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※以降【】で括られたセリフは鏡に映った映像から聞こえたセリフとなります。※
【ローガン様ぁ、テッサこのイヤリングが可愛いと思うの。どうかなあ?】
【いいじゃないか、今度外苑で行われるパーティー用のアクセサリーはそれにするかい?】
小首をかしげながらそう言うと、艶のあるペールラベンダー色の髪はウェーブが特徴的の高めのルーズアップスタイルに纏め、ふわふわした後れ毛を顔の両サイドから垂らしている。見て、見て!と言わんばかりにチラチラと耳元を…首元から顔を動かしているせいか、くるんとウェーブした後れ毛の毛先は彼女の喉元で誘うように揺れている。
ローガン卿はその揺れている髪を指先で遊びながら口付けし、その女性に向かって
【それと、今日はキミは『モニカ』だ。さっきの言葉は誰も聞いていない様だが気をつけろよ?】
【あ、そうだったぁ、『モニカ』ってばイケナイ子だぁ、ゴメンね?】
えへっと舌を出して笑いながらローガン卿を見上げる様子にカチンときて、思わず鏡に手を伸ばしてしまった。
するとまた鏡の情景が水面の様にゆがみ、新しい景色が映し出された。
【ローガン、お前研究会の予算をどうするつもりだ】
【すまん、『モニカ』が次のパーティーでどうしてもドレスを新調したいって…】
ぎっしりと詰まった本棚が規則正しく整列している…どこかの図書室かしら…よく見ると本棚に士官学校の校章が描かれた本が数冊並んでいる。きっとここは士官学校の一室なのだろう。ローガン卿ともう一人が言い争っている様だ。
【そりゃあモニカちゃんって小さくて儚くて可憐だから、思わず何かしてあげたくなるのは判るけどさ、研究会の活動の為にと学校側が用意している金だぞ?】
【パーティーの後で『モニカ』の家から必ず返させるから、その間だけちょっと…な?】
ローガン卿にドレスをねだったことは無いし、そもそも彼からプレゼントなんて…ずいぶん昔に花束とメッセージカードを貰った事がある程度だけど…と、あまり大事に扱われてこなかったことを改めて思い返し、地味にショックを受けていると、今度は手を触れていないのに情景がゆがみ、さらに異なる景色が映し出された。
【ええ、『モニカ』様のドレスができておりますよ。】
凝った意匠の看板を掲げ、いかにも高級な仕立て屋らしき場所で店員がトルソーに羽織らせたドレスを紹介している。そのドレスはずいぶんと華奢で細く…というよりも小さい。
そんな小柄なドレスがピッタリと合うトルソーもどう見ても私のサイズではないように見える。
その上トルソーの頭部にはペールラベンダー色のフワフワしたストールがまるでウィッグの様にふんわりと被せてある。
【『モニカ』様のサイズと寸分の違いも無いトルソーですから、実際に着用されたときの印象に限りなく近いと思いますよ。】
【わぁ~とっても素敵で『モニカ』嬉しいわ!】
『モニカ』と名乗ったペールラベンダー色の髪をした小柄な少女は両手を顔の横で組んで首をかしげながら同伴の男性…ローガン卿を潤んだ瞳で見上げている。
【ああ、これなら次のパーティーでは『モニカ』がみんなの注目を集める事は間違いない!】
ローガン卿は満足そうな表情でペールラベンダー色の髪の女性の肩に手を回して抱き寄せた。
【ローガン様ぁ…】
店員は見つめあう二人に困り顔でローガン卿へと近付きこっそりと話しかけた。
【ローガン様、お支払いについてなのですが…今『モニカ』様の付き人に請求書をお渡ししてもよろしいでしょうか?】
【いや『モニカの家』が支払ってくれるからな、その請求書は預かっておこう。】
請求書が挟まれていると思わしきペーパーホルダーを、店員から奪い取るようにして上着の内側に収めると
【ああ、もし『モニカを名乗る…モニカの家の者』が来ても応対せず、俺に連絡を寄こすように。】
【?といいますと…?】
【ンン…ゴホン、まあその、体裁を保つというヤツだよ、そういう回りくどい事が必要な時もあるのさ。】
わざとらしくせき込むと、肩をすくめるように話した。
えっどういう事…??と驚き、鏡により近づいてみようとした途端にまた情景が変わった。
これは…最初に映し出された学校らしき場所だ。最初に見えた友人たちと語らっているローガン卿の様子がまた映った、けれとさっきとは違って声が鮮明に聞こえてくる。
【ローガン、おまえよくそんなことを思いついたな】
【婚約者宛の請求書を、一旦支払っておいて、実家から婚約者の婚費─婚約費用分担金─として他のものとまとめて請求するって】
【どのみち金を貰うんだ。貰うだけもらっておかないとな!】
婚約費用分担金とは、婚約の取り決めの一つにあるモニカへの贈り物等の代金の補填だけでなく将来的に住む邸の用意(土地や土地の整備や建物の準備)やそれに伴う調度品などの準備資金も含まれているものだ。
何点ものドレスやアクセサリーの代金が高く膨らんだとしても、土地や屋敷の準備金の請求に混ぜられてしまえば、モニカの家から詳しく追及することは難しい。もし尋ねたとして、調度品準備の一環としてドレスやアクセサリーを用意していると言われればそれまでだ。いやでも実際にモニカのドレスやアクセサリーを準備しているかもしれない…のだし?多分…。本来なら喜ばしい事なのに、もしそうだったらと思うと、ゾッと感じてしまう。
【あいつの家は金持ちだし、せいぜい大きな…そうだな別邸付きの屋敷を立てさせてもらうさ、それで本物のモニカには別邸で何もせずのんびり暮らしてもらうさ。】
【婚約者の実家に世話になっているんだろう?なのに別邸で暮らさせるって言うのか?】
【あんな可愛げも愛想も無い女、表に出せる訳ないだろう?引き取ってやるだけ感謝してほしいよ。会合や舞踏会なんかのパーティにはテッサを連れて行くさ。あれは社交という物を判っているからな】
ローガン卿は自信たっぷりに友人たちに話していた。なんだか顔が俯いてしまう。
そして鏡は私の気持ちに関わらず映し出す情景を変え、また『モニカ』となのる女性とローガン卿がイヤリングを買っていた場面になっていた。
先ほどと同じ内容が繰り返された後、イヤリングとそしてイヤリングと揃いの装飾品一式─パリュールと呼ばれるもの─を試着し、サイズを整えたのち、ドレスと同じ方式で購入している場面が映った。
ペールラベンダーの彼女は華奢なこともあって、首も手首も…何もかもが細い、だからアクセサリーもサイズ調整が必要なのだろう。
「アクセサリーを小さくサイズ調整するなんてことあるのね…」
小さくて可憐な彼女との差に、かすかな声でつぶやいた。
それだけではない、華奢な彼女には鏡が映し出していたように繊細なデザインのアクセサリーやドレスが似合うだろうけど、自分には到底似合わないだろう。
今試着しているローガン卿の好みに合わせて誂えたドレスは、なんだか自分ではない誰かのドレスを無理やり着ているような、そんな印象を自分でも感じる。