7 ~蛇の魔女と毒虫の女王~(2)
初日の作業の終わりに。ケイミーが皆に言った。
「ごめんなさい、明日はお手伝いに来られないんです。狩りもしないと、畑の兎増えちゃうし、監督に叱られちゃうから。
それに!一人スカウトしたい人がいるんです。木登りのすっごく上手な人。来てくれるかどうかはまだわかんないですけど。声をかけてみたくて!」
オーリィは元より、ベンもゾルグも今回のカミキリムシ退治では、園に雇われた体で給金も出ることになっている。シモーヌの手配だった。だがケイミーは手弁当の、全くの飛び入り。自分の仕事があるならもちろんそれが優先だろうと、他のメンバーに否やは無く、日が落ちると同時に初日は解散となったのだが。
そして二日目。朝の作業も一段落、そろそろ昼飯と、樹から降りて支度を整えていた一同の前に現れたその「助っ人」。
「おぅい、ケイミーに言われて来てみたぜ、オーリィ、それにベン!」
「あら!アグネスさん!」
「何だアグネス、ケイミーが言ってたのは、お前のことか!」
「ハハ、そうゆうこと。棟梁、アンタも久しぶり、よろしく!」
「そ、そうか、君なら頼りに、なる。よろしく」
どうやら、アグネスは他の二人とはすでに顔見知りのようだ。オーリィの怪訝な顔に笑みを返すアグネス。
「みんなこれから昼飯かい?弁当なら持ってきた。あたしも一緒に入れてくれ」
「そうだねオーリィ、あんたにはあたしの商売は言って無かったね。ケイミーからも聞いてない、と。あたしも猟師なのさ」
昼休憩のつれづれに。皆の輪に加わったアグネスは快活にそう語り始めた。
「ただ、あたしの猟場は山の森の中。山犬だの山鼠だのモモンガだの、そんなモンを狙ってる。あたしの豹の目は、遠くを見るのはケイミーみたいな鳥の連中には敵わないけど、そのかわり暗闇に強い!木の茂った森の暗がりで狩りをするのにうってつけなのさ。だからあたしの狩りは夜だ。木に登ってね、じっと獲物を待って、弓矢で仕留める」
夜の闇に隠れて樹上に潜む。雌豹のアグネス、二つ名は伊達では無いらしい。そして今回の仕事にもうってつけの人材だろう。それにしても、というオーリィの物問いたげな目線の意をアグネスは先読みして答える。
「そ、この二人とは前から知り合いでね。そう言ったらケイミーのやつ、かえって驚いてたよ。こんな狭い村さ、どっかしらで縁が繋がっちまうんだね。
昔からさ、猟師と樵は仲が悪いもんらしい、普通はね。樵は猟師の狩場の木を伐っちまう、猟師は矢だの鉄砲だの、しかけた罠だので猟師を危ない目にあわせる。お互いいい顔は出来ないってやつなんだが……だけどこのベンって人はさ、わかるだろ?こんな良い人とケンカになる、ケンカが出来るやつなんて、想像がつくかい?
最初に森に入った時からさ、この人には色んなことを教わった。「山で生きる術」ってやつをね。今でも何だかんだと世話になりっぱなし。たまには借りをいくらかでも返しておかなきゃ、な!」
言われてベンはにこと笑いながら、くすぐったそうに頭を振る。
「それで、ゾルグさんともお知り合いに?」
「いやそれがねぇ、オーリィ、こっちの棟梁とはまた別に知り合ったんだ。鉄の【採掘】でね。
役場のグノーの親方、知ってるだろ?あの人は本職が鍛冶屋で、その他に役場じゃなんていうかな、土木建設大臣つーか?大工だの左官だの、レンガ焼き職人だののとりまとめ役なんだ。バルクス監督が農場を仕切ってるのと同じ。
それで、この村じゃ何年かに一度、荒れ地の地下から鉄を掘り出す大掛かりな作業があって。グノーの親方が頭になって、めぼしいやつが駆り出される。あたしもね。あたしのこの目が、穴ぐらの暗闇でこれまた役に立つって寸法。で、掘った穴が崩れないように材木で柱を突っ張ったりするのがゾルグの棟梁の仕事ってワケ。そこで知り合ってさ、お互いベンと知り合いだってわかったのはその後から」
「オレとこの山猫ちゃんは中々の名コンビだったんだぜ」とゾルグは言う。
「採掘は洞窟探検みたいなとこがあるからな。アグネスは夜目が聞くし、流石に猫だけのことはある、狭い隙間にスルスル入り込める。つまり偵察役だ。脇道だの横穴だのを先回りして調べてくる。で、そっちが安全そうだ、掘りやすいと目処がたったら、あとの穴掘り役がシロアリのオレ。
まったく『縁は異なもの味なもの』……もっとも、せっかく狭くて暗い場所に二人でいるっていうのに、とんと色っぽい話にはならなかったけどな!」
呵々と笑い飛ばすゾルグ、お呼びじゃないよとおどけたポーズで返すアグネス。
「お、俺は、高いところは、何でもないが……狭いところは怖くてダメ。採掘には、参加、出来なかった。この村で生きる、には、出来ることで助け合うのが大切……」
そう言って。ベンはオーリィにさりげなく穏やかな視線を移して語る。前日の彼女の嘆きに慰めの言葉をかけたのだ。その気遣いにオーリィが寂しげに微笑んで頷く姿を、アグネスはおやという顔で眺める。
(ふぅん?この子は、なんだかまたちょいと萎れてるね……?)
「しかしケイミーが言ってたけど、この虫、そんなに不味いのかい?」
樹上に上がる際、彼らは腰に小さな魚籠のような入れ物を下げる。捕まえたカミキリムシを入れるため。そして大樹に取り付いた虫は大群だ。わずかな時間の作業で籠はすぐいっぱいになる。ひとしきり樹上で作業していたアグネスが、虫でいっぱいになった籠をオーリィに差し出すと、オーリィは別の空の籠をアグネスに渡す。そして受け取った籠の中身をバラバラと地面に掘った穴にはたきだしながら言った。
「ええ、なんでも、とっても嫌なにおいがするそうですの」
「惜しいね、よく太ってるけどねぇ……ケイミーの食いしん坊鳥がパクっといきたくなる気持ちはわかる。こんだけ捕れるんだ、食えりゃあちょっとしたおやつになるのにさ!ちっぽけな虫とはいえ、あたしは猟師だからさ。捕った獲物を無駄にしなきゃなんないのはしゃくだよ……じゃ、よろしく」
はい、と答えるオーリィ。穴に入れた虫をつぶして殺し、土をかけて埋めるのは彼女の仕事。要領よく済ませるのを流し目で眺めながら、アグネスはもう一度樹上に上がろうと振り返りかけたが。
(……?)
埋めたはずの穴を、オーリィが奇妙な顔つきでじっと見つめている。そして。
オーリィは地面に跪くと、埋めた穴に土をかけたその場所に、あの奇妙な蛇の舌のような器官をするすると垂らし始めたではないか。
その二又の先が地面すれすれに届くと、今度はヒラヒラと穴の上を探るようにうごめく。いや、確かに何かを感じ、探しているに違いない。
「そう……これがこの虫の臭いね……わかるわ、土の中でもよくわかる……だったら……!」
やおらオーリィは立ち上がって大樹の太い幹に近づいた。樹に登りかけて、オーリィの奇怪な行動に目を奪われ化石したようにたちつくすアグネスに、オーリィは見向きもしない。そのまま大樹の幹に体をぴたりとはりつけ、そしてまたもや。
あの蛇の舌を樹皮に這わせるのだ。それはあたかもそれ自身が一匹の蛇のように、一個の意思を持っている生き物のように、大樹の幹を這いまわり。
「……あった!ここだわ、きっと!」
あの二又の先端が、大樹の幹のある一点でぴたりと動きを止めた。その場所で舌の先を固定したまま、オーリィは体ごと顔ごとその一点に向かう。岸辺に挿した杭にロープをかけて、牽引されるボートのようなその動き。とうとう彼女の顔が、唇がその一点の目の前に迫ると、オーリィは懐からちいさなへらのようなものを取り出し、幹のその一点をそのへらで突いた。
パラリと落ちる、カミキリムシの巣穴の蓋。
「そうか……オーリィ、あんた臭いで虫の巣穴を探そうってか!わかるんだね?!
すごいじゃないか、あたしも今日初めてあの二人に教わったが、見ただけじゃちっともわからないってのに!」
「ええ。この『蓋』、裏が虫の吐く糸で固めてありますから。あの虫の臭いを覚えれば探せるんじゃないかと。それでやってみたんです……でも……」
オーリィの顔色は変わらず消沈している。
「私は、樹に登れませんから……やっぱりお役には立てない……
わかっているつもりでした。お聞きでしたでしょう?先ほどもベンさんに慰めていただいたのを。私も、今日はせめて自分の出来ることは精いっぱいやろう、皆さんのお手伝いに努めよう、そう考えようとしました。
でも私は。身の程知らずの高慢ちき。婆ァ様に直に大樹の救済を命じられた張本人なのだと。本当は私が主役なのだと。そういう気持ちを拭い去ることが出来ない。
そう。私は、アグネスさん、あなたを妬んでいるのです。ケイミーさんの事も。私の行けないあの高い樹の上に、みんな易々と登って行ってしまう、私を置いて。それが私は妬ましくて、悔しくてたまらない……みんな、私の助けを求める声を聞いて集まってくださった、私自身が助けを求めたというのに。
私は身も心も卑しい女、気高い大樹は私を避けている、わかっているはずなのに……」
「よしな!!」
オーリィの言葉を聞きながら、次第に顔に不愉快を募らせていたアグネスが、とうとう爆発した。
「気に入らないよ。オーリィ、あんたのそうゆう所はホントに気に入らない!!
あきらめのつかない事をグチグチ言う前に!まずやってみればいいじゃないか!
『わたしはどうやったらこの樹に登れますか?』、あたしやみんなにそう聞いたらいいじゃないか!
ああ、確かに高慢ちきだね。だから人に頭を下げて頼む前に、そうやって逃げる。
ベンがさっき言ってくれたこと、あんたはわかったような気でいるけど、ちっともわかっちゃいないよ。いいかい、人にきちんとわがままを言えないやつは、人のわがままを聞いてやれないんだ、『出来ることで助け合う』ってのはそうじゃないだろ?
そうだよ、あんたは自分で言ったね?あんたはよだか婆ァのとんでもない無茶ぶりを、ワガママをさ、受けたんだ。だったら!同じくらいの事を誰かに言ったって構わないじゃないか?あたしを、みんなを見くびるな!!
……今日やってわかったよ、この仕事は二、三日で終わる話じゃない。それに何十年もほったらかしになってた仕事だ。だったら人が休んで一日ぐらい潰したって遅れたって構わない。オーリィ、明日はあたしに顔貸しな!」
そう言い捨てると、アグネスはきっと踵を返して大樹に向かい、その豹の爪で樹上に駆けあがっていった。
(続)




