10,敬愛
時はアリスとノブが地下牢に閉じ込められていたころにさかのぼる。
「女王の憎しみがあれほどのものとはな・・・」
天李の言葉激しい憎しみの言葉を考え、ノブは大きく溜め息を吐いていた。ロアドクレイも、アリスやノブ個人もこの国や天李に対し、憎しみを抱かれることも、関与もしていない。彼女の憎しみに対して何の責任もない存在だ。先の一件も二人は濡れ衣を着せられているが、それはあの男が着せた濡れ衣だ。その件に対してアリスとノブは天李を責めるつもりはない。彼女はただ王として自分の仕事をしただけだ。あの件で部外者の使者は怪しいと言わざる負えない。ロアドクレイでも同じ立場ならそうするだろう。問題は天李がロアドクレイを、大国を端から信用していないということだ。天李は自分の大切な存在を一度失っている。必死なのだ。大切な存在を二度と零れ落ちないようにするために。過ちを繰り返さないためにも神経質になり、他者の言葉に聞く耳を持つこともない。武力者と手を組み、大国であるロアドクレイに対して天李に対しては特に信用するつもりもなかった。関心をもってすらいなかったのだ。関心を持たないということはどうしようもできない。関心を持たないくらいならば、憎まれている方がまだましだった。憎むということはその裏に期待があったからこそ生まれる感情であるのだから。期待も憎しみも向けない感情に訴えることができるものは何もない。そしてもう一つ、彼女の話から気づいた不可解な点がもう一つあった。
「・・・女王の子が死んだということはどういうことだ?女王の子、ハルトは生きてるじゃないか」
ノブは考え込み、思考を巡らせる。今回の天李の話で得られた情報はとても大きい。天李の情報でノブとアリスはたくさんの疑問が解消できた。だが、一つの疑問が解ければもう一つの疑問が浮き出てしまう。その突如だった。大きな爆発音とともに、地下牢の壁や天井が倒壊を始めた。
「なんですか!?」
地響きと爆音にアリスもノブも反応する。地下牢は倒壊し、天井の瓦礫がノブやアリス、そして衛兵をも襲った。
「アリス!」
「はい!」
その瞬間、アリスは自分自身にかけられている手錠を砕き、地下牢の檻を蹴り破る。武力者の中でも実力者のアリスにとって、この程度の錠や檻は意味をなさない。今までこの拘束を解かないでいたのはあくまで交渉の意志があることを見せるためだった。アリスは天井から降りてくる瓦礫を一つ一つ打ち砕き、兵士とノブを救う。アリスは全ての瓦礫を打ち砕き、ノブの手錠をも砕き捨てる。
「・・・ありがとう・・・ございます・・・」
兵士は武力者であると聞いていたアリスが能力者である自分自身も助けてくれたことに驚いたように目を見開きながらアリスを倒れこみながら見上げる。
「構いませんよ。お気になさらず」
アリスは驚いた表情をする兵士に向かって優しい笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
「俺たちは別にこの国の人間と敵対する気はない。残念ながらこの国の女王様には全く伝わらかったがな」
ノブは驚いた表情をする兵士に向かって大きくため息を吐き、これからの作戦を考える。状況が全く読めない。何が起こったのか全く理解ができない。だが、それはこの兵士も同じだろう。ノブとアリスと同様状況が全く読み込めない表情をしている。そうなるとこの状況はノブとアリスを狙ったものではないのだろう。
「・・・陛下はあなた方の組織と同盟を組むことはないでしょう。いえ、あなた方に限らず、どの国であろうと。この国のを狙うべく数多の国が襲ってきても。例え、全世界を敵に回しても、陛下はどことも同盟を組むつもりはないでしょう。」
ノブの言葉を受け、兵士は硬く閉ざしていた口を開いた。兵士は分かっている。天李が他国に、大国に、武力者に抱く憎しみを。そして、他国がこの国の王族の力やこの国の国力を狙い、幾度となく侵略を狙ってきたことも知っている。だが、それでも天李はどこの国とも同盟を組むこともなく、たった一人でその王族に伝わる特異な力でこの国を護り抜いてきた。
「全世界を敵に回してもって、そうなればこの国はただでは済まないだろう。彼女は女王だ。そんな道を示せば国は揺れる。王として、私情で国を陥れるべきではないだろう!?」
ノブは兵士の言葉に言葉を見出し王としての責務を問う。これまでこの国は確かに女王の特異な力で切り抜けることができていたかもしれない。だが、この世界は今や混沌の戦乱の時代だ。スルタの里などたくさんの脅威があるこの時代で、たった一人で国を守り抜くことは不可能だ。自分の憎しみがどれだけのものであろうが、天李は王である。自分の私怨に国民全体を巻き込むことは許されない。戦に負ければ、侵略を許せば傷つくのは天李一人ではない。この国の民全員なのだ。だが、その言葉に兵士は寂し気に笑い微笑み首を横にふる。
「いいえ。陛下はこの国を滅ぼすことはありません。他国と手を組まずとも、陛下は命をかけてこの国を守り抜きです。我々は別にこの国が滅んでもいい。そう思っています。陛下一人が苦しむくらいなら、こんな国、滅んだ方がいい。例え陛下がこの国を滅ぼすつもりでも、一人残らず、この国の民は、陛下の選んだ道を受け入れます。」
兵士の言葉にアリスとノブは驚愕し、目を合わせる。何を言っているのだろうか。そのような国は存在するはずがない。自国を滅ぼすことを黙って受け入れる国なんて。洗脳されているといわれてもおかしくない。王一人の憎しみにこれからの自分の家族の人生がかかっている。そんな自分たちに危害が及ぶ政策を及ぼそうとしている王に反旗を翻さない国などあるはずがない。
「我々はずっと・・・・ずっと見てきましたから。陛下を。殿下を・・・そして王子殿下を。・・・陛下一同は本当にお幸せな家庭を築かれていました。内政も外交も安定している中、陛下一同は我々の生活も常に気にかけてくださっていた。我々は本当に幸せな生活を過ごさせてもらっていた。そしていつの日か、陛下一同の幸せを見届けることが我々の幸せになっていました・・・」
悲しい瞳をした兵士の言葉にノブとアリスは静かに聞き届けることにした。
「・・・そんな陛下の幸福は突然奪われた。王子殿下はアテナ大国に誘拐され、アテナ大国の人間に殿下は殺されてしまった。・・・あの時の陛下は本当に御いたわしいお姿だった・・・・あんなに幸せに築かれていた家庭が・・・あんなにも家族を大切にされていた陛下が家族を一瞬で失った。相当な苦しみを抱えていらっしゃったでしょう・・・」
兵士は暗い表情で思い返すようにノブとアリスから目を逸らす。表情から見て伝わってくる。この兵士は本当に天李や天李の家族のことを大切に思っていることを。
「・・・ですが・・・陛下には・・・殿下の死を悼むことも・・・生死分からぬ王子殿下を探しに行くことすらできなかった・・・・・・・最大最悪の・・・歴史上最も死者を出した大戦時代。各国の王が、自国が生き抜くためにこの国の力を、そして王族の力を欲した。陛下は御自身が最も辛い時期に嘆くことすらできず、そして我々を見捨てることもできないまま、この国を全力で守り抜いてくれた。」
大戦時代のことはアリスもノブも記録でしか聞いたことはない。十数年前の最悪の時代、大戦・戦国時代に各国、各主義者が自分の利益のために争い、多くの犠牲者を出した無惨な時代であったことは聞いたことがある。現在ではその時代を繰り返さないよう、五大組織がこの世界を筆頭となり、取り締まりこの世界の秩序を守っている。そんな歴史の過ちと過ちと呼ばれる大戦・戦国時代の中で狙われていた国の一つがこの国であったということだ。この国は地形、そして生産物、特殊隊、そして王家に伝わる秘匿な力。どれをとっても各国にとって手に入れたいものが揃っている。そこを狙われたということだろう。
「一年後・・・世界大戦が終わり、陛下が王子殿下をようやく迎えにいくことができた頃には・・・既に殿下は亡くなられていた。王子殿下を一刻も早く迎えに行く為にも、不眠不休で仕事を為され、殿下の葬式も火葬もすることができなかった陛下は、ようやく冷凍保存されていた殿下、そして王子殿下の葬儀を、大戦が終わった後に、ようやく遂行することができました・・・我々を守るために、陛下は御自身の大切なものすら守ることを諦めさせてしまったのです。」
一年間もの間、私情を押し殺し、国、そして民を守るために母であること、そして妻であることを捨て、天李はこの国に尽くしていた。でもその結果がこれだ。これだけの喪失があって心が無事であるはずがない。
「ですが・・・陛下は壊れてしまった。大切なお二方がご崩御され、毎日倒れるまで公務を為され、自分を押し殺しどんな時でも我々国民のために尽力される・・・陛下の跡継ぎはいない・・・殿下は一人で尽力される他、道はなかった。ですが・・・我々はもう満足なのです。陛下がいなければこの国は滅んでいた。我々はもう、陛下の犠牲で十分幸せを与えてもらった。我々はもう十分幸せなのです。だから今度は陛下自身の幸せを。それがこの国の民の全員の総意なんです」
ノブとアリスはここまでの話を聞き、ようやく理解した。自分を捨て、国を選び、壊れた女王を、自分たちのために尽力する王を、国民はしっかりと見ていた。民を愛し、民から愛された王。だからこそ、彼らは感謝し愛され、幸せを望まれるほどの存在になった。これこそが、他国からは異常と恐れられる崇拝と人望を持つこの国の女王、天李の正体だった。
「でも、そうなったらあいつは、ハルトはなんだ?ハルトは、女王の息子じゃなかったのか?」
ここまでの話を聞くところによると天李の話にハルトは一切でてきていない。そして兵士の話によると、跡継ぎはいないということはこの国の王族は天李以外存在しないことになってしまう。だが、天李はハルトのことを自分の子と呼んでいた。ハルトは養子とでもいうのだろうか。
「いえ。ハルト様は陛下の実の御子ではありません。・・・ハルト様は迷い人。ですが、陛下はハルト様を実の御子のように思われています。ハルト様がこの国に来て、陛下は昔の陛下に戻りつつある。ハルト様がこの国に来て、陛下は変わられた。我々は感謝しているのです。ハルト様にも。陛下にも。だからこそ、今度こそ、我々は陛下、そしてハルト様の幸せを望んでいるのです。」
兵士の言葉にノブとアリスは確信した。この国の根源はこれであったということを。この国の人間は結束力が強い。王は民を想い、そして民は王を想う。非常に愛が深い人間性なのだ。だからこそ、愛は悲しみへと、絶望へと変化する。
「なんで俺たちにそんな話を・・・」
その突如だった。アリスとノブ、兵士一人一人に光の膜が包み込む。マナの防御結界。この一人一人を守るマナの強度はとても複雑で強固なものである。
「これは!?」
「天守殻・・・ハルト様の防御結界です。先ほどの揺れと今回の攻撃、どこかからの襲撃があったのでしょう。ハルト様も、我々を守るために、無理をなさる。我々に防御結界が張られているということは、ハルト様は全国民に強力な防御結界を張られたのでしょう。」
ノブの言葉に兵士は目を伏せ歯を食いしばり答える。兵士は分かっている。この力を使うということがどれだけハルトに負担をかけているのか。自分たちがハルトにとってどれだけの負担になっているのか。だからこそ、歯を食いしばり己の無力感に歯がゆくなってしまう。
「天守殻なんて高等魔法を全国民に!?そんな!無茶です!!!そんなことしたら!」
アリスの言葉に兵士は目を伏せ、言葉を絞り出す。兵士のノブもアリスも目を見開く。ありえないのだ。天守殻とはマナを物質に変換させることのない、純粋なマナを凝縮させ、硬直させる魔法である。だが、純粋なマナ故にその術は高度な魔法になる。天守殻は物質に変換させることはない故に広範囲に使用することはできるが、マナの質と量と高度な調整がとても重要になる高等魔法。これだけの固く高度な魔法を国民一人一人に防御結界を張る。正気の沙汰ではない。普通の防御魔法どれだけの負担と疲労、マナがかかると思っている。通常の人間ならば1秒もせずマナを使い果たして死んでしまう。いや、できるはずもないのだ。一人一人を感知し、全員に結界を張るなんてことは。
「してしまうんです!!ハルト様までもが!我々を見捨てて自分の身を守っていただけたらどんなにいいか!それでもハルト様も陛下も我々を守ってしまう!!!我々は!陛下やハルト様の重荷になってしまっている!!!」
兵士は涙を流し、崩れ落ちる。国民一人一人が感じている。自分たちがどれだけ天李達に守られてきたか。こうして何か災害に見舞われるたびに守られ、そして無力さを痛感する。だからこそ、民は全てを受け入れる。この国が滅びようとそれで彼らの負担が減るというのならば本望だ。無理をする天李達を見続けてきたからこそ、苦しんでいる。
「・・・ロアドクレイの使者様。なぜ、わたしが陛下の話をなさるか疑問に思われていましたね・・・」
兵士は憔悴しきった目でノブとアリスを見ると、正座をしたまま美しい姿勢をしたまま、頭を地面に擦り付ける。
「どうか・・・我々を・・・いや、陛下とハルト様をお助けくださいませんか。これだけの仕打ちをしているんです。都合のいい話ということは承知しています。それでも、我々ではお二人を助けることはできない。我々ではお二人の重荷になってしまうから・・・だから!!!どうか・・・我らの陛下とハルト様を助けてください」
兵士は分かっているのだ。自分が二人の力になれないことを。足でまといになることを。地上では大きな爆発音が何度も聞こえてきている。地上では大きな混戦になっているのだろう。自分の無力さが歯がゆいだろう。兵士の声が震えている。大切な存在が苦しんでいる時に自分が無力な存在であると痛感することは非常に苦しいことだ。だからこそ、
「お任せください!絶対にハルトさんを、天李さんを守ります。優しいお二人を、決して死なせません!」
「もちろんだ。そのために俺たちはこの国にきたんだ!」
アリスとノブは必至な兵士の懇願にはっきりと言葉を返す。この国に来たのはもとより、協力関係を結ぶため。信用してもらうためには、まず、それだけのことを行動で示す必要がある。
「ありがとう・・・ございます・・・」
兵士は涙を流し、頭を下げたまま、何度も何度もお礼を繰り返した。
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そして時はもどり、ハルトと天李の窮地にアリスは駆け付けた。
「ただのアリス・・・ハルトさんの助っ人です!」
アリスのはっきりとした言葉にジンはイラつきを隠さず、アリスに対して殺気を放ち睨みつけた。
兵士さんの名前、何にしましょう




