83話
先手番となり、攻め方を決めたシシーが駒を動かす。相手の情報なんてものはない。ならば、思うがままに。
「で、さっきの女はなんなんだ?」
初手◇ポーンe4。これで相手の力量を測る。弱ければ、ここで終わらせる。こいつに明日などない。
◆ポーンe5。序盤だ。特に深く長考する場面でもない。軽やかに少年が駒を移動する。
「え? いいの? 喋って。つまんない話したら帰っちゃうんでしょ?」
それは困るな、と軽口を叩く。
「盤外戦術だ。興味なければ無視しろ」
◇ビショップc4。シシーは駒を動かす。
「いいよ、喋る喋る。イクスのこと。二重人格だと思ってる? ちょっと違うんだよね。今もいるし」
◆ポーンf5。
「今も?」
「こうやってチェスを指しながらも、僕にアドバイスをくれるんだ。お互いに得意不得意があるからね。補い合う感じ?」
「それは羨ましい限りだ」
◇ポーンf5でテイク。
「だからさ、遠慮しなくていいんだ」
◆ナイトf6。
「?」
「お姉さん、すごい危ない人でしょ?」
「なんだその全く脳に入ってこない表現は」
不思議な手だ、とシシーは感じた。こちらが先手番なのにも関わらず、相手が先手であるかのように駒を動かしてくる。ギャンビットをしようとしたのに、逆にギャンビットをやられているような。強いのか弱いのか、ハッキリとしない曖昧な指し方。攻撃をするでもなく、受けるでもなく、ただ流れに身を任せているような。
◇ポーンg4。気持ち悪いな、という感想。
このあたりから少しずつ、手に時間がかかってくる。どうしようか悩んでいるようで、少年が落ち着きなく指を動かして脳に刺激を与える。
「別に信じなくてもいいんだけど」
そう、言いながら指した手は◆ビショップc5。続けて話す。
「この前、大麻を育てて売買してる人と勝負してね」
「ほう」
なかなか興味深い話を混ぜてくる。盤面も気になるが、その話をシシーは聞くことにした。
「ほら、少量の所持なら禁止されていないじゃない? でもそれで我慢できなくなっちゃったんだろうね。驚くことに、妻子もいて、この国の未来を真剣に考えている人格者だったんだ」
ドイツという国では、ギャンブルもそうであるが、完全に抑えつけるということはしない国。もちろん、栽培や大量の所持は禁止されているが、ほんの少し、自身が使うぶんに関しては容認している。近隣の国では、税金として国のお金として徴収するために、かなり緩く規制している国もあるほどだ。
公園などでは、怪しい外国人などが買わないかと声をかけてくるし、老人達も寝る前に楽しむ量を所持している。『他人に迷惑はかけていない』という思想から、こうして身近に存在するのだ。




