94話
影に徹する役割。場を盛り下げるようなことをファティはしない。
「あくまで個人間でのやり取りだからね。多少の賭けは盛り上げるスパイスだし、そのあたりは国も認めてくれるはずだ」
ね? ね? と、サーシャとシシーに交互に顔を向けた。
「多少、ねぇ」
含みを持たせた言い方をシシーはするが、そんなことはどうでもいい。勝つか負けるか。その勝負が早くしたい。
「多少、の定義も人それぞれだからね。追加のルールはなにかある? そこは話し合いで決めてね。画面に出すから」
普通、公式戦ではないが、お互いに了承すれば、多少のルールは変更していいことになっている。二本先取や、持ち時間の変更など、非公式ならではの緩さだ。その内容は、視聴者でもわかるように画面にも表示される。
「そうだね。もし可能なら『僕を後手番に』してもらえたら嬉しいね。ドローでも、手番を変えずに」
そのサーシャの提案に、シシーは眉がピクっと動いた。こいつはなにを言っている? わざわざそんなことを言うヤツがいるとは、と睨みで返す。
「だそうだけど、どう?」
ファティとしても意外な申し出だが、別にそこまで逸脱した変更ではない。大会としてはアリ。シシーも受け入れないことはないだろう。なにか策があるのだろうか?
昨日と同様、黒と白のポーンを握ろうとしていたシシーは、その手を引っ込めた。
「かまわない。なら俺は『負けたほうはコーヒー奢れ』でどうだ?」
「いいねぇ、それでこそシシーだ」
その内容にファティは暗色を示す。
「……それは対局のルールじゃないんだけど」
そういった取り決めは、対局後に自由にやってくれ、と言いたい。というか、この二人は顔見知りなのだろうか? そんな雰囲気を感じる。
「まぁ、賭けがさらに上乗せになったようなものだ。両者合意なら文句ないだろ?」
悩むファティではなく、対戦相手のサーシャに、直接シシーは話を持ちかける。色々と聞きたいことがある。勝負がついた後でゆっくりと聞きたい。
もちろんサーシャは拒むわけもなく、二つ返事で了承する。こっちも聞きたいことがたくさん。
「いいよ。あとでここいらで一番美味いコーヒー店、教えてね」
と、笑顔でファティに語りかける。
お互いがいいと言っているので、もう許可をするしかないファティは、苦笑いをするしかない。
「うーん……なんかしっくりこないけど、はじめてください」
カメラが起動し、両者握手を交わして対局開始。かと思いきや。
「シシーはさ、棋譜書いたことある?」
まだ初手を指す前からサーシャが声をかける。基本的には相手の手番で話しかけることはマナー違反だが、まだ最初ということでお咎めはなし。そのまま続行。しかし、棋譜?




