5,陰謀のはじまり
「!?あいつ!アリス!?」
「奈々!」
ハルトはノブと奈々の母親を見つけるとゆっくりと精霊に降下させる。ノブと女性はそんなハルトとアリス、奈々の姿を見ると目を大きく見開き衝撃を受けていた。アリスは女性が炎の中に飛び込むことを防ぐためにも女性を気絶させた。その行動の選択に後悔はないが、自分が手をあげてしまったことには罪悪感があったためノブの近くで涙を流し娘の帰還を喜ぶ女性の姿を確認すると安堵の表情を浮かべる。
「ありがとうございます!ハルト様」
女性はハルトから奈々を引き渡されたことで涙を流しながらハルトに何度も感謝の言葉を述べる。。ハルトは女性からの感謝に居心地悪そうに視線を逸らし、アリスが精霊から降りたのを確認すると、その場から逃げるように静かに精霊に乗りこむ。
「大丈夫だったのか?何があった?アリス」
ハルトが二人をこの場所まで送り届けたことに衝撃を受けたノブは嬉しそうにハルトを見つめるアリスに声をかける。ハルトは明らかに武力者に対する敵意を持っている人物であった。そんな人物が能力者である奈々を助けることはあっても、武力者であるアリスまで手助けをするとは到底思えない。ましてや能力者にとっても命も同然である精霊の背中に乗せるとはもってのほかだ。
「えぇ。話は後ほど」
アリスはハルトと会話をしたことで、理解したことがたくさんある。この情報を早くノブと共有したかった。だが、この場でその話をすることはできない。アリスは立ち去ろうとしているハルトに気付き視線を向ける。
「ハルトさん!ありがとうございました!」
アリスは静かに精霊に指示を出し、空へと飛び出したハルトに声をかけまっすぐな笑顔で手を振り見送る。ハルトはそんな純粋な瞳を向けるアリスに一瞬視線を向けた後すぐに視線を逸らし、城の方へと飛び立った。
「娘を助けてくれてありがとうございました。」
女性はハルトを見送った後、奈々を抱えながらアリスに対しても深々と頭を下げて感謝を述べる。アリスはこの女性から感謝の言葉を述べられるとは考えもしておらず、衝撃を受けながらも反射的に感謝に対して笑顔で対応する。だが、この国は能力者主義国であり、武力者である自分を憎んでいる。この感謝は武力者であることを隠している自分に向けれられたものであり、自分に対する感謝ではない。そんな認識が嫌でも頭を過ってしまう。この女性に自分が武力者であることを伝えたら、この感謝は侮辱に代わるのであろうか。アリスはそのような心の迷いを一瞬で頭の隅に追いやり笑顔で女性と奈々を見る。
「いえいえ!お互い様ですよ!奈々ちゃん!お母さんにあえてよかったね!」
アリスはまっすぐな瞳で奈々と母を見つめ、優しく奈々に微笑み頭を撫でる。なぜ、世の中はこのようにならないのだろうか。そんな考えが嫌でも頭を過ってしまう。知らなければ、互いに種族なんて知らなければこんなにも人と人は分かり合えるのに種族という先入観がなぜこうも人を変えてしまうのだろうか。だからこそ、この先入観を消し去るためにアリスは、ノブはこの場所に立っている。
「うん!お姉ちゃん!ありがとう!」
奈々はアリスの笑みに嬉しそうに感謝の言葉を述べ、アリスもまた奈々の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
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「女王の子、ハルトはスルタの里の人間についてそれ以上の情報はもってなかったか・・・やはりあの話はあの男の詭弁だったというべきか・・・」
ノブとアリスは人だかりを少し離れた場所で先ほどの話の情報共有を行っていた。ノブはアリスがハルトと行っていた会話の内容について聞かされると考え込むように下を向く。ハルトの持つスルタの情報はノブたちロアドクレイが持っている情報と大差のないものであった。天李に最も近い存在であろうハルトがそう答えたということは天李もスルタの里についての情報を入手していない可能性が高い。そうであれば、あの目に傷のある男の情報は詭弁であるということだろう。ノブはこの情報が詭弁であると結論づけたで内心安堵した。スルタの里。最強最悪の犯罪集団。彼らがこの国で暴れることになれば、ロアドクレイの人間として放置することはできない。だが、彼らは世界一の強国アテナ帝国をたった一晩で滅ぼした最強の子どもたち。彼らの力が未知数であり対策もできていないこの状況で、予知していない彼らの相手をこの国でするという行為は避けたかった。
「・・・どうでしょうね。ハルトさんは嘘は話していませんでしたが、ですがハルトさんの反応には少々違和感がありました。それが何かまでは探ることはできませんでしたが。ところでノブさん、先ほどの話の続きとは」
ハルトはアリスに対して嘘はついていない。それは数多くの人間と対峙してきたアリスは見分けることができる。だが、嘘はついていないとしてもハルトの表情と雰囲気には気になる点がいくつかあった。その正体をアリスは突き止めたい。そう考えた。アリスはハルトについて思考を巡らせながらもノブの会話について引き出すために話を促す。
「あぁ。この火事は人為的に引き起こされた可能性が極めて高いということだ」
アリスに話を催促され、ノブは周りには聞こえない小さな声ではっきりと答えた。
「確証は?」
この国は女王が統治している事件一つ起きない平和な国である。女王の統治は完璧であった。そんな天李が統治するこの国で火事が人為的に引き起こされるということはそれはこの国に対しての反逆である。アリスはノブの言葉に衝撃を受け、少し目を見開くが、すぐに動揺を落ち着かせ冷静な声でノブを見る。
「現女王の治世において、この国ではどんな小さな事故や事件すらも発生したことがない。それは女王の、王族に伝わる特異な力のおかげだろう。女王はその力との相性が特にいいと聞いている。彼女が世界的に見ても優秀な知将と呼ばれ、その完璧な治世と統治で一目置かれているその理由はその特異な力故だ。そんな力を持つ天李の治世で突然、事件がが引き起こされた。それも二件も同時に。こんな偶然があると思うか?」
ノブの言葉にアリスは冷静に一筋を見つめる。女王天李。彼女は大国でありながら武力者と能力者の共存を謳うロアドクレイに敵意を抱いている。そのゆえ先の一件ではロアドクレイの使者に対して小国の王が取る態度としては極めて愚かな態度をしてしまっていた。だが、それでも天李は世界が認める天才であることは明らかだ。天李が王となっての十数年、歴史上でも類をみないほど世界の情勢は悪化し、混沌と化している。世界でもトップレベルの5大組織まで大きく揺れたこの時代にこれほどの小国が他国からの支配も侵略も許していない。天陽国は王族から伝わる特異な力を持っており、それを狙う国は数知れないなか、これは極めて異常なことであり、天李の治世がいかに優秀なものかがうかがえる。それに加え、天李の治世は内政も完璧である。天李が即位したその日から事件なども一切起きることはなかったという。そんな完璧を誇る天李が治める治世で、2件も同時に事件が起きた。他国ならば偶然で片付けられるこの件はこの国では偶然で済ませられない。
「スルタの里がこの一件に関与しているかは定かではない。だが、この国では何か大きな策略が動き始めたんじゃないのか?女王の力すら及ばないような大きな策略が」
女王が持つ特異な力の全貌はアリスもノブも知らない。だが、これまで完璧を誇った実績がある女王の力が及ばなかった何かがあり、事件は引き起こされてしまった。女王天李の力をも上回る何かがこの国を襲おうとしている。ロアドクレイは天陽国に協力を要請にきた立場である。ロアドクレイは天陽国と友好的な関係を築きたいと願っている。そのためにも、この一件を協力することで天陽国に恩を売ることも悪くはないだろう。
アリスとノブはこの一件のことを徹底的に調べ上げようと決意を固めたその時であった。
「おー!!また会えたね~!兄ちゃん達」
饅頭屋の目に傷を負っている男とアリスとノブは再会した。男は軽薄な笑みでノブとアリスを見て奇怪に笑い、相も変わらずその異様な雰囲気をその身にまとっている。
「・・・・」
アリスは軽薄に笑う男を嫌悪感を隠すこともなく睨みつけていた。
「そんな顔をすんなよ~。怖い女は持てないぞ~?」
睨みつけられた男はやはり軽快に笑いアリスとノブを楽しそうに見上げる。周りにいた町人は異様な雰囲気のノブとアリスと男の会話に興味を持ち、集まってきた。その様子すらも、この男は想定内であり、聴衆がもっと集まってくるように大きく身振り手振りをしながら大きな声を出して会話をする。
「君たちは、この国に潜むスルタの里の子どもたちを見つけられたかな~?」
男の言葉に周りにいる聴衆も、アリスもノブも動揺し、一斉に男に視線を向ける。たった一晩で世界一を誇る大国アテナ帝国を滅ぼしたスルタの里。この極めて異常な一件の犯人を民衆たちが知らないはずがない。スルタの里の存在は先の一件で全世界へと広まり恐怖と畏怖の対象となった。そんな里の人間の名前をたくさんの人がいるこの場で言葉にするということは禁忌である
「・・・」
アリスとノブはこの男の言葉に反応することはできない。反応の仕方すらわからない。アリスとノブはスルタの里の存在について特別な情報は何も持っていない。だからこそ反応することができない。そしてこの話を深堀しようにも禁忌の存在について聴衆がいる中で深堀することもできない。
「兄ちゃんたちにいいことを教えてやろう。女王は世界に復讐をするつもりだぜ?大国に!武力者に!スルタの里の子どもたちをぶつけることで!この国は世界に宣戦布告をする!そしてこの国は役目を果たしスルタの里の子どもたちに滅ぼされる!」
男は知っていた。アリスとノブが男の問いに答えることができないことを。知っていたからこそ男はアリスとノブを挑発し、聴衆を煽動しつつ、大きな声で高らかに禁忌の言葉を、女王を陥れる発言を、この国を混乱に陥れる発言をしてしまった。アリスとノブは男の言葉に焦り、周りを見渡す。この言葉はこの国自体を混乱に陥れるものである。アリスとノブはこの国に、女王に協力することを決めた。だが、この国が混乱に陥ってしまうとアリスとノブのこの国から協力関係を得るという目標すら達成することができなくなる。それだけは絶対に避けたいことであった。
「兄ちゃん、何言ってるんだ?天李様の判断に間違いはないだろ?」
だが、アリスとノブの予想に反して、聴衆の態度は全く異なるものであった。周りの聴衆は誰も男の言葉に動揺一つしていなかった。聴衆は男の言葉に笑って普通通りの会話を始めていた。圧倒的な女王への信頼。それが、世界の禁忌すらもつけ入るすきを与えない強固なものになっている。女王への不信感すら入る余地もない。動揺すらしない。これはまた異質な国の形であった。
「へー、なるほど~。これが知将天李が治める、天陽国。王を崇拝する心棒者。ぐちゃぐちゃになった時が楽しみだね~。まあ、今回はこのへんにしておきますか。」
男は全く同様すらしない民衆を見て初めて軽薄な表情を一瞬崩した。だが、すぐに楽しそうな表情に変わり、楽しそうににやりとした笑みを浮かべ小さく言葉を零した。
「では、俺はこの辺で失礼しましょうかね」
男はにやりとした笑みを浮かべノブとアリスに背中を向ける。
「待て!」
この場を去ろうとした男にノブは声を張り、男を止める。
「お前のその左腕についている血痕。・・・誰のものだ」
この男は間違いなく危険な人間だ。それは出会った当初から察している。警戒はしていた。だからこそ気づいてしまった。ノブは左腕の服の袖についている少量の血痕に。そして男が何をしたのか、察してしまった。饅頭屋で働いている男がこんな時間にこんな場所をほっつき歩いているはずがない。そして火事ともう一つの事件。あれはあの饅頭屋付近が現場になっていた。となれば辿り着く結論は一つ。この男がつけている血痕、それは饅頭屋の人間のものである。この男は自分を拾い生活を助けてくれた饅頭屋の店主を殺害したのだ。
「流石だね~。ロアドクレイの守護神が一人、ノブユキ」
男はノブの言葉に足を止め軽くにやついた不気味な笑みを浮かべる。そして、誰も知らないノブの名前について触れる。ノブは男の言葉に表情が固まり、引き留めた手が硬直してしまう。
「仕事は退職せざる負えなくなっただけさ。何しろスタッフ全員が不幸な事故に苛まれてしまったからね~」
アリスとノブはこの男が彼らに何かをしたということは予想はついていた。だが、実際に本人の口からきいてしまったら腸が煮えくり返りそうになってしまった。殺人という行為すら悪びれも反省も後悔すらもしていないその口調にノブとアリスは血が上る。
「あなた!」
「よせアリス!」
アリスは頭に血が上り男の元へと駆け寄り怒鳴りつけ、実力行使をしようとするが、ノブが焦りアリスを止める。この場で、アリスの力を見せることだけは避けなければならない。そんなノブの心中を察した様子で男は不気味にただ笑った。
「怒らないでよ~。怖いじゃないか~。そうだ~!君たちに俺からのお土産を持ってあげたよ!すぐにくると思うから受け取ってね!」
苛立ちが収まらないアリスの言葉と行動をさえぎり、わざと大げさに恐れるようなリアクションをしたあと、男は軽快に笑い、一瞬で後方へと飛び、アリスとノブを指さす。
「ロアドクレイより我が国を侵略するために送られてきた密偵、武力者たちを拘束せよ!」
あの男に嵌められてしまった。罠にはまってしまった。アリスとノブが男を追おうとした瞬間、たくさんの鎧を着た兵たちが男とアリスとノブの間に入り取り囲まれた
最近は自分が危機管理能力がないことに気付いた今日この頃です。明らかにやばい人を自然に避ける方法を身に着けたいですね




