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オーリィと黄金の林檎 ~蛇の娘と蝙蝠の母・「麗しき蛙売り」外伝~  作者: おどぅ~ん


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8 ~品評会・審判~(2)

「これでよし、と」

 オーリィへの恩赦の審判という、思いがけないクライマックスをもって終了した、品評会の式典。やや興奮のおさまった会場、見物の村人は祭りの出店に寄って粘る者もあれば、三々五々引き上げていく者も。

 ただ、会場の前には依然、大きな人だかりが残っていた。りんご農婦たちに丸く囲まれたただ中で、オーリィの首枷を外す作業が行われていたからだ。

 戻って来たメネフの携えた道具で、長老が首枷の蝋の封印を割る。

「さて……?」

 誰に首枷を外してもらおうか、と。長老は思わせぶりに目配せ。普段なら我先に手を上げるはずのケイミーが、何故か今はおずおずと「遠慮」しているのだ。すると。

「ケイミーさん、これをどうぞ」

 どこから誂えたのか、シモーヌが、水の入った手桶と清潔そうな布巾を、ケイミーに手渡した。

「あなたが最初に着けてあげたものです。あなたが外してあげて下さい。それからこれで、首を拭いてあげて」

「シモーヌさん、だったら。首枷はあたしが外します。それはアナタが使って下さい。オーリィをきれいにしてあげて。

 あたしは、アナタにやってもらいたい。お願いします!」

「私が……?でも私は……」

「この子のお母さんは、別にこの村で一人だけじゃなくていいと思います。義理の親、育ての親、心の親!よだか婆ァ様だって『教えの親』なんでしょう?何人いたっていいじゃないですか!あたしだって偶然先にこの子に出会えただけ。

 あたしは、この子には、沢山の人の愛情が必要だと思うんです。あたしだけじゃ、分けてあげられない愛もきっとある、だから、それにアナタなら……!」

 ケイミーの眼差しに、シモーヌは顔を伏せる。迷い。

 ならば、と。ケイミーはすかさずオーリィの背後に回り、首枷の留め金を外し、首から取り去った。そして外した首枷を長老に手渡すと、先ほど、自分に差し出された手桶をにこやかに笑いながらシモーヌに差し出した。

「どうぞ、シモーヌさん!」

 その勢いと笑顔にほだされたのだろう。ようやくシモーヌは感謝の会釈を返して、オーリィの首を布巾で清める。繊細な手つきに、見守るケイミーが陶然として呟く。

「やっぱりお母さんの手つき……あの時もそう思った……お願いしてよかったよ」

 その言葉を聞きながら、しかしシモーヌはやや表情を硬くする。ケイミーの心遣いに感謝しつつ、なればこそ!彼女にはもう一つ、この場で決着しなければならないことがある。オーリィの首の清拭を終えると、シモーヌはキッと覚悟の表情に返って、長老に向き直った。

「長老様、お願いがもう一つございます。

 ……お預けしていたお裁き、どうかこの場で!」

「え?!……あ~、それ?それね?困ったな、いやシモーヌ君、もういいんじゃないの?いまさらヤボでしょ?ね?今日はおめでたい日なんだしその……

 そっちの方も『恩赦』ってことでパーっとね!それでどうシモーヌ君?!」

「長老様!!」

 おどけてはぐらかそうとする長老に、シモーヌはなおも食らいつく。

 長老は思う。シモーヌは償えない罪を、おそらく彼女が再び死ぬまで背負い続けるだろう。この上彼女に与える罰など、蛇足に過ぎず、心無いにも程がある。

 つまり長老としては、あの事件については「もみ消す」一択なのだ。しかし。

(そう言って説得するのが一番なんだが、この場はまずい!)

 シモーヌがもし、衆人環視のこの場で、内々にしてきた彼女の殺人未遂事件を告白でもし始めたら?その首枷を今度は私にと言い出したら?シモーヌならやりかねない、そういう顔だ。長老のみならず、あの事件を知っているオーリィやケイミー、そしてメネフもギクリとした顔だったが。

「モレノ、駄目よ。ごまかすなんて駄目。シモーヌはきちんと覚悟を決めているのよ?彼女の気持ちを思うなら、ここは厳しくいかないと!」

「え?」

 割って入ったのはコナマ。ギョっとする一同、一方シモーヌは予想外の「加勢」に驚いたが、勢いを得てさらに鋭い目で長老を睨む。

「婆ァ様如何でしょう、モレノがすっかり腰が引けてるようですから。婆ァ様のお許しをいただいて、私が彼女に裁きを下すというのは?」

「よかろうね」よだか婆ァはすっかり覚悟の顔だ。

「コナマ、お前に任せる。あたしが任せたんだ、シモーヌ、コナマが何を言っても、不服は言わないね?」

 誰のどんな裁きでも受ける、すべての覚悟は出来た。

 シモーヌはこくと力強く頷く。

「じゃあシモーヌ。あなたにふさわしい罰をわたしが考えたわ。よく聞きなさい。

 シモーヌ……りんご園の園長を継ぎなさい!!今日、この場で!!

 いいわね、もう年貢の納め時、逃げては駄目!!

 今日あなたの話を聞かせてもらってわかった。

 あなたの中の、人を支配したがる蝙蝠。あなたはその目覚めをずっと恐れていた。園長の座について、皆を自由に顎で使える立場に立てば、自分の心がまた悪魔のささやきに負けてしまうんじゃないか、そう恐れていた。

 今では婆ァ様の園長の肩書は名ばかり、実際は園はあなたが仕切っている。それでも!あなたは、あなたが誰よりも敬し畏れる婆ァ様が、園長の名前でそばに番人として居てくだされば、自分は狂わずに済む。そう考えたのでしょう?

 でももうそれは止めなさい。あなたには、人の上に立ち人を導く才能がある。それは、あなたの中の悪魔とは関係ない、あなた自身の誇るべき力。

 ご覧なさい、ここにいる、りんご園のみんなを。みんなあなたを、こんなに慕ってる。それは嘘でも何でもない。あなたには、ちゃんと出来ているの!あなたがあなたとして生きるには、それを生かして生きていくしかないし、そうすべきなのよ。

 シモーヌ、あなたは確かに、このオーリィと出会って蝙蝠の姿を見せてしまった。

でもそれは、「膿を絞り出した」ということではないかしら?今のあなたなら大丈夫。そしてね?もしあなたの蝙蝠が悪さをまた企んだとしたら。

 今度は婆ァ様じゃなくて!このオーリィを頼みにするといいわ。わかるでしょう、この子は強い、この子の中の蛇はとっても強い。あなたの蝙蝠だってそう簡単にはいいように出来ない……逆療法、毒を以て毒を制す!獣は獣同士、噛み合わせればいいの。今度はこの子が、この子の存在がきっとまた、あなたを止めてくれるはず。

 そう、この子もまだ、自分の心の獣と戦っている。だからあなたに、この子の力になってあげてもらいたい。ケイミーもそう言ったわ、でしょう?

 そういうあなたたちになれる、わたしはそう信じている。

 あなたもオーリィの裁判で聴いたわね?この村では、刑罰は、日々の自分のなすべき務めを果たしながら受ける。そういうものだって。

 この村で、あなたが一番やらなければいけないこと、あなたにしか出来ないこと!

 潔く!粛々と!それを!務めなさい!いいことシモーヌ、これが判決よ!!」

 一同呆然の中、一気呵成にそこまで言うとコナマは、すかさずシモーヌに駆け寄り、その耳に何かをつぶやいた。

 シモーヌの驚きと戸惑いの表情が、次第に感謝に変わっていく。

「……いかがですか、婆ァ様、わたしの裁きは?」

「コナマ!こいつめ……それは、それはあたしがシモーヌに言ってやりたいことだったんだよ、この……恩知らず!!」

「あら、でしたら同じじゃありませんか。こういうことは早い者勝ちですよ?

 どうモレノ?駄目ねあなたは、こうやってチャチャっと裁かなくっちゃね?

 はぁ、それにスッキリした。今日はシモーヌにはすっかり負けた気分だったから。

 一本取り返させてもらったわよシモーヌ!それに貸しも一つ出来たし……」

 ぐうの音も出ないという顔の、よだか婆ァと長老。ただしその口元に、共にじんわりと浮かぶ会心の笑み。シモーヌは穏やかに、そして粛然と。

「コナマさん。お裁きありがとうございます。正々堂々、謹んで罪に服します。

 私は今日から、りんご園の園長の座に就きます!婆ァ様、お許しを!」

「許すもへったくれもあるかい!!そんなもの……遅いんだよシモーヌ!!

 いいに決まってるじゃないか、お前が今日から園長だ!!」

「ありがとうございます。ですが婆ァ様、園長としては私はまだまだ未熟者。

 今後も園でご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「……へ?」

 よだか婆ァの顔は、はや涙でぐしゃぐしゃになっていた。思いがけなく聞けたシモーヌの園長就任の決意。これで思い残すことなく園を去れると、嬉しさと寂しさで胸をいっぱいにしていたところで。シモーヌのまさかの一言。

「私は、欲張りなのです。私の運営するりんご園には、優秀な人材を集めたい。

 オーリィさんと引き換えに、婆ァ様がお辞めになる。そんな無意味な人材配置などというものは、私の運営方針ではありえません。

 婆ァ様。これは、あなたの弟子シモーヌの言葉と思って聞いていただいては困ります。今の私は園長。代々の園長様方、サーラ様の末を受け継ぐ、りんご園の園長としてあなたにお願いするのです。

 どうかこれからも、私達と一緒に、園でお働き下さい!!」

 その名前を出されては。よだか婆ァは、ぐっと言葉に詰まる。そして見れば、コナマが傍らでしてやったりのニヤリ顔。

「貸しが一つ……コナマ!こいつは、お前の入れ知恵だね?!なんてヤツだい、コンチクショウ、コンチクショウ!!」

「やったゼ、大成功だヨ!ザマミロ婆ァちゃん、キャハハハハハハ!」

 嬉し涙の泣き声で追いかけまわすよだか婆ァ、ここぞとばかり子供モードに変わってアカンベェで逃げるコナマ。その場でぐるぐると追いかけっこを続けるその様に。

 何やら腑に落ちないながらも、囲むりんご農婦たちはいつしか笑いさざめく。


 その和やかな笑いの輪の中で。

「シモーヌ様」オーリィがそっと、シモーヌに呼びかけた。

「私は、あなたが嫌いです。いいえ、嫌いというより……あなたを見るのがつらい。あなたを見ると、私は母を思い出す。あなたに母の姿を映してしまう、そんな自分が口惜しいのです。どうして、と。

 でもシモーヌ様。いつか、きっといつか!……あなたと仲直りさせていただけますか……?」

「そうですね……いつか、きっと。約束しましょう……!」


 かくして。二つの審判は下された。遥か高くそびえる大樹の見守る下で。

(続)

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