87話
「そのようだ。持ち込んだ毒に耐性のある薬を飲んでいたようだが、ゲルセミンとオレアンドリン、仲は悪かったみたいだな。打ち消せない」
お互いに自身の毒には耐性をつけておいたが、相手の毒にはない。モロに浴びてダメージをくらう。
「……やるね。まさかこんなことになるとは。あるんでしょ? 解毒薬」
「……あぁ」
そう言って、口内をモゴモゴとシシーが動かすと、胃からカプセルを戻し、舌の上で見せる。少し胃液で溶けてしまっているが、中身は問題なさそうだ。
「これひとつだ。お前が妙な真似をしたら俺が飲む。お前は終わりだ」
まだ少年は自分のほうが体が動く、と見ていた。ならば彼女の解毒薬さえ奪えれば、自分だけは助かる、そういう算段だった。しかし、この状況で主導権を彼女に握られている。
「……仕方ないね。引き分け、いや、降参だ」
なんとか立ち上がると、少年はシシーの顎を掴み、二種類のカプセルを流し込む。舌を出し、力無く半開きになったシシーの口の端から唾液が漏れ、少年の手を汚すが気にしない。そして溶けかかったカプセルを取り除こうとする。
だが、それも含めシシーが飲み込んでしまう。水もないため、喉に若干引っかかるが、無理やり押し込む。
「な——」
「安心しろ……解毒薬はカバンの中だ。その中から適当に……取れ……さっきのはただの……ビタミン剤だ……」
少年の驚きに割り込むように、シシーが真実を告げる。このような状況でも相手を欺く。
「……完敗だよ」
ゆっくりと、膝に手をつきながらも、無造作に投げ捨てられたシシーのカバン目掛けて、少年は歩を進める。全く、今日は厄日かな、と余裕を見せるが、限界は近い。強烈な毒を仕込まれていた。錠剤の薬を飲み込むと、ボロボロの壁にもたれかかり、テーブルに突っ伏して眠る女性を眺める。
おそらく、香水に毒が混ぜられていたか。ライチのようなフルーツ系の香りは、トップノートといって、身につけてから三〇分ほどで消えてしまう香りだ。それなのにその香りがしたということは、ここに向かっている最中に使用したということ。なぜ、ライチの香りで気づかなかった。と、自分を戒める。
「……しんど」
それは少年の今の体調が、というだけではない。眠りについた女性の精神力。なにがあっても折ることができないと観念した。




