84話
「見た目ではわからないな」
◇ポーンg5。じわじわとシシーは進軍していく。少しずつ銃口を相手の心臓に突き立てるように。さぁ、ここからどう凌ぐ? 話に夢中になっていては、こっちは終わってしまうぞ?
「子供達のため、って言っておきながら、さらに僕に手を出そうとしてきたんだから、困ったものだよね」
◆ポーンd5。それでも守らない。ここにきてもまだ、場を支配しようと少年は攻めの姿勢を見せる。ノーガードの殴り合いを求めているのか、口調は落ち着いているが、駒達はニトロを積んでいる状態だ。
「……」
先に会話を打ち切って、盤面を煮詰め出したのはシシー。なにか嫌な予感がする。現在の評価値は五分か、自分のほうがいいはず。だが、だいぶ先の手を考えると、ここが分水嶺な気もしてくる。
「で、死んだのか? ソイツは」
◇ビショップb3。一旦落ち着く。冷静にいこう。
「あ、下がったね。まさか。今頃どこかの片田舎で、ロッキングチェアにでも乗って療養してるんじゃない? イメージだけど」
◆ビショップf5。中盤を黒で塗りつぶす。少年は駒の展開を重視していく。多少の駒損は経費と割り切る。肉を斬らせて骨を断つ。
動き出した盤上だが、シシーはそれよりも気になる単語がある。
「療養?」
◇ポーンf6でナイトをテイク。
すかさず少年は◆クイーンf6でテイクし返す。
「知ってる? 昔は体を痛めつける拷問だけじゃなくて、廃人にするための拷問もあったこと。簡単だよ、全く意味のないことを延々と続けさせるんだ。例えば、石を拾って、ばら撒いて、また拾ってを繰り返す。すると、すぐに精神に異常をきたすそうだよ。怖いねぇ」
クスクス、と笑いながら「怖い」と、アンバランスに感情を表現する。
無邪気ゆえに深い闇をシシーは感じた。
「同じようにやったと?」
問いながらもシシーは◇ポーンd4。単独で前に出る。明らかなサクリファイスではあることは、お互いにわかっている。が、少しずつ盤面が動き始める。駒の数でいえばシシーが有利。だが、攻めの状況でいうと、いつの間にか少年が攻勢。
となると、おそらくビショップやナイトが動いてくる。相手のf5のビショップがディスカバードアタックでチェックをかけてくる。そう読んでの◇ポーンd4。お互いにそこまで読んでいることもわかっている。
「僕の場合は、無意味に数字を書かせ続けた。円周率みたいにね。でも失敗だったな、結構時間がかかっちゃった」
◆ビショップd4。ポーンをテイクする。このビショップは背後からポーンがサポートしているため、シシーは取れない。




