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落第ドワーフの魔晶鍛冶記

作者: 満月丸


「お前のような落ちこぼれが、この工房の敷居を跨ぐなんざ許されねぇんだよ!」


 バラバラと眼前に投げ捨てられる、自らが作った武具。

 異種族から見れば一流のそれは、されどドワーフから見れば落第点もいいところ。

 しかし、自らの作品がそのように扱われる理由などない筈だ。歯を食いしばり、捨てられた武具を前に膝をつく。

 それを笑うのは、工房主の弟子達。そして自身にとっての、兄弟子達。

 ドワーフらしく品のない笑い声を上げる連中は、唾を吐きながら言い捨てる。


「ジス、お前は鍛冶師には向いていない。いい加減、諦めて国を出ろ」

「親方にゃぁ、お前は逃げたと言っとくぜ。二度とここに顔を見せるなよ! ドワーフの恥晒しが!」


 ぞろぞろと去っていくその背を見送ることはなく、彼は火のような熱を感じながらも、泣き言を漏らすことはない。否、そんな無様は許されない。

 されども、彼に鍛冶の才がないことも理解している。持ち主を選び、強大な力を与える魔剣など、作ることすらできない。そんな事はわかっている。


「……負けるかよ」


 ドワーフの男として、鍛冶屋の息子として生まれた身で、哀れな悲劇に酔って鎚を捨てることだけは、自らの矜持が許さない。


 彼は、顔を上げた。

 自らの作品を手に抱え、この国を出る決意をした。

 確かにここは、鍛冶師にとっては素晴らしい国だ。だが、それ以外の者にとっては、そうではない。

 鎚を握ることを諦めるつもりはない。彼は新たなる道を、既に耳にしていた。


「……エルフ。兄者が言っていた通りなら、そこで新しい鎚の振るい方がある筈だ」


 そして、彼は立ち上がった。

 既にその赤い眼差しは、新たなる地へと向けられていた。



◇ ◇ ◇



 人間達の国であるラザト王国には、一人のグータラなドワーフが居る。


 王宮鍛冶師の工房に出入りしている新米鍛冶師に、そう教えてくれたのは話好きなメイドの一人だった。


「昔はすっごい鍛冶師だったらしいけど、それももう何十年も前の話らしいわよ? ま、ドワーフにとっちゃ、数十年前もちょっと前、程度の感覚かもしれないけど」

「はぁ、亜人の方って随分と長生きなんですねぇ」

「そりゃそうよ、この国に新しい文化を持ち込んでくるのって、大抵は別の国から来た旅慣れた亜人くらいだもの」

「普通の人間はここには来れないらしいですもんねぇ」


 休憩時間、使用人たちの雑然とした食堂で、新米鍛冶師のダイアンはスプーンを動かしながら考えた。

 鍛冶師の工房長は件のドワーフのことを散々扱き下ろしていたので、あくまで噂でしかないのだろう、と。だって本当にすごい人なら、この半年の間に工房へ一度も顔を出さない等、ありえない話しだ。

 おしゃべりメイドさんはペチャクチャと話を変えながら、次々と話題を提供してくる。その舌の回り具合は真似できそうもないな、とダイアンは感心した。


「それはそうと、なんかドワーフの国から使者が来るそうじゃない。例のグータラ親方と違って、凄い魔剣とか作ってくれるのかしらね?」

「魔剣ってとんでもなくお高いらしいですからねぇ。その製法を見せてくれるのなら大歓迎ですけど」


 件のドワーフは、魔剣を作れないらしい。らしいのだが、人間でも上質な武具を作り上げられる製法を記し、それをこの国に持ち込んで広めた。

 今や、彼の広めた製法が、この国での武具の基本形だ。だから、彼へ一定の敬意を持つ人間はそこそこ居る。特に上の世代ほどその反応は顕著になる。

 とはいえ、もう何年も鎚を振るうところを見ていないらしいので、その腕前が錆びついているのではないか、とダイアンはぼんやりと思った。



◇ ◇ ◇



 この国は、魔境と呼ばれる森林に囲まれた小国だ。


 伝承によれば、どこぞの国から追放されたご先祖様達が、魔の森を切り開いて国を興したらしい。周囲四方が魔物だらけの魔境であるが、教会が結界を持続することで、今日まで平和を享受できている。

 されども、他国との流通がほぼ見込めない陸の孤島であるので、異文化が入りにくく、新しい技術を入手できない。魔の森を踏破できる案内人を引き連れた高レベル冒険者や、或いは人並み外れた力を持つ亜人くらいしか来訪者がいないのだ。


 だからか、ドワーフ国の使者という新たなる来訪者を、大いに歓迎した王宮では、どこか浮ついた空気が漂っている。

 それは工房も同じで、張り切った工房長が一等素晴らしい武具を用意しろと鍛冶師達を働かせている。当然、新米のダイアンはまだ一人で炉を使えないので、ほぼ放置という有り様だ。


「はぁ~あ、鎚すら振るえないなんて退屈過ぎて死んじゃいそう」


 元は貴族のご令嬢として育ったダイアンだったが、何をトチ狂ったのか武具の魅力に取り憑かれ、鍛冶屋の真似事を始めて数年。王宮の門戸を叩いて土下座せんばかりの勢いで末席に迎え入れられたのは良いものの、周囲から浮いているのが現状だ。

 力仕事が主な男社会の工房で、女というだけで敬遠されているのは、嫌でも理解できた。


 今日も爪弾きにされ、しょぼくれながら王宮の裏庭を探索する。

 そして庭の茂みの間に丁度よい木陰を見つけ、意気揚々とそこでゴロゴロを満喫していると、不意に誰かの荒々しい足音が聞こえた。


「……あんだぁ? なんでこんな場所にチビスケが寝てやがるんだ」


 ご令嬢らしさゼロの現状に思わず謝罪しようとしたが、相手の容貌に思わず口を開けて固まる。

 編み込まれた茶色いボサボサの髪に、同じように紐で括られた長い髭。胴長短足だが筋肉が隆起したずんぐりとした体躯に、炎のような赤い瞳がこちらを訝しげに見ていた。


「ま、まさか、ドワーフ親方さんですか? 珍獣よりレアだと噂の?」

「珍獣?」


 しまった、失礼だったか、と思わずヒヤッとしていれば、次にドワーフは呵々大笑し、髭を梳いた。


「ここの連中は格式張った物言いばかりする連中だが、随分とおもしれぇ言葉を使うじゃねぇか、チビスケ」

「うわ、失礼しました! ええと、こんな場所でこんな格好で申し訳ございません、お見苦しい姿をお見せしたようで……」

「ああ~、良い良い。俺の前でそんな堅苦しい所作はやめろ、見てるとケツがむず痒くなってくる」

「は、はぁ……」

「それにお前、鍛冶師だろ? その格好で女にゃ見えねぇが、真剣に向き合ってる腕だ。悪くない」


 そう言われ、ダイアンは自身を見下ろす。ボロい作業着という貴族らしからぬ姿だが、腕は火ぶくれが何度もできて癒えた痕がいくつも残っている。掌も無数の豆ができていて、固く無骨なものだ。

 令嬢とは思えないと言われたことよりも、鍛冶と真剣に向き合っていると言われて、思わず照れて後ろ頭を掻いた。


「え、ええっと、ありがとうございます! 初めてそう言われました!」

「女で鍛冶師は珍しいだろ、よく親御さんが許可したな」

「はい、物凄く泣かれました! 親不孝なのは重々と承知しているんですが、でも、この道を進みたくてここまで来ました!」

「ふん、本当に親不孝モンだな」


 ドワーフは少し考えたように虚空を見上げてから、王宮を眺めてポツリと呟いた。


「……そうか、ゾルタン達が来るんだったな。それで、少しでも見栄えの良い武器を作るために必死こいてるってわけか」

「あ、そうみたいですよ。だから私は適当にそのへんで過ごしてろって感じで。なので、全力でゴロゴロしてました!」


 ほぼ戦力外通告の放置だ。武器の部品は作れるし、刃を研ぐのは得意だが、それすらやらせてはもらえなかった。ボロの作業着を与えられたりと、実は冷遇されているのでは、とちょっぴり考えていたりする。


「ふん、ここ十年で匂いが変わっちまったな。嫌な停滞期だ」


 後ろ頭をボリボリと掻いてから、ドワーフはいたずら小僧のようにニヤリと笑った。


「どうだ、チビスケ。俺の隠れ家の工房に来るか?」

「か、隠れ家!? しかも工房!?」

「前にレギンの奴の許可取って作ったんだよ。最近はずっと籠もりっぱなしだったから、ちょいとむさ苦しいかもしれねぇが、来るか?」

「行きます!!」


 即答する相手にドワーフは笑い、ポンポンとダイアンの頭を叩いてから向こうへと足を向けた。ご令嬢相手に失礼にも程があるが、しかしダイアンはそういう気安さが好きだったので、むしろ笑顔である。


「そういえば、親方さんの名前って何ですか? あ、私はダイアンって言います。姓は名乗れないので、ただのダイアンです!」

「ダイアン? ダイはともかく、アンって付けるとナヨっとした名前になるな、お前にゃちょいと不似合いじゃねぇか?」

「そうですか? むしろ男っぽい名前だと思ってますけど」

「ダイアンよりダイの方が強そうに聞こえるぜ。そっちにしたらどうだ」


 人の親が名付けた名前を指して不似合いだのと、貴族社会であればまず言われない失礼極まりない暴言だが、ダイアンとしては忌憚なき意見として新鮮に聞こえた。


「じゃ、ダイって呼んで下さい! で、親方さんはどんな名前なんですか?」

「俺か? フルネームはジスドラケン・グル・ムスエドラ・ヴェグ・フーゲル=ベルドだ」

「この国の王族よりも長い名前ですね」

「そうか? ドワーフでは一般的な名前だぞ。お前らの言葉に変えれば、フーゲル部族のベルドの街で生まれたムスエドラの息子、ジスドラケンって意味だぜ」

「なるほど、ドワーフの地名を頭に叩き込んでおかないとほぼ意味不明ですねぇ」


 そんなことを雑談しつつ、ジスドラケン……彼曰く、長いのでジスと呼べ、とのことだ……の隠れ工房へとたどり着き、ダイアンは歓声を上げた。


「うわぁ~~!!! 工房でも工房長しか使えない特大の炉が……! それにこの鎚! 素晴らしい一品ですねぇ!! あ、こっちには魔鋼インゴットがこんなにたくさん!! まるで天国です!!」


 感極まるダイアンだが、普通の貴族から見れば薄暗くむさ苦しく埃っぽい工房でしかない。臆しもせずにキラキラとした眼差しで道具を見る姿に、ジスは頬を緩めていた。


「魔鋼のことは知ってるのか。見習いなのに」

「流石に魔剣の素材は知ってますよ! それに対魔装備として優秀な性能があるってのも聞いてます!」

「そうだな、人間の名匠が打てば魔法や魔物の攻撃に対しての最高級武具になり、ドワーフの名匠が打てば魔剣となる。持ち主を選び、様々な恩恵を与える魔力を帯びた武器にな」


 魔剣とは、つまり持ち主へのパワーブーストや、時には魔法などの不可思議な力を無償で与える素晴らしい一品なのだ。修練の果てに魔術師が習得する魔法よりも強力な力を容易に与えるというそれは、人間のみならずドワーフであっても欲しがる代物。

 当然だが、ダイアンでは逆立ちしても手が出せない。


「親方さんは魔剣を作れるんですか? 是非とも見せてもらいたいんですけど!」

「悪いが、俺ぁドワーフの落第者でな。魔剣なんざ絶対に作れねぇんだ」

「え、そうなんですか?」

「ドワーフでも、才能がない奴ぁいるんだよ」


 言葉は暗いが、発する当人は平然としている。受け入れている、とも感じられる。

 失言だったかな、とダイアンが困っていると、ふと目にしたそれが気になって声をかけた。


「あの、そこにあるスペースは、何なんですか? 石工用の作業スペース?」


 小さなテーブルと椅子に、幾つもの工具が置かれた場所。無数の大きな石塊が転がっているそれを指させば、ジスは少しだけ無言になってから、肩を竦めた。


「そうだな、ここで見ることは秘密にできるか? 余計な質問もなしだ」

「秘密にできます!! 契約でも血判状でもなんでも書きます!!」

「いや早い早い、即断即決すぎんだろ」


 好奇心の塊のような少女に、ジスは呆れながらも席について、鎚を手に取る。

 そして、近場に置かれていた拳大の石塊……ただの砕いた石のようなそれをテーブルに置いて、


 ――不意に、歌い出した。


 抑揚のついた、静かな音。

 その異国の言葉はダイアンには理解できなかったが、不思議と耳心地よく響いた。


 カァン


 と、気づけばジスは鎚を振るい、工具で石を砕いていた。


 次の瞬間、砕いた岩の中で光るものが集い、一つの宝石のような塊になっていた。

 ダイアンが目を見張る中、次の岩を手にしたジスは、歌ながらも次々と鎚を振るう。

 一撃一撃はゆっくりと、まるで何かを見定めるように。

 そして、その度に石の中から光る宝石が生み出されるのだ。


「……っと、こんなもんか」


 ある程度の作業まで行えば、ジスは息を吐いて鎚を置いた。

 宝石のような、真円のそれを手に取り、光に掲げるように赤い瞳を眇める。


「不純物は少ないな、良い輝きだ」


 ほれ、とジスは宝石を投げ渡し、慌てて受け取ったダイアンは、それを覗き込んで目を見開く。


「石の中で、赤い炎が揺らめいているような……」

「そうだ、綺麗だろ?」

「……はい、文字が浮かんでますね。なんだろ、不思議な、輝くような一瞬の文字がいっぱい……」

「……なんだと?」


 ダイアンの言葉にジスは反応し、思わずダイアンをまじまじと見た。


「お前、その文字が見えるのか」

「え、はい。見たこともない文字ですし、一瞬しか見えないし、次々と浮かんで消えるんで読めないですけど」

「……いや、いや、それでも十分だ。まさか人間でその才能を持つ奴がいるとはなぁ」


 頷くジスは、ダイアンへ向き直って、問いかける。


「お前、鍛冶師の才能はあんまりねぇだろ」

「えっ……!! い、いやだなぁ、期待の新人ってことで目をかけられてるんですよぉ、これでも!」

「嘘こけ、それならこんな場所で油なんざ売ってねぇだろ……なぁダイ、お前にその気があるのなら、俺の弟子になるか? もちろん、俺も鍛冶師としての腕はあまりよくはないが、この技法を合わせた武具は新しい時代を作れると信じている」

「新しい……?」



 ……そうして、ダイアンはジスの話を聞き、一晩悩み、そして決めた。


 ――彼の弟子になる、と。



「いろいろ考えましたが……確かに鍛冶師として大成できないのは薄々と感じてました。女の身だと、どうしても体力的にも力的にも男性に劣ってしまう部分はある、と。親方さんの言う【魔晶鍛冶師】も、道の一つだと思いました。だから、私に晶師としての技量を教えて下さい!」

「……いいぜ、ただし俺は優しく丁寧になんざ教えられねぇ。目で見て盗むくらいの意気込みを見せてみな!」


 そのような流れで、ダイアンは本来の職場そっちのけでジスの工房に出入りし、教えを受けることになった。


「これは、東のエルフ共が魔道具を作る上で使う技法でな、呪歌を用いて魔力を物へと込める……んだが、まあエルフ以外はそんな神業はできん。だから、よく似た別の技になっちまったが」

「へぇ! エルフさんの技なんですねぇ! 初めて見ました! で、どうして宝石が出てくるんですか?」

「いいか、昔っからドワーフはすべての鉱石には魂が宿ると信じていた。これは間違いだと俺は思うが、ある一点では真実だろう。すべての鉱物には炎のようなもの、エネルギーが宿っていると考えられる。魔晶鍛冶師は、そのエネルギーを取り出して宝石に加工する、形あるエネルギーを作り出すんだ。よく見とけ」


 百聞は一見に如かず、目の前で実践されるそれを見て取り、ダイアンは全ての工程、その動作一つに宿る意味を、教えを受けながら理解していった。

 エネルギーは宝石によって色や形が違い、その鉱石の土地に由来して貯められる属性が変わる。熱の強い地方ならば火、河原にあれば水、陽が遮られる山間には風、稀に落雷によって雷のエネルギーが宿る石もある。

 それらエネルギーには様々な特性があり、その正しい特性を把握せねば上質な武具とならない。壊れてしまうのだという。


「形にできるエネルギーの量には限りがあるから、魔剣と違って容量制限があるのがネックだがな。それと石の中の文字は、俺やお前のような才能ある奴しか見えねぇらしい。その文字を理解し、呪歌として歌うことで石として取り出せる」

「へぇ、エルフさんの使う呪歌ですか。じゃあ親方さんは魔道具も作れるんですか?」

「いや無理だ、俺らが作ってるのは魔道具なんていう上質な代物じゃねぇさ。所詮、いいとこ取りの半端な技術。だが、世界に広めるにはこれくらいで十分なんだ」


 エルフの魔道具は万能すぎるから逆に危険なんだ、とジスは語る。

 確かに、強力な魔道具一つで都市が一つ壊滅するくらいと言われれば、危険すぎて外には出せないだろうな、とダイアンでも理解できた。外に出すのなら少し不便なくらいが丁度いい、らしい。


 ジスの教えを受け、ダイアンもまた鎚を手に武具を作り、そして宝石……魔晶を作り出す技術を吸収していった。最初は失敗ばかりだったが、半年もすればようやく小指の先程度の大きさの魔晶を作り出すことに成功したのだ。

 ダイアンにとっての大きな一歩、その喜びも一入であった。



◇ ◇ ◇



 ダイアンが元の工房のことをすっかり忘れていた頃、王宮では他国からやってきたドワーフが迎えられ、工房にてその鎚を振るっていた。

 工房長も含めた鍛冶師たちは常に恐縮し、やや高慢ではあるがドワーフの名匠らしく素晴らしい一品を次々と作り出す彼らの存在に、畏敬の念を寄せているほどだ。

 他国の親善大使の名匠、ゾルタンという名のドワーフは、この地に眠るかもしれない未だ未知の鉱石の情報を求めていたのだが、森に囲まれたここでそれらしき品物を見つけることはなかった。


「結局、無駄な鎚振るいだったか……」


 思わず、ため息混じりにドワーフの言葉が出てしまう。

 ドワーフの王の命でここへやってきたが、大した戦果もなく戻るのは癪に障る。ドワーフの王宮鍛冶師の座を得るべく日夜、魔剣などの成果を披露せなばならない身だというのに、無駄な時間を使わされた気分だった。

 それに、ここの連中は鍛冶師としての腕は悪くないが、大して良くもない。他国の人間の国に行けばそこらで見つかる程度の連中だった。目を見張るような技術もない。

 気になる点はあったので、工房の主へ尋ねてみるが、


「……おい、工房長。なぜお前たちは制作手順の中で、柄部分にこんな無駄な構造を入れていやがるんだ? まるで何かを嵌め込むような穴があるが」

「え? ……いやぁ、何故でしょうね。私がここの工房長になった頃から既にあったものでして」

「昔から? なんだそりゃ」


 と、なんとも要領を得ない。

 ドワーフの名匠からしてみれば無駄な装飾はお気に召さない部分だが、所詮は他国のことだ。さして気にもせずに話を流して終わった。


「……ゾルタン師! 魔物の身体から、こんな石が……!」


 そこでドワーフの徒弟より報告があり、その不思議な鉱物を手にすることになった。

 聞けば、ここの魔物の体には鉱石を作り出す特性があるらしく、眼前の白く輝く鉱物もまた、不可思議な魔物の一部だという。


「ふむ……この輝きは魔力か? 工房長、こういう鉱石は在庫にどれだけあるんだ?」

「え? いえ、魔物の一部なんて気持ち悪いじゃないですか。取っておくなんてしませんよ」


 このトーシロが、とゾルタンは思いっきり舌打ちした。

 どうして未知の鉱物が目の前に転がっているのにそれを調べないんだ、とドワーフとしては物申したいが、人間へ怒鳴りつけても無意味ではある。そもそも、この国は結界のせいでやや平和ボケしているキライがある。需要がないのであれば、調べる意欲もわかないのか。

 ともあれ、降って湧いた未知の鉱石を調べ、ゾルタン一行は予想外のそれに目を爛々と輝かせた。


「魔法銀に近い性質だな、粘度もあるが、冷えれば鋼鉄並に硬い。それに、夜の時間帯じゃなけりゃ鍛えられねぇとは、珍妙な」


 この広い世界ではたまにあるのだ、そんな暴れ馬のような珍奇なじゃじゃ馬が。

 研究次第では新たな素材になると判断したゾルタンだったが、ある日、暗い顔の人間たちに呼ばれて王の元へ参じることになる。


 硬い顔の国王、レギンは、なんとも言えない口調で告げた。


「魔の森より魔物の噴出が確認されつつある。このままでは直にスタンピードが発生するやもしれん」


 魔の森の磁場により魔物が大規模に増殖し、森より出て周囲を侵略する現象だ。数百年前に一度だけ起きたというそれが再び起きようとしており、それに結界が耐えられるかはわからないという。

 今ならまだ帰国できるかもしれない、というレギン王へ、ゾルタンはしばし考えた後に断り、そのまま工房で鎚を振るった。

 未知の金属が産出する利益が目の前にあるにも関わらず、危機に身を投げ打たずに逃げ帰る、そのような意気地なしはドワーフとして嘲笑の対象だ。

 ゾルタン達は瞬く間に名品と呼ぶべき武具を作り、魔剣を腕の立つ人間へ与えた。もちろん魔剣に気に入られる人間は少なかったが、それでも超常の力を得た人間たちには希望が灯った。


 そして数日後、予想よりも早く魔物の噴出が始まる。


 最初はまばらだったが、徐々に数を増やし、休みなく魔物たちが湧き出てきて人々は交戦を余儀なくされた。魔剣持ちが時には炎を、時には岩をも砕く力を振るい、次々と魔物たちを屠っていった。

 だが、その人数は決して多くはない。

 ゾルタン達もまた打って出て前線で戦うも、黒い波のごとく緩まない群れの勢いに、徐々に後退を強いられる。城壁へ籠もり、壁に取り付くおぞましい魔物共を切り捨てる現状はまさに背水の陣であった。

 それまでは被害が軽微であったが、ここまで来ると徐々に負傷者も増えてくる。

 故に、王国は一つの判断を下すらしい。


「……まさか、ここまでのモンとはな」


 負傷により前線から離れたゾルタン達は、王城で謁見の間にいた。

 重鎮たちは皆、一様に暗い顔をし、頭を抱えて絶望に打ちひしがれている。長らく平和であったため、この国の軍事力は決して高くはない。


「……もはや、後はない、か」


 レギン王はため息を吐いてから、人を呼んだ。

 謁見の間へ入ってきたその人物を目にして、ゾルタンは思わず目を見開く。


「お前、は……」

「……ん、おお! 兄者じゃねえか、久しぶりだなぁ」


 呑気そうな赤い瞳のドワーフは、ニヤッといたずらっ子のように笑みを広げた。

 その隣の少女は、せかせかと動いては木箱を搬入して、その蓋を開いている。


「ドワーフ国での国家鍛冶師になったんだってな。おめでとうさん」

「……かくいうお前は、こんな場所で何してやがる。まさか、まだ鎚を持ってんじゃねぇだろうな」

「ドワーフの癖に鍛冶の才能が無いから、そんな半端な武器を外に出してちゃドワーフの名折れってか? かっかっか! まぁ確かにな」


 かつての悲壮感など欠片も見せず、赤目のドワーフ、ジスは宝石と石ころの箱を開けている少女へ手を伸ばす。


「ダイ、一個」

「え、パフォーマンスなんてしてる暇あるんですか?」

「しなきゃ納得しねぇだろ」


 ジスは石塊を一つ受け取り、それを手のひらで弄んでから、取り出した鎚を手にする。

 そして朗々と歌をうたい、まるで祈るように目を伏せ、


 カァン


 と、岩を砕いた。

 そして砕けた石ころの中から現れた赤い宝石に、ゾルタンは目を剥いた。


「お前……それは、まさか魔力の塊か!?」

「兄者に言われて工房を追い出された、俺なりの回答だよ。何も武具を作ることだけが鍛冶の全てじゃねぇんだ。エルフの魔道具、ドワーフの鍛冶、それらが上手く噛み合わされば、その力は一点だけ、魔剣をも超える」


 ジスは手にした宝石、真円を描くそれを、ダイが渡す武器の柄に嵌め込む。

 と同時に、武器は赤い輝きを宿し、一つ振るうと一陣の炎刃を生み出した。

 驚きが満ちる中、ジスはレギン王へ胸を張って言う。


「力は魔剣に劣る。だが、この国の鍛冶技術を向上させたのは俺であり、その武器の全てにこの魔晶を嵌め込み、力を引き出せる構造にしてある」

「この国の武器、全てに……」


 ゾルタンの呟きに、ジスは頷く。


「魔剣の弱点は、使い手の少なさだ。だが俺のこの技術、魔晶鍛冶は、どんな平民でも力を与えられる。まあ、魔晶のエネルギーが枯渇するまでの間という制限はあるが、国民の大半を即席の戦士や魔術師に変えられる。俺がこの国に今まで居たのは、そのためだ」


 その言葉に、ゾルタンは言葉にならない驚愕を抱いていた。

 元兄弟子から目を背け、ジスは工房長や騎士達へ叫ぶ。


「この国の全ての武器を持ってこい!! この魔晶鍛冶師が、一級品の武器に変えてやろう!!」



 ……それから、状況は一変した。


 ジスが徹夜で作っていた魔晶の全てを武具に嵌め込む作業を続ければ、一時的なブーストを得た兵士たちが次々と活躍した。

 もちろんエネルギーが切れれば元に戻ってしまうが、


「くそっ! エネルギー切れだ!」

「こっちの弓も、もう駄目だ……! ただの矢しか放てん!」


「はいはい皆さん! 親方さんから、おかわりを持ってきましたよ!!」

「おお、ありがたい……!」


 別の魔晶を嵌め替えれば、元の性能を取り戻す。


「す、凄いぞこれは……! 黄色の石を嵌めれば雷撃が、青い石を嵌めれば相手を凍らせられる!」

「これで敵の弱点を突くことが可能になったぞ!」

「なら黄色だ! 雷でまとめて落とせ!」


 別の属性の魔晶を嵌めれば、それだけで別の効果を持つ武具となる。それにより、戦場での戦術は大きく変化する。


 ある者は槍のように戦場を駆けたかと思えば、次は遠距離から火球を飛ばす。

 ある者は空から雨のように水を注ぎ、別の者が雷撃を放ち一網打尽にする。

 更に魔法を放つ分には兵士でなくとも構わない。


「やれやれぇっ!! 俺達平民の底力を見せてやれっ!!」

「ははっ! まるで魔法使いか英雄にでもなった気分だぜ!」


 平民の中でも腕っぷしの立つ者たちが武器を持ち、国を守るために尽力した。

 もちろん、魔剣持ち達も破竹の勢いで戦い、負傷しているゾルタン達も後衛で武器を直して回った。


 一丸となって協力した結果、三日三晩と続いたスタンピードはようやく落ち着きを取り戻し、静かになったのだ。



◇ ◇ ◇



「……皆のもの、此度の戦い、実に大儀であった」


 謁見の間にて。


 戦後処理が一段落した頃、王の名にて開かれたのは、報奨会だ。目覚ましい活躍をした者から、臨時の兵として参戦した平民まで、様々な功績を持つ者たちをねぎらった。もちろん、他国の身分でありながら力を貸してくれたゾルタン達にも同じく。


「そして最後に、ジスドラケン」


 名を呼ばれ、ジスは、王の前で膝をつく。


「……懐かしいものだな、そなたと出会って早数十年とは」

「魔の森で彷徨っていた陛下を見つけてやった時は、驚きましたぜ。まさか、迷子で泥だらけのガキンチョが王族だったとは」

「はっはっは、あの頃からいろいろと礼儀知らずなことばかり言っていた覚えがあるな……いや、何もかもが懐かしい」


 しみじみと述べてから、王はスッと顔を変えて、言った。


「ジスドラケン、此度のそなたの功績を称え……宮廷鍛冶師の職を、解任する」


 それは事実上の解雇宣言である。

 思わず色めき立つ周囲を気にもせず、ジスは当然のように頷く。


「四十と余年、お世話になり申した、レギン陛下」

「うむ、そなたも、ご苦労であった……寂しくなるな」


 その問答で誰もが察する、あらかじめ決められていた解雇だったのだろう、と。

 しかし、全ての人間がそれに納得できるわけではない。


「ど、どういうことなんですか、親方さん! 職を辞するって、なんで!?」

 

 謁見の間を出て早々に、ダイアンは大声でジスへ詰め寄った。そんな相手の頭を抑え込みつつ、うるさそうにジスは言う。


「いいか、ダイ。今回のことを見てお前は魔晶鍛冶をどう思った?」

「え? どうって……すっごい便利で強いなぁって」

「そうだ、魔晶鍛冶は便利で、強さを得られる。一部の奴しか扱えないエルフの魔道具やドワーフの魔剣と違い、あらゆる人間が扱える万能の武具だ。……だからこそ今は危険なんだよ」


 理解できぬダイアンへ、ジスは諭すように言う。


「魔晶鍛冶は簡単に平民を戦士や魔術師に変えられる。じゃあ、もしこの国がこの技術を用いて他国と戦争しようと思えば? 魔晶鍛冶が相手の国にもあれば、問題はねえ。だが、人間の国には魔剣も、魔道具も、ほとんど無いんだ。だから今、俺という一流の魔晶鍛冶師が一つの国に居座るのは危険なんだよ」

「……戦争を起こそうって人が増えるから、ですか?」

「そうだ。この国は追放者の国だった、じゃあ外の国への反感を持ってる連中もいるだろう。そういう奴らに俺が脅されれば、戦争のために魔晶を作り続ける羽目になる」


 魔晶は作り手によって質が変わる。先の戦場であれだけの戦果が出たのは、ほとんどがジスの作った魔晶だったからだ。ダイアンの魔晶では、よくて火の粉が出る程度。

 万能故に危険すぎるからこそ、ジスはあらかじめこの国に仕える際に王と契約を交わしたのだ。

 一度だけ、魔晶鍛冶師としての全力を振るったならば、この国を出奔する、と。


「俺の望み、夢は、魔晶鍛冶を世界に広めることだ。そのためには魔晶を扱える武具の作り方と、魔晶を作り出せる才能を持つ奴を見つける必要があった……って言ってもな、俺もこの国でいろいろと研究ばっかしてたから、技術的に広めていくのはこれからだが」

「でも、そんな……わ、私はどうなるんですか!? 親方がいなくてどうやって魔晶鍛冶を続けていけって言うんです!?」

「なに、基礎は教え込んだんだ。お前は飲み込みが早いし、この国で魔晶鍛冶を極めていける才能がある。俺が保証してやるよ」

「ううぅ~~……無責任ですよ、親方さん」


 すまねぇな、とジスは困ったようにダイアンの頭を撫でた。荒っぽいそれだったが、ダイアンは涙目でされるがままだった。


「俺の工房をお前にやるよ。あそこにゃ俺の研究資料もあるし、魔晶鍛冶師の学校も作れるんじゃねぇか」

「……ぐす、わ、わかりました……で、でも、親方さんが出ていったとしても、」


 ダイは顔を上げて、目を細めて鼻をすすった。


「いつでも帰ってきて下さい! ずっと、待ってますから」


 言われ、ジスは少しだけ目を丸くしてから、面映ゆいように笑った。



◇ ◇ ◇



 魔の森を抜ける中、大槌を背負いながら、ジスはコンパスを片手に進んでいた。


「しかしまぁ、ゾルタンの兄者も丸くなったもんだったなぁ」


 国を出る前、号泣するダイアンや王たちの見送りを受ける中、元兄弟子のゾルタンもまた複雑そうな顔で寄ってきたのだ。


「俺は、お前を追い出したことを後悔はしてねぇ。あのままじゃお前は腐って、錆びついていただろうからな。だから謝る気はねぇよ」


 実際、才能のないドワーフ鍛冶師への当たりは強かった。

 あのまま工房に入り浸っていたところで、待っていたのは雑用業務だけで、鎚を振るう機会すら与えられない、飼い殺しだ。 

 そういうシビアな世界を知っていたからこそ、ゾルタンはあえてジスを追い出したのだ……まあ、不出来な後輩へのやっかみも、多分に含まれていただろうが。


「お前を追い出したのは正解だったって、今じゃ思ってるぜ」


 去り際にそんなことを言っていた相手を思い出し、ジスはカラカラと笑う。互いに若かったのだろう、と思える程度には、歳を取ったのだ。


「ドワーフにとっても百年は長いからなぁ。……次にこの国へ戻って来たら、魔晶鍛冶師だらけになってるかもな」


 天性の才能を持つ弟子を思い出し、髭を撫でつつ、ジスは楽しげに進んでいく。


 ――さあて、次はどこへ行こうか。


 そんなことを、呟きながら。

 彼は光差す森を進んでいくのであった。


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