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99話

「だが、序盤の有利とかは関係ない。最後に勝ったほうが強い」


 その言葉通りで、チェスに区間賞のようなものはない。勝つか負けるかだけ。そして、勝ったと思ったところから、一手で大逆転があるのがチェス。相手の降参を聞いて初めて勝ちだ。


「負けたか。しょうがないね」


 ぐうの音も出ないほどに完敗であることを、サーシャはあっけらかんと話す。本来なら悔しさがあるはずだが、それよりも清々しい。全く読めていない手だった。


 勝ったはずなのだが、険しい表情をシシーは崩さない。


「……賭けていたもの、あれを売ればいいだろう。なぜそうしない?」


 売れば数十万ユーロにはなるはず。充分に大金だ。子供が持つのに無相応なほど。それほど大切にしている、というわけでもなさそうなのにだ。そこが気になる。


「あれは芸術品だからね。売れば足がつく。おそらく、盗難品として認知されているはずだ。危険な真似は犯したくない」


 捕まるのは嫌だからね、とサーシャは肩をすくめた。


 合点がいき、シシーは納得する。


「盗難品……なるほど。それをもらう俺の身にもなってほしいものだ」


 こいつが盗んだわけでもないが、その片棒を担ぐようで、なんだかモヤモヤする。早く手放したいのは事実。


 審判員のファティが賭けの品を、晴れない表情のシシーに手渡す。中身は知っているので、少し緊張はする。だが冷静に。


「いらんが……まぁいい。マスターにくれてやる」


 この大会での責任は全てあの老人に。配信は終わったので、シシーは仮面を外し席を立つ。自分でしたことだが、やはり少し恥ずかしい。まるで仮面舞踏会だ。逆に目立ってしまう。


「お前の奢りだぞ。早くしろ」


 足をダラっと投げ出して座るサーシャを連行する。これも賭けの対象。脳を使ったから少し休みたい。人の金で。


 スタスタと退室するシシーを目で追いかけ、サーシャは「はいはい」と返事をして席を立った。

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