神殺し
学校には、妙な透明な壁が存在する。カーストと呼べる程硬く強固な物でもないが、それは確かにある。壁を挟んで階段状のそれは、上と下とでの、話題、声の高さ、会話に巻き込む人数が全く違う。
一昨年の事だっただろうか?そんな階段の上から下全ての壁を突き抜け、こんな噂が広がった事があった。
サラリーマンが、校庭で自殺した
何故か妙な説得力を持っていたそれは、学年、階段の上下問わず、皆の耳に入った。
人の死は、それほどまでに力を持つ。
だが、今回、ある少女が死神に殺された事は、話題にすらならなかった。
人間がこの世の者では無いものを恐れる事、信じない事を除いても、人死が話題にならない事はおかしい。少なくとも、少女が死んだことは話題になる筈だ。
…何故、こんな不可思議な現象が起こっているのか?…答えは簡単。少女が生きているからだ。
――――――――――
不服そうな、殺された少女を見つめる。
茶髪を肩まで伸ばし、頭の上にアホ毛をちょこん、と生やした眼鏡の少女。少女は、昨日、学校の裏で死んでいた。陽炎が見つけた時には、もう息絶えていた。
その彼女が、今、学校の椅子に腰掛け、黒髪の少女と対面していた。
黒髪の少女は、陽炎である。片目に包帯を巻いた彼女は、癖のない艷やかな髪を肩で切りそろえ、胡散臭い笑みを浮かべている。
2人は、放課後の教室にいた。皆が帰ってしまった、2年1組の教室。端の教室なため、忘れ物でもない限り、誰かがこれから来ることも無いだろう。
暫く、無言の2人。先に口を開いたのは、茶髪の少女だった。
「…そろそろ、教えてくれても良いんじゃ無いですかぁ?なぁんで、こんな事を私に強いているのか」
何処か聞き覚えのある、間延びした声。茶髪の少女は足を机の下で組み、高圧的に問うた。
少女が死んでから、丸一日。別に過去に戻ったから彼女が生きている訳でも、そもそも彼女は生きている訳でもない。
「そう、焦らないでよ。壱花 未来ちゃん。…いや、放課後なら、「おりがみさん」だね。」
陽炎は、目の前の少女…壱花 未来に、おりがみさん、と言った。
それもそのはず。壱花 未来は、昨日の放課後、学校裏で死体になったのだ。…では、今、陽炎の前にいる壱花 未来は何者なのか…??その答えこそが、先程の陽炎の言葉である。
「1つ、おりがみさんは、壱花 未来として学園生活をおくる事
1つ、私の計画に、全面的に協力する事
…そういう条件で、君は生き永らえているんだよ」
陽炎の言葉に、憎々しげな顔をするおりがみさん。だがしかし、先程の問いには答えを必要としていた。
「その、貴方の計画とやらが知りたいんです。神殺しの一族が、こんな低位の神を使うなんて事、あり得ない。…貴方、何をしでかすつもりですかぁ?」
「神殺しなんて、恥ずかしいなぁ〜。陽炎ちゃんって呼んでよ」
「…茶化さないでくださいよぉ…」
はぁ、と、深いため息をつくおりがみさん。そんな様子を、陽炎は、ニコニコと眺めている。
おりがみさんは、死神だ。死神は、知名度の割には神としての格が低い。なので、神殺しは目に入れることもない相手な筈だ。なのに陽炎は、おりがみさんなんて名前を付け、妙な事を命じようとしている。気にならない筈が無かった。
「…神殺し。現在に至るまで、何千の神々を伝説上だけのものにしてきた、謎多き一族。…まだ中学生とは言え、私にこんな命令をする人物ですよぉ?気にならない訳無いじゃ無いですかぁ」
「カッコつけすぎだよ〜。…けど、まぁ良いよ。話したげる」
おちゃらけた空気をその場に残したまま、中学生らしいととても言えない包帯顔をニッコリと笑わせ、陽炎は口を開いた。
小春日和の今日、少し開いた窓からの風は冷たかった。
「…私、次代閻家当主なんだよね」
ガタリと音を立てて、おりがみさんは立ち上がった。あり得ない、と呟きながら。
おりがみさんの反応は、もっともであった。閻家は、神殺しの一族。その次代当主が、こんな普通――いや、包帯をして、胡散臭い笑顔を浮かべている時点で普通ではないが…。
「…本当、ですかぁ…?」
「本当本当。マジだよ。…んでもって、ここから本題ね」
何処かおちゃらけた空気を残したままの陽炎。だがその口から出された音は、凶器に近い意味合いを持っていた。その凶器に、体を貫かれた錯覚をするおりがみさん。
だがしかし、先程の、は序ノ口だという。確かに先程のでは、おりがみさんを生かした理由にはなっていない。…その口から、次はどんな爆弾が投下されるのか…?おりがみさんは、身を固くして待つ。
「…当主は、まぁ平たくいうとね、すぐ死んじゃうんだ。だから私は、君を使って余生を楽しく生きたいの」
「…?それだけ…ですかぁ??」
「うん、それだけ」
「…じゃぁ、計画って、私を使って楽しく余生を生きるってことですかぁ??」
「流石おりがみさん、分かってるねぇ」
はぁ!?と、おりがみさんは叫びたくなったが、流石にやめた。要するに、死神を暇つぶしに使おうというのだ、阿呆過ぎる。…いや、普通の人間であれば、阿呆で片付いただろう。言ったのが神殺しであれば、馬鹿にならない。
「ぐ…具体的には、何をするとかは…??」
「う〜ん…おりがみさんに任せるよ。君が、私を楽しませて」
はぁ!?と、流石に今回は叫んだ。
神殺しの次代当主様は、娯楽をお求めらしい。しかも、殺す以外に能が無い死神に。
「あんた、阿呆でしょう!?娯楽を求めるなら、芸能の神とかに頼みなさいよ!!」
「ううん…なんか、なんとなくね、良いなぁって思ったのが、おりがみさんだったんだ」
「そりゃどうも!!ありがたくもなんとも無いですがね!!」
はぁ、とため息をつき、頭を抱えるおりがみさん。そんなおりがみさんを、さんざん陽炎は笑った。笑って笑って暫くして、頭を抱えるおりがみさんに、ポツリと言った。
「…どうしても、私を楽しませられないっていうならさ…。…私と一緒に、十柱の神々を探してくれる?」
「…十柱の神々…??」
「そう。十人揃えば、世界を滅ぼせるという伝説の神々を揃えるのが私の…「どうにかして貴方を楽しませる方針でお願いしまぁす…」
こうして…。殺すしか能のない殺しの神、死神のおりがみさんと。神殺しの異名を持つ一族、閻家次代当主、閻 陽炎による。これは、そんな2人が主人公の物語の、はじまりである。