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7話

 ネットのチェスは負けても失うものは多少のレートの変動のみ。だからこそ、相手は終盤ドローよりも勝ちにくることが多い。序盤中盤を互角に戦えていれば、必ずそこに隙が生まれる。数多く対局をこなし、シシーはその瞬間を見逃さない目を養ってきた。こちらが隙を作って誘えば、唐突にギアを上げる瞬間、一瞬自陣を見失う。そこまでの下ごしらえが全て。


「勝ったー……」


 対面するチェスとはまた違う疲れがシシーを襲う。脳内ドーパミンがネットだと少ないのか、目や肩や首が痛くなる。一局終わると、少し休憩。


「ん? 対局申込み?」


 しかしすぐにピコン、と音が鳴り、対局開始の準備が始まる。今回は自分が先手の白。チェスに限った話ではないが、ボードゲームでは先手が有利なことが多い。理由は、流れを自分で作りやすいから。後手だとどうしても一手ぶん、受けにまわってしまう。


 初手シシーはポーンをe4。相手ポーンはe5。


「モーフィーディフェンスか。さて、どうなることやら」


 相手の国旗はお隣フランス。でも名前はブリュートナー。


「ちょっと、我が国のピアノなんですけどソレ」


 ブリュートナーはドイツの老舗ピアノメーカー。二〇世紀最高の指揮者として名高いフルトヴェングラーが唯一認めたピアノ、として知られている。今からでもこの一局だけこちらの名前をペトロフとかに変えたい。


 とりあえず対局に集中する。なんとなく、ピアノやってる貴族っぽいイメージの相手と予想。なら上品に攻めてきたところを、グチャグチャな展開にして一手得で勝つ。ためには。


「エクスチェンジバリエーションでいく。誘いに乗ってくるかな?」


 四手目、ビショップc6で相手ナイトをテイク。この時点でエクスチェンジバリエーション確定。相手ポーンがビショップをテイク。そしてここから先、七手目に相手ビショップg4をテイクすると、こちらの負けが確定する。しかし八手目なら、微不利。やらなくてもいいが、あえてシシーは微不利を取りに行く。なぜか。相手の攻め気を煽るため。


「ほら、ポーンを取ればこっちのキングロードは風通しがいい。攻めたいだろ?」


 g筋では、一直線にキングまでの道が開く。一般的に見れば、勝利を確信する者も出てくるかもしれない。しかし、相手はその誘いに乗らない。手堅く逆サイドから突き合う流れを選択。


「んだよ、せっかくベッドの上で全裸で待ってんだから来いって。女に恥かかせんなよ」


 もちろん、そんな優しい手は考えていない。相手駒が誘いに乗ってベッドの上に乗った瞬間、ビショップとナイトが数手先で駒得で勝つ。そんな毒が仕込まれた受けの駆け引き。しかし相手はその誘いを蹴って、地道に圧力をかける道を選んだ。大局観が優れている。非常にやり辛い。早い段階からドローを見据えていたのかもしれない。


 その後もお互い攻め手を欠き、泥沼にハマっていく。


「うーん……ドローになるか」


 チェスのルールのひとつに、『膠着状態になってから五〇手以内に勝負がつかない場合はドロー』というものがある。もちろん、この条件は無しにすることもできる。が、この対局ではあり。つまり、後手の黒が指した瞬間、画面にはドローが表示された。初心者同士でやるとあまりならないが、中級者以上となると途端に多発してくる。世界トップクラス同士が対局して、一五戦中、一三戦が引き分けたこともある。コンピューター同士だと九割以上引き分けとも。

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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