8 ~品評会・輝ける黄金の林檎~(1)
この村で「りんご」と呼ばれているその果実は、1年に2度収穫出来る。そして半年ごとの収穫期、実りを祝って、園の腕自慢の農婦が自分の手掛けたりんごの出来栄えを競い合うコンクールが開かれるのだ。それがりんご園の「品評会」。会は園外の大勢の村人にも開放され、見物人で賑わう。村の数少ない行事、祭りなのだ。
会場は、あの大樹と園の間にある広場。大樹を背にする位置を正面とし、そこに一段高く壇が設けられている。粗末な木のテーブルを使った急拵え。だが、白いクロスをかけ花を飾ったその佇まいは、やはり華やかな祝賀の雰囲気を醸している。
壇に近い会場前方にいるのは、この日の主役とも言うべきりんご園の農婦達。その後方に見物の村人達。更に後方には、式典の終了を待って商売を始める出店の屋台が、忙しなく準備をしている。
壇に座っているのは、左端に園長のよだか婆ァ。ちょこなんと椅子に座った姿は置物のようだ。代わって右端は来賓席であろうか、長老とバルクス。農場総監督として祝賀にふさわしい威儀を正そうと、律儀にしゃちこばるバルクスに対して、長老は至って呑気な態度。何に2度の出番しか無い真っ赤な「りんご帽子」をこの時とばかり着用し、集まった村人たちに飄々とおどけてみせる。その滑稽な対照。そして。
壇の中央を占めるのは無論、シモーヌその人。
彼女が会の進行係であり、りんごの審査員。その立ち居振る舞いの、柔和でありながら隠すべくもない気品と威厳。まさに彼女こそこの場の女王。
「これが、今期の私の班のりんごでございます。色艶、味、香り、どれを取っても自慢のりんご。どうぞご覧下さいませ」
やがて。一人の農婦が、両腕で一抱えほどの籠にりんごを山と盛って、その場にうやうやしく進み出た。シモーヌは籠に手を延べ、りんごを一つ取る。じっくりとその実を眺め回し、顔に近づけて果皮の上から香りを吟味すると、一度それを隣のよだか婆ァに手渡す。婆ァも同じ様に吟味、うなづきながらシモーヌに戻すと、シモーヌは手にナイフを取ってりんごを半分に切り、幾つかの薄片を切り出した。一片は婆ァに、来賓の2人にも一片づつ。そして一片を自ら口に入れ、ゆっくりと味わい、こう言った。
「ラティマさん、あなたの班のりんごはいつも素晴らしいものですね。あなたの言葉どおり、姿、香り、味、すべて優れています。村の皆様に喜んでご賞味頂けるでしょう。今季も、等級Aとします」
言われて、その農婦が誇らしげに引き下がると、次の農婦が壇に近づく。最初の農婦と違うのは、手にした籠とは別に、手押し車に山盛りのりんごを仲間に持たせて来たこと。
「ご覧下さいまし。あたしの班のりんごは少々見劣りはありますけれども、実りの数が値打ち。ここにある分も一部でございます」
シモーヌは先の女の時と同様に品定めした後、
「べナエさん。あなたのりんごはいつも質のほどよく揃ったものが沢山。りんごは生で食べるだけでなく、干しりんごやりんご酒などにも加工されて皆様のもとへ参ります。それには数が無ければ。
りんごの等級はB。でもあなたの仕事はとても価値のあるもの。これからもこの調子で怠りなく励んでください」
それからも、農婦たちが次々と捧げ持って来るりんごを、シモーヌは品定めし、等級をつけ、そしてその仕事を褒め励ます。例え今ひとつの出来であっても、今季の努力を称え励ましの言葉を忘れない。シモーヌは心得ている。コンクールとは言いながら、この式典の意義はつまるところ、この半年の農婦達の労働を労うことなのだ。彼女たちの晴れがましい顔、会は和やかに進行したが。
最後に壇に向かって現れたその姿に、会場は急に固い雰囲気に包まれた。
小さな籠に、果実は3つだけ。それをオーリィが持って静々と進む。
これまでの農婦たちは皆、受け持ちの樹を何人かで世話をするそのグループの「班長」。つまり、園でしかるべき経験を積み、相応の実績を持った者達ばかり。
それに比べて。ただでさえ鼻つまみ者、そしてまるで素人同然の新入りのオーリィが、この晴れがましい祝賀に参加し、自分達の代表と同じ舞台に立つ。それは園の農婦たちにとって面白いはずがない。ただ、オーリィをこの会に参加させたのは、他でもないシモーヌなのだと、農婦たちは知らされていた。心境は、反感と当惑が半々といったところ。
それにしても。オーリィの手にしているそのりんごのみすぼらしさはどうしたことだろう。三つの実はどれも、普通のりんごに比べ明らかに小さい。そして果皮は黄色く、しかも表面の半分以上が茶色く干からびているようだ。
だがオーリィは一切物怖じしていない。壇に向かっていくその顔は至って平静。彼女の蛇と虫の異形の両眼は、誰にもその心中を読ませない。
「なぁ婆さん、どういうつもりなんだろうな?オーリィちゃんも、シモーヌも」
「さあ……わたしにもわからないわね。ただ、この会に出るように言ったのはシモーヌの方だって聞いたわ。オーリィは無心、ただ受けて立つだけ。昨日あの子に聞いた時は、そんな顔色だったけれど」
役場の小間使いとして、メネフは会場の拵えや会の進行に関する諸々の雑用に手を貸すのが通例であり、この日も来賓側の壇の脇に控えていた。そしてこの日はそのさらに傍らにコナマが。オーリィとシモーヌの間に、まだ何かがくすぶっていないとも限らない。その接触を警戒するためであった。
「ああ、とうとうオーリィの番だよ……大丈夫かな、大丈夫かな?」
「よし、脇を回ってもっと前に行こう」
会場の隅で見ていたケイミーとアグネスは、オーリィを追うように急ぎコナマ達のいる壇の脇を目指して移動を始めた。
「なんだってあの女、オーリィをこんな会に出させたんだい?」
「わからない……シモーヌさんはただ、大樹の実を品評会に持って来なさいって、それだけ。オーリィも聞き返さなかった」
「まさかあの女、この大勢の前であのコに恥かかせるつもりじゃないだろうね?だってよ、あれじゃ……」
大樹のりんご、その見るからに貧弱な様は隠しようもない。
「それは違うと思う。シモーヌさんはきついとこあるけど、そういう意地悪はしない人だよ。だけど……」
結果としてはそうなる。ケイミーの心配はそこだ。オーリィには意地を貫くために敢えて恥辱を顧みないところがある。娘のその気持ちはわかるものの、母としてはそれを見るのは切ないのだ。
「とにかく急ごう……ちょいとそこ、どいとくれ!」
アグネスは率先して人混みを掻き分けていく。
「なるほど、そういうことか……」
会場の一番後ろに、ベンとゾルグの姿。
「この広場。大樹で防いだはずのカミキリムシが園に来るのを防ぐために開かれているんだ。それに見てみろゾルグ、こうして後ろから眺めると、正面の壇の向こうに大樹がよく見える。この品評会というのは、大昔はあの大樹に実りを報告して感謝を伝える、そういう儀式だったのでは……」
「ハハハ!ベン、まったくお前らしいぜ、こんな賑やかな祭りの最中に、んな難しいこと考えてるなんざ。なるほどそうかも知れねぇな、こっからだとあの樹がよぅく見えらぁ。その話、よだかの婆さんに聞かせてやったらきっと喜ぶぜ。
ただそいつは今は置いときな。こっからが、ホントの見ものだからな!」
「む……」ベンはうなずきを一つ返して、ゾルグと視線の方向を合わせる、壇に向かうオーリィに。
「なんてぇか、あのコはまったく女優だな。舞台度胸がある。オレはあのコの踊りは見られなかったからな、今度は見逃せねぇぜ。さぁて、何を見せてくれるんだか?」
「そうだな……」
野次馬根性丸出しのゾルグに対し、ベンはベンで思うところがあるのだろう、彼らしい思慮深い目で深くうなずいた。
そして。
とうとうオーリィは壇の前に辿りついた。仮面のような無表情で籠のりんごを一つ、滑らかな手つきで取り上げると、
「どうぞ」
ただ一言そう言って、眼前のシモーヌに差し出した。あくまで丁寧な、それでいて一切の躊躇のないその手つき。
(覚悟を決めている顔ね)
シモーヌはそう見た。
(大樹に緑を取り戻す、その使命を果たした今、後のことは全て蛇足。いずれ消える自分がどうなろうと、どうされようと構わない。あなたはそう思っている。違いますか?でも。そうはいかない、私はあなたを逃すわけにはいきません……)
(続)




