パソコン室の幽霊2
ギュッと、音がして、ワイヤーが止まった。足を伸ばすと、地面に当たる。どうやら、一番下まで落ちたらしい。
「…ここが、パソコン室の神域ですかぁ…」
「思ったより広いね」
体育館ほどはあるのでは無いかという空間が、地下に広がっていた。…と、言っても、勿論体育館なんかとは全然違う。
赤い壁からは、なにやら鉄臭い赤い液体が糸を引いている。視線を移せば、蠢く無数の眼球と目が合う。そして、程々に湿度が高く、生暖かい。ここに数時間もいれば、熱中症にもなるだろう。その前に、普通の人なら正気か気を失うだろうが。
「…貴方の推理が当たったということですかぁ…」
上機嫌でパソコン室だった部屋を散策する陽炎に、おりがみさんも付いて歩く。
「学校とかには、怪異が住み着きやすいからね。神域も発達しやすいんだよ。この広さだけど、ここ十年位のものじゃないかな?」
「…で、これからどうするんですかぁ〜?怪異のかの字すら見当たりませんがぁ…」
おりがみさんの言う通り、ここが怪異の家…神域にしては、やけに静かだった。時折壁の眼球が蠢く音や、滴る赤い液体の流れる音が、やけに耳につく。
どうやら、神域を留守にしているらしい、と、おりがみさんは見当をつけた。
「そうとも限らないよ」
「心を読むのはやめてもらえませんかぁ!?」
陽炎曰く、怪異は居るらしい。…何処に?
「怪異は、貴方の後に!!とか、定番のネタやりませんよねぇ…??」
「残念ながら、そこには居ないんだなぁ〜」
今から呼び出すよ、なんて、陽炎は笑った。…呼び出すとはなんだろう、と、おりがみさんは首を傾げる。
陽炎が取り出したのは、降りて来る時に使ったワイヤーだった。…どうやったのか、それは、陽炎の腕にしっかりと巻きつき、離れた事は無いと言わんばかりの様子だった。それを、少しほどいて…と、思った瞬間。
ワイヤーが、スルスルと音を立てて、ちいさなナイフへと変わった。
「…は?え…どうやったんですかぁ!?」
「簡単。ワイヤーをぐるぐる巻きにして、小型ナイフの完成!!薙刀までなら作れるよ」
「簡単完成!じゃないですよぉ!?」
確かに、私と戦った時も何処からかナイフ出してましたねぇ!?アレ、そういうことだったんですかぁ!?と、おりがみさんは、少し不満げだ。
騒ぐおりがみさんをなんのその、陽炎は完成した小型ナイフを…思いっきり神域の壁に突き立てた。
「…はい?」
次の瞬間響いたのは、怪異のものと思われる断末魔の様な叫びだった。
壁と地面はグラグラと揺れ、壁の眼球は一気に焦点が合わなくなる。ナイフを刺した所からはベタベタとした赤い液体が噴き出し、陽炎を美しく染め上げた。
「…まぁ簡単に言うとね。ここは、怪異の体の一部を使って作られた神域なんだよ。こういう気持ち悪い神域は、そういうパターンが多いからね。覚え得情報だ」
「ぜんっぜん全く要らない情報の間違いでは!?」
「この神域の形状からして…。目を使われているのかな?」
陽炎はナイフを壁に突き刺したまま、走り出した。握られたままに動くナイフは、壁を抉るように走り出す。
先程のと似通った絶叫が響き渡り、壁が、床が、グワングワンと揺れ動いた。
そして、突然揺れも絶叫も収まると…。…ドンっと音がして、何かが落ちてきた。壁の中から出てきたらしいとはそれは、赤いベトベトで綺麗に包まれていた。
「…来るよ。おりがみさ…」
陽炎が言いかけた所で、おりがみさんに赤いベトベトが飛び掛かった…!!かろうじて避けたおりがみさんは、瞬時に、壱花 未来の姿から、本来のおりがみさんの姿へと変わった。
「…速いですねぇ…。あれと、どうやって戦うおつもりですかぁ?」
「あ〜あ…。おりがみさん、元の姿に戻っちゃった…。壱花 未来ちゃんも可愛かったのに…」
「言ってる事が変態さんですよねぇ、貴女。…で?どうするんですかぁ?」
トントンっと足踏みをしながら、おりがみさんはたずねた。戦闘準備は万全な様子だ。
赤いベトベトはおりがみさんに飛び掛かった後、数回蠢いたかと思うと、人形へと姿を変えた。…悍ましい姿だった。紅い血肉が体の表面に顕になっている人間のような、しかしそいつには、目というものが無かった。陽炎の言う通り、目は、神域に使っているだろう。
「パソコン室の神域の主…。…その正体は、霊でもなく怨念でもなく、「呪」といったところかな?」
「呪なら、私の出る幕は無いですよぉ?私達は魂が存在するものしか対応できませんから」
「うん。じゃあ、おりがみさんがアレを倒そうか」
「話聞いてましたぁ????」
呪とは、人の気持ちが具現化したもので、魂は存在しない。魂専門の死神には、少々分が悪い相手なのだ。…が、それをたおせと命じるのは、神殺し。…嫌過ぎる。嫌だ。…が、しかし、命令されれば仕方がない。
おりがみさんははぁぁぁ、と深ぁいため息をつくと…。…爪で手を抉った。流れ出した血が段々と形を形成し、いつの間にか巨大な鎌が完成していた。
「私には武器何処から出したんだぁっとかいうくせに、自分の武器もおっかなびっくりなものから作ってんじゃん」
「…おっかなびっくり…って…。…死神は自分の血液を武器に変えるんです。貴女なら知ってたでしょう?」
胡散臭い笑みを浮かべる陽炎を横目に、おりがみさんは、鎌を手に…。…呪に向って駆けた。
標的をおりがみさんにしたのだろう。呪は、粘性の在る液体を糸のように使い、おりがみさんを襲った。…がしかし、それはおりがみさんに届く前に、鎌に切り刻まれてしまう。武器の大きさを感じさせない動きで、おりがみさんは、軽々と鎌を振り続けた。横から、前から、後ろから迫る糸を、切って切って、駆けた。
呪の正面に辿り着いたおりがみさんは、呪を鎌で斬り裂いた…!!…が、しかし、やはり魂が無い者と死神では相性が悪いらしい。斬り裂かれたように見えた呪は、何も無かったかのように立っていた。
「…あ゙ー!!!面倒ですねぇ!!!」
「おりがみさんもしかして、呪呪倒し方知らない??」
「知ってます!!呪の心臓部、呪物を破壊、または取り出す!!でも!!それが出来ないんです!!」
「それまたなんで?」
「死神は!!魂を刈り取る事に特化しているので!!魂しか感知出来ないようになってるんですぅぅぅ!!」
コイツ本当にムカつくな、それ知らないで呪にぶつけたのかよ、なんて、おりがみさんの心の中は阿鼻雑言で溢れたが、実際に言えるわけがない。一方で陽炎は、そんなおりがみさんの様子を眺めながら、ふうん、と呟いただけで、助ける様子が見られなかった。
「も゙ーこうなったらヤケです!!」
おりがみさんは手伝ってくれない神殺しにも、目の前の呪にも怒り心頭だった。おりがみさんは、攻撃を避けながら呪まで駆けて距離を詰めると…。…武器を強く握りしめた。すると…。…武器はブチュっと汚い音を立て、巨大な鎌から日本刀へと姿を変えた。
その日本刀でおりがみさんは、目の前の呪を細切れに切り刻んだ…!!
「…面倒なので…呪物ごと細切れにさせていただきます」
ビャっと刀に付いた血を払うように刀を振るうと、呪血が完全に落ちたと同時に、それはおりがみさんの手の中にシュルシュルと戻っていった。呪はグオオっと短く呻いただけで、元の形に戻る事は無かった。よく見ると、呪の体の中から、斬られた、四角いプラスチックの何かが出ているのが見えた。
「…今回の呪物は、小学生がこっそり学校に持ってきていたおもちゃ、といったところですかねぇ…」
「大切なものだったんだろうね」
やっとおりがみさんの方に来た陽炎は、おもちゃを横目に、そう呟いた。