75話
「とりあえず、手当たり次第やってみるか」
昼過ぎには終わるドイツの学校。ここからは遊ぶ者、アルバイトする者、習い事をする者様々だが、シシー・リーフェンシュタールは一度自宅に戻り、着替えを済ませると、少し離れた場所を目指して電車に乗る。自宅や学校のあるノイケルン区から北、ライニッケンドルフ区。武者修行、というと聞こえはいいが、ただ単にギリギリの勝負ができる相手。それを探している。
(強ければ強いほどいいけど……そんな相手に巡り会えるかね)
シシーは、チェスは『常にいい位置を把握して、占拠できるか』を競うゲームだと考えている。相手を詰ませようと考えることより、真綿で首をじわじわと絞めるように、場を支配すること。それこそが重要だ。しかし、多くは相手を打ち負かすことを考える。緩急を考えていない。数手指せば、なんとなくわかる。
倒しては、その人に『自身より強いプレーヤー』の情報をもらい、その人と指す。それを繰り返していけば、そのうち強い人と当たる。単純だが、効率がいい。なにより、明日初戦がある。唐突には強くならない。なら、少しでもいいイメージで臨みたい。そのために強い人に勝つこと。様々なビアホール、カフェ、その他チェス道場のような場所。思いつく限りに向かう。
ここ数日、ライニッケンドルフ区で賭けチェスをやっているが、とうとう『自身より強い』という人物の情報がなくなった。今、倒した人物もなかなか手強かったが、血が沸くような衝撃はない。
「負けだ。強いね。また来てよ。次は勝つ」
ボードゲーム専門店の店員だという。一時間一ユーロが席代、広い店内の壁の棚には、一八〇〇種類を超える様々なボードゲーム。使用するのには三ユーロかかる。倒した彼の奢りだ。店内はほぼ満席、みな同じように少額賭けているようだ。
「どうも」
賭け金の三〇ユーロを受け取り、シシーは店をあとにする。ただ、チェスを楽しむという点であれば合格。勝てたし儲かった。和気あいあいと、歴史あるボードゲームに興じることができた。これが本来の楽しみ方のはず。しかし。
「ハズレか……」
公園にある車止めのボラードに腰掛け、空を見上げる。時刻は一七時過ぎ。もうすっかり日暮れだ。街灯のせいで星はよく見えないが、そもそも今日は曇り気味だった。元々、そんなに見えなかったかもしれない。
勝ちのイメージはできている。事実、負けはなかった。やりたいこともできたし、相手の妙手に対応もできていた。負ける気はしない。それでも、不安は拭いきれない。ティック・タック・トゥという相手は、今日のようなレベルなのか? 考えても仕方がないことはわかっている。




