04
執事に新しいドレスの注文について話した後、私はソファで腕を組んで考えた。
部屋に設置された鏡は、触れると同じ情景を繰り返し映すので、それらの様子を出来る限りしっかりと手帳に記録した。
その記録を見つめながらあれこれと思案する。
「穏便に別れるってのは無理よねえ。」
このまま服飾店や宝飾店に調べて追及してもごまかされて婚約続行になる可能性が高い。ローガン卿が鏡の中で言っていたように、私は別邸に押し込められてそのままだ。我が家からこの婚約や結婚に対してストップを掛けようとしても何の理由でそうするのかと問われれば答える事は難しい。鏡で見ました!と言っても誰も信じてくれないだろうし、もし事実だったとして、向こうの家は公爵家にもつながる歴史ある家系だし、それがどうした?貴族なんてそういうものだ、と言われてしまえば、従うほかないような気もする。
「そうだわ!」
呼び鈴を鳴らしてもう一度執事に来てもらうと、私は執事にあるお願いをした。
「ねえ、王都中の針子に声をかけるって言っていたけど、高位貴族が使うような仕立て屋の針子にお願いしたりってできるの?」
「できなくはないですよ、上級職人ならともかく、下級職人の針子なら割の良い内容であれば名前を出さないという条件で他の仕立て屋の仕事を請け負う事もございます。店の方でも下級職人の針子であれば…例えば仕事を渡せていない時であったりすると大目に見るようです。」
「なるほど…、じゃあ刺繍が得意な人を呼んで欲しいわ!大柄だけど繊細なレースのような刺繍を布地に縫って欲しいの。それで…」
「はい?」
「それで、マッドリー伯爵家が懇意にしているような仕立て屋で働いている針子に頼むなんてどうかしら?」
「上位貴族が贔屓にしている店は抱えている針子も多くございますから、伝手のあるものに声をかけるよう仕立て屋に申し付けておきます。」
「ええ、よろしく頼むわ。上位貴族が懇意にしている仕立て屋だときっと技術も凄そうだもの。何なら二着目を作ったっていいわ。」
「確かにそうでございますね。ではそのように。」
そういうと執事は一礼して部屋を去っていった。
「ふう、ごまかせたかしら?婚約者の好みのドレスではなく自分の好きなドレスを着たいって言ったのに、婚約者の家の仕立て屋の職人を頼みたいなんて、どうかしたのかって思われそうだもの。」
私は改めてソファにどっしりともたれかかって一息ついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
それから3日後、執事が慌てて私の部屋に駆け込んできた。
「お嬢様、仕立て屋から急ぎご相談があると伺いに来ております。」
来たわ!
執事の案内で仕立て屋が待つ出入り業者の為の待機所に向かうと、思った通り以上の結果が待ち構えていた。
簡易なテーブルの上には、先ほどマッドリー伯爵家懇意の仕立て屋の針子から届いたばかりだという刺繍をあしらった布地が置かれてあり、その布地に記された縫い代の線はこちらの仕立て屋が指示した寸法ではなかった。計ってみると指示よりも一回り以上小さいような採寸サイズであり、明らかに私と違うサイズでだったのだ。
「幸いなことにまだ裁断はされていないのですが、刺繍自体の図案の大きさが足りていないので、図案を足して刺繍するか、ドレスのデザイン自体を変更するかが良いのではと…。」
「そうね、でも取りあえずはそのままにしておいてくれる?納品ミスかもしれないし。」
「いえ、納品書にはモニカ様のドレス用となっておりますし、何よりも刺繍に泉をイメージしたデザインをあしらっておりますから、他家との納品間違いは無いかと…」
「それはまあ確かにそうね…季節の柄や定番の柄ならともかく、人気のモチーフではないもの。」
「少なくともこの国に、泉を由来とする名前の貴族家はこちらしか御座いませんので…。」
流行りに敏感ではない私だってわかる。そもそもこういう花と泉がモチーフのようなデザインってドレスとしてはハッキリ言って人気が無い。
「採寸サイズを間違えてしまったのかしらね…。念のため、その布類は全部納品書と一緒にそのまま保管しておいて頂戴。」
白々しさが気取られないか心配したけれど、二着目の急ぎではないドレスであったからか特に疑問に思われるようなことはなかった。
私は部屋に戻り、実際にモニカのサイズではない『モニカ』のサイズのドレスを目の当たりにしたことで、やっぱり鏡の情景は本当にあったことだとわかった。
鏡が繰り返し映す情景を眺めながら、私は意を決して執事にある事を頼んだ。