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01

 邸の廊下の突き当りには地味で素朴な意匠の壁掛けが飾られている。

 縦長の楕円形でアンティークな草花模様で縁どられた鏡である。


 普段からうっすらとモヤがかかったように鈍く曇っており、こうやってドレスを着て鏡の前に立ってもぼんやりとした影絵のような輪郭のようなものしか映さないのだが…


 ──必要な時に必要なものが映る──


「そうら聞いてるかい?モニカ、この鏡はね鏡だけど鏡じゃないんだよ。大事な時にだけちゃあんと映してくれるんだ。だから大切に感謝して磨いてあげるんだよ。」


 と幼い私に亡くなったおばあ様が何度も何度も話してくれたシロモノで、おばあ様がおじい様と結婚した時に嫁入り道具として持ってきたものだそう。それなりに古いこともあってまあ、ちょっとした骨董品のオブジェのような扱いで代々…とは言っても我が家はおじい様の代にとある泉で鉱石脈を見つけたことで男爵位を賜った新興貴族なので長い歴史があるわけではないけれど、短い歴史なりに大切に飾られてきたものだ。

「何か映るかなあって思ったんだけどね。」


 薄曇りのままの鏡とにらめっこしながら口を尖らせ、垂らした前髪をツンと触る。

 鏡に映るはずの茶色の髪…茶色としか言いようがない茶色。よく言えばマホガニー色。そしてグリーングレーの瞳と言えばカッコいいが少し緑みがかったと言えなくも無い濃い灰色の地味な…くすんだ色の瞳。貴族令嬢として喜ばれる儚さなどは皆無な健康優良児?健康優良子女?である。


「この髪も瞳も地味だとは思うけど、別に嫌いって訳じゃないんだけど…」


 と口に出してしまう。そう、自分の髪や目の色や体形が嫌な訳ではない…それはそれとして、パーティー等ではどうしても他の貴族女性と自分を比べてしまい、浮かない気持ちになってしまうのだ。


 その少し気鬱になるパーティーが、来週末、王宮外苑のホールで開かれる。そのパーティーの為のドレスが懇意の仕立て屋から先ほど届いたのでこうやって試着している。


 今回のパーティーはさまざまな年代の貴族たちが集まるものの中でも格付けとしてはカジュアルな方に位置する気軽な行事である。カジュアルなものとはいえ王宮…とは言っても内宮ではなく外苑である…で行われるような格式のある…いや格式は低いんだけども、格式は低い訳なんかなくて普通に高いというなんたるモヤモヤ。まるで今の私の気持ちを表している様ではないか。

 そういうそれなりの格式のあるパーティーにおいて婚約者のいる令嬢は、婚約者からドレスやアクセサリーを準備してもらう事が一般的である。だがしかし婚約者であるローガン卿は士官学校の授業や課題…遠征や訓練などで忙しいらしく、今回のドレスもまた我が家で誂えたドレスである。そしてというかしかもというか当日の送迎についての連絡も相変わらす無く直接パーティで合う事になるのだろうし、恐らく帰りも自由解散だろう。


「自由解散っていうか、会場で挨拶の義務だけ果たしたら後は知らん!って事よねえ。」


 ため息をつきながら目線を下に落とし、今試着している先ほど仕立て屋から届いたばかりのドレスを上から眺める。

 普段ならあまり選ばないタイプの、つまりはローガン卿の好みに合わせた繊細なレース飾りのついた華奢な造りのドレスなので似合うかどうか…たとえあまり上手く関係を築けていない婚約者相手だとしても非常に気になるので試着しているのだった。


 身体にピッタリとしたドレスの上にレース刺繍で出来たギャザーたっぷりの長羽織を重ねたようなシンプルなスタイルで、気を付けて動かないと袖口や裾をひっかけてダメにしてしまいそうだ。そんなレース飾りを見ながら、本来ならこういったドレスを送られたのだろうかと思いを巡らせる。実際に贈られたとしても実態はモニカ(じぶん)の家であるスプリングヒル(丘の泉)男爵家から融通されたお金でローガン卿か彼の実家であるマッドリー伯爵家が購入し、モニカ(じぶん)に贈る形になるため金銭の財源的には変わらないのかもしれないが、それはそれとして、建前であっても婚約者である(モニカ)私の家(スプリングヒル男爵家)に尊重の気持ちを持っていて欲しかった。


 ローガン卿との婚約は…彼は上位貴族と縁が深いマッドリー伯爵家の三男で士官学校を優秀な成績で入学したことから息子の為に丁度良い結婚相手(特に高位の軍人というのは装備だ何だと金がかかるもの、らしい)を探したところ、歴史は浅いが男爵家としては裕福な方である我が家に釣り合いの取れる令嬢がいるという事で(モニカ)に白羽の矢が立ったといういきさつらしく、歴史のある家だが三男だし下位貴族の令嬢であるモニカを大事にしてくれるのではないか、という事で話がまとまったのだ。


 少し動くだけでもゆらゆら揺れる刺繍のデザイン自体は好みだけど、レースとして纏わせるのではなくドレスの布地自体に刺繍なり描くなりして柄を出したものの方が動きやすくて好きだ。派手過ぎず布地と同系色の糸で刺繍したような…そしてもっと言うと体のラインもあまり出ないものの方が、例えばギャザーをたっぷり入れたようなものが良い。このドレスはあまりにも体に密着し過ぎていて歩くことすら緊張する。


 使用人たちはドレスのサイズ合わせだけでなく、軽く化粧と髪も編み込みのある後ろ三つ編みをドレスの華奢さに合うように緩く仕上げられていて、お似合いですよと言ってくれるけれどまったくもって自信が持てない。それでも持てないなりにこの着心地に慣れようと軽く邸内を歩いてみたとき、ふとおばあ様の言葉を思い出し、先ほどから不思議な鏡の前に立ってみているのだった。


 突然ピカピカに輝いて、どこか遠い国の物語の様に「あなたは世界で一番お美しいです!」と鏡の精霊が現れるなんて思っていたわけではないが、不思議な事が起こるかもと期待した自分自身に少しだけついたため息である。


「ま、相変わらず曇ったままよね。」


 自嘲を込めて呟き鏡の前から離れようとしたとき、スウッと鏡が鮮明になった。


 鮮明になったというのは少しおかしいかもしれない。なにせ目の前にいるはずのモニカの姿は全く映っていないのだ。

 そこに映っていたのはなんと婚約者であるローガン卿だった。場所は…恐らく士官学校だろうか、そこで友人らしき人達と語らっている様子だった。


「えっなに?これは…」


 思わず触れてみると、鏡は一瞬水面を揺らしたかの様に歪み、また別の光景を映し出した。


 今度は高級店舗が立ち並ぶ街通りと思われる場所で、とある店舗に威厳のある装飾が施された馬車で乗り付けたローガン卿は馬車から降りると、降りた扉に向き直り手を差し出すと見知らぬ女性が降りてきた。そしてそのままなんとその見ず知らずの女性をエスコートしてその店舗に入っていった。

 たしか彼は男兄弟で姉も妹もいなかったはず…。


「ろ、ローガン様…?」


 つい、鏡が映した店の扉に触れてしまい、あっと思ったときにまた鏡は水面のように揺れ、今度は人物の姿と共に声が聞こえた。


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