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オーリィと黄金の林檎 ~蛇の娘と蝙蝠の母・「麗しき蛙売り」外伝~  作者: おどぅ~ん


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8 ~品評会・蝙蝠の告白~(2)

「息子が家を出た後。私は娘にこう宣告しました。

『もうあなたが頼りにしていた兄さんはいません。これからは。あなたが一人で立派な大人として生きていけるように、私は厳しくします。今まで通りにはいきませんよ。いいですね?』

 その時娘は、何事かといった顔で、ポカンと口を開けていました。娘は何を言っても反応が遅かったのです。いつものことでした。

 ですが私は……私は。それを見て激怒したのです。上の息子がいた時は、いら立ちはあってもそうはならなかった。息子の存在がブレーキになっていた。私は息子を溺愛していました。だから、息子に嫌われるのを恐れていました。ずるい私は、息子には自分の醜い姿を見せたくなかった。ですが!

 とうとう私は【自由】になったのです。首輪から解き放たれた猟犬のように。

 あの時。何故娘に暴力を振るわなかったのか、それだけは抑えることが出来たのか?むしろ今でも不思議でなりません。

 わたしは娘の手を取ってあの子の部屋に強引に連れていきました。そしてあの子の見ている前で、部屋のあらゆる物を……あの子のいつも読んでいた絵本を、抱いて話しかけていたぬいぐるみを、人形を、大事に育てていた鉢植えの花を、次々と部屋から庭に運び出しました。最後に、壁に掛けてあったあの子の手描きの絵をはがして、その山に被せると。

 私はその山に火を着けました。

 ようやくただならないことが起きたことに気づいた娘は、泣きながら私の腕にすがって乞いました。大切な宝物をダメにしないで、返して、と。でも私は娘の顔に一瞥もくれず、次々とその『宝物』を火の中に投げ込んでいったのです。

 そしてそのとき私は……そう私は。歓喜に震えていたのです……娘の泣き叫ぶ声が、嬉しくて仕方がなかった、いい気味だと、そう感じていた……私の思い通りにならないお前が悪いのだと、当然の報いなのだと、私は娘に……そう言ったの……はっきりと!!

『お前がいつまでも子供のようにしているから、こうなるのです。こんな子供じみたものはもう全部要らないのです。子供じみた遊び事はもう沢山!

 今日からは!私はあなたを大人として扱います。大人になるための勉強するのです。いいですね?!』

 私は、すっかり灰の山になった『宝物』の前で座り込んでいる娘にそう冷たく言い放った……ああ!!あの時の、あの気持ち!私は、本当に!!喜んでいた……」


 品評会の広場は、最早針一本落とした音でも響き渡るような、凍り付いた静寂に包まれていた。シモーヌが確かに、その時狂喜していたという事実。この村でおよそ誰からも、その誠実さで慕われ、信頼され一目置かれていた彼女の、隠された裏側の顔。だが村人達誰も、にわかに信じがたい言葉であったが、信じざるを得ない。

 それほどに、語る彼女の顔は真剣な嘆きに染まっていたから。

 そして誰より。オーリィには、かつてのシモーヌのその声が、姿が手に取るようにわかる気がした。出会ったことのある姿だったから。

(お母様……!!)

 その恐ろしさに、オーリィは身をすくめ、息を呑む。

 一方で。人々の心に沸き立つ、一つの疑問。

 何故、何故にシモーヌは、この大勢の前で、自らのおおよそ誰にも聞かせたくないような過去を語るのか?だがそれは、シモーヌの険しい顔の前で、誰も問えない。

 シモーヌは語り続けた。


「その日から、私は早々に手配して、新しいメイドを3人雇いました。

 ……娘を見張らせるためです。

 私には病院での勤務もありましたから、家にずっといるわけにも、娘に着きっきりにもなれません。ですからそれまでは、古くから勤めていたメイド達が、家事と共に娘の世話をしていたのですが。私は彼女達古参のメイドと娘を引き離しました。

『これからは、娘の世話は私が選んだ新しいメイドに任せます。あなた達は娘と一切関わらないこと。口一つ聞いてはなりません。いいですね?』

 そう固く言い聞かせて。

 そしてその新しいメイド達。私はわざと、あまり働きぶりのよくない、不真面目なメイドを選んで娘につけました。ただしたっぷりと給金をはずんで。

『交代で娘を見張りなさい。そして娘が私の言いつけを守らないようなことがあったら、必ず私に知らせなさい。あなた達の仕事はそれだけ。日々の報告の内容次第では、私はもっとチップを出します。悪い話ではないでしょう、違いますか?』

 なまじ娘のことを心配するような心細やかなメイドでは、娘に情が移って私の言う事を聞かなかったり、私に逆らうかも知れない。怠け者だけれど、お金に汚くて金づくで何とでもなる、そういう人間を選んだのです。紹介業者は私のそのリクエストに首を傾げていましたが、他では使いものにならないメイドに法外な高い給金が入って、その上前をはねられる、こんなうまい話はない。そうほくそ笑んだことでしょうね……私はそういうタチの悪い業者をわざと選んだのですから!

 メイドは、すぐに集まりました。

 そして家庭教師。娘は学校の勉強にはとっくについていけなくなっていましたから、病気を理由に長期休学させて、家庭教師に勉強を見させたのです。

 そうです、その家庭教師たちも、私はよく選びました。学歴だけは確かな、ただし性格や素行は、新しいメイド達のような、ずる賢くてお金だけが目当てで、私の言う事なら何でも聞くような人間を。

 私は彼らに、娘に『一流の教育』をするよう言いつけました。娘にはあきらかに不可能な、レベルの高い学校への受験を目的とするような。もちろん、彼らは内心呆れていたでしょう。ですが、だからと言っていいお金になる仕事を断るようなことはしない。娘が理解しなかろうと身に付かなかろうと教えたふりをして、あとは野となれ山となれ……そういう考え方の出来る人間を。私は、わざと選んだ。

 おわかりになりますか?私は、いわば自分の娘を、飢えた山犬の群れの中に放り込んだのです。そして、お金という名の犬笛で彼らを操った。

 彼らは娘を部屋に缶詰にして、一日中机に向かわせました。私がそう指図したからです。食事時も入浴も用を足す時にも、絶えずメイド達がついて回って見張りました。私がそうしろと言いつけたからです。そして彼ら彼女らは、病院から帰った私に今日の首尾を報告するのでした。毎日必ずそうしろと、私が命じたからです。皆、エサを求める飼い犬同然でした。私はそうして尻尾を振ってくる様に満足しながら、鷹揚にチップを振りまいた。

 私は。自分の人を操る手腕に酔っていました。そう、彼ら彼女らは【私の思い通り、とてもよく働いてくれた】のです。その日、娘のしでかした粗相は、失敗は、余すところなく私に報告されました。そして……多分、娘には何の落ち度もない場合でも、嘘の報告はあったのでしょうね。娘の失敗を報告すれば、その分小銭が儲かるのですから。あの心の卑しい使用人達がそう考えるのは当然の事。でも!

 私はそれもうすうすわかっていながら!彼らにそれを許し褒美を与え続けた!

 ……私は!娘を責め立てることに酔っていたから!嘘でもかまわない、娘を叱る理由が欲しかった!!私は毎晩娘を叱りつけて……濡れ衣かもしれないとわかっていながら、有無を言わさず思う存分叱りつけて、そしてそれが済むと。

 娘の部屋に、外から鍵をかけた……毎晩のことでした……」


 当時の自分の気持ちを思い出して、嘘いつわりなく語ろうとするあまりに。シモーヌは次第に悪鬼のような形相になっていった。満場の村人達すべてが背筋に冷たいものを覚えていたが、オーリィは格別。ケイミーの腕にすがりながらガタガタと全身を震わせる。怖れと怒りのないまぜになった感情の波が、オーリィの足をさらう。

(わかる……シモーヌ様の考え方、やり口、わたしのお母様とそっくり!でも、こんなにまで恐ろしくはなかった。わたしにこんなにまではひどくはしなかった……)

 オーリィの目に浮かぶ、かの日々の、兄の遠い面影。オーリィが母に責められる姿を見て、彼は物言わず、ただじっと母に視線を返す。

(わたしには、傍にお兄様がいてくださったからだわ。ただ黙っているだけのお兄様、でも、それでもわたしの盾になってくださっていた……だからわたしとお母様はぶつかり合わずに済んだ、命を取り合うところまでは!)


「そんな私と娘の暮らし、それは3年程続いたのです。3年……私にとっては、あっという間の事でした。何しろ私には病院での勤務という、別の、かなり多忙な生活が、人生があった。私は【充実していた】のですから。でも、でも!

 その3年が、娘にとってはどれだけの長い苦しみの時間であったのか。

 私は娘から『宝物』を全て奪いました。からっぽになった本棚に、娘には理解することも、いいえおそらく、読むことも出来ないような文学や歴史や科学の本を詰め込んで。多分それらは一度も頁を繰られたことは無かったでしょう。読めないのは娘のせい、私は【与えた】。私は自分に対して、その言い訳が出来ればよかったのです。

 そしてそもそも。私が集めた使用人達が、娘にそんな時間を与えなかった。朝も昼も夕方も、かわるがわる一日中娘にかじりついて、ただひたすら机に向かわせて。

 何の喜びもいたわりも救いも無い、灰色の牢獄に、何の咎も無く、3年。

 最初の頃は、娘は私に泣いて許しを請うようなこともありました。ですが、私は頑として聞きませんでした。娘の言葉を、何一つ。やがて娘は何も言わなくなった。夜が来て、就寝前に私があの子を叱責しても、どろりとした鈍い、からっぽな目つきで、ときおり私を見るだけ。私はそれにかえっていらだって余計に娘を責めた……

 一体いつ、娘は【帰ってこれなくなっていた】のでしょう?本当のところはわかりません。はっきりしているのは、【あの日】。

 あの日、娘は、娘の心は完全に……壊れてしまったのです……」


 その日。シモーヌの娘クロエの、【入学試験】の【合格発表】の日。

 朝、クロエ付きのメイドが一人、家庭教師が一人、彼女の送り迎えに着いて館を出ていった。

 だが、シモーヌは着いていかなかった。娘の受験の合格発表、それを理由に、わざわざ病院での勤務は休んだにもかかわらず。

 どのみち受かるはずもない、その受験。結果はもうわかっている。その場に赴いて、自分がいらない恥をさらすことは必要ない。自分に必要なのは。

 帰って来た娘の、不首尾を確認し、叱責すること、ただそれだけ。

(もうじきでしょうね……ああ、帰って来た……!)

 いつものように、拷問の鞭を振るう喜びに舌なめずりしながら。時間を見計らい、呼び鈴に耳を澄ませていたシモーヌは、その音を聞きつけ玄関に向かった。だが。ドアを開けた瞬間、シモーヌの背筋は凍り付いた。

「母さん、ただいま!」

「……アンリ!あなた……何故、どうしてここに?!」

 シモーヌの息子、クロエの兄、アンリ。

「ハハハ!驚いた母さん?狙い通りだ。学校が休みに入ったし、僕も手紙だけですっかりご無沙汰だったからさ。みんなの顔が見たくなって。知らせておいてもよかったんだけど、せっかくだし、急に帰ってみんなを驚かせようと思ったのさ。

 さっき先に病院に寄ったんだけど、今日は母さんも休みで家にいるって聞いてね。

 でもびっくりしたよ、クロエが上の学校に行くんだって?今日が合格発表で、それで母さんも病院を休んだそうだね。全然知らなかったなぁ。で、クロエは?

 ……母さん?」

 3年ぶりの家族との再会。いかにも嬉しそうに、屈託なく話していたアンリだったが、ようやく、母シモーヌの異様な表情に気づいた。

 それは驚愕と、恐怖。

 この3年。シモーヌは彼に対して、妹クロエの、それまでとは変わり果てた生活の有様を隠し通してきた。自分がどれだけ情け容赦ない扱いを娘にしていたのかを、息子アンリにはひた隠しにしていたのであった。

 そもそも。同じ館に暮らす夫に対してさえ、シモーヌは周到に娘への「虐待」を隠していたのだ。多忙な医師であったシモーヌの夫。だがそれゆえ、家庭生活を顧みる目が甘かった。シモーヌは日々、クロエ自身には口を聞かせないようきつく釘を刺した上で、夫の前では。娘がいかに大人しくいかにすこやかに暮らしているかと、嘘を並べた。彼女の巧みな弁舌は、善良で職務に忠実な、それゆえ、「よく出来た」妻に対して疑いの心を持てなかった夫の目を、晦ませ続けていたのである。

 だが。

 幼少の頃から聡明だった息子、アンリ。そして伸び盛りの若者にとっての3年は、彼をさらに理知的に成長させていた。それは母シモーヌには一目でわかる。

 本来ならば、それはどれほど喜ばしい姿であっただろうか。だが、その姿を目の当たりにして、その瞬間、シモーヌは胃の腑を握りつぶされる思い。

(どうしよう、まさかこんな時に帰ってくるなんて……言い訳を用意していない、この子には……隠せない!)

 そしてシモーヌが、物問いたげな息子の凝視に言葉を失った、その一刹那。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 アンリの背後、玄関のすぐ外から、怪鳥のような叫び声が響き渡った。

「……クロエ!!」

 呼び止める兄の声を、姿をものともせず、二度三度と同じく叫び続けながら。

 クロエは館の中に駆け込んだ。まるで悪鬼に出会ったような顔で。

「クロエ!どうしたんだ、待つんだクロエ!!……母さん、クロエは一体?!」

 返事の無い母に疑念の一瞥、だがアンリはその立ちすくむ母を押しのけ、慌てて妹の後を追った。取り残され呆然とするシモーヌに、朝、クロエに着けてやったメイドと家庭教師がようやく駆けつけて言った。

「お嬢様が、急に……」「すごい力で振り切られて……」

 その時シモーヌには、彼らの言い訳は耳に入っていなかった。


「クロエは、その時とうとう、精神に異常をきたしてしまったのです。ちょうどまさに、兄アンリの目の前で。そしてアンリは直ちに家中の使用人たちを一堂に集めて、彼が不在だった今までの3年間の出来事を厳しく問いただしたのです。

 私がクロエに着かせた使用人たちは、急な出来事に狼狽していました。そして司令塔であるはずの私は、息子の糾弾の前ですっかり麻痺していた。彼らも口裏を合わせる間が無かったのです。もとより金づくで私になびいていただけの彼らは、形勢不利と見ると今度は自らに責任が及ばないよう、あくまで私に命令されたからだと言って、アンリに何もかも話してしまった。

 逆に、家政を任せていた古株の使用人たちは。もとより彼らは私の娘に対する所業に常に眉を顰めていましたし、娘に同情していました。それに、私の選んだ使用人たちが、同じ我が家の使用人同志でありながらろくに仕事もせず、私の威光を笠に着て邸内であつかましく我が物顔で振る舞っていたことに、以前から我慢を据えかねていた。ようやく現れた一家の御曹司であるアンリに、私に意見の出来る人物に、彼らはこの時とばかり、私の悪行を、すなわち真実を言い立てた……すべてはあっという間に暴かれてしまったのです。

 あの時の息子の、アンリの顔。私は忘れることが出来ません。

 悲しみと怒り、失望と……侮蔑の入り混じったあの表情!愛する息子からあの顔を向けられた時、私は私自身が、その場に存在することに耐えられない思いでした。

 そうですね……だから私は今、この村にいるのかも知れません。山は言っているのでしょう、『これはあの時、お前が望んだことだ』と。

 そして山は以前の世界で、私にふさわしいやり方で私の命を奪い、ここに呼び寄せた。私には、そう思えるのです……」

(続)

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