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70話

「非公式だよ。でもプロと言っても、基本的には大会での賞金よりも、コマーシャルや企業案件での動画配信とか、そっちで稼ぐ人も多い。だから、顔と名前を売れるならなんでもいい。実力があっても、それだけじゃ食べていけないってこと」


 プロのチェスプレーヤーの現状を、マスターは語りながら、砂糖とミルク多めの甘いコーヒーを口にする。自分の時代と相当変わってきた。様々なチェスの広がり方を嬉しいと思う反面、純粋に勝ちや強くなることを目的にするプレーヤーが減ってきたことは、なんだか寂しくなる。


「ま、それでも強い人は強いけどね。コンピューターの発達とか、ネット対戦とか。柔軟に進化はしてるよね」


 そのおかげで、未だに戦術が拡大するチェスという競技。終わりがない。


 ひと通り参加者を確認し、シシーは携帯をしまった。


「チェスを始める前は、こんな大会知らなかったけどな。まぁ、世界大会すら知らなかったが」


 そして、世界チャンピオンと世界最強がまた別だということ。ややこしいが、強さを表す『レート』というものと、世界大会というものがそれぞれ存在する限り、なかなかひとりに絞り込めない。稀に統一王者が生まれるが。


「サッカーのワールドカップとは違うからね。その競技をやってないと知らないのもしょうがない」


 テレビで放送するわけでもない大会だから、とマスターは諦めのムードを醸し出す。スポーツのように、点が入った、どっちが有利などがわかりやすいものでもないし、動きもあまりない。プレー人口五億人もいるので、これ以上高望みもできない。スーパープレーに興奮するのは、一部の層だけだというのもわかっている。


 もう一度、思い出したようにシシーは携帯を開き、確認する。対戦相手のオッズだ。目安にしかならないが、少しは気になる。


「で、俺の相手のティック・タック・トゥってのは……六〇二倍。大差ないな。どうでもいいが」


 相手も無名ということ。おそらく賭けているのは、何万、何十万人という中でひとりいるかいないか。微妙に自分のほうがいいのはなんなんだ、と疑問を持つ。


「最近はネットでの対戦とかも増えたからね。知られていない強い人とかも全然いるだろうね。それでも、対面して強いかは別だけど」


 と、見解を述べるマスターだが、チェスに限らず、カードゲームやボードゲームが、ネットと対面で全く違うものだというのは、実のところかなりある。自室でコーヒーを飲みながら寛いで、という状況と、相手の重圧を感じながら向かい合って、という状況が同じなわけがない。思考力や判断力が著しく変わる時もある。


 シシーは一度イスに寄りかかり、天井を見る。天井も白い。そして目を瞑る。


「……まぁいい。どんなものを賭けてくるか。デカければデカいほど、面白い。さっさとプロやらグランドマスターと当たりたいね」


 おそらく大金が動く。足りないぶんは、俺はなにを賭ければいい? 肢体でいいならくれてやる。もうどうせ何人にも貫かれた身だ。どうせなら大きな花火を。真っ赤な花を。


「強気だね。勝てそう?」


 そうマスターに言われ、シシーは目を開けた。


「さぁな。確実に勝てる勝負なんてない。条件次第じゃどんな相手でも負ける。あんたが俺に負けたみたいに」


 油断はしない。最後に指すチェスの棋譜が、生ぬるいものであったら死んでも死にきれない。

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