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「実は私、エドワード王太子殿下の婚約者になった直後に、この魔法を使った修復作業を頼まれました。王妃殿下から、内密で」
エドワードの顔に「何!?」という表情が浮かぶ。
「でもこの魔法、ものすごく魔力を消費するんです。例えば割れたお皿の破片が全て揃っていればスムーズですが、大部分が失われている場合は“復元”が必要になります。これがとにかく大変で、数ミリの修復に1ヶ月かかることもザラです。模様や絵柄が複雑だと、さらに魔力も時間もかかります」
「……そんなことをしていたとは、僕は聞いていないぞ!」
「はい。そうですね。何故王妃殿下が話していないのか……それは私にもわかりません。とにかく内密で作業をしろと言われ、王宮のすぐ近くの塔を、作業場として与えられましたから」
その塔こそ、私が毎日のように引きこもり、復元作業を行っている場所だった。そして王妃殿下から依頼されたのは、とある古い書物の復元作業。該当するページは破られ、捨てられたのか。誰かが持ち去ったのか。とにかくそこにあったはずのページはない。
──『ミランダ。これはエドワードにも大きく関わることです。彼の婚約者なのだから、助けると思って復元させて欲しいの』
欲しいの……言い方はお願いだが、王妃殿下からの内密の依頼。断るなんてできるわけがない。
かくして私はそれではなくても忙しい王太子妃教育に取り組みながら、失われた一ページのための復元作業に取り掛かることになった。そしてそのページは表と裏に、文字と何らかの図柄が描かれていたのだ。
つまりこの修復……復元には恐ろしいほど時間がかかる。魔力だって消費するのだ。そして王太子妃教育は忙しい。学校生活が始まると、王太子妃教育から一旦卒業出来たが、今度は予習や復習、試験勉強に追われながらの復元作業となる。
「……とても忙しく、魔力を消費すると疲れますし、身だしなみなど、気にする余裕も時間もありませんでした。そしてそこまで私が頑張ったのは、婚約者である王太子殿下のためでしたが……」
チラリとエドワードを見るとハッとした表情になる。断罪したものの、自分のせいで身だしなみに気を回す余裕がなかったと分かり……少しは申し訳ないと感じたのか。
(今さら、申し訳なく思われても、もう遅いわ)
視線をエドワードから外し、しずしずといった感じで告げる。
「殿下のために頑張る。もうその必要はなくなりましたわ。先程、終わりを告げられたのですから」
私の言葉に、エドワードは不安そうに尋ねる。
「僕に関わること……その復元作業は終わっているのか!?」
「まさか。あと五年はかかったと思います。ですがもう私の知ったことではありませんので」
「なっ……ミランダ!」
まさにエドワードの顔には「この悪女め!」という表情が浮かび、これにはよしよしと思う。
そもそも手抜きをしたのは他でもない。見た目を気にするエドワードから、愛想を尽かしてもらうためだった。
忙しさにかまかけて、完璧なるズボラ女子になり、エドワードに嫌われる。ヒロインについては忙しいを理由に相手にしない。どうせこれもヒロイン有利に働き、「無視された!」になると思っていた。
そしていざ断罪の場になる卒業舞踏会を迎えた時、エドワードはズボラな私に愛想を尽かして婚約破棄を口にする。さらにヒロインへの無視を理由に断罪するだろうが、ゲーム本来のいじめをしていた時の絞首刑までは問えないだろう──そう踏んでいた。国外追放か更生のための修道院送り。この程度で済むはずと考えたのだ。
だが蓋を開けたら私は王妃殿下から復元作業を依頼され、あえてするまでもなくズボラ女子になるしかなかった。
(本当に、忙しかったのよ!)
それでもミランダはこの世界で絶世の美女であり、悪役令嬢という設定。ズボラな生活を送っても、目の下にクマもできず、肌はツヤツヤ、スタイルは抜群なのだ!
(ミランダがまだ十代と若かったから、無理も効いたというのもあるわね)
いくら寝不足でもピチピチのミランダでは、見た目重視のエドワードに好意を寄せられる可能性がある。
(ヒロインが登場したら、ミランダのことなどそっちのけになるエドワードに好かれても、ちっとも嬉しくない)
実際に忙しかったことに加え、エドワード対策でズボラ女子になっていたわけだ。
ということで嘘と真実の混ざる言葉を聞いたエドワードは、こんなことを言い出す。
「卑怯だよ、ミランダ!」
「そう言われましても」
「君の本当の姿を知らなかったんだ!」
正直「だから、何?」だった。加えてこれから何を言われるのかとウンザリしかけたが。
「「お嬢様!」」
こちらに駆け寄ってくるのは、チョコレートブラウンの柔らかい髪に、翡翠色の瞳をした長身スリムだが、ザ・細マッチョな私の護衛騎士のアル! 黒革の騎士の軽装備姿のアルは、公爵家の私設騎士団で見習い騎士をしていたが、その腕を認められ、私の専属護衛騎士になっていた。そしてもう一人、バターブロンドにエメラルドグリーンの瞳、白の襟と袖に、ブルーのドレス姿のこの女性は……専属侍女のミヤだ!
「約束通りの時間で来ましたが……どうしてそのお姿に!?」
アルが心配そうに私を見た。
私は問題ない、と示すためにウィンクをする。
アルとミヤは、私の本来の姿を知っている数少ない人間だった。普段からこの姿にならないよう、細心の注意を払っていることを、二人とも知っていた。ゆえに人前でこの姿でいることに驚いている。ただ、いつも着替えを手伝っているミヤは、今日は私がドレスを重ね着していることをわかっていた。よって驚きは少ない。それでもやはり私がこの姿であることは気になるだろうが、今はまず――。
「お嬢様、既に馬車はエントランスにとめてありますわ」
「ありがとう、ミヤ! ナイスタイミングだわ!」
「ミランダ!」
ミヤとアルが来てくれて安堵したのも束の間、エドワードがしつこく食い下がる。
「エドワード王太子殿下。あなたに婚約破棄され、侮辱罪を問われ、王都から出るように言われたこと、すぐに社交界で噂になるでしょう。私はいろいろ言われる前に王都を立ちますので」
「いや、待って欲しい、ミランダ!」
「「殿下!」」
エドワードがすぐに戻らないので、痺れを切らしたようだ。ヒロインであるタリアが姿を現した。さらにそのタリアのそばにいるのは、エドワードの近衛騎士であり、お目付け役でもあるヒューズ卿。この二人が声を揃え「「殿下!」」と叫んだのだった。
「殿下。チェスター公爵令嬢との婚約破棄をされた件、既に陛下のお耳にも入っています! 伝令が来て、すぐに王宮に戻り、報告するように、とのことです」
ヒューズ卿の言葉に、エドワードは苛立ちを隠せない。その苛立ちのままに、私を恨めしそうに見るが……。これに関して、私は思い当たることは大いにあった。
というのも王宮の使用人が、王家の秘宝の壺の持ち手を破損させてしまったのを目撃した私は、修復魔法<時間遡行魔法>を特別に彼女のためだけに使った。つまり壺の持ち手を元の状態に修復したことがある。その時のトレード条件が、私の指示に一つだけ、絶対的に従う――というものだった。そしてその約束を今日、行使してもらい、私が婚約破棄され、何らかの断罪を受けたことを、一足先に国王陛下の耳に入るよう動いてもらったのだ。
エドワードから恨めしそうに見られることに、思い当たることはある。だが知らぬ存ぜぬの顔を通す。するとエドワードは肩から力を抜き、「わかった、今すぐ王宮へ戻る。馬車を回せ。エントランスに馬車が来たら、呼びに来い」――そう言うとため息をつき、タリアを連れ、控え室へ向けて歩き出す。
「チェスター公爵令嬢。……王都から追放すると、エドワード王太子殿下が申しましたが、国王陛下は違うのではないかと。もしよろしければ、殿下と一緒に王宮へ」「ヒューズ卿、ごめんなさい」
ヒューズ卿はこの世界で完全にモブであり、悪役令嬢であるミランダにとって、特に味方でも害になる人物でもなかった。よって彼に恨みはないが、途中で言葉を被せ、発言を止めさせてしまう。その上で、私はこう告げることになる。
「あれだけ大勢の前で婚約破棄を告げられ、断罪されたのです。『王都から出て行け』と命じられました。なかったことにはできません。それに王太子殿下の言葉を、万一にも国王陛下が白紙撤回にするなんて。親子仲の悪さを各国に知らせることになりかねません。今回の卒業舞踏会には、各国から留学してきている生徒もいます。彼女たち、彼らの中には、皇太子や王女だっているのです」
こう言われると、ヒューズ卿の立場では何も言えない。それに国王陛下自身も、エドワードが婚約破棄し、断罪しているのに、私に対して王宮へ戻れとは命じにくい。ゆえに私に王宮へ来るようにという命令は、下されていないはずだ。だからこそ、ヒューズ卿も「もしよろしければ」という言い方になったのだろう。
「それでは失礼いたします」
ヒューズ卿に軽く挨拶し、私はアルとミヤに目配せすると、エントランスへ向かった。














