?」


「閣下、お目が高い。エルダートレント材が少量ながらツテから入手できましたので、贅沢にリビングに使いました」


「これは、自分自身が使っても気分がいいが、客にも自慢できるな」


 エルダートレントはなかなか市場には出回らない。ほとんどが市場に流す前にツテに行ってしまうから。その方が高く買ってくれることも多い。


 案内されるまま、バスルームや主寝室、ゲストルームを見ていく。どれも洗練されているし、建て付けの家具も細工が丁寧で、職人の腕の高さを感じる。

 そして、壁もまた頑丈だ。

 拳を当てると金属のような硬さを感じた。

 大理石か?

 いや、まさか御影石……?


「こちらの建物の壁は昔、勇者パーティに所属していた土魔法使いが修繕しています。独自の石材です。私のドラゴンブレスにも耐えられます。試しましょうか?」


 魔王討伐に向かっている勇者たちか。

 確か、言葉遣いの汚い土魔法使いのエルフの少年か。

 あの子と勇者はそりが合わなくてパーティから追放されたという噂を聞いたことがある。

 しかし、彼が抜けて侵攻が遅くなったと聞く。

 ふと、エルフの少女の方を見る。

 まさか、な。


 書斎に入ると内装もまたセンスがある。ここならば仕事が進みそうだ。いや、休むための屋敷だ。それではこの棚に何を置くかな。

 そこで、ハッとした。

 自分自身はもうこの屋敷を買うつもりでいる、と。

 無性に、この屋敷に住みたい、そう思わせるのだ。


「閣下、もうお気づきですか?

 こちらは仕掛け扉になっております」


 ニーナ・ロベリスタは棚の奥にある凹みを指差す。

 押すように勧められた辺境伯はそのスイッチを押す。

 カラカラカラと音がどこからか鳴り、隣の棚が横に移動していく。


「この階段の奥に隠し部屋があります」


 からくり仕掛け扉の次は隠し部屋。

 一体何の悪さをさせようとしているのか、と一瞬、辺境伯は思った。


 階段を降りていって、扉が開け放たれた。

 少し涼しく、湿度もやや高い感じであるが……。

 空気が澄むはずがないのに、空気が澄んでいた。

 なんというか、神聖な、まるで聖歌隊の歌を教会で聞いているような気分になる。

 そして、何より……。


「地下ですので、通年を通じてこの温度を維持できる構造になっています」


「いや、そんなことではないだろう! ここの板、全てエルダートレント材ではないか!」


「そうです。この秘密のエレガントな空間を知っている者にしか味わえません」


 悪ふざけにも程がある。

 貴重なエルダートレント材だぞ。

 いくらなんでも……この空間、何に使うんだ?


 辺境伯が困ったような顔をした時、エルフの少女が口を開く。


「ここは……拷問部屋でした。さらに、悪魔降臨の儀式の跡もありました」


 まさか、と目を見開く。

 そして、ニーナ・ロベリスタはぴくりと顔が固まるが神妙な顔つきになる。

 エルフの少女は説明を続けた。


「それで、ここは、福音のカーテンのシスターを呼んで、解除や除霊、祝福をしてもらいました。その後で壁は一度破壊し、再度壁を作り直し、エルダートレント材で囲みました」


 あの秘め事の隠蔽で定評があるシスターの集団か。確か、勇者パーティの聖女の姿もあると噂の……。それで、この妙な神聖な雰囲気か。


「黙っていればわからなかっただろう?」


 あえて、それを伝えた理由、それはなんだろうか。


「あの、おれ……いえ、私どもは、そういった商売はバレた時に信用をなくし、多大な損害が発生すると考えます。純粋に、福音のカーテンは、高度な技術を完璧にこなす特殊な施工業者として見ています」


 馬鹿正直なエルフの少女かと思えば、なかなかいい考えを持っている。金も大事だが、信用こそが世の中を回す。

 信用のない奴なんて雇わないからな。


「だから、これだけのエルダートレント材に、元勇者パーティの土魔法使いを使って、この売り出し価格か。

 で、なんで、この部屋を残した?」


「あの、単純に、ワクワクしませんか?」


「……どういう意味か説明したまえ」


 鈴のなるような声の持ち主が、変なこと言ってしまったと後悔するような顔をした。


「仕掛け扉の豪華な隠し部屋……。(おとこ)……男性なら、男の子ならワクワクするな、と思います。セーフルームとしても使えます。板材の外側は全て頑丈な壁で囲んでいます。

 でも、どうせなら……例えば、どうでしょう、専用のワインセラーとして使いませんか?」


 その提案。面白いと思った。はっきりと言って、無駄な部屋だ。豪華さも、あえての隠し部屋だっておかしい。

 そこに、金でも秘密でもなく、ワインを置いて、ただ自分のために楽しむ部屋にする。それも元拷問部屋だったものを。

 馬鹿らしいけれど……。

 神聖な雰囲気を纏ったこの部屋は、むしろ、聖堂としても完成しているようにさえ感じ、大いなる何かがここにいる者たちを守ってくれているような感じすらある。


「ロマンの詰まった部屋か……面白いものだな。気に入ったぞ。美しいエルフの少女」


 着飾れたエルフの少女は恥ずかしそうに顔を下に向けた。そういうお年頃なのだろう。


「買おう。契約書を持って来てくれ」


「閣下、まだ他の見学者もいますので即時契約はできません。購入希望ということで受け取ることはできます」


「わかった。その書類を持って来てくれ」


「リビングでお待ちしてください。そこで……」


「いや、ここで書きたい。このロマンの集う部屋でな」


ーーー


 見学会の結果は良好だった。

 特にこの領の辺境伯は即日購入すると言って、書類をせがんだくらいだ。


 一週間後、俺らのパーティはあの屋敷に集まった。

 売買した結果をニーナが教えてくれて、その場でちょっとしたパーティを開いてくれるということになった。


 到着した俺とゴンザレスに、ニーナはアルコールの弱い炭酸ワインをグラスに注いで渡してきた。

 アルコールは弱いけれど甘くて美味いやつだ。キンキンに冷えていて、すっきりする炭酸もいい。

 喉の渇きを感じて、俺はそれぐいっと飲む。


「結局なんだけど、一番ここを買いたがっていた辺境伯は辞退して、王家が買うことになったわ」


 王家が買うって言っているところを辺境伯が、『いやいや俺が買う』とは無理だろうね。

 少なくとも建設的なお話し合いが行われたに違いない。建物をめぐる話だしね。


「でね、王家は勇者パーティに使わせるために購入したんだって」


「はあ!?」


 不満げな俺の声を無視して、ニーナは話を進めた。


「勇者パーティーが疲労、消耗が激しくなったため、改めて予算を捻出して、魔王領に近く、それなりに良い施設の提供するそうよ」


 あいつら、そんなに軟弱だったか?


「今まで足りていた予算では足りなくなったみたいでね。無理して倒れる人が増えたみたいね。

 誰かさんがパーティ運営のために頑張ってケチしてくれないからかな?」 


「誰のことだか。勇者たちの金の使い方が下手くそなんだろ」


「まあ、それで、辺境伯が見学会の日に購入希望出してくれている中、王家は同じ日で希望しなかったじゃない」


 ニーナはグラスに口をつけ、そして、にこりと悪い笑みを作って話を続ける。これは金の亡者が火を吹いた時の顔だ。


「王家だから、勇者だから優先するのは筋違い。あなた方に売ったら、最前線で魔族や魔物と戦ってきた辺境伯がどう思うだろうか。謝罪に行く私たちがどうなるのか考えたことあるのか、と説明したの」


 結構王家にグイグイいくな、と思う。


「それに、心理的瑕疵物件のことを伝えたの。私たち、王国すなわち、王家の運営している王国が、私たちに悪魔降臨儀式をしていた部屋があるにも関わらず、何も説明がなかったの、どういうことなんでしょうね、って」


 そのとおりだ。

 王国が販売した建物なら確実に確認するはずだ。

 あまりの廃墟っぷりに確認しなかったのかもしれない。でも、それは規約違反だ。


「王家側で辺境伯には話を通してくれて、私たちからの辺境伯に対する詫び金などを含めて、163万ゼニーで売れたわ」


 俺は理解が追いつかなかった。

 163万ゼニー、日本円にして1億6300万円。

 当初の売り出し価格は113万ゼニー。

 50万ゼニー上乗せ!?


「売り出し価格の1.5倍くらいで売れたのか?」


「そう、沢山指摘のサービスしてあげて、値上げしてあげたのよ」


「ナイス!」


 俺は空いている片手でニーナの手にハイタッチをする。


「勇者の野郎のために、勇者が壊した家を買い取るのか! マジで最高だよ!」


「しかも、相場の約1.5倍の高値でね」


 勇者の野郎どもが快適な休憩をしている時に、その屋敷を俺がリフォームしたことを知れば、きっと奴らは虫唾が走ることだろう。

 そう思うと、もう一杯お酒を飲みたくなる。ゴンザレスの手元にある炭酸ワインを取ろうとすると、ゴンザレスが勢いよくワインボトルを手に取って遠ざけた。


「お前、酔っ払うと素っ裸になるやつに、昼間っから何杯も飲ませられるかよ」


 ゴンザレスがそう言ってガハハと軽快に笑う。

 

 ゴンザレスの腹を軽く叩き、そしてゴンザレスにもハイタッチする。


「今回もありがとうな。お前らがいないと、売れる家は作れない」


「なあーに、利益がでかいのは、うちのケチ担当のお陰さ」


 ゴンザレスが炭酸ワインを俺のグラスに注いだ。


「てめぇ、残り少ねえ髪の毛引っこ抜くぞ」


「ドワーフは髪に未練なんて持たないんだよ、ガハハ!」


「はいはい、それくらいにして、今回の売り上げに」


 ニーナがグラスを掲げる。それに合わせて俺とゴンザレスがグラスを掲げた。


「それと次はリファが裸で酔い潰れないことを祈って」


 ゴンザレスが、ぶふっ、と笑う。うるせぇよ。


「乾杯」


 俺たちはグラスを互いに軽く当てた。


 その音は祝福のベルのように屋敷の中に響いて消えていった。




【今回のリザルト】


出費内約


 物件購入費(土地付き)

 12万2000ゼニー


 材料購入費

 チーク材 15万ゼニー

 エルダートレント材 0ゼニー

 その他消耗品 2000ゼニー


 事故事由除去費用

 シスタールナ派遣費用 20万ゼニー

 (出張代、お得意様及びお友達割引込み)


 謝罪金

 辺境伯への詫び金 30万ゼニー


 合計出費

 77万4000ゼニー


最終販売価格

 163万ゼニー


確定利益

 85万6000ゼニー

 (日本円で約8560万円相当)


パーティ資金への持ち越し

 42万8000ゼニー


一人当たりの利益

 約14万2600ゼニー

 (日本円で約1426万円相当)

 感想など頂けると今後の参考になりますので助かります。


 tsエルフものとゾンビハウスのような話を書きたいなと思って書きました。

 楽しんでいただけたら幸いです。


追伸

 誤字脱字報告や評価、ブックマークなどありがとうございます!

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面白かったです。 主人公ちゃんの性格に難ありで、追放されても仕方ない部分があるところが特に良かったです。
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