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月夜の受難~いつも通り~

月夜たちがハワイに来てから三日目の朝、既に日は昇り、暗闇に包まれていた町を明るく照らしていた。


「あー、眩しいなくそ・・・」

そう悪態をつきながらも、どうにか睡眠をとろうと布団の中で躍起になっているのは、夜の間フルで動いていた月夜だった。キールとリファの二人をランスの別荘に送り届けた後、神的な速度でステイグマのアジトに押し入り、一悶着ありながらもどうにか他の生物兵器三人を連れて帰ってきていた。月夜が帰ってきた時には既に朝日が昇っていて、楓にばれないだろうな・・・?とヒヤヒヤしながら、ボロボロになった衣服を取り替えたり、お風呂に入ったりした後、少しでも睡眠をとるために布団の中に潜り込んでいた、が。

「うーん・・・」

そんな月夜の状態など全く知らない楓が、起きた。ベッドの上で上半身だけを起こし、体を伸ばすために頭の上で手を組んで大きく伸びをしている。そして、すぐに立ち上がってベッドから降り、すぐ隣のベッドで横になっている月夜に呼びかけた。

「月夜朝だよー」

月夜はドキリ、としながらも、楓にばれないように普段の行動を再現するために、寝たふりを続けた。

「こらー寝ぼすけー」

ゆさゆさ、と楓は布団の上から月夜を揺さぶる。睡眠不足で軽い頭痛が起きている月夜は、軽い揺れで気持ち悪さすら感じた。

「んー・・・」

そんな気持ち悪さをどうにか抑えつけながら、月夜はそう呻く。

「おきなさーい!」

理由を知らない楓は普段通り、起きない月夜を起こすために、ペチペチ、と月夜の頭をはたく。

「んんー・・・?」

早すぎず遅すぎずのタイミングを見計らって、月夜は目を開けた。その目の下には特大のクマが出来ているが、楓にばれないように演技を続ける。

「あー・・・おはよう、楓」

「おはよー月夜」

今起きました、と見せるように、月夜は目をこすりながら眠そうな(実際眠い)声で挨拶をした。その甲斐あってか、楓は月夜の態度に訝しむことなく、挨拶を返した。しかし、どんなに演技がうまくやれたところで、目の下に出来ている特大のクマは隠せない。

「また寝れなかったの?」

心配するような目で顔を覗きこんでくる楓に、月夜は内心を悟られないように言う。

「んー・・・ほら、時差ボケだよ。それに俺、繊細だし・・・」

「嘘つき、昨日も同じこと言ってたよね」

昨日と同じことを言っている月夜に、楓は容赦なく指摘するが、その表情は心配の色が大きい。

「・・・本当に、何もないの?」

真っ直ぐな瞳で見つめながら、聞いてくる楓に、月夜はドキリとして目をそらしそうになったが、どうにか堪えて答える。

「何もないよ・・・ただ、そうだな」

きょとん、としてる楓に、月夜は言い難そうに続ける。

「楓が隣で寝てると思うと、なんか緊張しちゃって寝れないんだよね」

照れながら言う月夜に、楓も照れて顔を赤くする。月夜が言った理由はあくまで一昨日のものであり、昨日のものではないが、嘘の中に真実を混ぜることでうまく楓の不信感を取り除いた。

「・・・もうっ、馬鹿、月夜のエッチー」

そんなことを言いながらも、楓の表情は嬉しそうだ。月夜もまた、楓のそんな表情を見て、嬉しそうに微笑みながら反論する。

「エッチじゃないっ、健全な男なら普通だっつうの」

「じゃあスケベだー」

「ちがーう!」

相変わらずほのぼのとした言い合いを、二人は延々と繰り返した。月夜にとってそんな楓との些細な日常は、例え自分がどんなに傷ついても、護るべき大切なものだった。



昨日と同じように、朝ご飯だよ、とリミーナに呼ばれて月夜と楓の二人はリビングに来ていた。しかし、ここからが昨日と違う。昨日通りならば、既に朝食を作り終えたランスと茜、そして二人を呼びに来たリミーナが先にテーブルに着いているはずだ。しかし、昨日とは違いランスと茜はまだキッチンで何やら作っている。それだけならまだ、料理が遅れてるのかな?で済むが、今月夜の視線の先には、元々いる五人以外にも、五人いた。楓がいきなり増えてる五人に困惑している横で、月夜は頭が痛くなるのを感じた。

「あら、おはようございます」

「おはよう、随分とゆっくりだな」

「おはようございまーす」

「おはようございます」

「・・・おはようだ」

丁寧なリファを筆頭に、皮肉気なキール、明るくナディ、丁寧なクライス、興味なさそうなランディ、月夜が連れてきた五人が二人に朝の挨拶をした。

「・・・ああ、おはよう」

月夜は、なんでお前らがここにいるんだ?というツッコミ入れそうになったが、どうにか押しとどめてかなりグッタリとしながら返事をした。

「えーと、月夜の知り合い?おはようございます、初めましてー」

事情を全く知らない楓は、月夜の態度を見て月夜の知り合いだと思ったらしい。各々が、そんな楓に何かを説明する様子もなく、初めまして、と言ってから自分の名前を挙げた。月夜はそんな様子を、苦虫を噛み潰したかのような嫌な顔で見ている。

「・・・ちょっと、兄貴に用があるから行って来るわ」

各々が名前のみの自己紹介を終えるのを待ってから、月夜は疲れたように、そして静かな怒りを持ちながら、楓から離れてランスがいるキッチンへと歩いていった。後に残された楓は、困ったような顔をしながら、五人とはやや離れた席、リミーナの隣に座った。


「おい、どういうつもりだ・・・?」

声を押し殺しながら、月夜はランスにそう聞いた。

「おはよう月夜。どういうつもりって・・・深夜とか早朝に軍に掛け合えるわけないだろ?だから、今日の昼ぐらいまではここにいてもらうことにしたんだよ」

ランスは皿に料理を盛りつけながら、月夜と同じように小さな声で答えた。そんなランスも、月夜同様に目の下にクマが出来ている。月夜が帰ってくるまで、ランスも一睡もしてないのだ。

「楓にばれたらどうすんだよ」

楓に怒られることよりも、楓に心配をかけたくない月夜は、それだけはなんとしても避けたかった。

「大丈夫だよ。あの五人には、僕の知り合いとして振舞うように、って伝えてあるから」

今のお前の状況もな、とランスは付け足した。

「・・・昼までか、それまでばれなきゃ、後はなんとでもなるな」

「ああ、だからお前も、あんまり下手なこと言うなよ?」

「当たり前だろ、墓穴なんか掘ってたまるか」

二人がそんな風にこそこそと話し合ってると、やや離れた場所で鍋を煮込んでいた茜が、今初めて気づいた、とでもいうように近づいてきた。なぜか鍋を煮込んでいたはずなのに、手には包丁が握られている。

「およ、月夜おっはよー」

「ああ、姉さんおはよう」

挙動不審にならないように、月夜は普段通り挨拶を返した。

「二人で何か話してたの?」

「いや、なんでもないよ・・・それじゃ、俺は朝食出来るまであっちで待って・・・ぐぇっ」

そそくさと逃げ出そうとする月夜の襟首を、茜が後ろから掴んだ。苦しそうに振り返った月夜に、茜は言う。

「こら、折角来たんだったら、少しは手伝いなさい。ランスの知り合いがいっぱい来てて、こっちは大変なのよー」

大変、という割にはにこやかな笑顔の茜だったが、片手には包丁が握られているため、その笑顔が逆に怖かった。

「つっても、料理なんか出来ない俺に出来ることなんて・・・って、分かった分かった!分かったから包丁を突きつけようとするのは止めい!」

笑顔のまま、緩やかに月夜の顔に包丁を突きつけようとしている茜を止めるために、月夜はそう叫んだ。

「お姉ちゃん達は大変なんだからね?お手伝いしない子はご飯抜きにしちゃうよ!分かったなら、盛り付けが終わったお皿を運んでってちょうだい」

そう言ってから、茜は月夜の襟首を離す。はいはい、と渋々言いながら、月夜はランスから盛り付けが終わったお皿を受け取り、リビングへと戻って行った。


月夜がキッチンとリビングを往復すること十回弱、ようやく全ての料理がテーブルに出揃った時には、月夜は死にそうな顔をしていた。睡眠不足に加え、昨日の夜から今日の明け方までのフル活動、楓にばれたらどうしようという不安、その全てが月夜の体力と気力を奪っていた。それでも、楓に悟られないように、月夜はどうにか元気な素振りを見せ、自らが地獄を見ながらも何事もなく朝食の時間を終えたのだった。



「死ぬ・・・ああ、もう・・・死ぬ・・・」

朝食を食べ終えた月夜は、他愛のない会話をしている楓たちより一足早く、自分の部屋へと戻ってきていた。死に間際のようなか細い声を出しながら、まるで死んでいるように自分のベッドの上にうつぶせで倒れている。疲れきっている月夜は、普段ならばおいしいはずのランスと茜の料理すら、全く味がしなかった。

(今日はなんか予定あるのかな?何もないなら、一日通して寝てたい・・・)

うつらうつらとしながら、月夜は自分が潰している布団を手にとって、周りの光を遮断するために頭までかぶる。完全に光を防げるわけでもないが、薄っすらと暗くなり、寝やすくなった環境を作り出した月夜は、すぐに深い眠りの中に誘われて行った。



ガチン!と、歯車が噛み違ったような大きな音が部屋に響いた。

「ん・・・?」

月夜はその音で目を覚ました。まだ眠さはあり、頭にはうっすらと靄がかかっているような感覚を鬱陶しく思いながらも、月夜は何が起きたのか確認するために、仰向けのままキョロキョロと首を振る。部屋の中は、先ほど月夜が寝た時となんら変わりはなく、どこにも異常は見られない。

「・・・ったく、なんの音だ?」

部屋の中に異常がないということは、さっきの音は外から聞こえてきたもの、ということになる。月夜はめんどくさそうに体を起こし、廊下につながるドアを開けた。

「んー・・・あれ?」

月夜が廊下に出ると、別荘の中は、しん、と静まり返っていた。誰もいないのか?と訝しみながら、月夜は隣のランスの部屋ドアをノックする。コンコン、と響く乾いた音に返事はない。再度ノックをしてみても、返事はなかった。

「みんなリビングにでもいるのか・・・それにしちゃ、少し静か過ぎる気が・・・」

相変わらず多い独り言を呟きながら、月夜は階段を下りてリビングを覗く、しかし、そこには誰もいなかった。念のため、と思いながらキッチンも覗いてみるが、そこにも誰もいない。月夜は立ったまま、少し悩んだ後、出かけたのかなぁ、と寂しそうに嘆息する。

「そういや、俺どれだけ寝てたんだろ?」

今が何時なのか、という肝心なことに気づいた月夜は、キッチンから出てリビングの壁にかけられているアンティークっぽい時計に目を見遣る。

「・・・は?」

時計を見て、月夜は呆けた声を出した。それは、寝すぎた、という類のものではなく、疑問を表す声だった。月夜の疑問も当たり前のもので、件の時計の針は、グルグルと回っている。長い針も短い針も、一定の速度で一定の間隔をあけ、止まることなくグルグルと時計回りに回り続けている。故障か・・・?と月夜は怪訝な顔をしながらも、嫌なものが体にまとわりつくのを感じて、すぐに走り出す。キッチンを出て階段へ、そして階段を駆け上がり、二階の廊下から自分が寝泊りしている部屋に入る。

「なん、なんだよ、これ・・・?」

鳥肌が立つのを感じながら、月夜は、訳が分からない、といった声を出す。リビングの時計だけがああなってしまっていたのなら、故障、で済みそうなものだが、月夜が今いる部屋の時計の針もまた、狂ったようにグルグルと回り続けている。時計の異変一つで、今いる部屋自体がまるで異世界になってしまったかのような感覚に月夜は陥る。

「幽霊とか?そんなわけないよなぁ、はは・・・」

冗談めかしてそう呟くが、その声は乾いていた。幽霊や怪奇現象など、テレビでやっているような胡散臭いものなど、月夜は全く信じていないし怖いなんて思ったことはなかったが、今現在、目の前でそれに近いようなものを体験し、言いようのない恐怖を感じていた。

「ああ、もしかしてみんなで俺をからかってるとかか?俺が怖がったら、ドッキリでーす、みたいな」

月夜は部屋の中で立ち尽くしたまま、かなり前に見た番組のことを口にした。何か喋っていなければ、静まり返った空気に耐えられなかった。

「そうか、ドッキリかー・・・」

一人頷きながら呟くが、それに対しての返事は一つとしてない。喋っていてもついに不安になって来た月夜は、陽の光でも浴びるために外に出るか、と誰かに言い訳をするようなことを言いながら、すごく速度で部屋を出て廊下を走り、階段を駆け下りて外に繋がるドアへと逃げる。そして、ドアの取っ手に右手をかけた瞬間、バッギィッ!という超強力な静電気が発生した時のような音が別荘内に響き、青白い電気が月夜の手に走った。

「ギャッ・・・いってぇ!」

とっさに取っ手から手を離し、転がるように月夜はドアから離れる。青白い電気はすぐに消えたが、月夜の手に小さな火傷を負わせた。

「っんだよこれは!?」

恐怖よりも、何が起きているか分からないことへの怒りが湧き上がった月夜は、とっさにそう叫んでいた。痛む右手を左手で押さえながら、睨むような目つきで周囲を見渡す。誰もいない静かな空間、先ほどはそれが怖かった月夜だったが、今はそれがいらただしく感じられた。

「幽霊だかなんだかしらねーけど、いい加減にしねーとぶっ殺すぞ!」

「おやおや、殺されてはたまりませんね」

怒りで荒くなっている月夜の言葉に、今初めて、返事があった。その声はとても落ち着いたものだったが、感情が一切ないようなものに聞こえた。

「誰だ・・・?」

月夜は誰何する声を上げる、しかし、どこを見ても声の主はいなかった。声の主は、それに対し、感情を感じさせない声で楽しそうに言う。

「どこを見ているんですか?ここですよ、ここ」

その言葉と同時に、今まで何もいなかったはずの空間、階段の下から八段目に、突然湧いて出たかのように金髪を腰ほどまで垂らした美形の人物が座っていた。線が細く、男とも女ともとれないその人物は、微笑みながら見下すかのように月夜のことを見ている。

「いつの間に・・・っ!」

月夜は相手を見たその瞬間に、全てを理解した。誰もいない別荘、狂ったように時計の針が動く異世界のような場所、その全ての原因が、今目の前にいる人物にあるということを。

「ここにいたみんなを、どこにやったんだ!?」

睨みつけながら、月夜は叫ぶ。しかし、目の前にいる人物は微笑を崩さず、まるで落胆したかのように小さく首を振りながらただ黙っている。相手のそんな動作に月夜はついカッとなったが、すぐに自分を落ち着かせようと軽く深呼吸をした。そして、自らも口を開くことなく、冷静に相手を観察する。

(何かが・・・不自然なんだ。絶対に普通の人間じゃないくせに、こいつは・・・)

月夜と同じ生物兵器ならば、月夜が何かしらの異変を体に感じるはずなのに、今目の前にいる人物には異変どころか、妙な懐かしさすら感じてしまう。それはまるで、生き別れの兄弟に会ったような、そんな感覚だ。しかし、目の前の人物に月夜は見覚えがない。月夜がそんな調子で困惑していると、その人物はようやく口を開いた。

「色々言いたいことはありますがさておき、私の用件を君に伝えないといけませんね」

ゆったりと落ち着いた口調で話すその人物は、やはり普通の人間とは違い、どこか神々しさがあり、超然としたものだった。

「用件・・・?」

訝しげに月夜は聞き返す。月夜も聞きたい事は色々あるが、なぜか今は、相手の用件を聞かなければいけない気がして、無駄に口を挟まずにいた。

「ええ、君には是非、私の仲間になってもらいたいのです」

かつて、リミーナにもそれに近いことを月夜は問われたことがある。あの時は、即答で断った月夜だったが、なぜか今は、断ってはいけない気がした。それは自己の意思を無視するかのような、強迫観念にも近い何かが、月夜を操ろうとしている。

「・・・仲間だって?一体、お前は何をしようとしているんだ?」

仲間を集めてるからには、何かしらの理想や目的がある。月夜は自らを操ろうとしている何かに抗いながら、それを聞いた。

「何をするか・・・などと明確な目的はないのです。ただ世界が平和であり、安定を保っているのならば私はそれ以上に何も望みません。君がいれば、今以上に素晴らしい世界を作れるでしょう。全てのものが幸せになれる、素晴らしい世界を」

金髪の人物は、全てのものが幸せになれる、などと神ですら出来るかどうか分からないことを平然と言ってのけた。それは理想や夢などといった実現させるのが難しい曖昧なものではなく、それを出来る、という確実性のあるものだった。目の前で困っている人がいればすぐに手を差しのべてしまうような月夜にとって、全てのものが幸せになれる世界というのは、確かに素晴らしいものだった。しかし、だからこそ月夜は考える、本当にそんなことが実現可能なのかどうか、と。自らの力の使い方を、誤らないように。

「随分とすごいことをやろうとしてるんだな・・・」

「やろうとしているのではありません、やっている最中なのです」

月夜の言葉に、金髪の人物は事も無げに答えた。行き詰まった焦燥感などが見られず、逆に自信の程がある。金髪の人物から感じるそんな雰囲気に、月夜は飲み込まれてしまいそうになった。月夜はそんな素晴らしい世界を、望んでいるのだから。

「・・・具体的には、何をやってるんだ?それに対して、俺が何か出来ることはあるのか?」

自分が出来ることはあるのか?と聞いてしまっている時点で、月夜は相手を認めてしまっていた。それを感じ取った金髪の人物は、ほんの少しだけ満足気に頷く。そして・・・

「具体的に今成すべきことは、全ての人間の排除です」

恐ろしいことを、事も無げに言った。それを聞いた月夜は、言葉を失った。聞き間違いか?とまで思ってしまった。そんな月夜の様子を気にすることもなく、金髪の人物は続ける。

「君には、全ての人間を掃討して欲しいのです」

「ちょっと、待てよ・・・お前が望んでるのは、全てのものが幸せになれる世界、じゃないのかよ?」

全てのもの、それは地球や太陽などといった星自体が生きているものも含み、草木や動物に、もちろん人間も含まれている。少なくとも、月夜はそう思っていた。なのに、なぜ?月夜の疑問は当たり前のものだった。驚いている月夜とは逆に、金髪の人物は相変わらず無感情なまま告げる。

「人間は今、腐敗しています。地球や草木、動物、私が幸せにしたい対象を今、食い潰しています。もちろん人間だって幸せにしたい、ですが、人間を幸せにするということは他の生物を犠牲にしなければいけないのです。それぞれの規模を考えてみてください、どちらかを切り捨てなければいけないのならば、同族同士ですら殺し合いをする腐敗した人間を排除するのは、当たり前のことでしょう?」

確かに、金髪の人物が言っていることは理に叶っている。しかし、それには無視出来ない程の矛盾が存在していた。

「それのどこが、全てのものが幸せになれる世界なんだ?何かを切り捨てなきゃ得れない平和になんて、なんの意味がある」

徐々に、月夜の中の強迫観念が揺らいできた。全てのものが幸せになれる世界、それを作ろうとしているのならば月夜は口を出さないし、むしろ手伝ってもいいと思っている。しかし、何かを切り捨てて平和と安定を保とうと考えているエゴで塗り固められた幸せの世界作りなど、月夜は許せなかった。

「世の中には、消えた方がいいものもあるのです。ですが、安心してください。排除された人間の代わりに、今度はもっとましな社会を築き上げてくれる知能を持った生物を作ろうと私は考えているのですから」

あくまで落ち着いた金髪の人物のありえない言葉に、月夜は頭が沸騰するのを感じた。強い怒りが、月夜の周囲を歪ませるほどに溢れ出ている。

「ふざけんな・・・ふざけてんじゃねーぞ!!?」

月夜は吼えながら、目の前に座っている金髪の人物に向けて両手を突き出す。月夜の怒りを具現化したようなドス黒い闇が両手からまるでレーザーの様に鋭く、そして速く、金髪の人物を撃ち抜くために放たれた。普通の人間ならば自分の身に何が起きたのか気づく間もなく死に至らしめるそれは、しかし金髪の人物には当たらなかった。それどころか、闇に撃ち抜かれたはずの、金髪の人物が座っていた階段にすら傷一つなかった。

「おやおや・・・分かり合うことはやはり、無理なようですね。出来れば、君と一緒に幸せな世界を作りたかったのですが・・・仕方ありませんね。それでは、次会う時は敵同士ということで・・・それでは」

現れた時と同じように、忽然と姿を消した金髪の人物は、名残惜しそうに、しかし感情がない声でそう言った。

「どこ行きやがった!?」

消えた金髪の人物を探すために月夜は辺りを見回すが、その姿はどこにもない。しばしの間、月夜は怒りで感情が高ぶったまま獲物を探す獣のように辺りを見回し続けたが、徐々に熱が冷めたのか、その場にペタンと座り込んだ。

「・・・なんなんだよ、ったく・・・」

また新しい敵か、と呟く月夜の姿は、なんとなく弱弱しく見える。

「なんで誰も彼も・・・人間はだめだって、決め付けるんだろうな・・・」

本来ならば、月夜もそちら側の生物だが、そんなことはほとんど思わなかった。およそ半分は人間の血が流れている上に、普通の人間の暮らしが長い月夜にしてみれば、そんな気持ちは当の昔に捨て去ったものだった。胡坐をかいたまま、月夜は現状を忘れ、物思いにふける。

(なんか・・・だる・・・やべ・・・ねむく・・・・・・なって・・・き・・・た・・・)

そうしているうちに、突然の睡魔に襲われ、月夜は思考する能力さえ停止し、その場に崩れるように倒れた。



誰かに体を揺さぶられるような感覚に、月夜は目を覚ました。

「ん・・・」

目を開けるとすぐ目の前には心配そうに顔を覗きこんでいる楓がいた。

「大丈夫、月夜?」

「んー・・・ここは・・・?」

月夜は首だけを動かしてキョロキョロと辺りを見回す。そこは二人にあてがわれた部屋で、月夜が横になっているのは先ほど眠ったベッドの上だった。

「夢・・・だったのか」

あまりにも現実味がありすぎる夢をよく見る月夜にとって、それは日常茶飯事といっていいぐらいだったが、あれが夢で良かった、と安堵の息を漏らした。相手がどんな力を持っているかなど分からないが、無駄な敵は増やしたくないのだ。

「月夜すごいうなされてたよ。だから、私心配で・・・」

「ああ、ごめん。嫌な夢見ててさ」

謝りながら、月夜は心配してくれた楓を安心させるために右手を布団から出して優しくその頬に触れる。そして、気づいた。寝る前まではなかったはずの、軽い火傷の跡が右手に残っていることに。

「っ・・・!」

夢じゃ、なかった・・・それに気づいた月夜は背筋が震えるのを感じ、とっさにそれを顔に出してしまいそうになったが、不安気に自分を見つめる楓を見て、月夜は思いとどまった。

「どうしたの?」

「い、いや・・・なんでもないよ。ただちょっと、さっき見た嫌な夢を思い出しただけさ」

心配をかけさせたくない、と考える月夜は、気まずさについ楓から視線をそらしてしまった。そんな月夜の怪しい態度に、疑念を抱く楓だったが、それを追及しなかった。そして代わりに、違うことを恨めしげに追及し始めた。

「昨日、どこ行ってたの?」

ぎくり、と月夜は内心焦りながらも、外には出さないように努力しつつ声を出す。

「どこ行ってたの、って。楓が寝た後すぐ寝たよ、疲れてたし」

「嘘、だって私が途中で目を覚ました時、月夜いなかったもん。確か、二時ぐらいだったと思うけど・・・」

二時、確かにその時間には月夜はこの部屋にいなかった。それどころか、外で暴れていた時間だった。しかし、そんなことを楓に言うわけにもいかず、月夜は内心を悟られないように自分を落ち着かせながら言う。

「ああ、その時間なら兄貴と軽い雑談してたんだよ。久しぶりに会って、積もる話もあったし」

「ほんとに?」

ジトー、とした目で聞いてくる楓に、月夜は頷く。

「嘘ついてもしょうがないだろ?」

その言葉に、楓は少しの間黙って月夜を見ていたが、不意に肩の力を抜いたようにほっとため息を吐き出した。日頃から問題事に首を突っ込んで楓を心配させている月夜は、その辺の信用がなかったが、どうにか誤魔化すことが出来たようだ。

「それもそうだね・・・ごめんね、変に疑っちゃったりして」

「いや、いいよ」

そう言いながら、月夜は内心ほっとため息を吐いたが、楓の次の言葉で再度凍りつく。

「外で話してたんだね、別荘の中にいなかったし」

話が終わったと思い、一度安心仕切っていた月夜は、その言葉につい過剰に反応してしまった。油断は禁物である。

「そ、そうそう。別荘の中じゃ暑いし、寝てる楓たちに悪いしさ」

明らかな動揺を見せた月夜に、楓は再度疑いの眼差しを送る。

「いやいや、なんだその目は。俺は嘘なんかついてないよ?」

一度でも崩れてしまうと、月夜はだめだった。一つ一つの行動があからさまに怪しくなり、嘘なんかついてない、と言う声はわずかに裏返り、楓の視線から逃げるようについ視線を逸らしてしまう。

「ほんとに?」

やや怒りが混じった楓の声に、月夜は恐れながらこくこくと頷く。やはり、視線は逸らしたままだったが。気まずそうに視線を泳がせる月夜と、ただそれを黙ってじっと見つめている楓。二人の間に、しばしの沈黙が訪れる。その時、コンコン、というノックの音が部屋に鳴り響いた。月夜は、これ幸い、と思いながら、ドアの方に顔を向けて声をかける。その横で、楓がむー、と唸っていることなど気にも留めない。

「開いてるよ」

月夜の言葉に応えるように、ドアが控えめに開かれた。

「どうも、って、タイミングが悪かったかな?」

開かれたドアの先に立っていたのは、昨日月夜が連れてきた五人の内の一人、リファだった。先ほどまでやや険悪な雰囲気になっていた部屋に入るなり、リファはそう言った。

「いや全然」

むしろ助かった、と月夜は思ったが、さすがにそれを口には出さない。月夜はベッドの上から体を起こして、近くの椅子をつかみとるとリファにすすめた、リファが座るのを確認してから、月夜もベッドの上に腰掛ける。そしてその隣に、いまだ納得いかなそうな顔をしている楓が座った。

「それで、何の用ですか?」

一応リファを含んだ五人は、楓たちにはランスの知り合いということになっている。ランスの知り合いということは、月夜とも少しは面識があると思われてそうだが、かといってそこまでくだけた感じにならないように、月夜は注意した。

「特に用という用はないんだけど・・・」

ちら、と楓を一瞥しながらリファはそう答えた。本当は月夜にお礼やら何やら言おうと思っていたリファだったが、ランスに釘を刺されているため、楓がいる前では言えなかった。

「用がないなら、どうしてわざわざ来たんですか?」

やや棘のある言葉を言ったのは、月夜の隣にいる機嫌の悪そうな楓だった。本来の楓ならば、今朝初めて顔を合わせたばかりの人間にそんなことはまず言わないが、今の楓は月夜への追及を邪魔された挙句、相手が美人だったため、ついついそんな悪態が口から出たのだ。ランスの知り合いが用もないのにどうしてここに?という、疑念も一つの要因だろう。

「それは言いすぎじゃないか?」

楓のきつい言葉に呆気にとられながらも、月夜は注意を促すように楓を見てそう言った。楓は、確かに・・・そうかもしれないけど、と冷静な部分で思いながらも、リファを庇うような月夜の言葉に、楓はついカッとなって反論しようとした。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて・・・それに、私は気にしてないからいいの」

楓の言葉を遮るように、リファがそう言った。リファとしては、自分のせいでまだまだ青い二人がけんかするのは嫌だった。リファには楓の気持ちが、なんとなく分かったのだろう。

「とはいってもなぁ・・・」

困ったように、月夜は楓とリファの二人を交互に見遣る。相手が気にしないからとはいえ、失礼なことを言ったのをそのままにしていいんだろうか?と月夜が悩んでいる内に、楓が急に立ち上がった。

「分かった、私が悪かったわよ!月夜の馬鹿、二人で話でもなんでもすればいいでしょ!」

早口でそう言った後、楓は逃げるように開いていたドアから飛び出していった。

「どうしたんだ急に・・・」

突然のことに、唖然とした様子でそれを見ていた月夜は、はっ、と我に返り、気まずそうに言った。

「悪い、なんか機嫌悪かったみたいで・・・気悪くしたら、ごめんな」

楓の代わりに謝る月夜に、リファは気にした様子もなく言う。

「いいの、私も来る時間を間違えてしまったみたいだし・・・まだまだ若いんだから、仕方ないわよ」

そう言ったリファには、昨日の弱弱しさなど微塵もなく、歳相応な大人の女性として落ち着いたものがあった。初対面の弱弱しい印象が強いせいか、月夜には今のリファが別人のように思えたが、おそらくこちらの姿が本当の彼女なのだろう。

「はぁ・・・そう言ってもらえると、助かるよ」

楓が出て行った開けっ放しのドアを一瞥した後、月夜はリファに目を向ける。

「それで、何の用?楓には悪いけど、聞かれたら色々まずそうな話っぽいし」

申し訳なさそうな顔で、月夜は言った。それはリファに対してではなく、今この場にいない楓に向けてのものだった。

「本当に特に大した用事でもないんだけど・・・昨日のお礼を言おうと思ってたの、落ち着いて言えてなかったから」

ありがとう、とリファは頭を下げて、お礼を言った。

「いや、別にお礼言われる筋合いなんてないし・・・俺が勝手にやったことだからさ」

謙遜するわけでもなく、皮肉を言っているわけでもなく、月夜は素直に思っていたことを口にした。困っている人が目の前にいれば、すぐにでも手を差し伸べてしまう月夜は、見返りなど一切求めてなかった。しかいs、月夜にそう言われても、リファは続ける。

「それでも、君のおかげで私は助かったの。ううん、私だけじゃない・・・他の四人も、君にはすごく感謝してるわ」

キールとランディは素直じゃないから分かりづらいと思うけど、とリファはくすりと笑いながら付け足した。月夜もそれに釣られて、笑った。

「みんなね・・・本当は、こんな力なんて望んでなかったの」

不意に、寂しげな表情を浮かべてリファは続ける。

「確かに私たちは元々ステイグマの一員で、普通の人間だった頃から人殺しとかもしてたけど・・・」

嫌な過去を思い出すように、リファは暗鬱とした声で続ける。月夜はそれを、真剣な面持ちで聞いていた。

「今程ひどくはなかったの。だってそうでしょう?人一人に出来ることなんてたかがしれてるし、何より、人間なら誰かを殺す時は、自分だって死ぬ可能性があるんだもの」

普通の人間には分かりにくい説明だったが、なんとなく月夜は理解出来た。リファは暗にこう言っている、生きるために殺すのはまだ許されるかもしれない、でも、生物兵器は容易には死なない。人間が蟻を踏み潰すように簡単に誰かを殺すことが出来るというのは、自分が死ぬこともないし、更に殺さなくても良い者まで巻き込む、と。

「こんな力を手にしたおかげで、色々分からせてもらったわ・・・それは、成長、と呼べるのかもしれないね」

暗鬱とした表情をしながらも、それを分かれて良かった、という安堵の微笑をリファは浮かべた。

「俺からしたら、どんな事情があるにせよ人が人を殺すのは良くないと思うけどなぁ」

そう言いながら、月夜は困ったように後頭部頭をかいた。言うなれば、ナイフや銃を持った人間が生きるために殺し合うのと、ナイフを持っている人間と核兵器しか持っていない人間が生きるために殺し合うのでは、その次元も心持ちも違いすぎる、ということだ。リファは前者を仕方ない、と言う。しかし、月夜は前者さえ納得出来なかった。

「じゃあ君は、銃を向けられたら抵抗しないで撃たれるつもり?自分の手に相手を殺せる銃があったとしても」

少しだけ責めるような口調で言うリファに、月夜は首を横に振った。

「さあね、俺にはその答えなんて出せないよ・・・死にたくはない、けれど、殺したくもない」

それは子どものわがままに聞こえるかもしれない、しかし、その言葉には強い意志があった。

「私だってそう・・・でも・・・」

何かを言いかけて、リファは言葉を止めた。そして、嫌なことを振り切るように首を一度だけ振った。

「・・・今更、言っても仕方のないことだし、やめにするわ。何が正しいのかは分からないけど、今は少なくとも、私はもう誰も殺したくない」

暗鬱な表情で呟くリファを見かねた月夜は、話題を変えるために少しだけ気になっていたことを口にする。

「そう言えばさ、キールとリファさんは結局付き合ってないの?」

えっ、と小さく呻いた後、リファは暗鬱な表情から一転し、困りながらも照れた笑みを浮かべた。

「付き合ってないけど・・・私はキールのこと好きだし、キールも・・・」

と、そこまで言いかけた瞬間。スコーン、と月夜の額にボールペンが当たった。芯が出ていなかったため、刺さることはなかったが、かなりの速度で投げられたらしく、月夜はベッドの上から転がり落ちた。

「全く・・・なんの話をしてるんだお前は!?」

月夜がベッドから落ちて背中をうつのとほぼ同時に、部屋の入り口に立っていたキールが薄っすらと顔を赤くしながら叫んでいた。

「いてててて・・・いや、ほら。最終確認というかなんというか」

そう言って、月夜は額と背中をさすりながらベッドの上に再度座りなおす。リファは突然現れたキールに驚いた顔で振り向いていた。

「人がいないところで何を聞いてるんだ全く・・・リファもリファだ」

「いいじゃないの、本当のことなんだから、それともキールは・・・」

哀しげな表情でリファにそう言われてキールは言葉に詰まる。

「女性を泣かせてんじゃねーよ、それに盗み聞きもよろしくないだろ」

「お前に言われる筋合いはないわ!」

矛先を月夜に向けたキールは、尋常じゃない速度で再びポケットからボールペンを取り出して月夜の額を狙って投げつけるが、月夜は事も無げにそのボールペンを横から手で掴んだ。

「遅い遅い、そんなんじゃ甲子園には行けないぜ?」

ボールペンを手でいじりながら笑う月夜に、キールはゆでだこのように赤くなるが、すぐに自分がここに来た理由を思い出し、一度だけ咳払いをしてからリファに目を向けた。

「そろそろ、出発の時間だ。行くよ、リファ」

「あ、もうそんな時間なの・・・」

慌ててリファは立ち上がり、月夜に言う。

「本当にありがと、またいつか会えるといいね」

そして、もう一度頭を下げた。対する月夜は、気にするな、という風に手を振る。

「いつでも、とまではいかないけど、また会えるでしょ。キールも、元気でな」

「ふん、言われなくても、だ・・・それと、まぁ、なんだ・・・一応、お前には感謝してる」

照れを隠すようにそっぽを向きながら言うキールに、月夜は笑った。

「お前に感謝される筋合いはねーよ。ボールペン二本もらったしな、またな」

「ああ、またな」

「またねー」

そう言い残し、二人は早々と部屋を出て行った。バタン、と閉められたドアをしばしの間見た後、月夜は気だるげに横になった。

「そういや、あいつらがいるってことは、まだ昼ぐらいか・・・」

そう口にした途端、忘れていた疲労感がまた戻ってきた。二、三時間じゃ寝たりない、と月夜は思いながら、再び寝ようとしたが・・・。

「そう言えば・・・楓、怒ってるよな」

すっかり忘れていた月夜は、それを思い出した途端眠気が徐々に遠ざかっていくのを感じた。疑われ中であり、更にリファの登場によって怒り心頭の楓をどうにかしないと、月夜は寝るに寝れなかった。

「とは言っても・・・どう誤魔化せばいいのかなぁ・・・」

正直、楓に心配をかけさせたくないとはいえ、楓に対して嘘をつくのは心苦しい月夜だった。

「んー・・・」

そんな風に月夜が悩んでいると、ノックもなしに部屋のドアが開いた。月夜がやや緊張しながらそちらに目を遣ると、そこに立ってたのは言うまでもなく楓だった。戻ってきた楓は一見普段通りに見えたが・・・

「月夜、なんか眠そうな顔してるけど、大丈夫?」

「んー・・・まだ眠い、かな」

「寝不足なんでしょ?ちゃんと寝ないとだめだよー」

態度も何かも、普段通りだった。さっきまでの怒りや疑いがまるでなかったかのように、楓は普段通りだった。

(・・・これはどういうことだ?)

身構えていた月夜としては、何が起きたのか分からずに戸惑っている。そんな月夜をよそに、楓は自分のベッドの上に置いてあった本(ランスから貸してもらった日本語の小説、なぜランスがそんなものを持ってるのか不明)をとると、

「私が部屋にいたら安眠出来ないよね。ちょっと違う部屋に行ってるから、ゆっくり休むんだよ?」

そう言い残し、楓は部屋を去っていった。バタン、と閉じられたドアの音を聞きながら、月夜は呆然とした顔で横になっている。何がなんだか分からないままの月夜は、しばし思い悩んだ後、結局何が起きたのか理解出来ず、諦めて寝ることにした。

(ま、とりあえず機嫌も直ったみたいだし・・・良いの、かな?)

微妙な不安やら何やらが残った月夜だったが、疲れているだけあって、その後すぐに眠りに就いた。



時間を遡ること少し前、部屋を飛び出した楓はリビングのいくつかあるテーブルの一つを陣取っていた。最初は怒っていたものの、徐々に熱が冷めてきて、しまいにはやや欝な感じになっていた。

「むー・・・」

楓はテーブルに突っ伏しながら、顔を横に向けて唸っていた。寂しそうな表情をしながらも、近寄りがたい不機嫌なオーラを辺りに撒き散らしている。

(私って嫌な子だな・・・)

普段の明るい楓からは想像もつかない程、今の楓は沈み込んでいた。

(どうして月夜は、私に何も言ってくれないんだろう・・・)

月夜が何かを隠している時は、態度に出やすく、分かりやすい。それ故に、月夜が心配な楓はついつい言い過ぎてしまう。次いで、今日に至っては、いらいらしていたとは言え今朝会ったばかりの女性に棘のある言葉を言ってしまった。そんな自分に自己嫌悪し、今の楓はとことん沈み込んでいるのだった。月夜は心配させたくないから言わないだけだが、楓にしてみれば、自分は信頼されてないんじゃないか、とマイナス思考になってしまう。そんなことを考えているうちに、どんどん深みにはまり、楓は立ち直れなくなっていた。

「おや、こんなところでどうしたんだい?」

上から唐突にかけられた声に、楓は首と目を少しだけ動かしてそちらを見る。テーブルを挟んで真向かいから楓を見ているのは、白いタキシードを着ているキールだった。

「あ、こんにちは・・・」

なんだろう、一人にして欲しいのに、と思いながらも、楓は顔を上げて挨拶をした。普段通りに出したはずのその声は、ほとんど面識がないキールにさえ、元気がないように聞こえた。

「こんにちは。元気がなさそうだけど、体調でも悪いのかい?」

他人行儀で丁寧ながらも、心配の色があるその声に、楓は慌てて首を振った。

「いえいえ、別に体調が悪いんじゃないですよ・・・」

それは強がっているわけじゃなく、楓自身は本当に体調が悪くないのだが、それでも、なぜか強がりを言っているようにしか聞こえなかった。キールは楓の真向かいの椅子に座り、ゆっくりとした口調で言う。

「それじゃ、何か悩み事かな?俺で良ければ相談に乗るけど・・・ああ、邪魔だと思うなら言ってくれれば、早々に消えるけど」

後半はおどけた調子で言うキールに、楓は小さな笑みを浮かべた。

「邪魔なんかじゃないですけど・・・」

「一人でいたい、ってところかな」

言いよどむ楓をフォローするように、キールはそう言った。自分が言いにくかったことを本人に言われ、困惑した表情を浮かべる楓に、キールは笑いかけた。

「言わなくても分かるさ。じゃあ、俺は失礼させてもらおうかな、そろそろ行かなきゃいけない時間だからね」

右手首についている腕時計を確認しながら、キールは言った。しかし、椅子から立ち上がる気配はない。そもそも、時間が全くないのであれば、楓に声をかけている余裕などないはずだ。

「あ、あの・・・キールさんは、ランスの知り合いなんですよね?」

おどおどとした様子で、楓は尋ねた。

「ああ、一応ね。あいつが休暇でここに来るのを聞いたから、会い来たんだけど・・・俺らも仕事が忙しくてね、全然ゆっくり出来なかったさ」

苦笑しながら言うキールは、嘘をついているにも関わらず、月夜のような不自然さはなく、なんなく楓を騙した。キールも、伊達に歳を食っているわけではない、ということだ。

「じゃあ、月夜とも知り合いなんですか?」

先ほどよりもやや真剣味のある楓の言葉に、ははぁ、なるほどね、とキールは心の底で頷いた。

「ほんの少しだけ面識があるかな、彼には色々お世話になったよ」

裏がありそうな言葉を仄めかし、キールは薄く笑う。多少なりとも事情を聞いているキールは、本当のことを言うわけにもいかなかったが、何も知らずに悩んでいる楓を可哀想に思ったのだ。

「お世話、ですか?」

「ああ、前にちょっとね。本当に助けられたかな・・・」

昔を思い出すようにやや遠い目をするキール。実際は昨日の話なのだが、その辺は言うまでもなく演技だった。むー、と唸っている楓に、キールは聞いた。

「彼のことが心配かい?」

「え、いや、あの・・・そうですね、心配、ですね」

楓は少し戸惑って答えた後、やや怒ったように続ける。

「月夜は知ってる通り、すぐ問題ごとに首突っ込んでっちゃうんですよ。でも、私には何一つ言ってくれなくて・・・」

「それで、信頼されてないんじゃないか、って悩んでたのかな?」

的確なキールの言葉に、楓は小さく頷いた。楓よりは今回の事情を知っているキールは、んー、と頬をかきながら言う。

「そんなことはないと思うけどね。俺もそうだけど、男っていうのは馬鹿な生き物でさ」

自分で言いながら、耳に痛い言葉をキールは続ける。

「好きな人に心配をかけさせたくないんだよ、例え自分が傷ついても、ね」

リファやチームの仲間に心配をかけさせたくなかったキールは、自分の頭に爆弾があることを言わず、自分自身を殺してまでチームリーダーとして時には冷酷に、冷徹にしてきた。

「でも・・・」

そんなキールの事情を知らない楓は反論の声を上げようとしたが、キールはそれを手で制して続ける。

「もちろん、そのせいで大切な人が傷つくの忘れちゃいけないんだけどね。でも、君だって彼を傷つけたくはないだろ?」

キールの言いたいことがよく分かっていない楓だったが、月夜が傷つくのが嫌だった楓は、頷いた。

「なら、あんまり騒がずに、たまには心配させたくないという気持ちを受け入れてあげるのも一つの手なんじゃないかな。もちろん、我慢出来ない時は言わないといけないけれどね。どちらかが我慢しなきゃいけない関係なんて、嫌だろ?」

楓は曖昧なまま、頷く。キールの言葉の真意はいまだ完全に分かっていない楓だったが、なんとなく、それを理解した。楓が頷くのを見たキールはやや満足気に頷き、最後に、と言う。

「煩わしい問題も多いかもしれないけど、好きな人のそばにいれるということは幸せなことだと思うよ」

「そう・・・ですよね」

最後のそれだけは、楓にもよく納得出来た。確かに悩んだりすることも多いが、楓は確かに、今月夜と一緒にいれて幸せなのだから。

「その気持ちが大切だよ・・・さて、そろそろ行かないと、本当に時間がなくなる」

ようやく立ち上がったキールに、楓はお礼を言う。

「あの、ありがとうございました」

「いんや気にしないで、一応これでも人生の先輩だからね。それじゃ、また機会があれば、どこかで」

そう言い残し立ち去るキールに楓も、

「またです、お元気で」

と返事をした。キールはそれに、振り返らずに片腕を上げて応じた。

キールが立ち去った後、楓は少しの間その場で考える。

(・・・確かに、私はちょっと心配しすぎ・・・なのかな?)

月夜ももう子どもではない。自分なりに考え、自分なりに行動しているのだ。それに対してあまり口うるさくするのはだめだよね、と楓は呟く。

(むー・・・難しい、なぁ)

結局、どうすればいいかという答えが出せなかった楓だったが、今は、疲れている月夜を休ませてあげよう、と思い、楓は立ち上がってリビングから立ち去っていった。いつか月夜が、自分を頼りにしてくれることを願いながら。

・・・・・・なんだこの更新速度は!?

ま、まぁいいや(良くない)

今日も元気に月夜は人助け人助け、相変わらず緊張感はございませんけどね

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