92話
仕合当日。
隣で眠るララには、今日の対局時間を伝えてある。ネットで観れる時代だ。家に居ながらでも知ることができる。
大会にはいくつかの決まり事があるらしい。音声は配信されないということ。審判兼立会人がいるということ。賭けているものは、事前に事務局が確認しており、独断と偏見で、ほぼ同じ価値がある、とされているものになっている。もしくは、高いものを出しているほうが了承すれば、そのまま格差のある状態で仕合に移る。
まず、音声は配信されないため、盤外での会話は自由であると認められている。勝ち進めば、音声もありとなるが、数も多い初戦などは予定にない。
そして立会人。事務局側の人間が立ち会い、賭けなどをスムーズに進行する。賭けるものが大きいほど、負けると信じられない行動を起こさないとも言い切れない。そのため、先に預かるなど必要な人員。そして審判も兼ねる。
最後に、賭けるものはお金だけとは限らない。車や土地、絵画などの芸術品まで、なんでも賭けることができる。だが、勝ったほうが必要としているかどうかは問題ではない。全く不必要なものでも、勝ったからには手にすることができる。もしくは拒否もできる。あくまでオマケ程度、という扱いだ。
「音は出ないけど、なにか感じ取ることはできるかもね」
そうして気を使いながらも、シシーは静かに自室のドアを閉じた。
会場は自宅のあるノイケルン区の隣の隣、ミッテ区にある貸し会議場らしい。場所は各地に借りていて、配信機材をスタンバイ。ミッテ区のものは繁華街の中に突如あり、まるで高級なブティックのような、大理石とガラスの建物の佇まいに、シシーは場所を間違えたか、と再度確認したほど。
中に入ると、清潔感溢れる、白を基調にした壁や床のタイル。ブーツの反響音がよく響く。正面にある受付を済ませ、部屋までのルートを受付嬢から聞き、向かう。ドアを開けると部屋の中にはカメラが四台。それと数人の人。映像のチェックなどをする人達だろうか。
「どうもはじめまして。立会人のファティ・ビアステッドだ。『ギフトビーネ』さん、よろしく」
「よろしくお願いします」
立会人であり、この場のアービター、つまり審判でもあるファティが、シシーと握手をする。非公式の大会ではあるが、規模が大きい。ドイツ中から集めている。ゆえに、それなりにチェスの知識のある人物がなる。かくいうファティも週末チェスを嗜む。
定点のカメラは盤面を上から映すもの、引きで全体を横から映すもの、各人を映すもので四台。あまり撮られたくはないが、仮面もある。緊張などの要因にはならない。




