"多重展望"
「もうすぐ味方の拠点だ」
先を歩く君が、銃剣で前方を警戒しながら言う
長かった山林の撤退戦も、そろそろ終わりを迎える様だった
「俺たちは生き延びたんだ」
それでは困る理由が僕には有る
「俺"たち"は正確じゃないな」
銃を抜き、君の背中に銃口を押し当てる
君の背中の筋が軽くこわばるのが解った
「君には、名誉の戦死を遂げて貰わないとねえ」
くつくつと僕は笑いながら、片手で構えた銃の撃鉄を起こした
─────
短時間、夢を視ていた気がする
歩きながらだろうか
これまでに無い経験だった
「もうすぐ味方の拠点だよ」
僕は先を歩き、前方を警戒しながら君に言った
「僕たち、生き延びたみたいだね」
刹那、背中に想定して無かった冷たさが当てられる
冷や汗が額を伝うのが、他人事のように解った
「僕"たち"?」
直ぐ後ろで君の声がする
こんな距離で聞きたい声では有ったけど、こんな状況で聞きたい声では無かった
「正確じゃないな」
かちり、と撃鉄の上がる音がする
僕の凍り付いた表情に、それでも涙が伝っている
君はどうやら本気みたいだった
─────
「嘘だよな」
銃の突き付けられた君の背中が言う
表情は解らない
僕は『愉しいなあ』と思った
「えっ、だって……俺らここまで」
君の状況理解を進める為、僕は脇腹に狙いを逸らすと一度発砲した
想像してた様には血は溢れず、少し時間を空けて、服に空いた穴から赤い色が燃え広がる様に広がっていった
「そう思ってたのは、お前だけなんだよ」
面白くなって僕は弾が失くなる迄の間、急所を外して発砲し続けた
撃たれるたび次第に崩折れていった君は、最後には立って居られなくなり横向きに倒れた
「あー……人殺しは面白いなあ!!」
味方の拠点も近い、弾切れを恐れる必要は無かった
さあ帰ろう
名誉の死を遂げた親友と共に
─────
「おい」
「僕、お前になんかした?」
まだ硝煙の立ち昇っている銃口を、地面に膝を突いて泣きながら視ている
それを持ってこっちに向けているのは君だし、僕の左耳は戯れに何回か撃ち抜かれて失くなってしまった
「いや、別に?」
答えながら、君は僕の鳩尾を爪先で蹴り上げた
「く」の字に曲がった躰が少し上に浮かんだあと視界が昏くなり、次に鋭い痛みが頭の中で響いて乱反射した
痛いのは躰だけでは無かった
「えっ……?」
「えっ…?だって……」
最後まで喋らせて貰う事は出来なかった
軍靴の爪先が、機械の様に正確にさっきと同じ場所を蹴り上げる
「お前」
「うるさいな」
君は僕の前髪を掴むと立ち上がらせ、拳銃を口に捩じ込んできた
まだ、眼の前の出来事を信じる事が出来ない
きっと僕はいま、きょとんとした表情でもしているのだろう
そうしている間にも君の指は引き金に触れ、そして真っ直ぐに引かれた
─────
野営地の焚火が、たった二人の生存者を照らしていた
相棒の短い呻き声が、彼が短い仮眠から眼を覚ました事を知らせた
全身が汗に濡れている
魘されていた様だった
突然、相棒が抱きついてきた
「僕が君を殺す夢を視た」
「僕が君に殺される夢も」
涙を浮かべて深刻な顔をしていた
俺は、「現実よりまともそうな死に方かもな」と抱き返しながら答える
相棒は泣きながら「そんな事ない」と言った
「絶対に、そんな事ない」
「少なくとも、いま僕たちは互いを愛している」
どんな夢を視たかは解らなかったが、この一言には同意出来た
俺は「あと、どのくらい生きていられるだろう」と考えた
相棒の躰温は暖かかった