14,最後の夜
「ハルトは俗にいう最強・最悪の里、スルタの里の生き残りだ。もっとも、あいつは自分の出自、スルタの里という存在すら覚えていないがな」
ジンに対して圧倒的な実力差を見せつけたハルト。ノブはただその光景に圧倒され、ただその光景を見つめることしかできなかった。ノブはただ、ハルトの御業に圧倒された。それはハルトの圧倒的な強さはだけではない。彼が魔法を放出する瞬間、現れる大量の粒子。誰しもマナを使用する際、大気のマナは出現し、ざわつく。だが、ノブはあれだけの神秘的な美しい光景はノブは一度だけしか見たことがない。強さだけではない。スルタの里の異次元な力をノブは痛感した。
「・・・ハルトは記憶がない。ならばなぜ、あなたは彼をスルタの里の人間であると?彼らは」
ノブは認めたくはなかった。あの、饅頭屋の不気味な男ならともかく、ハルトにはスルタの里のような残虐性は存在しない。ハルトの力は認めるが、噂の通りの人格はハルトは持ち合わせていない。
「ははは!最強・最悪、世界一の大国アテナ帝国らを滅ぼした犯罪者だと?あいつはそんなやつらの一員には見えないってか?ノブ殿、そなたは今、妾やハルトと同じように種族や国で人を測ろうとしておるぞ?」
その圧倒的な存在感と実力を持つハルトに魅了しながらも、ノブはかの残略な復讐者とハルトが一緒であるとはどうしても認めることができなかった。無意識なノブの差別的な発言に天李は笑いながらノブを横目て指摘する。ノブは天李の言葉に図星をつかれたように自分の発言の愚かさに気付いた。その通りだ。この発言はノブたちの組織が掲げている種族共存の反差別主義の理念に反するものである。ノブは自分たちが無意識の差別意識を持っていたことを痛感する。
「差別を失くすというのは難しいもんだ。人は誰もが皆無意識に人を区別している。妾は今でもアテナ帝国のことは大嫌いだからな。子どもたちに復讐という憎しみやこれから背負っていかせる業を考えたら申し訳ない気持ちはあるが、妾は別に彼ら、スルタの里の子どもたちを恐れたことも、憎んだことはない。強い潜在能力と力を持ちながらも、悪夢に魘され、何かに怯えているハルトを見てただ、守りたくなったんだ。妾にはもう、守らせてくれる存在、一緒にいてくれる存在がいないからな。このどうしようもない、何の役にも立たない力ではあるが、妾の持つ全てを全部使ってでもあいつの力になりたくなった。それだけだ」
天李はノブが反省する表情を浮かべているのを見て優しく笑うと、天李は少し寂しそうな表情でハルトの立派な後ろ姿を見る。天李はノブの背中を軽く叩き、鼓舞すると明るく笑った。ノブもそんな天李に改めて感謝を伝え、ハルトとアリスの元へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すみません。彼女に逃げられてしまいました。そのせいであの男にまで・・・ハルトさんは彼に聞きたいことがあったはずなのに、私が足を引っ張ってしまった。本当にごめんなさい」
アリスがハルトに対して深く頭を下げている場面に、ノブと天李は二人の元へと到着した。
「気にすんな。お前がいたから俺はたくさん助けられた。それに、俺は別にあいつを捕らえたかったわけじゃない。俺は、ただこの国の皆を護れたから。それでいいんだ」
アリスの言葉にハルトは肩の荷が下りたように優しい笑みを浮かべる。そして、近づいてきた天李を見て満面の笑みで微笑んだ。
「ノブ殿、アリス殿。これまでの我が国の非礼を詫びよう。今夜の宴にそなたらを招待する。そなたらのの要請はその時に聞くとしよう。それでいいか?」
天李は満面の笑みを見せたハルトを見ると嬉しそうに微笑み、ハルトの後ろに立つと、ノブとアリスに改めて敬意を表し、深く頭を下げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「アリス様、ノブ様。改めて、娘を助けて頂き本当にありがとうございました。そして、あの時あなた方に対して恩に報いれなかったこと本当に申し訳ありません」
アリスとノブは天李に招かれ、城での宴に参加していた。倒壊していた城は民たちの手とハルトの魔法で修復され、国は元通りといえる状態にまで復興した。城では民たちも招かれた宴が開かれ、その宴には、火事でアリスとハルトは助けた奈々と、その母親も参加していた。奈々の母は、アリスとノブが衛兵に捕まった時に、助けになる弁明も何もしなかったことに対して涙ながらに謝罪した。
「いえいえ!この国の皆さんの天李さんへの恩義は理解しているつもりです。全て解決したんですから、そう気負わないでください。」
後悔を背負い、深く謝罪し頭を下げる母親と奈々にアリスは焦り、頭を上げるように促す。この国の人々は確かに武力者を好ましく思っていなかったかもしれない。だからこそ、あの場面で明らかに冤罪をかけられているノブとアリスを誰も助けようとしなかった。だがそれは恨みではない。この国の人間は王である天李に対して特別な敬意を抱いているために現れた感情であった。命を懸け、自分を押し殺しこの国を治め、守り抜いた王に、情と恩義と忠義に厚いこの国の人間が、彼女に感謝し、想いを理解し、尊重する。そのため、天李の意志は国民の意志となる。彼女が怒れば、国民も怒り、彼女が感謝を抱けば、この国の人間も多いに感謝する。異質な国であるとアリスは思う。だが、その異質さも、天李がこの国に尽くしたからこそ生まれた圧倒的信頼故のものである。アリス自身も異質であると実感しながらも、尊敬からくる圧倒的な信頼と感情の共有する彼らの気持ちはよくわかる。だからこそ、奈々の母親やこの国の民を責める気持ちになどなれるはずがなかった。これ以上はいいというアリスの言葉に母親は困ったように顔を上げもう一度深く頭を下げるとアリスの元から去っていった。
「奈々と睦美さんと何かあったのか?」
奈々と母親を見送っていたアリスにハルトが後ろから声をかけた。アリスは声をかけてきたハルトに振り返ると、武力者を嫌っていたハルトが自ら自分の話をかけに来てくれたことを嬉しく思い、微笑んだ。
「いえ、この国の方々は天李さんをとても大切に思っていたことがとても理解できたなと思っただけ。ただそれだけです。」
満足気な表情を浮かべるアリスに、ハルトは大切に思っている天李が褒められたことに嬉しそうに笑い、もっといたドリンクを軽く口にふくむ。
「ハルトさんは、この国の全員の名前を覚えていらっしゃるのですか?」
アリスは先ほどからハルトに対し疑問に思っていた言葉を投げかけた。先ほどの奈々の母親の睦美に対してもそうであるが、ハルトは先ほどからこの宴に来ている者たちを全員名前で声をかけていた。面識があるものと会話をしているという可能性は高いが、アリスはふとハルトの人脈の広さからそのような言葉がでてきていた。
「この国は10万人もいない小さな国だからな。俺はこの国皆に助けられて、今ここにいる。国民の名前を覚えるくらい当たり前だ。それに、天李も当たり前にやっていることだ。」
アリスの質問にハルトは当たり前のことであると誇示することもなく淡々と告げる。アリスはハルトの言葉に天李とハルトがなぜこの国の民から愛されているのかを改めて実感させられる。アリスはハルトに改めて関心した。だが、少し恥ずかしそうに目を逸らしながら自分を見るハルトにアリスは気づき、首を傾げ、ハルトを見上げた。ハルトは何かを恥ずかしがりながらも、アリスを見てようやく口を開いた。
「・・・ありがとう。お前のおかげで、俺はたくさん、大切なことを思い出すことができた・・・だから、ありがとう・・・」
ハルトは恥ずかしそうにしながら、目を逸らし、アリスに対して感謝の言葉を述べた。記憶を失い、ハルトはただ記憶の欠片の悪夢に魘されるだけの毎日だった。その毎日はアリス達ロアドクレイの二人に出会って、変わった。ロアドクレイという能力者と武力者が共存できると信じる組織。その夢物語を信じる二人に出会って、ハルトは夢物語を自分自身が描いていたことを、託された想いを思い出すことができた。何よりも大切な存在である彼らを地獄の果てまででも救い出す英雄になる。そのために、この世界を変える。あの人に託された願いも背負って。辛い悲しい思いだけが記憶ではない。これから掴み取る未来のために、ハルトは進まなければならない。その想いをアリス達のおかげで思い出すことができた。だからこそ、ハルトはアリスに感謝していた。
「はい!」
アリスは素直に感謝を述べながらも、恥ずかしそうに顔を少し赤くするハルトに少し驚いた顔をした後、少し嬉しそうにしながら明るく微笑んで返事をした。
「城下町にいた目に傷を負った怪しい男・・・そなたらは奴を危険人物と判断したんだな?」
ノブは天李と共に宴から離れ、二人で外交の間で、約束していた使者と女王としての情報の共有と交渉を行っていた。天李は、この一件を整理するために、ノブから得た情報を聞き、考え込む仕草をする。
ノブの言葉に少し考え込むような仕草をする。
「そなたらの証言で妾も城下の饅頭屋を調査した。そなたらのいうように、あの場にいた全員が火事で焼け死んでいる。そなたらのいう目に傷を負った男が殺して火をつけたと考えるのが妥当だろう。妾は奴の情報を持っていない。恐らくこの国の結界を掻い潜り、潜んでいたのだろう。恐ろしい男だ。この国のっ結界も見直さなければならんな」
天李は自分の不甲斐なさに大きくため息を吐くとノブに謝罪をするために頭を下げた。この国を囲っている探知結界と防御結界はとても強固であり、性能の高いものだ。この結界があったからこそ、この国はどんな戦乱な時代でも守られてきた。その結界を天李に知られることなく、突破できる人物となれば、やはり、普通でないということだ。
「奴はジンたちの襲撃も、ハルトの素性も全て知っていた。間違いなく、これから先無視できない存在になるでしょう。」
ノブは入手した情報を簡潔に伝えた。ノブから得た情報に天李は頭を抱えくなってしまう。ノブの情報から推測するに、目に傷がある男はあのジンに匹敵するか、それを上回る存在となる。ジンと同じく、人を傷つけることも厭わない残忍な性格であるその男も、この国で、何かを企んでいる。その狙いが天李の持つ特異な力であるならばそれでもいい。だが、この国で天李の特異な力をも上回る存在であるハルトが現れた以上、奴らの狙いはこの国でも天李でもない。ハルトであると確信していいだろう。
「分かっている。これ以上の問題は妾の力だけではどうしようもできない。それは今回の件で痛感している。」
ジンたちの一件で痛感した。自分は全く役に立たなかったということを。自分一人ではハルトを守り切ることはできなかったということを。たくさんの国々に狙われるこの特異な力。だが、この力をもってしても、天李はハルト一人すら守り切ることすらできず、傷つく姿を見ていることしかできなかった。ジンと同等かそれ以上の実力を持つ目に傷がある男がこの国で何かを企むことがあれば、自分たちの力ではまたどうすることもできないだろう。
「そなたらの要請をのもう。我が天陽国は、貴国ロアドクレイと同盟関係を結ぼう。」
天李は大きくため息を吐き、観念したように笑いノブを見る。この一件で天李は痛感させられた。今回の一件ははじまりにすぎないと。この世界ではこれから大きな混乱と戦争が始まる序章でしかない。そして、その渦中の中心は、ハルト。この予感は絶対だ。特異な力を持つ天李がその力で予測し、確信している絶対の出来事。今思えば、ロアドクレイの使者が来たその時から自分がこの決断をすることにも天李は気づいていたのだろう。だからこそ、ロアドクレイの使者の二人に対して王としては許しがたい隠しきれない嫌悪感を抱いていたのかもしれない。だが、例え手放すことになろうとも、大切な存在を守れない自分ではいたくなかった。これから引き起こされる大きな戦いは、小国では対応できるものではない。だからこそ、自分が信じられる、大切な存在を任せられる存在は自分の目で見極めたかった。武力者によって、大国によって天李は全てを奪われた。強大な相手の前には小さな力では対抗することも抗議することもできないことを知り、歩み寄ることすら、恐ろしかった。だが、もう変わらなければならない。選択しなければならない。大切な存在を守るためにも、最善の策を。天李がこの国で王たる所以はその力を持っているからなのだから。
「同盟を結ぶ変わりに、そなたらには一つ条件がある」
天李はノブに対して同盟を組むための条件を提示した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「一見落着~ってところかねえ。恐ろしいなあ?あんたの描いた通りの結末になったみたいですぜ~?。ボス。」
暗い町の中心に聳え立つ城や城下町はたくさんの明かりと賑やかな声で賑わっている。目に傷を負った男は町から外れた場所で塀の上に立ち、その様子を見て上機嫌に笑った。
「あんたの言った通りの役者、そして、結末になった。俺の行動すらも、あんたの筋書き通りだったってわけか。あんたの目には一体何が見えてるんだろうなあ?」
男は、木の陰にいる人影の気配を感じ取り、上機嫌に笑う。この人影にいる人物の予想通りに全てが動いた。ロアドクレイの使者が現れること、スルタの里の人間が動き出すこと、そして、ハルトが奴らを退け、英雄を目指すこと、そして、頑固な女王が選んだ選択。全てこのボスの想定範囲内だ。
「まあいい。あんたにつくと面白い。最後まで、付き合ってやんよ。あんたの描く、あの弱虫の英雄君の行く末も見届けたいからねえ~」
男は塀から飛び降り、人影と共に、この国から姿を消した。。
昼夜逆転とは何時に寝て何時に起きることだろう。




